第一部なので、サブタイトルは無し。
この作品には、巨大地震や津波の描写があります。
東日本大震災の被災者でトラウマのある方は、見ないほうが無難です。
このたびの東日本大震災で被災した皆様に、心から御見舞い申し上げます。
あなた達を救う未来人のヒーローが現れることは無かった。
この作品には巨大地震や津波の描写があるが、東日本大震災から思いついたわけではない。
この小説の原型は2003年に書かれていて、2004年のインド洋大津波より早い。
何回も出販社から突っ返され、没になった。
ただし今回は、物語に整合性を持たせる都合上、控えめながら、インド洋大津波や東日本大震災についての記述がある。
アトランテイスの王女。
中村新一の作品。
プロローグ。 『マザーシップの中で』
西暦紀元前1369年。 北半球の初夏。
とてつもなく巨大な宇宙船が地球をめぐる静止軌道上に浮かんでいた。 とにかく大きい。
20世紀末の50万トンタンカーの6倍はあるだろう。
20世紀人が考える巨大な船といえば、戦艦大和か、原子力空母エンタープライズだろうが、ここに大和や、エンタープライズがあっても、ヘビー級のプロレスラーの前の幼児みたいなものだ。
いくら、高度36000キロの彼方とは言え、これだけ巨大なら地上から肉眼で見えそうなものだ。
しかし透明化偽装装置の御蔭で地上からは見えないのだ。
最高級ホテルの最上階のレストランを思わせるような展望台があり、展望台の中では王女ユリアと、 その仲間達が星々を眺めていた。 ユリアは主治医であり、親友でもある高野涼子に親しく話しかけた。まったくの、タメ口だった。
「ねえ?涼子さん?あたしたちが初めて会ったときの事を覚えているかしら?」
涼子は、「覚えているよ。僕達がトロイの都で会ってから、まだ二年も経っていないのに、そんな事を言わないでよ」
涼子は女なのに自分を僕と呼び、舞台劇のピーターパンを思わせる、ボーイッシュで中性的な顔をユリアに向けた。
少年のように短い髪の涼子と、長い髪をポニーテールにしたユリアは、同じ黒髪でも極めて対照的だった。
「僕は、博物館のフレスコ画でユリアの顔を知ってたよ」
「あたしは自分の顔が博物館に残るなんて、全然思わなかったわ」
「それは・・・そうだろうね」
「ユリアの顔が残ったのは、あんたたちがそれを望んだからだ。そうだろう?」とユリアの幼馴染のロシア娘ヒッポリュテーが言った。
もっとも、この時代にはまだロシアは、影も形も無いのだから、スラブ娘と言うべきだろう。
ヒッポリュテーはスキュタイ風の暖かそうな服を着ていて、顔付きはどうみても、生粋のロシア人だった。
涼子は苦笑した。「確かに、その通りだよ。もっとも僕達がここに来る前から、ユリアの顔は残っていたけどね」
「面白いですわ」とユリアの従妹のレダが冷やかした。
「タイムパラドックス、とか言うやつかしら?」
「だろうね」涼子はうまくかわした。
「パラドックス多いに結構」金髪碧眼のフレイアはビールをがぶ飲みしながら、「あたしがここにいる事自体がパラドックスだ、そうだろう?ミネルヴァ女史?」
ミネルヴァというのは女神アテナのローマ名だが、ミネルヴァ女史は女神アテナと同じく、すらっと背が高く、灰色の眼をしていた。
「そうね、フレイヤさんは、ここからみても遥かな過去で生まれて、37世紀で高度な教育を受けて、工学博士になったのだから、何人なのかは、わかったものではないわ」
「あたしがネアンデルタール人ではない事は確かね」
純粋クロマニョン人のフレイヤは、ヒトラー時代のドイツなら、完全無欠なアーリア人と認定されるような、物凄い絶世の美女である。金髪碧眼で、白人で、古い名画の、ビーナスの誕生を連想させる、とてつもない完璧な美女。 眼の前にいる美女を、フレイヤと命名したのが誰かは、涼子は知らない。 しかしフレイヤが北欧神話の金星の化身で、(だから金曜日は、英語でフライデイなのだ)北欧のビーナス(金星)である事を思えば、絶妙のネーミングだ。
ビーナスは美女の普通名詞だが、フレイヤは名前負けしていない。美の化身みたいな美女だ。
混血が進んだ37世紀ではここまで完璧な白人は珍しい。
もっとも、高野涼子も37世紀では非常に珍しい、完全無欠な、生粋の日本人である。
涼子は元々は、37世紀人ではない。もっと古い時代の日本人なのだ。何と両親は室町時代の日本人だ!!
「ミネルヴァ先生がいなければ、僕達が出会う事は無かった」
「そうね。ミネルヴァ様の御蔭であたしは生きている」
「女神アテナは、知恵と戦いの神であって、時間と運命の神じゃないけどね」とミネルヴァは指摘した。
黒髪ツインテールのレダは、眼をくりくりさせながら、「ミネルヴァ様が本物の女神アテナでないのは、いまだに納得ができませんわ」と言ったが、それも無理は無い。
「私達は人間であって、神ではない。地上で、ヘブライ人に正直に話したでしょう?」
ミネルヴァの言葉に涼子は、「形式でも、ギリシア正教徒だから、十戒に従ったのですか?どうせ本気で神なんか信じていないのに?」
「37世紀では、不信人者が多いけど、キリスト教の倫理は生きているのよ。涼子さんも知っているでしょう?」
「知っています」涼子は自分が戦国武将の側室の娘だと知っている。 生母と実父が正式に結婚した事は一度も無い。涼子には負い目だった。 自分は厳密には婚外子で、準正ですらないのだ。 37世紀の高野家の養父母は、自分を実子同然に育ててくれたが、それにしても、一夫一婦制が守られる時代では、何とも肩身が狭い。
涼子は、「モーゼに会うのも、ここに来た目的のひとつだったんですから。一応会えましたが」と言ったが、ミネルヴァも、「モーゼの正体には驚かされたけどね」と言った。そこで、赤毛の日系カナダ人のオペレーター、ダイアナ、フルネームは、ダイアナ・ケイ・湯川が合いの手を入れた。
「ある程度予想していましたけどね」
ユリアの従姉で義姉のクレイトーは、凛とした声で「わたしはそのモーゼという人に会っていない」と言ったが、涼子は、「そのうち会えると思います」とだけ答えた。
女官テアは、クレイトーの愛児ネイトの世話に余念が無い。
王女ユリアは地球を注視した。「クレタ島が見えないわ」
「どうせアカイア人に占領されているのに?」
「生まれ故郷は気になるわ」
「思い出を語り合おうよ。僕達が初めて会ったあの時を。時間を飛び越えて出合った、あの日々を」
涼子は地中海に望遠鏡を向けた。
「あの日々を」とユリア。
第一章。 旅立ちの日
西暦紀元前1370年の春。クレタ島にて。
「姫様、旅の支度が済みました」
「うん、ありがとね」
王女ユリアはいつものように、さばけた話し方で答えた。
女官長のテアは少し困った顔で、「姫様、一国の王女ともあろうお方が、そんなにアバウトでは困ります」
「いいじゃないの、これがあたしの持ち味よ」
「姫様、わかっているんでしょうね?今回の旅の目的が何なのか言えますか?」
「外交使節団のリーダーとしてトロイの都に行き、その奥地のヒッタイト帝国を表敬訪問する」
「その先は?」
「コーカーサスまで行くのよ」
「それから?」
「お友達と夏のバカンスを楽しむのよ」
「青銅の原料の錫を買い付けるんでしょうが!!」
「それも目的の内よ」ユリアはテアをからかった。
「どちらが大切かわかっているんですか? まったく?お父上に言いつけて、今回の旅から外してもらいますよ?」
「それは、困るわ」
この世に生を受けて15年、ミノア王家の第一王女として、ユリアは地中海のあっちこっちを訪問して回った。 しかし黒海の奥地のコーカーサスに行くのは7年ぶりだ。 前回は8歳だった。
エジプトやバビロンでは紀元前2000年頃には、青銅の原料の錫を掘り付くし、銅はまだまだ鉱山が残っているので、錫を求めて商人達が各方面に散っていった。
クレタ人は、と言うより全てのギリシア人達は、というべきだが、キプロス島に銅の鉱山が、コーカーサスに錫がある事を知っている。コーカーサスまで船で行くには、トロイの都を通り、馬鹿みたいに高い通行税を払わなくてはならない。勿論、トロイア人達はそれだけのサービスをしているが、ギリシア人は不満たらたらだった。ユリアは通行税の事は気にも留めず、春の陽光が輝くアムニソス港を見廻し、自分を母国から友人の領地まで運んでくれる戦艦の船首を見た。(この時代の戦艦は帆船であった)
航海の安全の為のお守り、すなわち目玉の様な絵を見た。
すらっと細長い、せり上がった船首は、海戦になっても敵の船体を軽々と突き破れる。
そもそもギリシア世界で最古の、そして最強の海軍を組織した、ミノア王家の王女の乗った船団を襲う馬鹿は、まずいないだろう。 他にも同じ様な戦艦はたくさんあるのだ。
しかも船員たちは櫂を漕ぐだけではなく、いざとなったら戦うのである。
ユリアはテアを急かして戦艦に乗り込んだ。
「いざ出発!!」 朝の陽光を右手に受けながら船団は北に向かって出発した。キュクラデス諸島の最南端のカリスト島は最初の訪問地である。そこにユリアの兄がいるのだ。
ユリアは陽光を浴びながらエーゲ海を北に進んだ。
エーゲ海は秋から冬にかけては荒れて陰鬱だが、春から夏にかけては楽園のように美しく、多くの船が航行していた。
キュクラデス諸島は天然資源が極めて不均一に分布しているのは、ギリシア人なら誰でも知っている。
ユリアが生まれる600年も前から交易は行われていたのだ。
船長が、「朝一番に出発しましたから、日没までには、兄上の館に到着します」と言ったが、ユリアは聞き流した。 そのぐらい知っている。いつもの事だ。
「暑苦しいわね。 タオルを取ってちょうだい」
ユリアはクレタ人だが、クレタ風の乳房を丸出しにしたドレスが余り好きになれず、外遊するときはギリシア本土に倣って、胸をすっぽり覆った服を着る事にしていた。
「ユリア様はクレタ人なのに胸を出さないんですね?」
「何?船長はあたしの胸を見たいの?このスケベ!!」
「下心はありません」
「あたしだって貴族の女の子とスポーツや神事をするときは上半身裸で半裸よ。外国人には見せないけど」
「わかっております」
「他の貴族の女の子は余り外に出ないのに、男みたいに外を飛び廻っているから、男みたいに色が黒くなるんですよ」とテアが指摘した。
「健康ならいいじゃない」
「人一倍よく食べるし」
「スポーツ好きだから、太らないわよ」
ユリアは腰の剣を取り出した。父親のミノス王から授かった鋼鉄の剣、守り刀だ。
「あたしを慰み者にしよう、なんて男はこれで片輪にしてやるわ」
「その剣は大切になさいませ。 エジプトのはずれに落ちた星の欠片で作ったのですから」
この時代、青銅器時代の鉄製品は、金よりも高価だった。
鉄を持っているのは特権階級の証である。
ユリアは時間を確かめる為に、空をちらりと見上げた。太陽を直視しないように気をつけたのは、言うまでも無い。 「正午は過ぎている。 もう少しね」
カリスト島からクレタ島まで行くのは目立つから楽だ。しかし、逆は少し厄介だ。
「私の腕は確かです。素通りするようなヘマはしません」
「信じているわ」ユリアは南の方に眼を向けた。
クレタ島は随分遠くなったが、それでも水平線に姿を消す事は無い。その前にカリスト島に着く。
秋や冬になると、晴れた日には兄の宮殿からクレタ島が良く見える。
春だって見えない事は無い。ユリアの故郷のクレタ島の、ミノア海上帝国は、この時代は世界の中心だ。
ユリアは超大国の王女様なのだ。 しかしユリアはクノッソス宮殿でかしこまっているよりも、他の貴族の女の子を誘ってスポーツでもしている方が楽しい。
他の女の子は余りスポーツをしないが、ユリアに誘われれば適当に相手をしてくれる。
王女と言えば、コーカーサスで遊牧の生活を送る友人は元気だろうか?とユリアは思った。
あの娘も王女なのだ。去年の使節団が持ち帰った私信ではあたしに会いたがっていた。
そのくらいなら、いっその事使節団と一緒にクレタまで来ればいいのに。
今回の旅の目的はユリアにはひとつしかない。幼馴染に再会することだけだ。
ユリアが友人の事を考えていると、船長の声が聞こえた。
「ユリア様、カリスト島が見えました」
かくしてユリアは最初の停泊地に到着した。兄のアトルが新妻のクレイトーと、三万人の領民と共に暮らす島。エーゲ海でもっとも美しい島、カリスト島に。
第二章。カリスト島にて。
アトルはクレイトーと共にユリアの到着を待っていた。
きのうの船便で明日あたりに行くと言われたので、美食家の妹のために、用意をしていたのだった。
この島は、何とも特異な形状をしている。
アルフアベットの、Cに良く似た、一部が欠けたリング型の島の中に、円錐形の島が入っている。
300年前の小規模な噴火でこんな形になったのだ。それ以降は小さな地震はあっても噴火は無い。
円錐形の島の中心にはアトルの宮殿だけではなく、貴族やら、大富豪やらの屋敷が並んでいた。
クレタ島に向かう訪問者はカリスト島を見て非常に驚く。
