魔法少女の慟哭
今までの話をお読みの上、読んでいただければ。
13
全ての手続きを終えて、お世話になった先生にだけお別れの挨拶をするという、あまりにも味気ない高校最後の日を迎えるなんて、当たり前だけど入学当時は思いもしなかった。
けど実際、それが僕の高校最後の日だった。あえて学校が休みの日に来て、事務手続きを終えて、僕は高校生じゃなくなった。
「あまり、背負い込まないようにね」
担任の先生から最後に言われた言葉に、僕は曖昧な笑みしか返せなかった。あまり背負むつもりはなかった。というのも、背負いきれるものじゃない。香月、亜理紗、そして先輩。三人の命を背負うなんてできない。
ただ、それでも少しは責任を感じていて、きっとそれを一生引きずっていくんだろうなという自覚はあった。
高校を出て、そのまま家じゃなくて駅へと向かう。
あの事件から一週間、僕はこの街を去ることになった。事件そのものは先輩が犯人、そして殺傷処分という幕切れで終結している。世間では「また魔法少女が暴走! エラーが原因か」なんて騒がれている。
先輩は頭部を撃ち抜かれて、その後は体も処分されたと聞く。
僕は現場から勝手に離れたことを警察にかなり怒られたが、それ以外は何もなかった。むしろ魔法少女に狙われていたところを奇跡的に救出されたという、なんだか劇的な生還を果たしたことになってしまった。
ただ、当たり前だけどもう街にはいられなかった。近所の目もあったし、高校も僕にそういう選択をしてほしかったみたいで、遠回しそう言われたのを受託した。幸い、遠くに親類がいるのでしばらくはそこでお世話になることなって、両親は先にそちらへ行っている。
僕だけが、今日のためにここに残っていた。
静かな街をここで過ごした日々を思い出しながら歩いていく。香月、亜理紗……。結局、僕のせいで二人が死んだといってもいい。本当に申し訳ない。二人の親族も遠くへ行き、二度と連絡をとることもないだろう。
後ろに誰かの気配を感じたのは、そんなときだった。素早く後ろを振り向くと、見知った顔が不機嫌そうに咥えたばこで立っていた。
「紅葉さん?」
そう、亜理紗の家で事情聴取をしてきた警察。あれから一度も会っていなかったが、印象深ったので覚えている。
「おお、久しぶりだな。といっても一週間ぶりか。あの時は勝手に抜け出してくれ、よくもやってくれたよ」
紅葉は当然のように僕の横に並び、こちらを見ることもしない。
「はは、ごめんなさい。それはいっぱい怒られました」
「そうかよ。これから駅に行くんだろ。しばらく、付き合ってやるよ」
「は?」
急にそんなことを言い出すものだから、なんと返していいかもわからない。ただ紅葉はこちらの様子など知ったことではないらしく、勝手に喋り始めた。
「上……ああ、俺の上司たちのことだ。あの事件を魔法少女の暴走と決めつけて解決した。てめえの証言もあったしな。ただ、俺はどうにもおかしいと思う」
紅葉は煙を吹きだして、ここで初めて僕を見た。
「てめえだよ。どうもおかしい」
「な、なにがですか? 僕は何も――」
「その『僕』って一人称もなんだよ、コンプレックスか。女子高に通ってやがったのに、自分が女であることを否定したいみたいに見えるぞ」
そこで風が吹いて、嫌味っぽく僕が穿いていたスカートと、黒の長髪を揺らした。僕は戸惑いながらも、笑みを浮かべつつ答える
「このコンプレックスじゃありません。口癖です。紅葉さん、女子高にもいろんな女の子がいるんですよ。僕もその一人です。たまに、私って言っちゃいますし」
そう、最近だと先輩と話していたときだったか、つい『私』と使ってしまったことがある。香月の死後、初めて学校へ行った日だ。あの噴水で、激昂した際にそう言ってしまった。ただあの時は先輩が僕のコンプレックスを知ってるくせして『悲劇のヒロイン』なんて嫌味を言ってくるからだ。
紅葉は納得していなくて、僕の話なんてほぼ聞き流していたんだろう、また勝手に喋り始める。
「亜理紗って少女を殺したのは、まず間違いなくあの魔法少女だ。それはもういろんな証拠が揃ってる。てめえに殺されるっていう目的を達成するために、もう手段を選ばなかったんだろうな。目撃証言、防犯カメラ、そしててめえの証言……あの魔法少女は間違いなく、人を殺しやがった。殺傷処分は妥当だ」
ポケット灰皿を取り出し、それに吸殻をいれてからまたすぐもう一本取り出し、それに火をともす。
「ただ、香月って魔法少女はおかしい。あれは、あいつの犯行じゃない」
心臓を掴まれたような気分になる。思わずを足を止めてしまった僕を、紅葉は見逃さなかった。つかさず僕の前に回り込み、見下ろすように睨んでくる。
「お前だよな」
「……な、何をいってるんですか。あれは先輩が犯行を認めて、証拠まで出てます。それは警察だって知ってるでしょ」
