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林の鳥

西宮の自分の部屋で杏は考え事をしていた


杏の部屋を見たものは一目でこの部屋に暮らす人物の性格を見抜くだろう


無駄なものを一切置かかず、家具やその上に置かれたものは全てどれもが完璧な平行と垂直で構成されている


杏は椅子に座り机に肘を乗せ頬ずえをついていた


それが考え事をするときの杏の癖だった


翆は私が描いた珊瑚の絵を青磁だと思った


そう言われてみれば珊瑚と青磁は顔立ちが似ているのかもしれない


ああ、雰囲気が随分違うが似ている…


翆は14歳の誕生日に馬を贈られた後、よく一人で馬に乗り壱の山に鳥を見に行っていた


ある日ふらふらになって帰って来た後高熱を出し意識を失った

あの時は大人たちが大騒ぎだったな…


私と楓も随分心配したものだ


5日後に熱が下がり意識が戻った翆は山に通っていた頃の記憶を失っていた

その後の生活に支障はなかったが、それ以来翆は山に行かなくなった


もしかしたら…


翆は山に通っていた時期、珊瑚に会っていたのではないだろうか


そう考えれば納得のいくことがある


あの時の翆の言葉

「青磁は感情が押さえられないところもあるが、とてもきれいだ」


私はあの時、翆は青磁を好いているのではないかと思った

と、同時にあまりはっきり自分の感情を出さない翆のあの発言に違和感を覚えた


もし山に通っていた頃、珊瑚に会っていてその記憶を失っていたとしたら…


あれは失った珊瑚の記憶が翆の心の奥底に潜んでいて、青磁に珊瑚の面影を見ていたからの発言ではないだろうか


だとしたら翆は珊瑚のことが好きだったはずだ


どうして翆は山に通っていた頃の記憶を失ったのだろう

どうして珊瑚が珊瑚に見えないのだろう


珊瑚も変だ

もし以前に会っているのならなぜそのことを翆に告げない?


そしてなぜ翆の仕打ちに黙って耐え、あんなに穏やかに暮らしているのだろう


多分…珊瑚は全てを知っている

翠が記憶を失った理由も、自分を嫌う理由も




珊瑚は昼下がり本宮との間の雑木林で翠が手をつけなかったパンを細かくちぎって寄って来る鳥に与えていた


そこに楓が声をかけた


「珊瑚」


「あ、楓」

珊瑚は振り返って微笑んだ


「どうしたの、散歩?」


「そう、社交の知恵者との問答が難しくていやになってしまった」

「一時間ほど休憩をもらってここに来た」


「人との付き合いに技術などいるのだろうか」


ふふっと珊瑚は笑って


「ほんとね」

と言った


「珊瑚、いつもこうして鳥に餌をあげてるの?」


うん、と珊瑚はうなずいた


楓は珊瑚が持っている芋のパンに目をやった

多分翠が手をつけなかったパンだ


「なんか…お腹が空いてしまったな」


「今日の昼は稗のお粥だったから食が進まなくって」


「そのパンもらえない?」


口笛を吹き楓はふざけて鳥の鳴き声を真似た


珊瑚は愛しそうに楓を眺め


「楓、新しいパンを焼いてあげる」

「いらっしゃい」


とまるで母親のように言った


時間がないからと楓は珊瑚の手からパンを取り上げ美味しそうに食べた


「ごちそうさま、珊瑚」


「またこの林で会っても、俺がパン目当てで来たと思わないように」


「あ、そうだ」

「松ぼっくりの人形ありがとう、部屋が明るくなった」


そう言い残し楓は本宮に帰っていった

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