『何と美しい島なのだ!!!』と。
(注、カリストとは、美しい。と言う意味)
きつい坂道を歩いてユリアがやって来るのが城の塔から見えたので、アトルは入り口まで降りたが、いきなりユリアは抱きついて来た。 「久しぶり!!」
「相変わらずね。義妹ながら呆れるわ」
「どう?クレイトー?お腹の子は元気?」
「元気に動いているわよ。叔母さんみたいなじゃじゃ馬にならなければいいけど」
「相変わらず姉貴ぶった口を利くのね。従姉で義姉だからそれも仕方ないけど」
入浴を兼ねてプールでひと泳ぎしてから、プールサイドで夕食になった。降るような星々と松明の火。
そして海の珍味。 いつもの事だが何とも豪勢である。
ユリアは牛の首の形をした混酒器でねっとりとしたワインを水で割りがぶ飲みした。
バビロンではワインを水で薄めて売ると、酒場の主人は死刑となる。
しかし、ギリシア人の間では生のワインを飲むのは野卑な行為とされる。
そもそも、この時代のワインはアルコール度数が低くて、甘く、ストレートで飲むのは、逆に飲み難い。
「ところで兄さんは、今回はコーカーサスには行かないけど、アカイア人との交易は上手く行っているの?」
「ああ、うまくいっている。アカイア人は面従腹背でもこっちに従っている。
ついこの前も黄金のカップを友好の印に進呈したぞ。喜んで受け取っていた」
「カップ?牛取りの儀式を浮き彫りにした、例のやつ?」
「そうだ」
「あれはアテナイ王家の宝になるわよ。 きっと後世に残るでしょう」
「たぶんね」
(注、このカップは実在する。スパルタのヴァフイオにあるミケーネ時代の古墳から出土し、アテネの考古学博物館に展示されている。これについては後で述べる)
「そういえば、イタリアはしばらく行っていないわね。 5年前に兄さんと行ったきり」
「ああ、覚えているさ。シシリア島はクレタやギリシア本土の移民の御蔭で文明化しているが、イタリア本土はまだまだ未開だな。あと500年ぐらいは後進国のままだ」
「1000年後なら大帝国を作るわよ」
「1000年後なんて確かめようが無い。ユリアはたいした予言者だな」
「1000年後なら予言が外れても、どうって事は無いわ。どうせ生きていないし、仕返しもされない」
「面白いことを言うな」アトルの突っ込みにユリアは、「どうせ人間は神様じゃない。行き当たりばったりに、時間の中を生きていくしかないのよ」
「正論だね」
そのとき、ぐらりと地震が起きた。
「地震?」
「海神ポセイドンが少々機嫌が悪いのさ。心配ない」
やがてユリアは酔いつぶれて、眠りに落ちた。
いつものことなので、 テアは侍女達に命じて、ユリアを客用の寝室に運ばせた。
第三章。カリスト島から出発。
翌日の午前、ユリアはカリスト島の貴族を乗せて、早めに出発した。
「おじ様は本気なの? 息子の嫁を探す為にコーカーサスまで行くなんて?」
「はい、コーカーサス人は白人なのですから、息子の嫁に相応しいでしょう」
「どうせならアカイア人にした方が無難だと思うわよ? あたしの従妹のレダは、母親がアテナイの王族だったわ。現在はクレタに帰化しているけど」
「コーカーサスに美人が多いのは、ギリシア本土でも、クレタでも有名です。そうでしょう?」
「勝手にしなさい。 あたしは干渉しないわよ」
ユリアは呆れ果てた。よりによってアマゾネスから息子の嫁を迎えようとは? クレタではギリシア本土より女性の地位が高いけど、アマゾネスは極端な女性上位。 息子が苦労しても知らないわよ。
(ここで、回想シーンは中断。 最初に戻る)
涼子はマザーシップの展望台でユリアの話を聞いていた。
「ふーん?アマゾネスを息子の嫁にねえ?」
ミネルヴァ女史は、「アマゾネスが実在の種族だと主張したのは、帝政ロシアの考古学者、AAボブリンスコイ伯爵だったわね。19世紀の末から20世紀の始め頃だった」
ヒッポリュテーは、「その、ロシア人だか、ウクライナ人だかが、アマゾネスの子孫だって?」と聞き直した。
ミネルヴァが、「そうよ。ソビエト連邦という超大国を造るのよ。もっとも、37世紀には陰も形も無い」
涼子が、「ロシア革命後もソ連の考古学者たちは、黒海沿岸のロシアやウクライナの古墳の発掘で、ボブリンスコイ伯爵の意見が正しいという証拠を発見していた。しかし西側では人気の無い説だった」と述べた。
フレイヤが、「そもそも、古典期時代の壷の絵を見れば、スキュタイ人とアマゾネスが同じ服装だと気付く筈よね。 スキュタイ人とアマゾネスは、オリジナルのギリシア神話では、同盟を組んでアテナイに攻め込む。 しかしスキュタイ人は大スラヴ民族、ロシア人やウクライナ人の先祖なんだから、 アマゾネスがスキュタイと同族でロシア人の先祖だと、もっと早く気付くべきだったわ」と述べて、
ミネルヴァ女史は、「オリジナルのギリシア神話では、アテナイの戦士たちはアマゾネスの女戦士を捕虜にして、しかも妻にしている。戦争花嫁ってやつかしら?」と言い。
涼子は「後世の基準なら、戦争犯罪だね」とまで言った。
ユリアは、
「花嫁と言えば、そのおじ様は、変な事を言うのよ」
「どんな?」と涼子が聞き直した。
(ここで、回想シーンに戻る)
カリスト島は水平線の彼方に見えなくなり、巨大なクレタ島もさすがに見えなくなった。
飛び石伝いにキュクラデス諸島を進むのだ。 島々の平均的な距離はクレタ島とカリスト島より近い。
カリスト島の貴族とユリアは、潮風を浴びながら世間話に興じた。
「トロイの海峡の通行料が高すぎます。 どうにかなりませんか?」 どうにかって・・・
「トロイのサービスは黒海に行こうとする船には欠かせないのよ。
黒海から地中海は比較的楽だけど、 地中海からは潮の流れに逆らう事になる。
ちょうど良い風が来るまで何日も待機させてくれて、真水まで提供してくれる。文句は言えないわよ」
「本土の王女たちをトロイ王家に嫁がせて、コネを作ったらどうでしょう?」
「しかしそれは、器量の良い王女を全員差し出す事になるわね。それでも、有効期間はせいぜい十数年よ」
そこで貴族はユリアをジロジロと見つめた。
「あたしをトロイ王家に嫁がせようとでも、考えているの?」
「いえ、別にそういうわけでは・・・」
「父上に変な事を吹き込んだら、只では済まないわよ。何なら船から放り出してあげましょうか?」
「どうせ本気では、ないでしょう?」
「すぐに引き上げてあげるわよ、身内を殺した人殺し王女。なんて言われたくないしね」
王族が臣下を処刑するのはよくあることだ。しかしユリアは貴族であれ、人民であれ、臣下を処刑した事は一度もなかった。幸いな事に。
(ここで回想は中断、展望台のシーンに戻る)
涼子が、「ふーん?そんな事がねえ?」
フレイヤは、「涼子だって自分の生まれた時代で成人していれば、親の決めた相手と政略結婚させられた筈だわ」と指摘した。
しかし涼子は、「自分が生まれた時代を離れたのは、2歳の時だよ?
全然、覚えていないよ。 実の父が16世紀の戦国武将だと知ったのは、わりと最近なんだから」
ミネルヴァ女史は、「隠したつもりは無かったけどね。あなたの父上の性分なら、政略結婚でも自分の部下で、信用の置ける人間に嫁がせた筈よ。もっとも、あなたの2歳の誕生日に亡くなったわけだけど」
涼子は感慨深そうにシートに腰を静めた。
「王族というのも苦労が多いな。僕は孤児でも、37世紀で子ども時代を暮らせて、幸福だったよ」
「涼子さんは、あたしを37世紀に連れて行きたいの?」
「できればね。ここにいる全員がそう思っているよ」
「全てのクレタ人を未来に連れてってもらえるの?」
ミネルヴァ女史は、「それは、ちょっとマズイわね」
ユリアは、「じゃだめね」
(ここで、回想シーンに戻る)
ユリアは漫然と海を眺めていた。 ふと気が付くと、どこかの交易船らしい船団が遠くを航行していた。
「あれは・・・ヒッタイトの交易船ですね。行き先はミケーネの諸侯が暮らすペロポネソス半島。
てとこですかね?」
「あるいは、シシリア島かな?鉄の刀剣を少しだけ積んで、王族への贈答品にするんでしょうね」
「ユリア様は星の欠片(隕石の中の鉄分)で作った、鉄の守り刀を持っておられる・・・」
「そのうちに、あたしたちクレタ人も鉄の作り方を知るでしょう。 それまでは我慢するのよ」
「それはいつになるのでしょう?」
「答えようが無いわ。 あたしは神様じゃないから」
それから一行はキュクラデス諸島をあちこち寄り道し、クレタを出発してから7日目にトロイの都に辿り着いた。 巨大な城壁に覆われた、同心円状に広がる、この世に知らぬ者のいない巨大都市だ。
これほど巨大な都市は、 ユリアが知る限りクノッソス宮殿と、その周りの市街地ぐらいしか無い筈だった。
第四章。トロイ上陸。
ユリアは外交使節団をゾロゾロと連れて、港からトロイの城門に辿り着いた。
トロイの衛兵はユリアの顔を見てすぐに相手の身分を理解した。
「クレタ島のミノア王家の王女、ユリア様がご到着」
「ようこそ、トロイの都へ」
ユリアは返事をしようとしたが、お尻に激痛を感じて声にならなかった。テアが思い切り抓ったのだ。
ユリアはいつもの調子で、『うん、ありがとね』というところだったのだ。
「痛いじゃないのよ?」
「クレタならともかく、 ここではそんなチャランポランは許しません」
「お尻に傷でも残ったらどうするのよ?まったく・・・・」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありませんのよ、おホホホ・・・」
手続きを済ませて、トロイの市街地へと入ったユリアたちは、活気溢れる一般国民の姿を見た。
城壁の中に市街があり、その中に入れ子細工のように、トロイ王家の王族の館と館を覆う城壁がある。
女神アテナの神殿や、御神体の星の欠片もある。伝承では、その昔ゼウスがトロイ王家のために、空から投げ落とした。 と言う事になっている。 ユリアの守り刀と似てなくも無い。
城壁の外側には田畑が有り、食料はたっぷり取れるが、農夫たちはいざとなったら城門から市内に入り、外敵から身を守り、市民や兵隊と籠城するのだ。
衛兵にエスコートされて、王族の館までたどり着いたユリアは、以外な事を聞かされた。
「え?王子ラオメドン様が王位に就かれる?」
「そうでございます。 即位式には、当然出席していただけますね?」
「それは外交使節団のリーダーだから。 しかし、こんな急用が入るとは思わなかったわ」
「急な話で申し訳ない。 近隣の都市国家からは、ほんの少人数しか即位式に出席しないのです」
ユリアは快諾した。どうせトロイでは何日か足止めを喰らうつもりだったのだ。 コーカーサス到着が遅れたら、友人をクレタに連れ帰り、来年の春まで一緒に暮らそう。それで全てが丸く収まる筈だ。
ユリアは王族の館の一部を自分の宿にしてもらった。
同行した他のクレタの王侯貴族は市内に宿を求めたが、水夫たちは港に足止めされて船の手入れ等をしていた。 港と城壁はだいぶ離れているが、これは万一に備えての保険みたいな物で、敵の攻撃を受けたときは、少しでも時間を稼ぐのだ。
ユリアは城壁の外に出て、良く手入れされた田畑や牧場を見せてもらった。
牛、羊、山羊、その他もろもろの家畜がいた。「ちょっとした楽園ね」
作物の豊富な黒海の北方諸国(注、ウクライナあたりか?)はペロポネソス半島のギリシア諸国に穀物を輸出している。トロイア人は黒海に入るにも、地中海に戻るにも、通行税として穀物を現物徴収しているから、穀物は大量に手に入る。それでも懸命なトロイア人は作物を作っていた。
トロイの都は、それ自体は余り大きくないが、領地は広い。トロイの都は城でしかないのだ。
トロイは小アジアの都市国家群の盟主で、ヒッタイトと並ぶ、恐るべき強国なのだった。
ユリアは牧場を見ながら、トロイア人の衛兵に聞いた。
「この辺に熊やライオンは出ないの?」
「昔は色々と出没したらしいですが、現在(紀元前14世紀)は狩り尽くされました。心配ありません」
「本当に?」
「少なくともトロイの近辺はね」
ユリアは7年前にコーカーサスで巨大な熊を見た事があった。 猛獣も鳥のように渡りをする。 そのうちトロイアの近郊に来るような気がするが、 自分はここに住むつもりはないから、まあいいか。 と思った。
城門の中に入りなおしたユリアは、 女官長テアや他のメンバーと共に、戴冠式のリハーサルを行った。
「やれやれ、面倒な事になったわね。簡単に済ませてコーカーサスに行きたかったのに」
「ユリア様も王族なのだから、このくらいの勤めは果たしなさいませ」
「台詞を覚えるのが面倒臭いわ」
「記憶力が無いわけでも無いでしょう?食い意地を張りすぎて痴呆になったわけでも有るまいし」
「相変わらず、きつい事を言うわね。テアは」
「亡くなられた王妃様の代わりの、養育係なんだから、厳しくて当然です」
「王女なんだから、王族の務めは果たすわよ」
「それでこそ、ミノア王家の第一王女です」