「ああ、あのメモか。どうも納得できねえんだよ、あれ」
紅葉はそう言うと胸ポケットから、例のメモを取り出した。ビニールの袋に保管された、メモが二枚。
「これ犯行現場に残すものだろ。お前に犯人が自分だって伝えるために。なんで、こんな安っぽい切れ端みたいなのなんだよ。計画的な犯行なら、もっとしっかりしたものが用意できただろ」
言われてみれば、確かにそうだった。なんでこんなに安っぽくて、小さくて、目立たないものにしたのか、理解できない。
「てめえもわかってないみたいだな。答えは簡単だよ、これを書くときにこんな紙しかなかったら、こうなる」
「……紅葉さん、あなたがさっき言ったんですよ、計画的な犯行な準備できるって。その推測じゃ、まるで現場についてから書くことになったみたいで、ちっとも計画的じゃないです」
「そう、計画的じゃない」
少しバカにしてやろうと思って反論したのに、紅葉が素直に認めたので言葉が出なかった。
「このメモはあの西上院って魔法少女のもんだが、あいつはちっとも計画的なことなんてしてなかった。ほぼ思い付きに近い犯行を、計画的に見せただけだ」
「意味がわかりません」
「考えりゃわかるだろ。いくら警察が手を抜いても犯行現場の部屋にこんなメモがあれば、見つけてる。ましてやお前がすぐに見つけられたもんだろ、バカにすんな。けど警察は見つけてなかった。どうしてかなんて考えるまでもねえよな、警察の捜査のあとにあの魔法少女がしかけやがったのさ。じゃあいつそんなことできるんだ? 簡単だな、てめえと二人であの部屋を調べたときだ」
言われて、僕はあの時のことを思い出す。確かに先輩がしゃがみこんで何かを調べていた。そしてその時僕は別のところに目をやっていたので、先輩がメモを書いてそれを隠すくらいのことはできたはずだ。
そのことを思い出したのが顔に出たんだろう、紅葉はいやらしい笑みを浮かべた。
「どうやら思い当たるところはあるみたいだな。なら、どうしてあの魔法少女はそうしたか、わかるか?」
「わ、わかるわけないじゃないですか」
「きっとその時だよ、あいつが亜理紗ってやつを殺そうと決めたのは。理由は簡単だ、あれを連続殺人に見せるためのフェイク。あの魔法少女は、やってもない殺人の罪をかぶるために、もう一人殺したんだよ。てめえを守るためにな」
最後の一言に、頭が真っ白になった。ただでさえ意味不明なことを立て続けに言われたのに、さらに意味不明で、それでいて衝撃的なことを言われたらそうなっても仕方ないと思う。
先輩が、罪をかぶった? 僕を守るため?
「マジで自覚ないのか。いいか、これだけは認めろよ。てめえは魔法少女だよな?」
「……はぃ」
自分が一番認めたくないものを、街中で声に出して表明するなんて耐えがたいことだったけど、これに答えないと話の続きを聞けないと思ったので素直になることにした。そう、僕は魔法少女。
それが嫌で、認めたくなくて、僕なんて一人称を作って「少女」であることを否定してる、哀れな機械。
「そうだよな。それで全てつながるんだ。いいか、香月って魔法少女を殺したのはてめえだ」
「ちっ、違うっ! 僕はそんなことしてないっ!」
「自覚なんてねえんだよ、エラーなんだからなっ!」
「――エラー?」
「そうだよ。お前はあの日、どういう原因かわからないが、エラーを起こした。そして香月ってやつを殺害し、現場を後にしたんだ。香月ってやつは友達の家に泊まるって言ってたんだろ、そんなのお前か亜理紗ってやつだけだと思ったと姉は証言してる。実際、その通りなんじゃねえの? てめえだったんだよ、あの日、香月ってやつといたのは」
「そ、そんなわけっ」
「あるわけねえか? いいやあるんだよ。香月ってやつとお前は肉体的関係を持とうとした。だから香月ってやつは嘘をついた。人の家にいるなんて嘘をついた。本当は自分の家にいるのに、姉に悟られないようにな。そして自宅でことに及ぼうとしたとき、お前はエラーを起こし、香月を殺害した。西上院が現場を見て、なんて言ってたか証言してくれたよな。思い出してみな」
あの時の先輩の言葉? 言われて、必死に頭を巡らせる。
『生身の人間なら、拷問に近いことをされていると自害することがある。ただ、魔法少女にはそれがない。ショック死もしない。傷めつけるのには、もってこいなのかな』
『趣味? しかし生身の人間ならともかく魔法少女を? それって楽しいのか?』
そう、先輩はなんだ犯人の行動に疑問を持っていた。そしてそんな意見を聞いて、僕も思った。この犯人、行動がおかしいって。まるで一貫性がないって。
そう、おかしくて、一貫性がない。
「そうだよ。おかしいんだ。行動に一貫性がない。まるで、壊れた機械みたいだな」
