西条院凍雨の魔女裁判論
高校生の優は自らを魔法少女と自称する変わり者の先輩・西条院に合いにいき、そこで「魔女裁判」というものが何かを教えられる……。
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魔法少女は差別対象である。
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『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』
かの有名なアーサー・C・クラークの言葉であるけど、おおよそ不思議なことに人類はそんなことはなかった。四角い箱で世界と繋がり始めても、板が光ってそれに触れるだけで操作できるようになっても、どんな怪我でも治せる細胞ができあがっても「科学は科学」と割り切って考えられていた。魔法のようだと称賛しても、魔法とは思っていなかった。
そんな、或る意味で意固地な人類をもってしても「魔法」と呼ばれるものができたのは、今から数十年前にさかのぼる。
『魔法少女』の誕生が、クラークの予言を的中させた。
正式名を『絶対精巧機械少女人形』というロボットが誕生したとき、人類ははじめて魔法に触れた。そのすべてにおいて何も自分たちと変わらない機械人形は、常識なんてものではなく、この世の原理を超えた存在であった。
彼女たちは感情を持ち、成長し、コミュニケーションをとり、人類とまったく同じことができた。人類が人類を作ったと表現した者もいる。それほど彼女たちは、自分たちと変わりがなかったのである。
ゆえに彼女たちは人類とともに過ごすことを許された。またたくまに普及し、街でペットを見かける割合で彼女たちが点在するのに、十年はかからなかった。
業務用として企業に育てられた者、過疎地域で子供の遊び相手にと行政に育てられた者、一般家庭に家族として迎えられた者。その生い立ちはさまざまであった。
彼女たちは人類に溶け込み、同じように歴史を刻み始めていた。歓迎ムードだった人類を一遍させる事件が起きるまでは。
一人の魔法少女が、自分の家族を惨殺した事件。通称『404事件』。彼女はある日突然、機械的なバグを起こし、育ててくれた両親と、その子供二人を惨殺した。そして通報でかけつけた警官隊に襲い掛かり、結局人類では脳髄にあるコアが破壊されるまで暴れまわり、警官隊に多数の負傷者を出した。
事件が起きたのが四月四日であったことと、いわゆるネットでよく見かけた『404 Not Find』から由来された事件名。
この時人類は魔法少女がふとしたきっかけで彼女たちは自分たちに牙を剥くのだと学んだ。まったく笑えるお話である。そんな事件は人類同士でしょっちゅう起きていたのに、なぜか魔法少女が犯人だとわかると、世紀の大事件のように取り扱った。
以後もエラーによる事故や事件が続いたが、あまりにも普及し続けた彼女たちの生産を止めるわけにもいかず、気づけば人類の隣にはいるが、まったく同じ姿をしたただの機械というに認識に変わっていった。
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「魔女裁判って知ってるかい」
細い銀のフレームに、小さな楕円形のレンズの眼鏡をして、後ろ髪を腰まで、前髪をちょうど目の高さまで伸ばした、細身の人でさえ「細身だ」と表現するほどのスタイルの彼女、西上院凍雨が文庫本を片手で広げながら、少し悪戯っぽい笑みを浮かべつつ訊いてきた。
「大昔のあれでしょ、ヨーロッパかどっかの差別のあれ」
「君は指示代名詞が多いね。ま、いいさ。言いたいことはわかってあげたから」
彼女はいつもの指定席である、校舎と校舎に挟まれた校庭の中にある、もう水を吹きだすことがない噴水に腰かけながら、ため息をついて文庫本を閉じた。いまどき紙の本なんて読み続けてるあたり、彼女の変わり者っぷりが垣間見られる。
この噴水は大昔に建てられて、まだ水質管理等を人間がしていたころの遺産だ。いまどき、そんな手間をかけてられない。だからもうずっと前に止まってしまったもの。
子供には緑が必要という、九〇年代からゼロ年に流行った、よくわからない風習のせいでこの高校だけじゃなく、全国の高校でこういう校庭と呼ばれる場所がある。ただ、そこに足を運ぶのは少数派。当たり前だ、いまどき仕事でもないのにどうして土の傍になんかよらなくちゃいけないのか。
この噴水は特に昔ながらの趣がある。噴水の周りには花壇があり、僕らの身長くらいの草花が伸びている。虫が飛んでいて、あまり長居したくない。だから生徒の誰も近寄らない。
その例外である西上院先輩は立ち上がると、突然近くにあった一本の花を指さした。
「この花は造花だ」
「え、そうなんですか?」
僕も座っていた白いベンチから立ち上がって、先輩が指さした花を凝視した。
「……わからないです」
「そりゃわからないだろ。いまどき造花と普通の植物と違いがわかるのは、専門危機を持ってる業者だけさ」
彼女はそういうと何の躊躇もなくその花を千切り地面に落とし、力をこめて踏みつけた。
「これが魔女裁判だよ」
なにをどう満足したのか、先輩は一昔前でいう「ドヤ顔」というやつで僕を見た。微笑をうかべたときに目立つ、唇の横にある小さな黒子が妖艶で、見とれてしまいそうになる。
「い……いや、違うでしょ。ちょっと待ってくださいよ。魔女裁判って確か無実の女性が魔女だとか言いがかりつけられて、裁判にかけられて殺されたってやつでしょ」
「細かく言うともっと色々あるけど、概ねその通りさ。史実を引き出せば更に深いけど、それでいい。歴史はほどほどに勉強するものだ、掘り下げるものじゃない」