翌日の朝、ユリアはテアにぼやいた。
「あまり良く眠れなかったわ」
「どうせ午後に式が始まるのだから、少しぐらい寝過ごしても良かったのに。 朝食の前に冷たい水で顔を洗って眠気を払いなさいませ」
ユリアは顔を洗ってから、ベランダに出て、市街を見下ろした。すると戴冠式を祝う人民に混じって、明らかにトロイア人ではない人達もいた。トロイは世界中の貿易商が集まって商取引をしているのだから、それも当然だ。
ところがである、その中の一人がユリアをじっと見上げていた。 髪も眼も黒いが、しかし、クレタ人ともイタリア人とも違う、薄い浅黄色の、のっぺりとした、彫りの深くない顔。 東の果てにそういう人種がいるとユリアは聞いた事があった。その人は髪は短かったが、明らかに女性だった。 しかもユリアの顔を穴が開くんじゃないか、 と言う程見詰ていた。 そのうちに、その人は金髪のグラマーな美女に促されて立ち去った。 余程ユリアが気になるらしく、名残惜しげに、何回も振り返りながら・・
「なによ?あの娘?女に見初められても気色悪いわ?」
少々不愉快な気持ちでユリアは王宮に引っ込んだ。
そして午後になって戴冠式が始まったのだ。
第五章。 戴冠式
ジャーン!!ジャーン!!やたらとだだっ広い宮殿の大広間に銅鑼の音が響き渡る。 トロイの王族や貴族たちが入れ替わり立ち代り、ラオメドンの前に立ち、歯の浮く様なお世辞を並べ立てていた。
新しく即位した王にゴマをするのは当然だ。とは言えよくあそこまで言えるわね。こっちが恥ずかしいわ。
「クレタ島からまいりました、ミノア王家の第一王女ユリア様の番でございます」
「あ、はいはい」
ユリアはしどろもどろに答えて、ラオメドンの前に立った。
トロイの新しい王は色男だったが、ユリアの好みではない。
どうかこの王に見初められませんように。ユリアは天に祈る気持ちだった。こんな男と結婚させられて堪るか。
「わたくしは、クレタ人の王女として、ギリシア世界を代表して新王ラオメドン様にお祝いを申し上げます。 クレタとミケーネ(ギリシア本土)とトロイの変わらぬ、永遠の友情を誓います」
何だか結婚式の祝いの言葉みたいね。
ミケーネとクレタとトロイの変わらぬ友情なんて、果たして成立するのかしら?と、ユリアは思った。
(注、この小説の舞台は紀元前1370年頃だが、木馬で有名なトロイ戦争は80年後の、紀元前1290年頃である。 その50年前の紀元前1340年頃にも小規模な戦争があったが、これについては、そのうち書くつもりだ)
城の外からトロイア人や、居留民たちの喝采が響いた。
あとは食べまくるだけだ。ユリアはガッガッと食べ続けたが、当然テアは不愉快な顔をした。 テアはお目付け役なのだ。
「姫様、まるで普段は何も食べてないみたいで、みっともないですよ」
「あたしが何でも食べるのは有名よ」
「それなら、毒キノコでも平気で食べるのですか? 少しは自重なさいませ」
「わーったわよ。もぐもぐ」
ユリアはトロイアの料理を食べ続けた。 すなわち、シチュー、牛や羊の串焼き、パン、果物、魚介類などで、少しずつ食べるので、結果的にいろんな料理を大量に食べられる。串焼きの漬け汁はソースが絶品。
干したナツメに赤ワイン、オリーブオイル、蜂蜜、牛乳、 胡椒。特に胡椒はとんでもなく高価だ。オリーブオイルはクレタの輸出品。しかし胡椒はクレタでも貴重品だ。滅多に食べられない。
城の外では平民たちが食べ続けている筈だ。
ふとユリアは、朝の黄色い肌の女の子の事を思い出した。
あの娘も美食にありついているのだろうか? まあいいか、今が楽しければそれでよしだわ。
そして夜は更けていく・・・・。
「いでで!!!痛い!!痛い!!」
翌日ユリアは腹痛で眼が覚めた。
テアはそれ見た事か!と責め立てた。
「食べ過ぎたんですよ。トイレに行きなさいませ」
ユリアは言われた通りにしたが、苦痛は一行に去らなかった。「あー、お腹が痛い!!!痛い!痛い!」
トロイア人の医師たちは見当がついていた。 テアの質問に難しい顔をしている。
ユリアは、自分はこの若さでステイクスの川、(注、ギリシア版、三途の川)を渡るのか。と思った。
右脇腹に激痛が走り、腹の中に温かいモノが走り、気が遠くなる。テアが泣きそうな顔で何かを言いながら、ユリアにすがり付く。その時、部屋の中に誰かが入って来た。
甘い匂いがして、全員が失神した。
そしてユリアは臨死体験というものをした。
夢の中でカリスト島にいて、お花畑でサフランの花を摘んでいた。
何故か夢の中では幼女に戻っていて、今まで聞いた事の無い、奇妙な音楽が流れていた。
空には小さな太陽が一塊になっていた。
「何よ?あれは???」
高野涼子は王女ユリアの開腹手術を行っていた。
「虫垂炎が破裂して大出血を起こしている。 この時代の医師なら、せいぜい、氷で患部を冷やすぐらいしかできないね」
「この季節なら、氷なんて王族でも手に入りませんよ」
「氷では助けられないよ。リンゲル液を注入して」
「先生、この患者は薄目を開けてライトを見ています」
「どうせ意識は朦朧としているから、何が何だか解りっこないよ。 BGMをもっと景気に良い曲にして、 それから神経遮断機の出力をもっと上げてよ」
涼子の助手は指示に従い、その通りに行動した。
かくしてユリアは深い眠りに落ちた。
第六章。出会い。
ミネルヴァ女史はユリアの美貌に感心し、まじまじと見た。
「この娘は綺麗ね。 クレタの女官や、ミケーネの王女のフレスコ画にそっくりだわ。
当然ではあるけど」
涼子は、「美人の定義は、西欧では5000年間変わっていない。この娘は37世紀でも凄い美人ですね」
ミネルヴァ女史は物理学者で、歴史家で、タイムトンネルの発明者なのだから、この王女に強い興味がある。 涼子も自分の担当患者である王女の顔を、改めてじっくりと見た。 白色人種、髪も眼も黒い、額は広く鼻筋は高い。眉間の窪みは殆ど無い。
白人とは言え、良く日に焼けているので、ギリシア人と言うより、イタリア人に見えなくも無い。瀕死の重症だった王女は順調に回復していた。
ミネルヴァ女史は嫌な事を思い出していた。
「私達はフオード劇場で、あの偉大な、リンカーン大統領を見殺しにしてしまった」
「1963年のダラスでは、ジョンFケネデイを救うために最善を尽くしました」
「それも不本意な結果に終わったわ」
「この娘は死にません。 助かります」
涼子は、上官であり、恩師であるミネルヴァ女史を励ました。
(この未来人たちが過去にやって来るのはこれが初めてではない。 これ以前にも何回も過去に行っている、ということだ。機会が有れば、この話を書きます。作者の声)
ミネルヴァ女史は、「多分死なないわね。もっとも、この娘を助けるに値するかは、もう少し様子を見ないと何とも言えないけど」 そして王女は目覚めた。
「うー、何か変な気分。 いでで、脇腹が、痛い」
ユリアは涼子と顔を合わせ、まじまじと見た。
「あなたは?城壁の下からあたしをじっと見ていた人?」
涼子は翻訳機を使って、この時代の標準的なギリシア語で男言葉で話しかけた。
「悪い所は取り去った。 もう安心だよ。もう少しで君は死ぬ所だった。 無理は禁物だよ。
虫垂炎は旅行先や、緊張が解けてホッとしたときや、食べ過ぎた時などに発症するんだから」
ユリアはキョトンとしていた。
「あなたは何処から来たのですか? 髪も眼も黒い。でもあたしたちとは随分顔付きが違う。
そういえば、東の果てに黄色い人間の国が在ると聞いた事があるけど、そこから来られたのですか?」
ミネルヴァ女史は非常に驚いて、「あなたは中国を、殷王朝を知っているの?」と聞いた。
涼子は、「別に中国から来た訳ではない。日本人だよ。
もっともこの時代なら僕の先祖は恐らく中国にいると思うけど、でも僕は、日本人なんだよ」
この時代のギリシア語には日本人と言う語彙は無い。
翻訳機の言葉には37世紀のギリシア語が入っていた。
「日本ってどこ?」
「37世紀には世界はひとつだけどね」
ミネルヴァ女史は、「ミス涼子、この娘に37世紀なんて言っても判らないわよ」
ユリアはミネルヴァ女史を素早く観察した。
「あなたは白人ですね?でも、城壁の下から涼子さんと、あたしを見ていた人ではない?」
「フレイヤね。 一寸席を外しているわ」
ユリアはミネルヴァ女史の顔を素早く観察し、青みがかった灰色の眼をしげしげと見詰た。
「その眼は女神アテナに似てますね」
「よく言われるわ。私の両親は私が生まれたとき、私の眼が女神アテナに似ている事に気付き、ミネルヴァと命名したのよ」
「ミネルヴァ?」
「女神アテナのローマ名よ」
「ローマって?」
涼子が、「ミネルヴァ先生、未来の秘密は順序だてて説明しないと駄目ですよ」と指摘した。
そこへ、女官長テアが入って来た。
「姫様、目が覚めたんですか? 三日も眠っていたんですよ?」
「テア?あたしはどうなったの?」
「危うく死ぬ処だったのです。でも、もう安心。 女神ミネルヴァ様と、女神に仕える天才外科医の涼子様が助けてくれました」
テアはミネルヴァ女史が人間だと思わず、女神だと信じていたが、涼子は女神に仕える人間の外科医だと信じていた。
この時代の人間ならなら、それも無理は無い。涼子が人間だと理解しただけでも、マシなくらいだった。
「先生、姫様の右脇腹の傷はもういいんですか?」
「ていねいに縫ったし、溶ける糸で縫ったから、たいした傷にはならない。でも完全に回復するにはもう少し気をつけないと。 ガーゼを交換しましょう」
ユリアは自分の脇腹を見て驚いた。
「何ですか?この傷は?」
「虫垂を取り去った傷跡だよ。大して目立たなくなるから安心して」
ユリアは自分の傷をもっと見たがった。 手鏡を渡すと、更にショックを受けていた。
考えてみると、この時代にはガラスはあっても鏡は無かった。
鏡と言えばピカピカに磨いた金属板で、ぼんやりとしか映らなかったのだ。
ユリアは未開人のように手鏡を弄繰り回し、しばらくして自分の脇腹をじっくりと見た。
「何か凄いですね」
「どんなところが?」
「糸が細いですね。 エジプトの外科医も青銅の針と亜麻の糸で刀傷を縫うらしいけど、 エジプトの外科医が使う糸はこれより太いし、こんなに丁寧ではない筈です」
ミネルヴァ女史は、「エジプトの医師にはあなたを救えないわ。トロイア人にもね。せめて3300年ぐらい未来でないとね」と述べた。
「3300年?何それ?」
「僕達は5000年後からやって来たんだけどね」
「5000年?」
「そうよ。5000年後よ。あなたに想像がつくかしら?」とミネルヴァ女史が説明した。
「何のために?」
「アトランテイスを発見するために」
「アトランテイス?」
「偉大な哲学者のプラトンが書き残すのよ。あなたから見て1000年後の人だけど」
「どうも話が見えないですう?」
「では説明するわ」
そしてユリアはミネルヴァ女史の説明を聞き始めた。
(ここで、冒頭のマザーシップのシーンに戻る)
「んで?アトランテイスに高度な科学文明が在ったって?」とヒッポリュテーは冷やかした。
しかし涼子は、「そんな事はプラトンは言っていないよ」ミネルヴァ女史は、「それを言い出したのは、19世紀の英国のオカルト屋、ウイリアム・スコット・エリオットという馬鹿者よ。この馬鹿は言うに事欠いて、霊視によってアトランテイス人の生活を見た。などと、いかれた主張をしたの。
アトランテイス人はヴィルパワーという未知のエネルギーを使い、魔法を使えたとか、時速200キロで飛ぶ飛行機を持っていた。とね」
ヒッポリュテーが、「大風呂敷というか何と言うか」と言ったが、フレイヤが、横槍を入れた。
「時速200キロなんて19世紀なら夢のような話だけど、20世紀半ばなら時代遅れで、のろまの飛行機ね」
涼子が、「エリオットが主張したアトランテイスはプラトンのオリジナルとは似ても似つかぬ代物だった。しかし一般には受けが良かったんだ。 困った事に」
ミネルヴァ女史は、「アーサー・エヴァンスがクレタ島を発掘したのは、19世紀最後の年の1900年。 エヴァンスの助手のKTフオレストがアトランテイス=クレタ説を唱えたのは1909年。 一般には受けなかったわ」
涼子が、「プラトンの著作を素直に読めば、アトランテイスが青銅器時代のクレタ島にそっくりだと、誰でも気付く筈なのに、無責任なトンデモ屋は勝手な事を言うんだから。 もっとも、思想信条の自由は誰にでもあるけどね」
ヒッポリュテーは面白がった。「話を戻してよ」
「ではリクエストに答えて話を戻そう」
ユリアはミネルヴァ女史の話を真剣に聞いていた。
海神ポセイドンが、人間の孤児クレイトーを妻に娶ったエピソードは、ゼウスがフイニキュアの王女エウロパを愛人にして、初代のミノス王を産ませたエピソードを思わせた。
ポセイドンの神殿には聖なる牡牛が放たれていた・・・
そんな習慣ならクレタ島にもあったのだ・・・
野牛を捕獲する、闘牛に似た危険なゲーム???
