朝食
珊瑚は都に近い、白国で一番低い山で育った娘だった
湖近くにある王宮から西に二十分も歩けばその山に入る
珊瑚の両親はそこで炭を焼き、それを都に住む人々に売り生計を立てていた
珊瑚は学び舎には通っていなかった
自分の右足を引きずる姿がひと目にふれるのを嫌がって
本人が気にするほど目立つ癖ではなかったのだが、本人にはそれが恥ずかしくてたまらない
幸い母親は良家の出身でしっかりした教育を受けた人間だったので、基礎的な学問を珊瑚に教えるのには困らなかった
両親は駆け落ちの末結婚したのだ
早くに両親を失くした珊瑚の父親は、天湖族が青国にいた頃、温石という不思議な石を採掘する人夫だった
温石は掘り出して二十年ほどは人肌程度の温かさを保つ
この石は西の大国や南の大陸に尊ばれ青国の重要な収入源となった
珊瑚の母親は温石の産出地を守る護衛長の娘だった
二人の間には大きな身分の差があった
珊瑚は小さい頃から可愛らしい顔立ちをしていたが、ここ数年の成長ぶりには両親も目を見張るものがあった
こんなに美しく育つなら、本人が嫌がっても学び舎に通わせれば良かった、そうすれば宮中にでも出仕できただろうにと思っていたところに今回の花嫁選びの話が来た
当然のごとく珊瑚が国で一番美しいと認められ次期国王の花嫁に選ばれた
王の花嫁として珊瑚が務めが果たせるのか両親は心配でたまらない
人の輪の中でもまれたことのない娘である
こういう運命が待っているのならやはり学び舎に通わせるべきだったと二人は話しながら今日も炭を焼くのだった
翆と珊瑚の住む宮は若宮殿と呼ばれている
朝は珊瑚が翆の朝食の支度をした
これは柊王の指示である
召使い抜きで二人きりで過ごす時間を作ってやろうという計らいだった
芋の粉を練って焼いたパンにいちぢくのジャム、野草のサラダ、塩漬けの豚肉を茹でたものなどが食卓に並べられたのだが、これがまた翆にはひどくまずく感じる
最初のうちは食欲がないと言ってごまかして食べないでいたのだが、日が経つにつれ、その白々しさに自分でも耐えられなくなった
9時頃出仕する予定の青磁に早く来てもらって朝食の用意を青磁にさせた
青磁には翆が直接話をして珊瑚の侍女になってもらった
それは珊瑚のために気ばたらきの良い青磁を付けたというより、どこにいても人に嫌われてしまう青磁を思いやってのことだった
若宮殿は使用人も少ないし、自分の付き人の榎も練れた老人だ
青磁とぶつかることもないだろう
珊瑚もあまりこだわらない性格だ
組み合わせとしては悪くない、多分仲よくやっていけるだろうと翆は考えた