涙
翆と珊瑚が暮らし始めて一ヶ月が過ぎた日の昼過ぎ、楓は西宮の杏の部屋を訪ねた
「杏、若宮殿に遊びに行こう」
「柊王に禁止されていた一ヶ月が過ぎた」
その言葉を受け杏は苦笑した
「ハハ、楓は子供の頃から少しも変わらないな」
「好奇心の塊だ」
「さぞやこの一ヶ月が長く感じただろう?」
「まあ、それは私も同じだ」
「行こう」
この時楓は杏のことだから気取って、まあ、いくら柊王に言われた期限を過ぎたからと言って今日に今日というのはどうかな、くらいはいわれるだろうと思っていたのだが…
なんか今日は素直だな
二人は西宮を出て本宮の裏を通り湖沿いに若宮殿に向かった
翆の結婚式は夏の初めだったが、今は夏真っ盛りだ
勢い良く蝉が鳴いている
楓は結婚生活というものに興味津々だった
それがあの飄々とした翆にどんな変化をもたらしているかも
杏は珊瑚に会える喜びと不安を感じていた
生まれて始めて心ときめく娘に会ったのにそれはすでに次期国王の妻にと、選ばれた人としてだった
杏は最初、自分の恋心を認めたくなかった
最初から報われないことがわかっている
けれど…
偶然を装って麦穂のもとに通う珊瑚になんとか会えないだろうかと、王宮を訪ねる口実として王宮に詰める森の主様に挑む問答を必死に作っている自分の姿に、王宮の廊下を耳を澄ませてゆっくり歩く行動に、物語の中に聞く、恋した愚かな若者と同じものを感じた
私らしくない…
そんな自分を戒めようとするが、また思考は珊瑚のことに戻ってしまう
今日多分楓が誘いに来るだろうと朝からそれを待っていた
その日の朝
珊瑚と朝食を取っているとき翆が青磁に言った
「青磁、今日の午後あたりたぶん楓が杏を誘って遊びに来るだろう」
「私がそれまでに帰って来なかったら待っていてもらってくれ」
「青磁が楓たちにお茶を出してくれ」
珊瑚の入れる不味いお茶を二人に飲ませたくないから…
翆は午前中柊王のもとに通い改めて帝王学を学んでいた
実際の政治の話し合いの場にも参加している
珊瑚は翆が出かけたあと、翆は私に伝えたいことがあるとき、青磁に話しかけることで、私の耳に入れようとしているのだなと思った
私には話しかけるのも嫌なのだなぁと
珊瑚は自室に戻り水を飲まないようにしたら流す涙の量は減らせるのかなと、子供のようなことを考えた