それならクレタ人の国技みたいなものだ。
アトル兄さんはそれが得意だ。 アテナイに送った黄金カップにはそのゲームが浮き彫りになっている。
KTフオレストはそのカップをアトランテイス=クレタ説の証拠の一つにしたという。
フオレストがどんな人かは、ユリアは知らないが、言ってる事は正しいと思った。 話のスケールがやたらと大きいことを除けば、プラトンのアトランテイスはユリアの母国、クレタ島にそっくりだ・・・・。
「お二人とも、あたしをからかっておられるのですか?
アトランテイス帝国というのはクレタ島にそっくりです」
「だから、クレタ島がこれから壊滅するのよ」
「クレタには、火山が一つも無いのに?」
「サントリーニ島にはあるわよ」
「サントリーニ?」
「失礼。この時代なら、カリスト島ね」
「島の名前が変わるんですか?」
「カリスト島、麗しの島という意味だったわね。 火山の噴火で不毛の島になる。 400年後にテラという王が再び入植して、島を再建する。 更に1000年以上経ってから、キリスト教、と言っても何の事かわからないでしょうけど、キリスト教の聖人が殉教してサントリーニ島と呼ばれるようになるの」
「カリスト島が爆発する?アトル兄さんはどうなるの?」
「たぶん死ぬわね」
「死ぬ?ではクレタ島はどうなるの?」
「北の海岸は海水の洪水で全滅。 クレタの東海岸は火山灰に塗れて作物が取れなくなる。
そして、ギリシア本土が、アカイア人が侵略してくる。
王家は交代させられ、本来のクレタ人は難民となって国外に流出するのよ」
ユリアは驚愕した。自分の祖国が大災害で滅びると予告されて気持ちの良い人間などいない。
「何とかなりませんか?」
「ならないわ」
「ポセイドンに祈願したら?」
そこで涼子が割り込んだ。「無駄だよ!ポセイドンなんか実在しない!!!」
「では全知全能の神ゼウスなら?」
「オリンポスの神々なんか実在しない!どんな神も!人間にできる事は、預言者や聖人の言葉を通じて人の道を知り、隣人愛を実践し清く正しくいきるだけなのだよ」
ユリアは混乱した。しかし、未来人たちは知っている。
西暦の始め頃にはオリンポスの神々なんて子供でも本気にしなくなっていたのだ。
イエス・キリストがキリスト教を説かなくても、オリンポスの神々は滅びる運命だった。
キリスト生誕のときに、ギリシア12神たちが、自らの運命を嘆き哀しんで、オリンポスの山が泣き声に包まれた。(笑)という冗談みたいな伝説が本当にあったが、遅かれ早かれ、オリンポスの神々はフアンタジーの世界に追放される運命だったのだ。
「ユリア!!僕達はあなたを救った。だから君は同胞を救いなさい。ただちにカリスト島に戻り、領民を兄夫婦と共にクレタに連れ帰るのです。それが出来ないなら、僕達が君を救ったのは間違いだった。と言う事になるね」
ユリアは少し不満そうだった。そのくらいなら未来人が全部やればいいのに?とでも言いたいのだろう。
しかし、それは甘えすぎと言うものだ。何もかも他人まかせでは、この娘の為にならない。
ミネルヴァ女史は、「涼子はあなたに同行する。 お兄さんを説得するから、あなたが兄夫婦と領民を救いなさい。カリスト島の全住民をクレタに連れ帰り、内陸まで避難させるのです。全国民があなたに感謝するでしょう」
「感謝?」
「そうだよ。王族の勤めを果たすのだよ」
ユリアは当惑している。しかし、根は優しい娘だから、実行するだろう。
もしも、人民を救わないなら、この娘を見棄てるしかない。
そこへ、フレイヤがやって来た。フレイヤは来るが早いか、
「いやーまいったわ。トロイア人から女神扱いされちゃった。ま、あたしの美貌なら無理も無いけど」と言い放った。 随分な言い方だが、確かにそれだけの美人ではある。
ユリアは、「あなたは? トロイの市街から、この人とあたしを見上げていた人?」と尋ねた。
「あたしはフレイヤ。レデイ・フレイヤ。そして、あなたが、この人と呼んだのは、涼子よ。
名前を覚えておきなさい」
そしてフレイヤは、「ところで涼子、この王女は説得したの?」
「何とかね。命を救った甲斐はあったよ」
「それは良かった。じゃあこれが御褒美よ」
フレイヤは金ピカのアクセサリーやら、 ドレスやらをひろげて見せた。
「何これ?」
「トロイア人がくれた貢物よ。 あたしを女神だと信じて居るが故の役得ね。 半分おすそ分けするわ」
「半分と言う所がセコイぞフレイヤ」
「あとで貰うわよ。 取り合えず兄を救わねば」
そして救出作戦の準備が始まった。
第七章。救出作戦の準備。
ユリアはタイムリミットを気にしていた。 実のところあと10日しかない。トロイからカリスト島まで7日かかる。
そこからクレタまで丸一日。余裕は二日しかない。
ミネルヴァ女史は、「船団を組む余裕は無いわね。各自バラバラに帰りなさい。
キュクラデス諸島から来た人は自分の住んでいた島に単独で帰りなさい。
帰ったらクレタとは逆の方向に住民を逃がしなさい。海水の洪水が島を襲っても助かるわ」と命令した。
女官長のテアがミネルヴァに問い掛けた。
「ギリシア本土はどうなるんですか?」
「海水の洪水は本土も襲うわ。 大洪水に関する後世のギリシア神話はここから起こったのよ」
「後世?」
「アトランテイスとは別に洪水伝説が残るのよ」 テアはユリアの顔を見た。
ユリアは迷わずに、 「本土のアカイア人も救いましょう。同胞なのだから。
恩を売ればクレタ侵略を思いとどまるかもしれない」
ミネルヴァ女史は、「よく言ったわ」と褒めた。
ユリアは他のクレタ人に指示を出した。
「本土に親類縁者がいる人は同じ船に乗って、そのままアテナイに向かいなさい。一人でも多く救うのよ」
「姫様、立派になられてテアは嬉しゅうございます」
「あら?あたしは普段からしっかりしてるわよ?」
一瞬、トゲトゲしい白けた空気が流れた。
涼子は「まあまあ、ここで議論するより実行あるのみ!!だよ。そうだろ?みんな?」
そしてクレタから来たメンバーは同胞を救うべく散っていった。
ラオメドンは未来人を引き留める意思も、力も無かった。 未来人をオリンポスの神々と信じていたのだ。
港に向かいながら涼子はあることを思い出した。
シュリーマンが発掘したトロイは、木馬で有名な、トロイ戦争のトロイではなく、その1000年前の、紀元前23世紀のトロイだった。と言う事実を。 トロイの都は、最古の都市は紀元前3000年頃に建設されたが、自然災害や略奪でしばしば破壊され、再建された。
自分の足元にシュリーマンのトロイが眠っている。
30年後の第一次トロイ戦争、その50年後の、木馬で有名な第二次トロイ戦争を潜り抜けて、19世紀に発見される。 自分は37世紀の博物館で見ている。しかも自分の足元に眠っているのだ。
『時間を旅すると、こういうこともあるね』
涼子はユリアのちゃちなガレー船に乗り込んだ。
この時代の最高の戦艦も、37世紀の人間から見たらせいぜいヨットにしか見えない。
涼子はトロイを見上げた。 この次はいつ来られるのだろう? 破壊されていないトロイの都を見る機会は、この次はいつ? しかし今はそれどころではないのだ。
ユリアは涼子の担当患者だ。患者を途中で放り出すわけには行かない。
ユリアは叫ぶ、「カリスト島へ全速前進!!!同胞を救え!!!」
そして右脇腹を押さえた。「痛ててて・・」何か締りが無いぞ、ユリア。
ミネルヴァ女史とレデイ・フレイヤは同行しなかったが、港から見送って成功を祈った。
もっとも37世紀人は神を本気で信じてはいないし、神頼みもしないのだが。
第八章。 再びカリスト島へ。
クレタ人の水夫たちは死の物狂いで櫂を漕いでいた。
家族や親類縁者の命が掛かっているのだから当然だ。
ユリアは兄夫婦の身を案じていたが、船長が見覚えの無い船を見つけた。
「本土の船じゃないですか?」
「どうやって説得しようかしら?」
涼子は、「僕にまかせなさい」と言って、立体ホログラフの投影機を取り出した。大抵はこれで上手くいく。
本土の船の船長は、海神ポセイドンの映像と涼子の芝居がかった台詞、(変声機を使っていたが)に感激しホログラフに跪き、大感激して本土へと引き返していった。
ユリアは、「あんなに上手くいくとは?」
「ふふん?君だってホログラフの前で肝をつぶしていたじゃない?」
「あ、あたしは別に、ただ、ポセイドンが偽者でも凄いなー!!?と思って」
「テクノロジーが充分に申し分の無い進歩をすれば、魔法や奇跡と区別がつかない」
「何それ?」
「アーサーCクラークの言葉だよ」
「ふーん?」
「クラークはタイムトラベルは不可能だと主張していたけど、今の僕達を見たら何と言うかな?」
「ここに呼びつけたらいいんじゃない?」
「そんなに簡単には行かないんだよ。 特にクラークのように、後世に大きな影響を残した人間はね」
「そんなものかしら?」
「そうだよ。 後世の影響を計算しないと歴史上の大物には会えないんだ。 先を急ごう」
それから7日後、キュクラデス諸島の幾つかの島に寄り道した一行は、カリスト島にたどり着いたのだった。
「いったいどうしたというのだ?」
ユリアの実兄アトルは不思議そうな顔をした。
ユリアは必死で説明する。「兄さん、あたしはトロイの都で死に掛けて、この人は未来人で5000年後からやって来た日本人で、もうすぐクレタ島が滅びて、1000年後にアトランテイスの伝説が生まれて、それからえーと!!!」
「何が何だか、さっぱりわからないな?」
「王子様、わたくしが説明いたします」
テアはさすがに冷静沈着だ。 トロイでユリアに何が起きたか説明した。
ミネルヴァ女史は女神で、涼子は女神に仕える人間の天才外科医だ。正確ではないが、適切な比喩だった。
ユリアは兄夫婦の前で右脇腹を見せた。 クレイトーは義妹の脇腹の傷をまじまじと見た。
「随分きれいに縫ってあるわね」
アトルは、「こんなに細い糸はエジプトにも無いぞ」
と言って、しばらくユリアの腹を見てから、「妹を助けてくれて感謝する」と言った。
しかし涼子は、「感謝するのは早すぎる。あと三日でこの島は滅び、クレタ島も大被害を受けるんだよ」
「何の話だ?」
「ここで議論するのは時間の無駄だね」
涼子はいきなり海神ポセイドンの立体映像を、その場に出現させた。効果は抜群だった。
アトルは涼子に跪き、平伏して拝んだ。
「どうか領民たちの前にポセイドンを出現させて下さいませ。 領民たちもクレタに引き揚げるでしょう」
「いいよ」海中から出現した巨大なポセイドンは島そのものの山頂ぐらいの高さになり、(1600メートル)領民に待避を命じた。 無意味な議論をするより神々の権威を借りた方が手っ取り早い。
領民たちは貴金属や家財道具を集めてクレタに逃げ出した。 アトルとクレイトーは呆然としている。
「僕達が神々ではないことは、そのうち納得させてあげるよ」
涼子はアトルの宮殿の中をまじまじと見た。 島の中央に巨大な宮殿らしい建築物があったらしい?
