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五十嵐亜里砂の激情

優と西条院は二人で現場の香月の部屋を捜査しはじめる。

 8


 香月の家は今は誰もいない。裕香さんは事件のショックで地元に戻っていて、たぶんこの家は売却されるだろうとのことで、今は空き家に近い状態だ。

 先輩が「ならまずは現場を見ないとね」と言い出したので、裕香さんに端末で『少しお邪魔します』とメッセージだけ送っておいた。返事はないけど確認はしたはずなので、家に入ることは問題ない。

 香月の家につくと、事件当日と同じ要領で鍵を解除した。

「君の声は事件前から登録されていたのかい?」

「いえ、あの日登録してもらいました」

 先輩はそれだけ確認すると、玄関の扉を開けて中へ入っていく。家の中をきょきょろと見渡しながら、時々何かをじっと見つめたりして、ゆっくりと進む。僕はそんな彼女の後ろについて、同じような仕草をしていたが、特に何か発見できることはなかった。

 ただ、どうして先輩がここまでしてくれるのかをぼんやりと考えていた。本当に僕のためだとしたら、ありがたいという言葉以外でてこない。ただ、それだけじゃないこともわかっていた。

 魔法少女の先輩が、あの事件の経過を一番許せなかったんだろうな。だからこそ、ある意味で僕より怒っているんだ。作られたのも、壊されたのも人間のエゴなのに、誰もそのことをおかしいと言わず、そのくせ自分たちに対してはおかしいと言ってくるのは、理不尽なんて言葉じゃ足りない。

「警察は少しは捜査したのかな?」

「あの日の関係者の動きは捜査しましたよ。僕も聴取されました。亜梨沙も。夜だったから寝ていて記憶がないって言っただけですけど。わかったのは、夕方以降に誰かが一緒にこの部屋に入ったってことだけです」

 警察もそこまで必死に捜査しなかったから、わかってることは少ない。そもそも彼らは犯人を捕まえるつもりなんかなかった。仕事をしたという姿勢だけ見せて、早々に別の仕事にとりかかった。

 そのことを先輩に話すと、だろうねと落胆もしなかった。

「彼らはそういう機関だからね。私たちが何かされても何もしない、私たちが何かしたら全力で破壊しにくるけどね」

「何か知りたいことがあるんですか?」

「君の話だと香月さんは夕方にお姉様に連絡してる、友人の家に行くと。にも関わらず、自宅にいた。なぜか。簡単だよね、犯人は最初から香月さんを殺すつもりだったんだよ」

「……話が飛んでます」

「犯人は香月さんが保護者に外出許可を出してもらうことを目的にしたんだ。理由は簡単、夜中に解体して運ばなきゃいけなかったから」

 思わずはっとする。そう言われれば納得できた。犯人は香月を自宅に来るように唆し、外出許可を取得させた。それで犯人は夜中でも、自由に彼女を移動させられる。

「殺すつもりだったわけだ、最初から。こんなことを君に訊きたくはないけれど……彼女は誰かに恨まれていなかったかい?」

 申し訳なさそうにそう尋ねてくる先輩。確かにされて気持ちいい質問じゃないけど、そこで先輩にそんな顔をされてしまうのはもっと嫌だ。

「少なくとも僕にはわからないです……」

「そうか。嫌な質問ですまなかったよ」

 先輩はリビングをくまなく探索した後、ここには何もないということか、首を左右に小さく振って二階へと向かった。階段を上っているとき、先輩が足を止めた。

「ここに指が落ちてたんだって?」

 あのときのことを思い出すと、吐き気がしてくる。胃の奥から何か出てきそうになりながら、一度だけ頷き、あのときのことをできるだけ冷静に話した。

「……指だけ落ちてた。他の部位は見つかってないんだよね?」

「はい。警察も捜索してくれましたけど、二日でやめました」

「まあ、胴体だけの魔法少女なんて違いがわかんないからね。廃棄物処理場にでも運び出せば、隠蔽はできるかな。詳しく調べれば型番とかからわかるんだけど、そこまで面倒な作業を彼らはしないからね」