言われてみれば、あれがエラーを起こした魔法少女の暴走と考えると納得がいく。
「で、でも、そんなの憶測です。証拠がない」
「そうだ、だから俺は不機嫌なんだよ。警察が真剣に動けば、あの日のお前の詳細な動きがわかるはずだ。ただ、上はもう終わった事件だって調べる気はゼロ。くそがっ」
紅葉は咥えていた煙草をその場に吐き捨てると、いらだちをぶつけるように力強く踏みつけて、かかとをねじって煙草をぐちゃぐちゃにした。
「ただ、西上院はそう考えたんだよ。だからこそ、亜理紗ってやつを殺した」
「いい加減にしてください、そんなに僕をエラー扱いしたいんですか? そもそも先輩が僕を魔法少女だと断定する方法はないんですよ。僕だって隠し――」
「推測はできるぞ」
煙草をつぶし終わった紅葉が、再度煙草をくわえて、当たり前のように言ってくる。
「お前が犯人という推測はたてられたはずだ。まず、さっき言ったように証言。香月は『友達といる』と言った。そしてそんな相手は二人しかいない。お前ともう一人だ。もし純粋に、この二人の中に犯人がいるなら、自然とお前が犯人ということになる」
「な、なんでですかっ! 亜理紗の可能性もあったはずです!」
「胴体はどこに消えた?」
雷に打たれたみたいな衝撃が体中に走った。そうだ、香月の胴体。まだ見つかってない、あれはどこへ消えたんだろう。先輩の証言もなかったから、結局廃棄されたんだということになったけど。
「わかったか。胴体は確実に家の外へ運び出された。しかし、亜理紗と香月は親子に間違われるような体格差だったんだ。いくら首を切り落としたとしても、亜理紗に運びだせるはずがない。なら、おのずと答えは出るな。この推測は、西上院でも可能だ。そしてその推測をしたあいつはあることを考えた。お前の罪をかぶることだ」
「い、いやっ、おかしいですっ。絶対、そんなのありえないっ。どうして、何がどうなって、そんなことを思うんですかっ!」
「知るかよ。ただ、西上院の計画は見事なもんだ。あの場で真実に気づいたあいつは、すぐさまメモを残した。そして自然と退室し、偶然現場に来た亜理紗の後をつけて、自宅を把握。そして犯行に及び、お前が自分のもとへくるよう仕向けた。ったく、本当にそれを一瞬で思いついたんだとしたら、殺傷処分は惜しいな。どっかで使い道があったかもしれねえ」
そういえば先輩はあのあと、やけに素直に現場を後にした。まるで、亜理紗を見失わないように。
「西上院が死にたいって思いは嘘じゃないないだろうな。だから、それを利用する形でお前を守ったんだよ。何かの形であの事件の真相が公になる前に、犯人が殺されたって形で終結させるためにな。お前がエラーを起こしたとわかれば、すぐさま処分対象だ。そうさせないために、自分がそうなったんだ」
「そ、そ、そ……そんなの、嘘」
足に力が入らなくなって、その場で崩れ散るように座り込む。紅葉はまるで満足したかのように、少し笑みを浮かべながら煙を吐いた。
「証拠も根拠もねえが、これが真実だっていう自信がある。俺はお前をどうにかするつもりはない。エラーでもなんでも知るか。勝手にしろ。ただ、香月はお前がその手で殺し、あとの二人もそのために死んでいった。今回の事件は、お前が引き金なんだよ」
それだけ吐き捨てるように残して、紅葉は背を向けて歩き出した。僕は力が入らないまま、その場にとどまり茫然としている。今の話が真実なら、僕のせいで三人は死んだ……。僕がすべての元凶。
「あ、あ、あ」
頭の中が真っ白で、喉が熱くなって、唇が震える。何か言いたい、吐き出してしまいたい。それさえ叶わなくて、自然と溢れる涙が頬を伝っていく。それをふき取る力さえ、腕に入らなかった。
あの時、先輩が殺される瞬間に言った言葉を思い出した。
『生きて』
あの時、あの人はそうとだけ言った。なんであんなこと言ったのかわからなかったけど、今なら理解できる。この事実を知っても、それでもなお生き続けてほしいって、先輩はそう訴えてたんだ。
そんなのあんあまりだ……。でも、死ぬことも許されない僕に、ほかにどうしようかがある?
首だけ上にあげて、空を見上げる。抜けるような青空が広がっていて、自然と三人の顔が浮かんだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
ようやく絞り出した声が、それだった。
SFでミステリを書きたい、魔法少女がブームだからのっかろう。
この作品を書いたきっかけとなった思いつきです。
書いている最中は、なにかいろいろ苦戦したのを覚えています。
それでも、ミステリ的な味、SF要素もそれなりに入れられたかと思ってます。
荒い部分もあったのですが。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。