と言う事実は、島の周辺の街の発掘で、フレスコ画を調べてすでに分かっていた事実である。
1970年代、37世紀から見ても遠い過去だが、ギリシアの考古学者たちは、カリスト島の中央に宮殿があったことに気が付き、それが噴火で失われた事を悔しがった。
しかし自分はそこに立っている。 トロイの都どころではない、何と言う奇跡!!何と言う皮肉!!
テアは涼子に港に向かうように促したが、 しかし涼子は市街地を見せてくれ、と頼んだ。
20世紀にアクロテイリと名付けられた街を。 アクロテイリはカリスト島の外れで後世に残るのである。
アクロテイリまで降りてきたところテアは、「ここが集会所でございます」と説明した。
「集会所・・・・」涼子はフレスコ画をまじまじと見た。見覚えがあった。37世紀で見ていたのだ。
「この絵は何なの?」
ユリアは、「サフランを摘む少女達の絵があるでしょう。その中の一人、この娘があたしよ」
『そうか、ここは石切建築3号だったわけか。石切建築3号は公共の集会所だった。 という説は正しかったわけか』涼子は納得した。
「何故、君の絵がここに在るんだい?」
「王族の顔を覚えてもらうためです」なるほど、御真影ってわけか。
「では他の王族の絵は何処にあるの?」
「母の絵が隣に有ります」
うん?ひょっとして?
その絵なら見た事が有る筈だ。否、絶対見ている。 予想通りだった。
うなだれる様に岩に腰掛けた女性、 左手をこめかみに当て、右手で血の流れる足元を押さえている。
静かな悲しみの表情、37世紀で見た事がある!!
これこそユリアの母の肖像画だったのだ。
「似ているね」
「親子だから当然です」
「何故、血を流しているんだい?」
「あたしが危ない遊びをして、母が助けてくれました」
「今はクレタにいるのかい?」
「5年前に御産に失敗して死にました」
「悪い事を聞いたか」
「いいえ。どうせ分かる事ですから」
(この絵は実在するが、それが御真影というのは、作者の解釈であって、定説ではない。念のため)
ユリアは涼子に多くの絵を見せた。しかし、涼子にとっては、見覚えのあるものばかりだ。
一団の船団が幾つか都市に寄港しながら航海するシーン。 クレタの絵もあればアフリカの絵もあった。
海戦のシーンもあった。
「この絵は残らないでしょうね」
「残るよ。僕は博物館で見ているんだ」
「それは良かった」
テアはユリアと涼子を急かし、港に急がせた。 二人は名残惜しげに港に降りていった。
(ここで、マザーシップのシーンに戻る)
「んで?ユリアたちが立ち去った後、こそこそと、財宝を持ち去ったって?」ヒッポリュテーが冷やかした。
「持ち去ったわけではないよ。噴火で失われた美術品を未来世界に持ってっただけだよ」涼子は反論した。
しかしヒッポリュテーは、「そういうのを火事場泥棒と言うんじゃないかい?」と、しつこく食い下がった。
ユリアは、「クレタ島の大災害を予告してもらったのだから、当然の代価よ。火事場泥棒じゃないわ」
ミネルヴァ女史は、語り始めた。
「1970年代になって、カリスト島のアクロテイリ遺跡を発掘した考古学者たちは、住民の死体が殆ど無い事実を発見した。 人口三万人の都市国家だった筈なのに、島はもぬけの殻だった。
ほんの数人分の焼けた人骨・・どうやら住民は噴火の兆候に気付いて逃げ出したらしい・・
しかしクレタまで生きてたどり着いたとは誰も思わなかった。途中で全滅した。と信じられた」
ヒッポリュテーは、「でも未来人の御蔭で全滅はしなかったわけね。 もしも、未来人の警告が無ければ、アクロテイリに三万人分の人骨が発見されたのかな?」 ヒッポリュテーの鋭い突っ込みに、ミネルヴァ女史はたじろいだ。
涼子は、「いや、それでもアクロテイリから脱出したさ。恐らく途中で全滅した筈だ。
島から140キロ離れた深さ3000メートルの海底には、カリスト島の火山灰が2メートルも積もっていた。住民の死体や遺品は見つからなかったけどね」
フレイヤが、「3000年もの時間が経過したんだからしかたがない」と言う。
ヒッポリュテーは、うーむ?と考え込む。
レダは、「タイムパラドックスですわ」と言う。
涼子は「確かにパラドックスだ。 時間を旅すればいくらでも、パラドックスに出くわす」
ミネルヴァ女史は再び語り始めた。
「私達はユリアと涼子が、カリスト島を立ち去るのを確認してから、ワームホールを通ってカリスト島に降り立った。 フレイヤに率いられたスタッフは、アトルの宮殿からフレスコ画を持ち去り、たいして価値の無さそうな家財道具までワームホールに投げ込み続けた。 大部分は37世紀に送られたが、一部はマザーシップに置いてある。 私個人はアクロテイリを散策した。 史実通りにするためにフレスコ画を残しておき、人間の死体を置いておいた。 当然ながら死体はこの時代の墓場から盗掘した物だけどね」
レダは「それは、そうでしょうね」と言う。レダはタイムパラドックスを気にしていた。
「アクロテイリからクレタを見据えた私達は、ユリアと涼子の乗ったガレー船を見つけたけど、あえて無線は使わず、道中無事の願いを込めて、勝利のVサインを縁起担ぎにやってみたの」
「Vサイン?」とレダは聞きなおした。
涼子は、「そんな事を教えては駄目ですよ。Vサインは西暦1415年アジャンクールの戦いで、イギリス人の長弓隊がフランス兵を愚弄する為に用いた仕草に由来するんだから。
ウインストン・チャーチルも500年以上経ってから、第二次世界大戦でドイツにやったけど」
「そうね。 忘れてちょうだい」
「嫌だと言っても、記憶をいじって無理に忘れさせるんでしょう?」とレダが皮肉る。
涼子はレダに釘を刺した。
「僕は日本人で、日本ではⅤサインは悪い意味は無いけど、英語圏では相手をおちょくる場合が多いんだ。
見知らぬ旅人同士が道中無事の願いを込めて互いに交わす場合があるけど」
レダは自分の指を立ててニヤニヤした。
そして涼子は、その場にいなかったヒッポリュテーに説明を始めた。
「僕はユリアを船に乗せてから、鎮静剤を取り出したんだ。ユリアはトロイを出発してから、ろくに寝てなかったから」
「だろうね」
ヒッポリュテーは鎮静剤の原理を問い直すことはしなかった。未来人を無条件に信頼していた。
ユリアもしかり。それにこの時代の人間だって、阿片ぐらい知っていた。
「ユリアはぐっすりと眠った。丸太のように」
ユリアは、「そしてあたしは夢を見たのよ。ヒッポリュテーに初めて会ったときの夢を」
第九章。 思い出がいっぱい。
(語り手。 王女ユリアの一人称)
あたし(ユリア)はぐっすり眠った。誰かがあたしの体を揺さぶる。
「ユリア。起きなさいユリア」
あたしに対等な口をきくのは誰よ? この声はクレイトーでも涼子さんでもないわね?
あたしが眼を開けると、そこには8歳ぐらいの女の子が、スキュタイ風の暖かそうな服を着て立っていた。
「こんな所で寝転んでいたら、熊に喰われるわよ」
「ヒッポリュテー?あなた随分会っていないのに、何故8歳のままなのよ?」
「何言ってんの。あなたも8歳のままでしようが」
「え??あ、あら??」あたしは8歳に戻っていた。
「食事の準備ができてるわよ」
あたしたちはヒッポリュテーの母親オトレーレの、キャンプ地へと向かった。
護衛の女戦士が、「ユリア様は大事な客人なのだから、勝手な行動は慎んで下さい」
「ごめんなさい」
熊やライオンなら人間と見れば襲ってくるかもしれない。あたしらは子供だから獣には勝てない。
キャンプに到着すると猪の丸焼きが用意されていた。
小さくバラされて念入りに火を入れて。
「一口どうぞ」ヒッポリュテーの父親アレスが差し出す。
あたしは遠慮せずにパクついた。「美味しいわ!」
ヒッポリュテーは、「どうせ故郷のクレタでは、牛ばかりで猪なんて食べないでしょう?」
「そんな事はないわ。クレタにも猪はいるわよ。
いつもは牛ばかり食べてるけど」
「クレタには牛捕りとかいうゲームがあったわね」
「闘牛ならギリシア本土にもあるけど、クレタのやり方は凄いのよ。地面に杭を打ち込んで長いロープを付けて、牛の足や角に引っ掛けるの。牛も見事にコケるわ」
ヒッポリュテーは同行していた兄のアトルの顔を見た。
「お兄さんはできるの?」
「ええ、まあ何とか」
「真似して死んでも知らないわよ」
「死人がでるの?」
「牛跳びというやり方もあるのよ」
「牛跳び?」
「正面から突っ込んでくる牡牛の角を摑んで、飛び越えて、宙返りするの」
「失敗したら牛に突き殺されるんじやない?」
アトルが、「何年か前に、クレタの王子アンドロゲオスが、アテナイで実演して死にました」と答えた。
「気の毒に」
「毎年何人か死にます」
「何か怖いわね」
「だから、あなたが真似をしなくてもいいのよ」
「自分でやらなくても見てみたいわ」
「じゃあ、あなたもクレタまで来てみたら?」
ヒッポリュテーは母を横目で見た。しかし、当然ながら、
「8歳の小娘が旅行なんてダメよっ!」
「ユリアはお兄さんとここまで、遙々やってきたわ」
「ミノス王は海の支配者。強大な海軍を持っている。私達は船を知らず、舵を使う事も、帆を張る事もできないわ」
「ならば、教えてもらうもん」
「今はダメ。あなたがもっと、強くなったら行きなさい」
この一言で、議論は終わった。
あたしたちは食事を取りながら星を眺めた。
月は当然ながら、簡単に見つかった。
火星と木星は少し手間取ったが、それでも見つかった。
「アレス(マルス火星)はアマゾネスの守護星よ。
あたしの父親はそのものズバリ、アレスと言う名前よ」
「ミノア王家はゼウス(ジュピター木星)の末裔よ」
馬鹿みたいな御国自慢である。星が神々の化身だとしても、人間との間に子供が作れる訳は無い。
8歳の子供でもそのくらいは理解できる筈だ。
「アレスの娘であるアマゾネス軍団は、戦争で負けないわ」
「クレタには月の女神アルテミス(ローマ名はダイアナ)のお祭りがあるのよ」
「月のお祭りなんて、珍しくもないと思うけど?」
「ここはどうかは知らないけどクレタのやり方も面白いわよ。御姫様が巫女の役をやるの。 幻想的よ」
「あなたがやったの?」
「あたしはまだよ。クレイトーがやったの。従姉ながら美しかったわ」
「見、見たいかも」
「ヒッポリュテーも、参加したいの?」
「あたしも王女だしね。クレイトーにも会って見たいし」
そこでヒッポリュテーは月を見上げた。
「それにしても、月の裏側って見たこと無いわね」
「え?」あたしは虚を突かれた。「何が言いたいの?」
「ミノア王家がゼウスの末裔なら、ゼウスに頼んで月の裏側を見せてもらったら?」
「変な事を言うわね」
「人間はいつの日か、月に行くかしら?」
「もしも誰かが月に連れてってくれるなら、あたしは喜んで月に行くわ」ヒッポリュテーは、
「あたしもよ。誰かが連れてってくれるなら、 あたしは月どころか宇宙の果てまでだって行きたいわ」
「あたしも、ヒッポリュテーと一緒ならどこにでも行ける。
異世界でも、海底でも、水の無い砂漠でも平気だわ」
(ここで、マザーシップのシーンの戻る)
「そんな話をしたのかい?呆れた」
涼子は、ヒッポリュテーの顔を見た。
「本当よ。嘘ではない」
「馬鹿馬鹿しいというか何と言うか」
ユリアは展望台から月を見ていた。
「あたしは改めて、月に行きたいと思うわ」
レダは、「月の裏側の写真が見たいですわ」と言う。
レダは写真の原理を知らなかったが、それでも写真が何なのかは理解していた。
ミネルヴァ女史は古い写真をスクリーンに写した。
「旧ソ連の、月3号が撮った写真よ」
「1959年10月4日の映像だね」と涼子。
そこでレダは突っ込んだ。「3327年後の写真ですわね」
「そうだよ」
「しかしミネルヴァ様の時代からは遠い過去。1671年も昔ですわ」
「タイムパラドックスを気にしているね」
「当然ですわ」
ユリアは、「パラドックスはどうでもいい。あたしは月に行きたい」と駄々をこねた。
涼子は、「行けるよ」と言い切った。
ミネルヴァ女史は、「月ぐらいなら、いつでも行ける。話の続きをしましょう」
