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紅葉刑事の暴言

自宅に帰った優に、急に亜里砂からおかしな電話がかかってきて……。

 9


 自宅に着いたころには、精神的に疲れていたのか、あくびを連発してしまっていた。家のロックを解除し「ただいま」と声をかけても、家の中からは返答がない。いつものこととはいえ、寂しい。

 自室に入って、そのままベッドに寝転んだ。体を仰向けにして、天井を見つめる。今日あった出来事を思い出し、一つ息を吐いた。なんだか、とても疲れて、体に力が入らない。

「……重い」

 自然とそう呟いていた。体が重く、動かすのが辛い。

「…………」

 それでも体を起こし、一階へと降りていく。睡眠薬が欲しい。この十日間ずっとお世話になっているので、もう体がこれなしに眠れなくなっているのかもしれない。

 台所で薬を飲んだ後、そっと両親の部屋を覗いた。ベッドの上で母が寝ている。かける言葉もないので、二階へと戻っていく。

 眠くなるまで時間がかかるし、亜理紗と連絡をとろうかなと迷った。ただ、まだもう少し時間をおいておこうと思ってやめておいた。

 ベッドに腰掛け、枕元に置いてあった写真を手に取った。写真の中では僕と香月と亜理紗が高校の前でピースをしている、笑顔で、仲良く。周囲にいる女子生徒たちも、とても嬉しそうだ。これは高校の入学式に撮ってもらった、大切な思い出の一枚。

 もう戻れない日なんだなと思うと、首をしめられた気分になる。

 自然と涙が出てきて、滴が一滴、写真の上に落ちた。


10


 いつの間にか眠ってしまっていた。ガバっと起き上がり、額にかいていた汗を拭う。脳内の端末が呼びかけられていて、それが原因で目が覚めたようだ。まだ覚めていない脳を無理矢理起こして、なんとか応答した。

「もしもし」

『……優』

 亜理紗の弱弱しい声が聞こえてきた。ただ、目の前に映像が映し出されない。彼女が音声のみ通信しているらしい。

「亜理紗、どうしたの?」

 時間を確認するともう夜の三時で、こんな時間に彼女から連絡がくるのは初めてだった。

『今日のこと』

「ああ、あれね。ごめん。僕、言いすぎちゃった。謝ろうとは思ってたんだ」

 まだ眠気の残る頭だったけど、そのことだけはちゃんと伝えられた。映像がないからはっきりとしないけど、その言葉に端末の向こうで彼女が息をのんだ。

『優、私こそ、ごめん。謝罪する、ごめん』

 いつにもましてたどたどしい彼女の言葉に、少し笑ってしまった。

「いいよ、気にしてない。ああそうだ、先輩も謝ってた。すまないって。あの人も悪気があって、あんなこと言ったんじゃないから、許してあげてほしい」

 彼女はそこで黙ってしまった。やっぱりあの質問に怒ってるのかなと思って、僕は彼女の次の言葉を待ったけど、聞こえてくるのは少し苦しそうな彼女の息遣いだけだ。

「亜理紗?」

『優……香月は、優のこと』

 急に話題が変わったかと思うと、突然に「きゃっ」という亜理紗の悲鳴が聞こえてきた。

「亜理紗っ、どうかしたのっ!」

『ゆ、優……ご……ご、めん……ね』

 そこで通信が途切れた。何が何だかわからなくて、僕はしばらく茫然としていたけど、嫌な汗が一滴流れたところで、部屋から飛び出した。階段を駆け下り、通報など知ったことかと玄関から飛び出す。

 必死に走って、亜理紗の家を目指す。その間、何度も何度も亜理紗に通信を試みるけど、一切応答しない。嫌な予感しか頭に思い浮かばなくて、泣きそうな気持ちになるが、なんとかそれを振り切って走り続けた。