 指を落とした理由は警察もわかっていて、部屋の扉を閉めるためだということだった。指だけ切り落として、それで彼女の部屋にロックをした。他の体の部位を持ち運ぶ際、指だけ落としてしまったんだろうとのこと。

 あとの部位は少なくともこの街にはなかったらしい。調べたといっても郊外とか、犯人が隠しそうな場所だけ。もっと細かく調べて欲しかったが、そうはいかなかった。

「犯人は体をどうしたんでしょうか」

「わからないね。死体をバラバラにするのが趣味ってやつは、昔からいるんだよ。ただバラバラにする一番ポピュラーな目的は事件の隠蔽ってのが一番の理由だけど、首だけここに置いていってる。趣味で殺したわりに指を落としいて、なんだか違和感がある。かといって隠蔽する様子もない。なんだろうね。行動に一貫性がないよね」

 不穏な言葉に、心臓を疲れた気分になるが、先輩はおかまいなしに続ける。

「生身の人間なら、拷問に近いことをされていると自害することがある。ただ、魔法少女にはそれがない。ショック死もしない。傷めつけるのには、もってこいだけどね」

 そんな残酷な推測をよくたてられるなと、少し引いてしまう。確かに魔法少女には自殺という概念がない。できないようにシステムに組み込まれている。どんなことがおきても、彼女たちは自らの意志で命を落とすことはできない。

 推測をたてながらも首をかしげて、眉をよせる先輩は本当に検討もつかないという感じで、お手上げみたいだった。自分が言ってることが現実的じゃないことは自覚してるんだろう。

 調べることがなかったのか、リビングと違って長居することなく、すぐに階段をのぼっていった。部屋の前につくと、ドアに手をのばす。当然ロックがかかっていて開かない。

「君の指紋で開くんだっけ?」

「はい。ここは登録してますから」

「玄関は登録申請が必要だったんだよね?」

「玄関は管理責任をしているのが裕香さんですから。一応お願いすればすぐに開けてもらえるようにしていますけど、本登録は家族以外には駄目だって。そのかわりこの部屋の管理は香月でしたから僕と亜梨沙は出入り自由でした」

 これは珍しくないことで、僕ら以外でもこんな関係をしてるところはいくらでもある。玄関が声でも指紋でも開くようになっているが、声が主流だ。答えは簡単で昔、まだインターホンと呼ばれているものがあった時代の名残。それは高い位置に設置されていることが多く、指をかざすのが面倒だから。ドアノブは指をかざす方がしやすい。

 ロックを解除して、部屋の中へ入っていく。あのときとかわらない風景が目の前に広がっていて、フラッシュバックしてしまう。だって、あの時と違うのは首があるかないかだけだ。

 そんな僕の様子を先輩は心配そうに見つめていた。

「外で待機してくれれていいよ?」

「……いや、頑張ります」

「そうかい。無理はしないでくれよ」

 先輩は僕の頬を優しく撫でた後、部屋に入っていき、首の置いてあった場所にしゃがみこんだ。

「解体現場はここじゃないよね?」

「お風呂です」

「犯人はお風呂で彼女を解体して、首をこの部屋に戻すために指を切断し、指と首だけもって二階に移動して帰りに指を落としてしまった。そういうことか」

 解説されるとその異常性が浮き彫りになって、理解できない。一体何がしたかったのかと問いたくなる。

「趣味? しかし生身の人間ならともかく魔法少女を? それって楽しいのか?」

 しゃがみこみながら先輩は独り言のようにぶつぶつとつぶやいていた。それには返答をしない方がいい気がして、僕は香月の机を見つめていた。どうしてここに彼女は座っていないのか、そう考えると狂いそうになる。