(ここで、回想シーンに戻る)
ヒッポリュテーの母親オトレーレは、あたしに声を掛けた。
「明日は狩に連れてってあげます。だから王女様、今夜は早く寝てください」客人だから丁寧な話し方だ。
そしてあたしたちは、同じテントで添い寝をした。 まるで従姉妹か姉妹のように。
翌日あたしたちは、約束どうり狩に出た。
ヒッポリュテーの母の駆る、二頭立ての戦車に乗っていた。
(注。 この時代の戦車は馬車です)
「さー来い!!熊だろうがライオンだろーが負けないわよ!!」ヒッタイト帝国から手に入れた鉄の槍をヒッポリュテーは構えた。
鉄は高価だが、アマゾネスには、ヒッタイトにコネがあるし、払うべき財貨もある。
戦士達は安い青銅の剣を持っていた。あたしは鉄だ。 と言っても借り物だったが・・・
女戦士達は奇声をあげて獲物を追い立てている。 弓矢から黒曜石の矢尻を撃ちまくり、鹿を仕留めた。
「ぴーっ!!」あたしは顔を背けた。 あたしはペット好きなのだ。 凶暴な熊やライオンならともかく、鹿を殺すところは見たくなかった。 熊だって子熊なら可愛いわ。
「熊が出たぞー」掛け声と共に、子熊が飛び出してきた。
まだ小さい、人間ならホンの幼子だ。しかも、無数の矢が打ち込まれている。
こんな小さな子熊なら、多分・・・。
「親が出たぞー!!」
「やっぱりー!!」
巨大な母熊が怒り狂って飛び出してきたが、あたしの乗った戦車を追いかけてきた。
「こうなると思ったー」
ヒッポリュテーの母親は戦車を猛烈にダッシュさせた。
馬も熊は怖いから全力で逃げる。しかし、他の女戦士は追って来ない。馬が熊を怖れて追って来ないのだ。
戦士達は必死に弓を撃ち、母熊を仕留めようとした。
流れ矢が飛んできたが、 あたしは左手に構えた青銅の盾で弾き返した。 ヒッポリュテーの罵声が轟く。
「味方を殺す気かー!!」
「娘よ、熊を仕留めなさい!」
「言われなくても、何とかしないと殺されちやう」
熊はあたし達に襲い掛かってきたが、血飛沫が飛び、血潮があたしの顔に注がれた。あたしは痛くも痒くもない。 ヒッポリュテーが殺られた!?しかし死んだのは母熊だった。口の中に槍を突っ込まれたのだ。
熊はドサッと倒れ、槍がボキッと折れた。
「殺ったのかい?娘よ?」
「何とかね」
「死ぬかと思ったわ」
「お前が熊を殺したのは今回が初めてだね。お手柄だよ」
「二人掛かりだけどね」
槍を構えたのはヒッポリュテーだったが、あたしも槍を押さえていた。
熊は母子とも解体された。あたしは自分の命が助かってみると、嫌な気分になった。
母熊は子熊の仇を討とうとしただけなのに・・・。
「気にすることは無い。食うか食われるか、人間が熊に勝った。それだけの話よ」
ヒッポリュテーが、「熊のシチューでも食べる?」
「まあね・・・」何か気力が失せたわ・・。
服を脱いで、小川で体を洗い、新しい服を着てから昼食だ。
あたしは気持ちの切り替えが早い方である。
「錫は充分に確保してある。ギリシア本土の交易船も来ているけど、クレタに優先的に売ってあげるわよ」
オトレーレの言葉にアトルは、「それはどうも」と答えた。
あたしは、「錫の鉱山を見て見たい」と言った。
アトルは、「キプロス島の銅の鉱山と同じ様な物だと思うけど?」と言ったが、 ヒッポリュテーは、
「周囲は鉱毒で汚染されているから、草木は少ないわよ」
「じゃあ、村や町を見たい」
「あたしらは遊牧民だから、町と言えば鉱山の近くしか無いなあ」
「それを見たいっ!!」ヒッポリュテーの母オトレーレは、
「わたくしが同行すれば何処でもいけます」
少なくとも母親の領地なら・・・。口には出さなかったが女王とは言っても、小さな領地の領主でしかない。
黒海沿岸の全てを押さえているわけではない。 それ程の大帝国なら、ヒッポリュテーの方があたしより格が上になってしまう。あたしはヒッポリュテーと対等で同格だと信じたい。だって大切な御友達なんだもの。
どちらかが没落しても、それでもあたし達は、御友達。
ヒッポリュテーの母は、「では明日、鉱山のある町まで行きましょう。今日は狩を続けるとして」
「賛成」
「あたしも賛成」
「僕も異議なし」
「では夕方まで狩を続けて、明日は別のお楽しみですね」と女王の側近達。そして狩は続いた。
翌日あたしたちは露天掘りの鉱山までやって来た。
それ程深く掘るわけではないが、スキュタイ人の工夫たちが土中から鉱石を掘り出して、精錬していた。
「鉱山の近くは草木が少ないわね」
アトル兄さんは、「キプロス島の鉱山と同じようなものだ。と言っただろう」そこでヒッポリュテーの母が口を挟んだ。
「エジプトはもっと酷い。金を掘りすぎてアフリカの草原を砂漠に変えてしまった。砂金を求めてあちこち掘り返し、火を熾すために草木を燃やし尽くした」
兄アトルは、「さすがに女王様はよく知っておられます」と言った。
アトルはエジプトに留学しているので、そのあたりの事情を知っている。(エジプトの恥だが)
クレタも燃料用にやたらと草木を燃やしたのだから、他人の事は言えない。しかし女王の顔を立てて、カマトトぶった。
あたしは、「そうなると、鉱山の近くの町でも、木を切りまくっているわけか」
「そうよユリア。 鉱山の町は錫を掘る以外は、産業らしい物は何も無い。 ここらもそのうち荒地になる。
そしたら領地を移すわ」
「戦争でもするの?」
「場合によってはね」
「しかし・・・? ヒッタイト人はどうやって鉄を作っているのかしら?」
「さあ?」
「鉄は青銅より溶けにくい。 折れた鉄の剣を溶かし合わせるのは、青銅より難しい。
余程大量の薪を燃やすのだろう」
「うーむ?」
アトルは、「星の欠片から鉄の剣を作るのも大仕事だけどな。 ヒッタイト人は偉いよ」あたしは、
「エジプト人も凄いし、トロイア人も巨大な城砦都市を作ったわ」
ヒッポリュテーは、「あ、あたしはエジプトどころか、トロイも見ていない」
「それは気の毒ね。そのうちトロイの都ぐらい見てみたら」あたしは少し得意になった。
アトルは、
「あと何年かしたら、ヒッポリュテーをクレタに招待して、クノッソス宮殿を見せてあげたら?」
「それはいい考えね。ヒッポリュテーがもう少し大きくなったら、あたしの故郷の島を見せてあげる。
あたしがエスコートして島の全てを見せてあげる。 あるいはあたしと一緒にエジプト辺りまで行きましょう。 あたしの友人ならエジプトでも歓迎される筈。 きっと楽しいわよ。素晴らしい思い出になるわ」
ヒッポリュテーの母オトレーレは、「その時はよろしく御願いします」とだけ言った。
夢のような日々は、やがて終わる日がやって来る。
テルモドン河の河口の港で、あたし達は別れの挨拶を交わした。
「さよなら、またね」
「また会いましょうね」
「何年かしたら一緒に旅をしょうね」
「楽しみね」
ヒッポリュテーの胸には銀で作られた、蜂のブローチが輝いていた。そして、女王オトレーレにはもっと豪華な宝石を散りばめた帯が送られた。女王にこそ相応しい立派な帯だ。
そのうちヒッポリュテーが使うのだろう。
錫はたっぷりと船に積み込まれていた。 金の地金や工芸品は錫の代価として支払われていた。
めそめそと別れを惜しむあたしたちに、アトルの声が掛けられた。 「ユリア出発だぞ」
そしてあたしは船上に上がり、アマゾネスの領地を離れた。
ヒッポリュテーとの変わらぬ友情を誓いながら・・・。
(ここでマザーシップのシーンに戻る)
「そんな夢を見たのかい?」と涼子は言った。
「そうよ。実体験の通りの夢よ」
「あきれたね」
ヒッポリュテーは、「大体正確だね」と言った。そして銀のブローチを見せた。涼子はマジマジと見た。
「見事な品だね」
「いいでしょう?」
ユリアは、「王族への贈答品なのよ」と言う。
涼子は、「クレタの装飾品は王族や貴族の間で人気があった。エジプトやバビロニアでも発掘されている」
「同じブローチはたくさん作ったけどね」とユリア。
涼子は、「これと同じ品はクレタでも発掘されていて、オリジナルはギリシアの重要文化財だが、驚いた事に、レプリカは観光客用に土産物屋で売ってるんだ」(本当)
「それも凄いですわ」レダは感心した。
ユリアは、「あたしは船の中で、夢の続きを見ていた。 ヒッポリュテーと別れた後の夢を」
「どんな話しか知りたいね。」
「ヒッポリュテーは知らなくても、レダやクレイトーは知っているお話よ」
「だからそれを聞きたい」
涼子は、「僕も聞きたい」
ユリアは、「じゃあ話すわ」
そして話が再開された。
第十章。思い出がいっぱい。Ⅱ
(語り手、王女ユリアの一人称)
あたしはクノッソス宮殿の自室で目覚めた。
ヒッポリュテーと別れて5年経ち、13歳になっていた。
テアがやって来て、カーテンをいきなり開けた。
「姫様、朝ですよ。起きなさい姫様」
「はいはい、言われなくても、起きてるわよ」
「今日は御祭りですよ。 忘れましたか?」
「覚えているわよ」
あたしは水洗トイレで用を足し、シャワーを浴びた。
(宮殿には、原始的な水洗トイレがあった)
海外でいろいろ見聞したが、ここまで文化的な宮殿は、あたしの実家であるクノッソスだけだ。
これも召使たちのおかげである。給金は払っている。本土のアカイア人にとっても、憧れの的だ。
あたしは朝食をパクつき、テアが本日の予定を延べた。
「本日の午後は闘牛を行います。アトル様とクレイトー様が執り行います。
夜は月の女神アルテミスの御祭りです」
「見たい見たい。 アトル兄さんの技は凄いわ」
「お二人は闘牛の準備に忙しい。それでもお二人に会われますか?」
「食事を終えたら会うわ。 クレイトーに会う機会は少ないしね」
「いつもはマリア宮殿にいますからね」
「大好きなクレイトーに会える」 テアは、釘を刺した。
「他の王族や貴族たちにも挨拶するんですよ。あなたとクレイトー様の他にもお姫様はいるのだから」
「わかっているって」そして闘牛場に向かった。
闘牛場に着いてみると、貴族のうら若いお姫様たちが集まって、乳房を丸出しにして準備に余念が無い。
半裸で走り回り、牛跳びをする男をキャッチするのだ。
男達は普段から外で半裸で働いているので、 当然日に焼けているが、女達はそれ程は日焼けしていない。 色が黒いのはあたしぐらいか。クレイトーは色が白い。
クレイトーはあたしを見るが早いか、「来たわね。じゃじゃ馬王女」
「これが楽しみなのよ」
「一年中遊んでいるくせに」
ぐさっ!!「クレタ人なら誰でも一年中楽しんでいるわよ。 ここにヒッポリュテーがいなくて残念だわ」
アトルは「あの娘なら自分で闘牛をしたがると思う。もっともクレイトーはあの娘に会っていないがね」
あたしは、「牛に殺されないように注意してよ。アテナイでアンドロゲオスが事故死した例があるし」
「アテナイからは賠償として奴隷を受け取っている」
「ここで死んでも何の得にもならないわよ」
「わかっているって」
そこにレダがやって来た。レダは、来るが早いか、
「ユリア様、闘牛を見られるのですね? その後は牛一頭を一人で食べられるのですか?」と言った。
「レダ、あたしより格下なのに、キツイ事を言うわね」
「軽い冗談ですよ」
「クレイトーに毒されているわね。13歳の女の子が牛一頭を食べられるわけがないでしょうが」
「一月もあれば食べられます」
あたしは、「それなら30人がかりで食べれば、一日で終わるし、お肉も腐らないわ」と突っ込む。
「何の話をしているんだい」アトル兄さんが呆れ返った。「王女の身分を隠して漫才師にでもなるつもりかい?」
「悪ふざけは大好きだけどね」
「悪ふざけで闘牛をしたら死にますよ。アトル様、気を引き締めて執り行ってくださいませ」
「当然だよ」緊張の度が過ぎたときは冗談で心を解きほぐす。このくらいはいいじゃないか。とあたしは思った。 テアは厳しいから、言えないが。
牛が引かれてきた。角のある、野生の牛だ。 牛は本来は臆病な生き物だ。
興奮させてようやく闘牛に使える。しかし、巨大で見るからに恐ろしげな牛だ。
油断すると、アトルが殺されるかも?