 汗でびしょびしょになりながら亜理紗の家についたころには、もう遅かった。

 亜理紗の家の前にはパトカーと救急車が止まっていて、すでにやじ馬が集まっていて、家に近づくことさえできない。

 なんとか人だかりを掻き分けて最前列にきた僕が目にしたのは、玄関先で泣き崩れる亜理紗のお母さんだった。膝を地面につけて、泣き崩れている。

「お、おばさん……」

 僕の声に反応したのか、おばさんが泣きはらした顔でこちらを見た。そして目を大きくして驚くと、弱弱しい足取りでこちらに向かってきた。

「……優ちゃん」

 おばさんはそれしか言えない様子で、また泣き始めた。

「な、何があったんですか、おばさん。ね、ねえっ、亜理紗はっ」

 どうしたんですかと訊く前に、おばさんが首を横に振った。そして、ゆっくりと震える指で家の近くに止まっていた救急車を指さす。

「あの子が……あの子が」

 言葉を続けてくれないので、堪えきれなくって救急車のもとへと走る。その間、警官や、救急隊員に制止されそうになったけど、それを力いっぱい振り切って、救急車の中へと入っていった。

 目に入ったのは、青白い顔をした亜理紗と、その彼女を必死に心臓マッサージする隊員の姿。ただ、素人の僕が見ても、彼女が息を吹き返さないことは簡単にわかった。もはや、人の白さではない。

「あ、亜理紗……」

 そう嘆くことしかできず、僕はその場に膝をついた。すると、後ろから無理矢理引っ張られて、そのまま引きずられていく。さっき僕が振り払った警官たちが、僕をその場から引き離していた。

 何か怒鳴られて、怒られているんだろうとはわかっても、言葉は何一つ頭に入ってこなかった。結局、おばさんのもとへ連れ戻されて、その場にいることを命じられた。

 力が入らなくて、反論することも、抵抗することもできず、僕は結局その場で座り込んだ。やじ馬たちを追い払う警官たちの怒声と、おばさんの泣き声が両耳を襲ってくるが、それもあまり聞き取れていなかった。

 しばらくすると、数人の警官が寄ってきた。

「奥さん、そして君、話があるから、ちょっといいかな」

 それは質問というより、強制連行に近かった。警官たちの指示通り、僕とおばさんは家の中に連れていかれ、リビングのソファーに座らされた。家の中では、警官たちが我が物顔で動き回っている。

 二階へとつながる階段に、警官たちが数名集まっていて、何か話している。二階には亜理紗の部屋があるから、きっと彼女の身に何かあったのは、二階なんだろう。

 一人の若い警官が、僕らの前に座った。まだ二十代くらいの、細身の男で、警官には似つかわしくない優しい顔をしている。

「私は紅葉(あかば)と申します。お二人とも、大変混乱されているとは思いますが、捜査にご協力願います」

 そう頭を下げてきたので、驚いてしまう。僕の中で警官といえば、尊大で権力を振りかざす大人というイメージだったので、彼みたいな人もいると思わなかった。

「……はい」

 おばさんが応えられる様子じゃなかったので、僕が返事をした。

「ありがとう。まず、亜理紗さんはこの間の事件の被害者、つまり香月さんと親友だったんだよね? 君と同じで」

「……僕のこと」

「すぐに調べはつくよ。警察だからね」

「そうですか……。はい、僕と亜理紗は香月の親友でした」

 紅葉はそうかそうかと言いながら、紙のメモを取り出し、それにペンですらすらと書いていく。彼も先輩タイプの変わり者かもしれない。こんな時代に、そんな旧式のアイテムを使うなんて。

「では君に質問だ。どうして、すぐに駆けつけられたの?」

「……端末に通信がありました。様子がおかしかったので、駆けつけました」

 当然だけど紅葉はその詳細を尋ねてきたので、できれるだけ落ち着いて、その時の様子を語った。亜理紗がこんな時間に通信をしてきたのは初めてだったこと、様子が変だったこと、妙な声がしたこと。

 紅葉は聞き終えると、難しい顔をしたまま、僕を見つめた。

「被害者、亜理紗さんは二階に侵入した何者かに首をしめられた。その犯人はさきほど逃亡したとみられ、目下捜索中。今の話を聞く限り、君にかかってきた通信は亜理紗さんの遺言だったんだろう」

