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部室の前の日陰に残っていた数十年ぶりだという大雪が
やっと溶けてなくなろうとしていた。
「ピラミッド、お好きですか」
端のソファに座って漫画を読んでいる女子をスケッチしていた石井は
さっとスケッチブックを抱きかかえ、隣に向き直った。
就活生用のパンフレットを手にした野口が、じっと石井を見ていた。
「え?」
石井は紅潮しながらスケッチブックを閉じた。
聞いていなかった。
「ピラミッド。好き?」
「え、うん、まあ」
「そう、私も好き」
野口は意地悪そうに笑っている。
石井がひどく困惑しているのを見て満足そうだ。
石井は野口が苦手だった。
美人だからだ。
美人を前にすると、石井はうつむきがちになるし、舌がもつれた。
それでも無意識に言葉が口をついて出てきて彼女の気を引こうとしていることに
自分の中に動物を感じて、嫌だった。
「なに?なんで?」
「いや、私、就活向いてないなあと思って」
「はあ?」
彼女はそのうちわかるよといったきり、黙ってしまった。
石井は就活とピラミッドの関係式がさっぱりわからなかったし、
自分がほとんど意味のない単語しか発していないことに気が付いて落胆していた。
ストーブの風がやけに熱く汗をかいた。
ガタッ、と乱暴にドアが開き、冷たい風と共にスーツ姿の菅が駆け込んできた。
石井はすぐにソファから立ち上がり菅に歩み寄った。
「バイト?」
「いや、学生会館の説明会行ってきた」
「ええ、あれ行ったの。どうだった?」
「だめだあ。働いてる自分をソウゾウできない」
大学主催の説明会の看板にめぼしい企業の名前がなかったので石井は初めから行く気がなかった。
菅はいつも通りの半笑いを浮かべてきょろきょろしているが、
石井は目の奥に普段の菅とは全く違うなにかを感じた。
菅はバタバタと騒々しくしながら空いている椅子に腰を下ろした。
石井は野口が視界に入らないように椅子を動かし菅の隣に座った。