否!!それは在り得ない。 去年も成功している。 クレタの王子たる者は牡牛ごときに殺されてはいけない。そんな弱虫は王位に就く資格が無い。勿論死んでしまったら、王位どころではないが。(笑)
歴代の王は、全て王子の頃は、闘牛をしている。だからアトルも王子の威光を示さなくてはならない。
クレイトーが、「それでは闘牛が始まりまーす」と叫ぶ。
良く通る声が闘牛場に響き、 観客席からはやんやの喝采が響いた。 貴族もいれば平民もいる。
クレタ人は王や貴族に逆らわなければ自由だ。勝手気ままに生きている。毎日が幸せだわ。
尻を叩かれた牛は、最初は怖ず怖ずと、やがて猛然と突進し始めた。
タイミングを間違えたら一巻の終わりだ。
アトルも牛に走って行く、そして見事に角を摑み、くるりと一回転して、牡牛を追いかけてきたクレイトーが、これまた見事に受け止めた。
「おーっ!!」観客席から どよめきの声がした。アトルは去年も成功している。
牡牛は大きくターンして、再びアトルを襲おうとした。
しかし別の兵士が放ったロープが牛の角を見事に捕えた。
ロープは地面の杭に繋がっているが、あちこちに用意してあり、牛がどのコースを通っても、ロープを喰らう可能性はあったのだ。アトルは青銅の斧を受け取り、牡牛の頭に一撃を加えた。ドバッ!!と鮮血が飛び散り、牡牛は即死した。
「おーっ!!」と観客は大喝采を惜しみなく送った。
「ヒッポリュテーに見せたかったわ」あたしの独り言にレダは、「コーカーサスの御友達ですか? あたくしも会ってみたいですわ」
「クレイトーも会いたがっていたわ。いつの日かヒッポリュテーをクレタまで招待したいと思っているの」
「あたくしも楽しみですわ」
そして次々と牛が殺されて、牛肉の大盤振る舞いが始まった。人民は美味しい牛肉を食べまくっていた。
いつもは猪や、海産物が多いので、―それだって充分に美味しいが―これがお楽しみである。
「アトル様はお強い。いつも牛に勝っておられる」
「じゃあ、アンドロマゲ様がアテナイで亡くなられたのは、どうなのよ?」
「あれは不幸な事故ですよ」
「滅多な事は言わないの。闘牛中の事故は珍しく無いんだから」 一般人は好き勝手な事を言っている。
あたしが牛肉を食いまくっていると、クレイトーが、
「これだけ食べまくっても太らないのは、 凄いと言えば凄いわね」と言ったが、アトルはアトルで、
「いつも野外を出歩いて、 スポーツばかりしているからかな」と感心し、レダはレダで、「ユリア様ほどのスポーツ好きは、貴族の中にも殆どいません」
「何とでも言ってよ。 別に悪い事はしていないわ」
「ところで夜の御祭りは、ユリア様も巫女として参加なさる」
「一応ね」
「クレイトー様と同じようにやれば良いんですよ」
「あまり自信が無いなあ」
クレイトーは、「王女の義務を果たすのよ」と言い、レダはレダで、「当たって砕けろですよ。それから、トイレで用を足しておくんですよ。大喰らいなんだから、人民の前で失敗しないように」どうも、レダは苦手だな。
やがて闘牛と牛肉パーテイの後始末も終わり、月の女神アルテミスの御祭りの準備に取り掛かった。
アルテミス(ローマ名はダイアナ)は狩をするので、当然ながら、巫女がアルテミスに扮して小動物を殺すのだ。 去年まではクレイトーがやっていた。 しかし今年はあたしとレダの仕事だ。
乳房を丸出しにしてウエストにコルセットを締めて、毒の無い無害な蛇を両手に持ち、獲物を殺すのだ。
祭壇の上で幻想的に、半裸で踊り、女神を呼び、獲物を屠る。 最後に服を着て祭壇から降りて退場する。
同胞から乳房を見られるのは平気だが、外国人には見られたくない。だから外遊するときはアカイア人の服を着るのだ。
そして夜になり、闘技場に松明の火が篝火となって灯された。
バビロニアには燃える水が在るらしいが、臭いがキツイので、クレタ特産のオリーブ油を使う。
エジプトでも重宝される。クレタの貴重な輸出品である。
芥子の実やら大麻草なども大量に用意された。
(ここで回想は中断)
涼子はパニクった。 慌てふためいた。
「ち、ちょーっと待て。君たちは、芥子やら、大麻やらを、宗教儀式に使ったのか?」
ユリアは、「そうよ。それがどうかしたの?」
実にあっさりした言い方だった。
「害があるぞ」
ミネルヴァ女史が話に割り込んだ。
「南米では、マヤ帝国やインカ帝国の魔法使いが、毒茸を宗教儀式で使って超自然現象を引き起こした。
更に付け足せば、欧州の魔女も黒ミサやサバトの儀式で、アルカロイドを用いて空中浮遊の幻覚を楽しんだ」
「集団幻覚じゃないですか!!魔法じゃないよ!!」
「超常現象なんて、所詮そんなものよ」
ヒッポリュテーが、「スキュタイ人は大麻の種を焚いて煙を吸うよ。そのくらいで怒らなくてもいいじゃないか」と言った。 しかし、涼子は涼子で、
「へロドトスの『歴史』で読んだから、それは知ってるよ。 それにしても、改めて聞くと凄くショックだな。どうもユリアに神経遮断機がかかりにくいと思ったけど、ドラックを常用してたのか。
この不良娘!!!」
「そこまで言うのは失礼よ」とミネルヴァ女史。
フレイヤは、「20世紀末の日本で、無毒大麻とかいうのが開発された。37世紀では衣服の繊維以外は、大麻の使い道は無い」と説明した。
しかしヒッポリュテーは、「おやおや」と少し残念そうな顔をした。
「芥子や阿片にはモルヒネ以外にも、弱い鎮静剤の元になる成分が含まれている。
外科手術には、37世紀では神経遮断機が使われるが、術後の痛み止めには薬を出す。
しかし、クレタ人が宗教儀式に使っていたとはね。君たちを見る眼が変わりそうだ」涼子がぼやいた。
ミネルヴァ女史は、「それはそれとして、話を戻しましょう」そして話は再開された。
大麻やら、芥子やらが、松明に投げ込まれ、煙が観客席に流れて行く。あたし(ユリア)とレダは幻想的に祭壇で踊り、獲物を屠る準備をした。 あたしは無害な蛇を両手に摑み、高く掲げた。この蛇は予め慣らしてある。 蛇は犬猫や鳥に比べて人に慣れにくい。 しかし生まれたときから躾ければ、慣らせる事は不可能ではない。 それでも万一のために無害な蛇を使うのだ。でも噛まれたくないなあ・・・・。
レダは獲物を高く掲げ、自分がアルテミスになったつもりで殺し解体した。蛇は血に匂いに惹かれてレダに視線を向けた。しかしレダは殺された小動物の血を別の獲物に塗り、蛇の目の前に放り出した。
あたしは蛇を離し、蛇は獲物に喰らいついた。
「おーっ!!」と観客はどよめく。
貴賓席を見ると、クレイトーがかるく手を上げて、あたしに何かを言っている。
『初めてにしては良くやった』とでもいっているのだろう。
ここにヒッポリュテーがいてくれたら・・・。
北方育ちのヒッポリュテーが陽射しの強いクレタで生活するのはキッイだろうが、冬なら何とかなる。
そのうちクレタまで連れて来てみたい。
クレイトーやレダは仲良くなれるだろうか? いや、きっとなれる。
やがてあたしとレダは服を軽く着て、祭壇から降りた。
御祭りの初日は大成功に終わった。
翌日、闘技場は午前中のうちに踊り場になった。
解体された牛の食べ残しは遠くに運び去られて、血の痕跡は新しい土で消された。
そして午後は、楽しいダンスの始まりだ。
実兄アトルは婚約者のクレイトーを連れてやってきた。
レダ、その他大勢の、年頃の貴族の娘たちも参加した。
12歳から15歳の美人ばかりだった。
全ての参加者は、美しい花の輪を頭に巻き、麻の薄着を身にまとい、乳房丸出し、と言うほどではないが、少々艶かしい姿だった。
男達はオリーブ油が滲みて艶光する肌着を着けている。黄金作りの短剣を銀の鞘に入れて、腰に吊るしている。 この短剣はどう見ても実戦で使えるような代物ではないが、装飾品としては見栄えの良い、素晴らしい品だ。
やがて音楽がスタートし、ダンスが始まった。
楽隊は楽器を演奏させ、二人の軽業師が踊りの音頭をとるように踊り手たちの間をクルクルと跳ね廻る。
そしてクレイトーとアトルは共に踊りだした。
ろくろ台の上で粘土の壷が廻るように、踊り手がクルクルと廻るのだ。
このダンスは男達が年頃の娘の品定めをする意味合いが強いが、クレイトーとアトルが婚約している事は、クレタでは知らぬ者はいない。 あたしはレダの弟と踊っていた。 相手はあたしに言い寄ろうとしたが、あたしはうまく追い払った。あたしは年下の男の子なんか相手にしない。
レダに泣きついてもどうにもない。 ミノス王の第一王女ともあろう者が、年下の格下の王子に求婚されてたまるか。踊りの周りには、楽しく見物する大きな人垣が出来ていた。
ダンスを終えたあたしたちは、絞りたてのグレープジュースを受け取った。
まだワインになっていないやつだ。
生温いのが欠点だ。本土のオリンポス山の山頂には冬には雪が降るが、クレタまで持って来て、夏までは保存できない。ミノス王の権力を持ってしても、物理的に不可能だ。
レダがあたしの元に何か言いたげにやって来た。
「あなたの弟と結婚するつもりはないわよっ!!」
「あたくしも、同じ年の方を義妹と呼びたくありませんわ」
「喧嘩を売ってんの?」
「イカルスには因果を含めておきました。 ユリア様には求婚なんかさせませんわ」
「それはどうも」 何か面白くないわね。
一人のエジプト人があたしに声をかけた。
「王女様、見事でした。エジプトでも見られないようなダンスです」
「あなた様は誰ですか?」
「エジプトから来た外交官ですよ。王女様の昨夜の巫女ぶりは、お見事でした」
「昨夜見たの?」
「見ました」
ゲゲッ!!外国人に見られた。同胞ならともかく、よりによってエジプト人に!!
「御父上の、ミノス王の御招待により、見せて頂きました」クレイトーもレダも平気な顔をしている。
「では王女様、私は他に公用がありますので失礼します」
あたしは相手の後ろ姿を見送りながら、不愉快になった。
「ええ!!悔しい!エジプト人にあたしの胸を見られた」
レダは、「あたくしは平気ですわ」クレイトーも気にしていない。 「いつも半裸でスポーツをしているんでしょう?同国人に見られて平気なら、友好国の人に見られても、気にしない、気にしない」
アトル兄さんは、「エジプト人は、腰布以外は、裸同然で暮らしている。ユリアの胸を見ても何とも感じないさ」
クレイトーはあたしの気持ちを切り換えさせるべく、
「女子だけのスポーツ大会があるけど、あなたたちも出場する?その気があれば、二人とも出られるわ」と言ったが、しかしレダは、「ユリア様に体力勝負で勝てる女の子は、クレタ島のどこにもいませんわ」
アトル兄さんも、「確かに僕が知る限り、ユリアに体力勝負で勝てるのはヒッポリュテーぐらいのものだ。
クレイトーは会っていないけどね」
「5年も御会いしていないのに、ヒッポリュテー様が、ユリア様より強いと言い切れるんですか?」
「ヒッポリュテーは強いわよ。アマゾネスは熊より強い。その上、王女の英才教育を受けているのだから、 たぶんあたしよりも、体力があるわ」
「で?美人なんですか?」
「美人よ。レダよりも」
「どんなお顔なんですか?」
「金髪碧眼で彫りが深いのよ」
「あたしたちクレタ人は髪も眼も黒いのが普通ですわ。 母の実家があるアテナイには金髪の人も少しはいますが」
「ヒッポリュテーがクレタまで来たら男にもてもてよ。アフロデイーテよりも美しいわ」
「ではユリア様よりも美人ですね」
あたしは頭に血が昇ったが、ここで喧嘩をしても始まらないので、我慢した。
あたしはクレイトーにスポーツ大会に出ると頼み込んだ。レダに勝つ為に。しかし!!