「じゃあ、先輩の今の魔女裁判じゃないでしょう。これが造花かどうかは知らないですけど、造花の可能性もあったわけですから」
そもそも造花という理由で踏みつぶされたのなら少し理不尽。ただ先輩は僕の言い分を聞き終えると、目を瞑りながらも「うんうん」と頷きつつ、指定席へ戻っていった。
「つまり、君は史実にある魔女裁判で裁かれた女性の中に魔女はいなかったと言いたいわけだ」
「そりゃそうでしょ。まさかあの時代に魔法少女がいたわけないし」
「魔法少女はいなかったけど、魔女がいた可能性はあるとは思わない?」
「え、あ、は? つまり、なんて言うんでしたっけ、昔のゲームによくでてきた、あれ……」
「相変わらずの指示代名詞の多さだ。おそらく『魔術』と言いたいんだろうけど」
呆れながらも先輩は僕の考えを見抜いてくれた。そうですそうですと全力で頷く。
「それが実在したってことですか?」
「あったかもねえ、否定できない」
自分で言いだしておいて、先輩は晴天の空を見上げながらどこか投げやり気に答えた。
「なんですか、それ」
「つまりね、君は魔女裁判を『無実の人が言いがかりをつけられて殺された悲劇』ととらえているわけだ。ここ、間違ってないよね」
「ええ」
ふむふむと先輩は納得しながらも、片目だけ開けて、疑り深い目で僕を見つめた。
「中世ヨーロッパに魔術を使えた女性は一人もいなかったと?」
「中世ヨーロッパだけじゃなくて、今の日本でもですよ」
「証明するといい」
思わず「え」と声を漏らしたが、動揺した僕とは対照的に先輩は極めて落ち着いていて、さあと催促してくる。ちょっと口元に笑みを浮かべながらも、彼女はそれ以上何も語らずこちらの答えを待った。
「いやだから、魔術なんてあるわけないですから……」
なんだか責められている気分になってきて、語尾が弱くなってしまう。そんな僕の様子を先輩はじーっと見つめたあと、ククッと声を出していたずらっぽく笑った。
「そう、あるわけない。だけど驚いたことにそれは証明できない。あったのは、あるわけないという常識だけだ。だからね、あの魔女裁判と呼ばれる史実は『物事を証明するのは極めて難しい』という教訓なんだよ。知ってることを証明するのは簡単なのに、知らないことやできないこと証明するのは至難の業になる。隠しているだけじゃないかって思われてね」
先輩はジャンプするように立ち上がると、さきほど自分が踏みつぶした花の前にしゃがみこんで、平たくなった花びらを一枚持ち上げると、それをくるくる回し始めた。
「この花が喋ることができたとしても、自らが造花じゃないと証明できなかっただろうね。だから魔女裁判なんだよ」
花びらに「ごめんね」とつぶやいたあと、その場に戻した。
「――で、何の用かな?」
急に話を終えて、そんなことを尋ねてくる。彼女の話に囚われていた僕もそこではっと思い出して、鞄から封筒を取り出し、それを先輩に渡した。先輩は「ああ、もうこの時期か」と封筒を開けることもせず、折りたたんでポケットにしまった。
「学費の請求書だね。悪いね、毎度」
「いやいいですけど、これくらい」
本当はこの封筒を渡すだけの用事だったのに、先輩が僕の顔を見るなり挨拶もしないままに「魔女裁判って知ってるかい」なんて訊いてくるから、飲み込まれてしまった。
先輩は基本的に教室に顔を出さず、ここで一日を過ごすから教師からすると顔を合わせる機会がない。機会がないならいいけど、作ろうともしない。だから、先輩の交友のある僕にこの役回りが回ってくる。
「今日は魔女裁判関係の本を読んでたんですか」
「昔から気になっていてね、よーやく手に入った。海外からの取り寄せだったから、時間を要してね」
「紙の本にこだわるからでしょ。電子書籍ならすぐに読めます」
「いやでも、機械が機械で本を読むなんて滑稽じゃないか」
先輩はそう自嘲気味に笑うけど、僕はそれを笑えない。やめてくださいと真顔で訴えると、そんな僕のリアクションに先輩は頬を人差し指で掻きながら、困った表情をする。
「私はこういうやつさ。だからこんなところにいる。そろそろ慣れてくれないかい」
「嫌ですよ。先輩、いい加減そういうところなおしてください。先輩が魔法少女だってことを吹聴して、何かいいことありましたか?」
『西上院凍雨は魔法少女だ』ということは、もはや全校生徒の周知の事実になっている。このご時世、自らが魔法少女だと認めて、しかも公言し、差別対象になるなんてどうかしている。最近では魔法少女は自らがそうだということは隠して生きるのが常識なのに。
魔法少女だということが周囲にばれていじめや差別、それによる引っ越しの原因になることだって珍しくないのに。
「隠し切れないからね。隠すのも面倒だし。わかった、君にとって笑えない冗談を言ったことは謝ろう。すまなかったね」
そういうことじゃないのに、先輩は素直に謝って、話を打ち切ってしまった。言いたことは山ほどあったのに、それをやられてしまうと何も言えなくなってしまう。
そんなもどかしい様子の僕を見ながら、先輩は自らの右腕にはめた腕時計を見せつけてきた。これもまた旧時代のものだ。いまどき、時間なんて目に埋め込んでいる端末で確認できるのに。特に魔法少女の先輩なら。
「いいのかい、もう四時半だ。愛しい彼女たちが怒る時間帯じゃないかい?」
先輩が腕にはめている時計は針時計と呼ばれるもので、僕が先輩に会うまでそのよみ方どころか、存在もしらなかったものだ。そして確かに針は四時半をしめしていた。
「やばっ。先輩、今日はこれでっ」
「うん。長々と悪かったね。また今度、遊びに来ておくれ」
先輩は小さく手を振りながら、大慌てで校庭を後にする僕を見送ってくれた。
SFチックなミステリを書こうと思って書いた作品です。
原稿用紙で90枚ほどの作品となっております。