 胸をえぐられるような気分になる。遺言……、それはつまり。

「亜理紗は、まだ死んでません」

「いいや、さきほど死亡が確認された」

 とても事務的な、冷めた口調でそう告げられた。それは死を悼むということや、遺族に気を遣うといったものからは乖離したもので、彼の人間性がうかがえた。

 横のおばさんが、声にならない声で泣き出し、そのまま立ち上がって、隣の部屋へと入っていった。さすがの警察も止めることはせず、誰もが彼女を見送った。

「失礼。ただ、事実だったので」

「……犯人を早く捕まえてください」

 なんだか何を話しても無駄な気がしたので、それだけ強く訴えた。

「遺言というなら、僕はもう全部内容を話ました。早く犯人を――」

「実は、二階の現場からよくわからないものが見つかりました。見ていただきたいのです」

 僕が了解するのも待たず、紅葉はビニールの袋に入れられた紙切れを見せてきた。雑な切られ方をした、色あせて薄い黄色になってしまっている、煙草ケースくらいの大きさの紙には歪な文字でこう書かれていた。

『魔女裁判』

 一瞬で頭が真っ白になった。一気にあの日のことが蘇ってくる。そうあのいつもの場所で、先輩が語っていた内容。これが偶然なわけない。だとしたら、亜理紗を殺したのは――。

「嘘……」

「何か知ってるんですか?」

 僕の態度で何か知っていると確信した紅葉が身を乗り出して詰問してくる。

「何を知ってるんですか?」

「……逃亡した犯人は、誰にも目撃されてないんですか?」

 そんな必死な彼を無視してそう尋ねた。頭が何か否定する材料を必死に求めていたんだ。彼は素直に答えない僕に舌打ちをしたが、面倒くさそうに答えた。

「若い女が逃げていったのが目撃されてるよ」

 自然と立ち上がってしまい、急にそんな行動をした僕に、紅葉は目を丸くした。

「……わかりません。何も、わかりません」

「ふざけるな。絶対、何か知ってるだろ」

「わからないって言ってるじゃないですかっ!」

 そう絶叫して、頭を両手で抱えその場にうずくまった。嫌だ、認めない。そんなのあるはずない。なんで、なんであの人が亜理紗を……。

「おい、質問に答え――」

「紅葉、いい加減にしろ」

 見上げると僕を揺さぶってまだ答えを聞き出そうとする紅葉を、年配の男性が制止していた。おそらくは先輩の警官なのだろう。紅葉は舌打ちをした後、リビングから出ていった。

 家の中にはまだ警官がたくさんいて、忙しそうに二階と一階を行き来していたが、頭を抱えて座る僕には誰も声をかけなかった。時折同情にあふれた視線を向ける人がいるだけ。

 パトカーのサイレンが外で響いている。あれはきっと、先輩を探しているんだろう。警察もバカじゃない、もう時間の問題なんだ……。

 でもどうして、先輩が亜理紗を――。

 静かに立ち上がると、近くにいた警官が急に動き出した僕に驚いたのか「うわっ」と声をあげた。そんな彼の顔も見ずに、僕は「トイレ、使っても大丈夫ですか」と尋ねた。

「えっ、ああ、大丈夫ですよ」

 たどたどしい彼の横を通ってトイレに入った。そして蓋のされた便座に足をかけて、窓を開けた。小さいけど、抜けられないわけじゃない。亜理紗は時折、門限を破ったときなど、ここから入っていたらしい。

 僕は上半身を窓の外へ出した。自重でお腹が痛いが、そんなこと言っていられない。頭から落ちないように気を付けながら、なんとか着地する。亜理紗の家の裏は、ちょうど裏の家との境界であるフェンスがあって、それをよじ登り隣の家へと侵入した。

 ここからは、もう走るしかない――。

 今にも爆発しそうな心と、緊張で破裂しそうな心臓を抱えたまま一気に駆け出した。

次回から解決編です。

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