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プロローグ

その場所は、戦場だった。

しかし、行われていたのは、一方的な惨殺だった。

一方には快楽を、一方には苦しみが運命から与えられていた。

ゆえに、戦場とは名ばかりの地獄だった。

襲う側は人間、死していくのは魔族。

魔族たちの居城は血に染まり、行く先々で悲鳴が、そして死体が転がっている。

その中を、1人の少女は走っていた。

ある部屋へと続く廊下を。

鮮やかであったはずのドレスは裂け、体には血が滲み、月夜の光を反射し輝くはずの美しい銀の長髪は、しかし色あせているようだった。

自らの体がどうなろうと、少女はどうでもよかった。

悲鳴が耳に届き、今にも泣き出しそうになるが、我慢する。

この先にいるあの方に会えば、あの方が動けば、状況は変わる。

その確信があった。

しかし、ならばなぜ、あの方は出てこないのか。疑問はあるが、今は胸の奥にしまいこんだ。

「はぁ、はぁ、はぁ。」

息を切らし辿り着いた部屋には、すでに扉はなかった。

中から数人の話し声がする。

少女は中に飛び込んだ。

「お兄様!!」

希望に満ちた声で。

自らの兄を。

魔族の希望たる魔王を。

しかしー


「え…?」


少女の目に映ったものは、荒らされた部屋と、数人の人間。そして…

「お兄様?」

地に付し、なおも蹂躙される魔王の姿だった。

その背中には剣が刺さり、所々にえぐられた跡。そして周りに広がるおびただしい血液。

それをゆがんだ笑顔で見つめる人間たち。

再び剣を突き刺そうとした人間の動きが止まる。

こちらに気づき視線を送ってくる。

その目には狂気が宿り、その口元の笑みは、もはや人間と呼べるものではなかった。

「へぇぇ。まだいたのかぁ。大層な美人さんじゃねぇか。いや、待てよ。今お前、このボロクズを兄様って呼んだか?」

剣を下ろし、男が近づいてくる。

体が言うことを聞かない。

まるで金縛りにでもあったかのようだった。

動かなくては、戦うにしても、逃げるにしても。

しかし動かない。

「このボロクズは、一応は魔王様なんてのをやってたみたいでなぁ。その妹ってことはさぁ、美人さんでも逃がすわけにゃぁいかねえんだわ。」

ボロクズ…

この男は、いまなにをそう呼んだ?

いや、二度に渡って呼ばれた対象は一つに限られる。

自らの兄に対しての侮辱は、少女の精神の束縛を解くには十分だった。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

少女が叫ぶと同時に突き出された手のひらには魔法陣が浮かんでいた。

この魔法で人間たちを吹き飛ばす。

人間を数人消すには十分すぎる爆裂の魔法だった。

人間を消しすぐに兄の治療をしなくては。

それだけがいまの少女に考えられる全てだった。

しかし、少女は失念していた。

自らの兄を、魔族の頂点に立つ男を倒したのが目の前の人間たちであったことを。

そのことに、少女はすぐに後悔した。

「おっと、はえぇな!」

後ずさる男はしかし、にやぁと不気味な笑みを浮かべた。

「ざぁあんねんでーした。」

言い終わるよりも早く、少女の展開した魔法陣は、粉々に砕け散った。

状況がすぐには飲み込めなかった。

魔法が砕かれたこともそうだが、それよりも、男の持っている、神具に。

「そんな、どうして?」

呆気にとられる少女を置き去りに男は迫る。

少女の兄を、魔王を刺したその剣で、今度は少女の胸を突き刺した。

「…………っ!!」

声にならない悲鳴。

自分の命が流れて行くのがわかる。

自らも血の中へと倒れながら少女は兄を探した。

最後にもう一度兄を見るために。

しかしその願いは叶うこと無く少女の意識は途絶えた。


少女の意識が闇へと沈むのと同時に、闇のそこにあった王の意識が現実へと戻った。



ゴォォォォォォォォォォォォォ!!

黒い嵐が、部屋の中で起き、人間たちはたちまちに壁へと叩きつけられた。

その中心には、今なお血まみれの、魔族の王が立っていた。

「お前たち、この蛮行許されると思うなよ!」

その目からは死にかけとは思えないほどの、威圧感が発せられる。

「ば、バカな!なぜ魔力が!神具が効いていないのか!」

先ほどの不気味な笑みは消え去り、男の表情には焦りが生まれる。

「まさか、神族と手を結ぶとは。救われた恩を忘れて、自らの欲に支配されたか人間共!」

発せられた言葉に乗り、風が男たちを襲う。

肉片と化し崩れる男たちを背に、魔族の王は妹の元へと向かう。

「すまぬな、もう少し早く戻って来られれば良かったが、一歩間に合わなんだか。」

魔族の王は自らの身を見て、自らの体も限界が近いことを悟っていた。

「しかし、お前だけは死なせはせぬ。」

そう言うと魔族の王は虚空に手をかざし、一本の剣を召喚する。

片手で剣を少女にかざし、もう片方の手で少女の髪を撫でる。

「しばしこの剣の中で、私の後継者が現れるのを待て。闇の中で有っても、その者ならば、お前を見つけてくれるだろう。」

そして髪を撫でていた手は胸の、貫かれた心の臓にかざされていた。

それまでは私の力で騙すことにしよう。と心でつぶやき、魔法を紡ぐ。

光だした少女は、そのまま剣と同化して行った。

そして光の粒子となって剣も消えて行った。


1人、部屋に残った魔族の王は窓の外の月明かりを見ながら、己の体を燃やし始めた。

かつて救った人間たちに、裏切られ、仲間を、妹を殺されかけた。

倒したはずの親族が人間たちを謀ったのか、それとも…


と、そこまで考えて、魔族の王は、はぁとため息をついた。

今更自分にはなにもできはしないのだから、と。

「人が皆、お前のような者達であれば良かったのにな。天魔よ。」

古き友の名を口にし、ククッと笑がこみ上げてくる。

私の意思はすでにあいつに託した。

もう、私がいなくても、大丈夫だろうか。

理不尽な最後ではあるが、それでも最後に友に会えたのだから、それもまたいい人生なのかもしれないと魔族の王は笑うのだった。

体の大半が燃え尽き崩れて行く。

もはや意識は無く、燃えて消えるのみとなっていた。



床へと崩れ落ち、燃え盛る魔王の上半身は、心の臓だけが欠落していた。


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