 心を落ち着かすため、先輩に聞こえないように深呼吸をする。

 香月の首は裕香さんが実家に持って帰った。どうするつもりなのかは知らないけど、きっと会おうと思えば僕はまた彼女と会えるんだろう。返答をしない彼女と。

「君」

 急にそう呼びかけられて、肩をぶるっと震わせてしまうほど驚いた。振り向くと、さきほどまではしゃがみこんでいた先輩が、ぴったりと真後ろに立っていた。

「び、びっくりしたあ」

「そこまで驚かれるとは心外だな。ショックだよ。ただ正気に戻ってくれてよかった、誰か来たみたいだからね」

 えっと驚いていると、確かに誰かが階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。

「だ、誰」

「さてね。幽霊じゃないことを祈るばかりだよ」

 焦る僕とは対照的に、先輩は至って冷静で誰かわかっているかのような余裕だった。

 そして、足音は近づいてきて、部屋の前で止まると、ゆっくりとドアが開かれた。

「……亜梨沙」

 そこにいたのは私服姿の亜梨沙で、僕と先輩を交互に見た後、僕にだけ焦点をあわせた。

「優、何をしてる?」

「な、何って」

 亜梨沙が僕に一歩詰め寄ってきて、責めるような尖った視線を送ってきたあと、先輩を指差した。

「ここは香月の部屋。香月が嫌っていた人をいれるなんて、非常識」

「そりゃそうだけど、必要なことなんだよ」

「優は香月を大事に思っていない?」

「そ、そんなことあるわけないだろっ。亜梨沙だって犯人を見つけたいでしょっ」

「だからってこれはおかしい。香月の意思を無視するなんて、本末転倒」

 そこからしばらく僕と亜梨沙の口論が続いた。彼女は先輩を部屋にいれたことに怒っているらしく、それは香月の望まないことだという主張して、僕は必要なことだから仕方ないと訴えた。

 僕も亜梨沙もお互い息切れした頃、先輩がパンッと手を叩いた。

「さて、満足したかな?」

 亜梨沙が珍しく敵対心むき出しの目で先輩を睨むが、先輩はそんな視線にウィンクを返す余裕を見せつけた。

「彼女の言う通り、私は被害者に嫌われていた。そろそろ退去するよ。もう調べるものは調べたしね。これでいいだろ?」

 亜理紗はしばらく睨み続けていたけど、先輩の言葉に静かに頷いた。

 そうして僕たちは香月の部屋を出て、そのまま家からも出た。その間に亜理紗に聞いたけど、裕香さんから『ユーと一緒?』という連絡が入ったらしく、不審に思って駆けつけたそうだ。

 家を出たところで、先輩が亜里沙と向き合った。

「香月さんが殺されたことについて、聞きたいことがある」

「……拒否」

「彼女は誰かの恨みをかっていなかったかい?」

「そんなわけないっ!」

 亜理紗の返答を聞き入れず質問した先輩に、噛み付くような勢いで答えた。その後すぐにはっとして、口を塞ぐけどもう遅くて、先輩は満足そうにしていた。

 踊らされたことに気づいた亜理紗は顔を赤くして、肩を震わせながら背を向けてそのまま足早に去っていった。

「今度、謝っておいてくれ」

「たぶん、しばらくは僕も口をきいてもらえませんよ。ああなった亜理紗は意地っ張りなんです」

 それでも以前と同じ彼女なら、数日もすれば許してくれた。だから今回もそうなることを祈る。ただ今、喧嘩をして感じたことはやはり僕ら二人の中でも何か変わってしまったかもしれないということ。

 以前は何があってもあんな責められ方はしなかったし、僕もそれに対してあそこまで強く言うことはなかったと思う。

 事件後、一番変わってしまったことかもしれない。

 僕の表情が変わったことに気づいた先輩が、複雑そうな笑みを浮かべた。

「今日はここまでにしよう。焦っても仕方ないし、私には時間がたっぷりある。今日は色々あって疲れただろう、休むといいよ」

「……ごめんなさい、気を遣わてしまって」

「いいよいいよ、私の責任でもあるんだ。今はそっとしておくべきだろうけど、今度彼女と会ったときにちゃんと仲直りしておきなよ。君らの仲が壊れるなんて、被害者は望んでいなかっただろ?」

 それは当たり前のことで、はいと返事をした。

次回で大きめの動きをする予定です。

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