五十嵐亜里砂の心情
西条院と別れた優は、いつも一緒に帰宅する亜里砂と香月と合流する。
しかし、そも翌日……。
3
五十嵐亜理紗と最上香月は、校門の前で仁王立ちをしていた。その姿を確認した瞬間、自然とため息が出て、僕は恐る恐る彼女たちに近づいていった。
「や、やあ」
そんな挨拶をしても、二人が僕にくれるのは鋭い眼光のみ。
「……遅刻」
「しかも大遅刻。そして反省の色は見られない。どーする、亜理紗?」
ブラウンのショーカットに、陸上で鍛えられた体に、すらっとした長身。女子が憧れる女子ランキングという我が校の非公式ランキングでトップをとり続けている香月はこちらに冷たい目をむけたまま、隣の亜理紗に尋ねた。
「ええっと……」
そしてそんな彼女とは正反対な低身長な亜理紗。二人並んでいると、姉妹とかではなくまず例外なく「親子?」と尋ねられる。セミロングに少し巻き毛の金髪が今日も彼女を引き立てていた。
俯きながらも、香月は顔を少し赤らめつつ僕を上目づかいで見つめながら、香月の質問に答えた。
「――死刑」
「なるほど。おら、そこに寝ころびな、優」
「待ってよ。どうして遅刻で死刑なの? さらになんで寝転がるの? どう殺す気だよ」
「――君が死ぬまで踏むのをやめない」
「勘弁してよ……」
きつい冗談をあびながらも、僕はなんとかその場で許しをもらえた。遅刻といっても一五分だけ、それでもこの二人を待たせたらこうなってしまう。
通称を『花園の薔薇』と呼ばれる、この亜理紗と香月。二人とも、僕の幼馴染。昔から、といっても僕がこっちに引っ越してきてからだけど、とにかくずっと仲良くしている。
もともと男勝りな香月に、内気に見えてある意味香月よりも毒のある亜理紗。彼女たちにちょっかいをかけた生徒が犠牲になることはしょちゅうだ。いつしか「バラの棘みたいに鋭くて、近づいたら危ない」って意味でついた通称。
「また、あの人に会ってきたんだろ?」
香月は腕組みをしたまま、不機嫌そうに問い詰めてくる。
「うん。先生に頼まれたんだ、仕方ないよ」
「どーだか。優のことだからね、喜んで行ったんじゃないか?」
「――その可能性が高い。優はあの人に甘い。警告した、深入り厳禁と」
「別に深入りは……」
してないと続けようとしたけど、そこでやめた。だってそれは嘘だ。僕は先輩に確かに深入りしている。なんだか、知り合ったときからほっとけない。
なんせ僕が入学した時からずっとあそこにいて、なんだか僕が知る誰よりある意味自由に生きていた。正直に言うと、その姿に見とれている。
「ったく、ろくな女じゃない。自分から魔法少女と名乗るあたり、頭がどうかしてるんだよ」
香月は言葉を選ばず、そう断言した。そして亜理紗もこくこくと頷く。
「魔法少女はエラーが危険。特にあの先輩は危ないと考えられる」
「エラーなんて滅多に起きないでしょう。それに先輩はそういうのじゃないよ」
あの先輩がそんな機械的なことで暴走するなんて考えられない。
「んなことわかんないだろ、実際にエラーのせいの事件はいくらでもあるんだ。しかもエラーは起こした本人は記憶にないっていうし、あの人もそうなるかもしれないぞ」
「そう、魔法少女のエラーは数々ある。その魔法少女の生命が終わるまで続くエラーもあれば、一時的なエラーもあって、それは記憶に残らない。だからこそ、彼女たちは危険」
二人の心配を僕は思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら、ないないと否定した。
「先輩は変わり者なだけだよ」
「ああ、もういいっ。人が心配して言ってやってんのに、聞く耳持たないなら勝手にしなっ」
先輩へのフォローが許せなかったらしく、香月が言葉を荒くして会話を打ち切り、校門から外へ出ていった。
「……優、謝罪を」
「……わかってる」
亜理紗に言われるまでもなく、そうするつもり。校門を出て、足音をたてながら歩いていく彼女に追いついて、その隣に並んだ。
「香月、ごめん」
「うっさい。ついてくんな」
そんな言葉をぶつけられながら彼女の前に回り込んで、正面から彼女をとらえる。そして彼女のと手を包むようにして掴んだ。
「ごめん、それでありがとう。僕のためなんだよね。わかってるよ」
そう笑いかけると、香月は一気に顔を赤くして、すごいスピードで目をそらした。
「は、恥ずかしいことしてくれてんなっ!」
「うん、でも許してほしいからさ」
「わ、わかったっ。もういいっ」
香月が許してくれたので、手を放した。彼女はそのまま両手で自分の頬を包むようにして顔を隠した。
「……相変わらず、女たらし」
いつの間にか僕の真後ろにいた亜理紗がそうぼそっとつぶやいたあと、弱い蹴りをいれてきた。
「痛っ」
「無自覚は罪」
そんなよくわからないことを言われても困る。香月はいつもああすれば許してくれるから、そうしてるだけで深い意味はない。でもなぜだか亜理紗はその度に同じことを言ってくる。
