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第1話 始まりは前後不覚から

新連載です。よろしくおねがいします。

普段書いている作品の2周年を区切りにちょっと思い立って始めてみました。

 ……僕は。誰だ?


 思い出せない。とても大切な記憶のはずなのに、妙にピントが合わない。

 僕は……僕は、日本人で、都会ではないけれど特に不便もない場所に住んでいて……何という地名だったか。


 ――それで……何をしていたんだっけ?


 手がかりを求めて、閉じていた目を開けて周りを見回す。

 鈍く緩やかに動く思考と視界。映し出されるのは、妙に高い草や木々が溢れる緑の景色。

 おかしいな。日本にこんな自然溢れる、というより、人間を覆い隠すほどの茂みなんて存在しただろうか。

 一塊がまるで生垣のように高々と視線をさえぎる。まるで昔連れて行ってもらった生垣の迷路だ。


 ……誰と行ったのだったっけ。思い出せない。


 喉が渇いたな。近くに水場は……ああ。反対側は湖だったんだ。丁度良かった。


 のそりのそりと緩やかに動いて――僕は怪我でもしているのだろうか。幸い痛みがないのが救いだけど、この移動速度はまるで赤子のそれだ。

 短いはずの距離がやけに長く感じる。漸く水辺にたどり着くころには一仕事終えたような気分だ。

 水を飲もうと顔を水面に寄せて、僕は初めて、僕自身に起きている異変の正体を知った。






 ――地面の草と同じ緑色に透ける半透明の粘液がそこにあった。


「うひゃあああ!?」


 思わず叫んで水面から顔を離したつもりだった。

 しかし、僕の喉から出るべき声は、そもそも喉という発声器官からして存在していなかった。


「なんで……僕は、確かに人だったはずなのに――」


 それでも構わず絶叫する。誰か、誰か僕の声に気付いてくれるのではないかと信じて。



 叫んで、叫んで、叫んで叫んで叫んで叫んで叫んでさけんでサケんでサケンデ叫んだ。



 喉があれば枯れて、裂けていたかもしれないくらい。

 実感に結びつかない、記録や知識としてしか存在していない記憶。

 他人事で作り物めいた記録の中に刻まれた人間の部分が、自身の存在の証明を求めて、壊れてしまうのではないかと言うほど叫び続けた。






 ようやく落ち着いた、というよりは、叫ぶだけでは現状が何も変わらないと悟ったころには、高かった日も暮れていて。

 叫ぶ事をやめた僕の周囲には音が消えていた。風が立てる水面の小さな波紋だけが空しく視覚器官に映し出され、揺れる草が触覚器官に触れて、膜越しにチクチクとした草が当たる感触を感じる。

 ずっと叫び続けた所為だろう。乾きが酷い。再び湖に身体を寄せて、ゆっくりと水面に()を出す。


 顔。そんなもの、何処にあるというのだろう。この能面よりも平坦なただの球体の何処に。人間の面影などまるでありはしない。

 ただ、水面に近づく緑色の粘液が、ゆるゆると水にその身体を触れさせる。体と水が溶け合うような感覚と、どこから来ているかもわからない飢えから解放される快感が全身を襲った。

 それからは夢中で水を体内に取り入れて、日が出るまで水を飲み続けた。


 日差しに当てられて正気が戻ってきた事で、漸くこれが性質の悪い夢などではなく、現実なのだという事を、僕は理解する。

 手は、意識すると体から突起が出来たように緩やかにだが、形成される歪な触手。まるで、これが手ですと言いたげなそれは、どうみても手には見えない不恰好な触角。

 足は……地面にこすり付けるようにしてずるずると蠕動して移動するそれを足と呼ぶのなら、確かに足だ。ただし、もちろん人間のそれでは絶対にありえないとだけは断言できるけれど。

 体だって、筋肉どころか骨すらない。ましてや血液ですらありはしない薄緑色の透明掛かった液体で構成されたそれは、正しく人外に他ならない。

 こんな風に思考が出来るのかも怪しいくらいの、ただ中心に命の塊が存在するだけの粘液。それが今の僕だった。


「スライム……か」


 思わず自嘲気味な声を漏らそうとしたけど、どうせこの声を理解できるものなどいるわけもない。

 あれだけ叫んだのに味方どころか外敵すらやってこないのだ。根本的に声が出せないのだと、そう思っていいだろう。


 スライム……モノによっては難敵として扱われるが、近年では雑魚の代名詞として名を馳せるモンスター。

 その知識が、決して日本にいる間にスライムに遭遇した事があるからついている訳ではない事位、今の僕でも覚えている。

 そう。ゲームだ。架空の世界の、虚構の存在。それが今の僕の体の正体。

 だからといってこれは夢かと問われれば、あんな感覚が、今まさに全身で地面を感じるような感覚が、夢ではないと告げている。


 記憶は靄だらけで重要な事は何一つ思い出せない。名前も、年齢も、仕事も、家族も、友人も。

 それでも、世界の常識ともいえる知識だけは残っていた。そこから自分の元々の年齢と性別だけは、おおよそながらに推測も出来る。

 そうして僕は、曖昧な記憶の知識を手繰り寄せて繋ぎ合わせ、この現象に一つの終着点を得たのだった。


異世界トリップ(・・・・・・・)……というより、魔物転生モノ(・・・・・・)。かぁ……」


 生前――といっていいのかは些か疑問だけど、それでもこの体で元の世界に戻れるわけでもないので、あくまで生前としておく――の日本で流行っていた娯楽のジャンルの一つだ。

 自分達の住む世界とは異なる世界に突如として召喚、もしくは転生して、勇者だ魔王だと東奔西走の大活躍をする冒険譚。

 その中の一つに、魔物として転生して魔王になったり、はたまた人間に紛れ込んで冒険者をするなどといったものもあった。


 個人的には好きだった、はずだ。記憶が定かではないが、知識としてここまで持っているならば興味があったのだろうと推察できる。

 だけど、いざそれが自分の身に降りかかるとなると、笑えない。

 これからこの体で、このスライムという存在で、この世界を生きていかねばならないという事実に、青く澄み渡った空を翔る存在を見やりながらため息をつく。


 飛び去ったモノは鳥ではない。影は人の様で、手の部分がそのまま鳥の翼に置き換わったような……そう、たしかハーピーという名があったはずのモンスターだった。

 その足も厳密には人ではなく、鷲よりも大きなその鳥の足が、寸借を間違ったとしか思えないような巨大なウサギを掴んで飛んでゆく。

 ……今の僕はスライムだ。あのハーピーが野性の世界でヒエラルキーのどの位置にいるかは知らないけど、スライムより下という事は無いはずだ。


 僕は、まだ死にたくはない。こんな訳の分からないまま死ぬなんて御免だ。

 生きる為に、僕は、どうする。

 知識を総動員して、こういうときはもしフィクションだったらどうするのか、それだけを模索する。

もしよろしければ普段書いている連載のほうもよろしくお願いいたします。


『REVIVE! ~迎坂黄泉路の超能力戦線~』

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