赤くした顔の香月に亜理紗が近づいていき、「落ち着いて」と声をかけていた。香月はその言葉に頷きながら、深呼吸を繰り返す。
「――と、とにかくっ、優! あの女はともかくとして、遅刻は許さない! 何か奢れ!」
さっき許してくれたはずなのに、深呼吸を終えた香月が指さしてそう命じてきたので笑いをこらえながらわかったよと答えた。
それくらいいつものことじゃないか。
その後は三人で近くの自動販売機でジュースを買い、ベンチに座っていっぱい話をした。今日の出来事、昨日の晩の出来事、それ以外もたくさん。
僕らの日課。一緒に帰ってたくさん話す。もうずっと、何年も前から続いているもの。僕はこの時間がとても好きで、それはきっと二人も一緒だと思う。
大人たちが言うには学生のこういう姿だけは昔と変わらないそうだ。僕はそれを聞く度に、ああ、本当に幸せなことなんだって自覚する。
二人の笑顔を見ながら。
4
「優」
まだ登校したばかりで頭が完全に目覚めていないせいで、机に座ったままうとうととしている僕に誰かが呼びかけてきた。
「なに、亜理紗」
「……香月が来てない」
亜理紗は寝癖がまだ直っていなくて、つむじあたりの髪が直立していたけど、そんなことは気にすることなく報告をしてきた。
「寝坊じゃないの。連絡、来てない?」
「来てない。香月はあと一度遅刻するとブラックリストに自動エントリーされる。危険」
「ええ、そんなに遅刻してたっけ?」
ブラックリストって昔は店がクレーマーなどをマークしていたリストだって聞くけど、今はそうじゃない。素行に問題のある生徒がある点数に達すると、データ上で自動的にエントリーされ、何かと面倒なことになる。
僕はまだ寝ぼけている頭をこんこんと叩く。
「端末、動く?」
「まだ僕が起きてないから鈍いけどね。亜理紗のは今メンテナンス中だっけ?」
「そう、とても不便」
僕たちはだいたい頭の中に、眼と直結する端末が入っている。昔は携帯電話とかスマートフォンと呼ばれていたそうだけど、今はもう体にそれが埋め込まれていて、誰かと連絡をとるのもこれでやる。
ただ脳と繋がっているから、本人が万全じゃないと動きも鈍くなる。そして今の亜理紗みたいに時々数日のメンテナンスが必要。そんな面倒なもので、僕は香月に通信を試みる。
「……出ないね」
「完全に眠っている?」
「かもね。熟睡だと電源が落ちてるようなものだし。ああ、裕香さんに連絡とるよ」
僕は通信を切り替え、香月と二人暮らしをしている彼女の姉、裕香さんに呼びかける。
妹と違って、姉の応答は素早かった。
『おっはー、ユー。元気してた?』
僕の目の前に半透明の女性が姿を現す。スーツを着こなした、ポニーテールの女性。僕に向かっていつも通りのハイテンションで手を振っていた。
「おはようございます、裕香さん」
『おお、真面目な挨拶ぅー。なんか冷たいわー』
ちなみに彼女の姿は僕にしか見えてない。端末同士が繋がった人間にしか目視できない。
「仕事中ですか」
『うん、社畜ってる。やばい、ここ二日寝てない、死ぬかも』
よく見ると確かに彼女の目の下にはメイクでは隠し切れないくまがあった。彼女がワーカーホリックなのは知ってるので、驚くことはないけど。
「ああ、じゃあ家には帰ってないんですか?」
『家? うん、この二日は会社よ。なに、香月がなんかした?』
急に目を鋭くして、両手を腰にあててポーズをとる。香月は姉の裕香さんにだけは頭があがらない。その理由はとても単純で「怒ると怖いから」だ。ただ気持ちはわかる。僕と亜理紗も昔一緒に悪戯をして、鬼の形相で怒られた。あれはトラウマになってる。
「遅刻しそうなんですよ。端末で呼びかけてください。裕香さんのなら起きそうだから」
そうお願いすると、裕香さんはきょとんした顔になる。
『え、ユーと一緒にいるんじゃないの?』
思わぬ言葉に今度は僕が聞き返してしまった。
「え?」
『だって、昨日の夜に香月から連絡きたわよ。友達と遊ぶから帰らないって。てっきりユーとアリーだと思ってた』
僕はとっさに亜理紗の手を掴んで、そのまま教室から飛び出した。何がなんだかわからない彼女は足をからませながら、こけそうになる。
「ゆ、優、状況説明」
「香月が昨日から家に帰ってないんだってっ!」
廊下に出ても走りながら、通信を続ける。裕香さんは僕のリアクションに、急に不安げになった。
『え、どういうことよ。ねえ、ユーッ』
「今から香月の家に行きます、なんか不安ですっ! 裕香さん、ロックを解除しといてください!」
『わ、わかった。ユーの声で開くようにしておくね!』
廊下を走り抜けていく僕らを何人もの生徒が不審な目で見て、そしてよけていく。一階に降りたところで先生とぶつかりそうになったのをなんとかよけた。
「お、おい! どこに行」
「先生! 僕と亜理紗は今日休みます!」
先生の怒鳴り声を無視しながら、僕は亜理紗を引っ張って走り抜けた。
胸の不安をごまかすように。