「あたくしは出場しませんわ」 と、一言で逃げられてしまった。
「逃げるの?これだけの憎まれ口を叩いておきながら?」
「どうせユリア様には勝てませんわ。 不戦敗でかまいませんわ」
「逃げるか!!!この卑怯者!!」
「勝てないのに争ってもしかたないですわ」
とだけ言って、退散してしまった。
「ええ!!悔しい!!あの馬鹿王女!!憎まれ口ばかり叩いて!!」
「まあまあっ。」クレイトーとアトルはあたしを宥め賺した。
「こうなったら全部の競技で優勝してやるわ!!文句無いわね?」
「気が済むようになさい」
それからのあたしは、全ての競技に全力で勝ちまくった。
その他大勢の王女たちは勝てない。別に八百長をしている訳ではない。
普段からの体の鍛え方がまるで違う。ただそれだけの話である。
クレイトーから花束を受け取り、観客席のレダを見つけて、手を振って見せた。
しかしレダは、呆れているだけだった。
「何という人なのでしょうねえ?ユリア様は?」
「負けず嫌いなのさ」とアトル。
「それにしてもねえ? あれではユリア様の将来の夫は、気苦労が絶えませんわ」
「うーん?」アトルは苦笑して考え込むだけだった。
レダだって生意気すぎて、夫になる人物は気苦労が絶えないと思うぞ?
あたしは2位と3位を無視して引き上げて行ったのだった。
祭りの行事は全て終了した。
レダは呆れかえったと言いたげな顔であたしを見ていた。
「どう?あたしは強いでしょう?あなたはあたしのライバルではないわよ」しかしレダは、ただ一言、
「ヒッポリュテー様に御会いしたいですわ」
とだけ言ったのだ。
レダが試合に出場しても、あたしとは勝負にならなかった筈だ。 しかしヒッポリュテーならあたしに勝ったかもしれない。「ヒッポリュテーにもう一度会えたら・・何年か先になると思うけど、クレタ島に招待してあなたたちに会わせてあげるわ」
「楽しみですわ」とレダ。
「あたしも楽しみね」とクレイトー。
アトル兄さんはあたしがコーカーサスに行ったときに、会っている。
あたしたちは北東の方向を、ヒッポリュテーの住むコーカーサスの方向を見つめた。
(ここでマザーシップのシーンに戻る)
「ふーん?そんな夢をねえ?」とヒッポリュテー。
「だいたい正確ですわ」とレダ。それにしても・・・
「どうだい?あたしに会った感想は?」
「美人ですわ」
涼子は、「初めて会ったのは、厳密にはカナンの地の、クレタ人のコロニーだろう?」 と訂正した。
ヒッポリュテーはユリアに向かって、
「あたしの事を忘れて、クレタから逃げ出したくせに」
難詰するような視線を向けた。ユリアは慌てて、
「ふ、噴火のどさくさで、度忘れしていただけよ。 アカイア人のクレタ侵入が落ち着いたら、ワームホールで会いにいくつもりだった。 その前にそちらから来ちゃったけどね」
「その前じゃなくて、その時だろう?」と涼子。
「そうも言うわね」ユリアは取り繕った。
ヒッポリュテーは「まあいいさ。再会できたんだから。それより、話の続きが聞きたいね」
涼子は、「眼が覚めた後なら、僕もわかっている」
「聞きたい!!あたしはいなかったんだから」
「では話を再開しよう」
第十一章。クレタへの帰還。
(語り手、高野涼子の一人称)
「ユリア、起きなさい、ユリア」
クレイトーは僕の見守るなかで、ユリアを叩き起こした。
「クレイトー?何でここに?あたしはヒッポリュテーに会いに行って、スポーツの大会でレダの前で実力を見せ付けて、 それから、それから、」
「何を寝ぼけてるの?何年も前の話じやないの?あなたの命の恩人が目の前にいるわよ」
僕はユリアに御絞りを差し出した。
「これで顔を拭きなさい」
「涼子さん?夢じやなかったんだ。あなたに会ったのは」
「まだ君の記憶は混乱しているね」
顔を拭いてさっぱりしたユリアは僕を見た。
「クレタまでどのくらい?」
「眼の前だよ」
僕とユリアの視界には、巨大なクレタ島が入って来た。
僕は37世紀では何度もクレタ島を訪れているが、この時代では始めてである。当然緊張した。
「ミノス王は僕を客人として受け入れてくれるかな?」
「心配は無用です。先生は姫様の命の恩人なのですから、最高のもてなしを受けられます」とテア。
「その前に大噴火があるけどね」
しかしユリアは平然としていた。 「クレタ人は全員助かるわ。そうでしょう?」
「たぶんね」たとえ死者がゼロでも国土の荒廃は避けられない。自分を神々だと思わせるのは簡単だが、邪教の神の手先だと思われたら客人どころでは無くなる。 殺される事は無いにしても、非常にやり難くなる。
そして二時間後にクレタに上陸したのだった。
ユリアが、「ここはどこかしら?」と言うので、携帯情報端末を取り出して、GPSで場所を確認した。
「アムニソス港ではないね。少し東にずれている。マリア宮殿から更に東の方の港だよ」
「マリア宮殿はわたしの実家です」とクレイトー。
ユリアが「話は伝わっているかしら?カリスト島の爆発まで二日あるけど、人民たちが内陸に逃げていてくれなければ、努力が無駄に為る」と言い出したが、テアは港を見回して、
「姫様、港はもぬけの殻です。話は通じていたようです」
ユリアは、「それではクノッソス宮殿まで行きましょう。 爆発まで余裕があるし、あたしのお家を涼子さんに見せたい」そして全員が徒歩でクノッソスに向かったのだった。
僕は携帯情報端末(携帯電話兼用)でマザーシップの指令を聞きながら歩いたが、ユリアは喜んでいた。
「殆ど人がいない。 みんな内陸に行ったようね。良かったわ」
「今頃この辺りを歩いているのは、我々と一緒にカリスト島から逃げてきた人ばかりだね」とアトル。
クレイトーはお腹をいたわりながら歩いていた。
「もっと早くなりませんか?」クレイトーの問いに涼子は、
「島の様子を見たい。 いざとなったら全員をあっと言う間に目的地に送れるんだ」
「あっと言う間に?」
「そうだよ。 あっと言う間にね」
「それなら何故一思いに、 カリスト島の全住民をクレタに送らなかったのですか?」
「ユリアの人間性を確かめる為だよ。兄夫婦を見殺しにする筈が無い。とは思っていたけど、領民を救う為に全力を尽くさないなら、ユリアを救ったのは間違いだったとして、ユリアを見棄てる手筈だったのだよ」
ぞっとする、冷たい空気が流れた。 クレイトーも僕を恐れたようだった。
そのときうまいぐあいに農作業用の驢馬が放り出されているのをユリアが発見した。「これは使えるわよ」
クレイトーが、「うまいぐあいに荷車もあるわね。充分に使えるわ」ユリアは身分を問わずに妊婦を集めるように指示した。 僕の前でいいとこを見せて点数を稼ぐつもりなのだろう。
荷車に平民の妊婦を乗せ、後からクレイトーを乗せ、自分で驢馬を引いた。
「それにしてもこの時代のクレタ島は自然が豊かだね。僕の時代は人間が多すぎる」
「人間がどのくらいいるのですか?」テアが聞いた。
「ざっと90億ってとこだね」
「90億?」
「9000かける1000かける1000人」
「90億なんて実感がわかないわ」とユリア。
「しかも重要な遺跡があるところは人が住まない」
ユリアとテア、クレイトーは顔を見合わせた。
僕は、ある日本人考古学者が、20世紀末にクレタ島について述べた言葉を思い出した。
「クレタ島は、島というよりは、 むしろ小さいながらも、ひとつの大陸と呼ぶに相応しい」
「なにそれ?」
「周藤芳幸いう日本人考古学者の言葉だよ」
「ふーん?」
「日本の四国の半分ぐらいの土地に、やたらと変化に富んだ自然と風土があって、ミニチュアの大陸と言うのも当たっている。 それからホメロスは、ここから500年ぐらい先の人だけど、『広大なクレタ』と述べている」
「面白いわね。」
ユリアは僕の視線を感じた。
「あたしの顔に何かついていますか?」
「君の先祖にアカイア人はいるの?」
「さあ?クレタ人の先祖はあっちこっちからやって来た。あたしの先祖にもアカイア人はいたと思う。
でもシチリア人の血も濃いのよ」
「それでイタリア人みたいな顔をしているんだね」
「涼子さんの御先祖は何処の出身?」
「うーん?この時代なら中国大陸のどこかだね。殷 王朝か、別の諸国かは、何ともいえないけど」
「日本人なのに?」
「あと1000年以上の時間が経たないと、中国人が日本に集団移住しないんだ」
「ふーん?」ユリアは少し考えて、改めて質問した。
「じゃあ聞くけど、1000年後の日本はどんな国なの?」
「石器時代からいきなり鉄器時代になるのだよ。
青銅器時代が無い。青銅がなんであるかは知っているけど、青銅は主に装飾品で、鉄の武具がいきなり普及するんだ」
「鉄の作り方を知ってるの?じゃあ、教えて!教えて!」
僕は唖然とした。ヒッタイト人は鉄の作り方を機密にしていた。 しかしペルシデ人は鉄の刀剣を携えて、パレステイナに唐突に現れた。 旧約聖書サムエル記上巻13章19節、
『さてイスラエルにはどこにも鍛冶屋がいなかった。
ヘブライ人に剣や槍を作らせてはいけないとペリシデ人が考えたからである』
ペリシデ人というのは、クレタ人の難民のことだ。
ユリアは執拗に食い下がった。
「ねえ、鉄の作り方を教えてよ」
「後で教えてあげるよ。僕達に協力するならね」
「やりいっ!!」何ともアバウトな王女様だ。もっともこれがユリアの良い所なのだろうが。
自分の不注意な一言が歴史を作ったのだろうか?
王女ユリアは事前のリサーチではトロイの都で病死していたのだ。
そもそも最初の歴史でクレタ人に鉄の作り方を教えたのは誰なんだろう? それは誰だ誰だ誰なんだ?
僕は自分の不注意な一言に責任を感じながら、てくてくと歩いた。クノッソスへの道すがら、農村などを見ながら歩き続けた。「農民たちも内陸に逃げたようだね」
「そりゃあ、海水の洪水は怖いでしょうから。でも未来人がいてくれたら怖くない」
「そこまで信頼されているとはね」
「あたしの命を救ったんだから、信頼するなと言われても信頼しますよ」
神々扱いされるのは不本意だ。タイムトラベルをどうやって納得させようか?
「クノッソス宮殿が地震で崩れる前に中を見たい」
「時間があれば。でも大丈夫なの?」
「噴火の正確な時刻は判明しているから、それまでは平気だよ」
「じゃあ、一つ跳びにクノッソスまで行きましょう」
「それもそうだね」僕は少し考えてから、携帯情報端末を取り出した。 37世紀の英語でミネルヴァ女史を呼び出した。短い会話の後、ユリアたちに理解できるように、 この時代のギリシア語(ミケーネ語)で指示を出した。 「マザーシップ、クノッソス宮殿の近くまでゲートでつないで」
そして奇跡が起こったのだ。 ユリアたちの眼の前に丸い大きな穴が出現した。
何も無い空間に穴が開き、その向こうには何と!!! クノッソス宮殿の周囲の市街があったのだ。
「どうしたの?通らないのかい?」
クレイトーもアトルも、そしてユリアも穴の前で怖じ気付いていた。
テアが、「涼子先生、ここは通れるんですか?」
「僕が保証する」テアはトップで穴を潜った。 「姫様、これは安全です。使えますよ」
ユリアも穴に入った。すると、穴に厚みが無かった。
剃刀でスパッと切ったような切れ目、厚みの無い筋のような物(?)の前後で、風景がまるで違う、穴に立ち止まって左足を前に、右足を後ろにして横を向いて見ると、なんと、二枚の絵を繋いだみたいな、奇怪な風景だった。「何よこれは?」
「早く通りなさい。後がつかえている」
僕の声でユリアは通り抜けた。
「厚みの無いトンネルを潜ると、そこはクノッソスだった。ってわけね。これは凄いわ」
僕は笑った。ユリアの台詞から川端康成を連想したのだ。
次々とカリスト島の住民が穴を潜り、最後にクレイトーとアトル、そして涼子が潜って、穴は閉じた。
「他にもカリスト島の住民はいたはずだけど、大丈夫かしら?」
ユリアの問いに僕は、「その人たちは徒歩で別々に来る筈だよ。内陸までくれば充分なんだ。時間はある」
「ユリア様!!」この声は?
「レダ?レダね?」
そこにはザクロス宮殿にいる筈のレダがいた。
「何であなたがここにいるのよ?」
「野暮用でアムニソス港まできたのですわ。そしたらポセイドンが海中から現れて、大災害を予告されたので、クレタ島の全住民が内陸の、もっと西の方へ逃げたのですわ」
「それでやたらと人が多いのね」
クノッソス付近の人口は8万人の筈だが、どう見ても3倍以上、25万人はいそうだった。
「お父様は?」
「ミノス王は南の方の、コモス港のあたりに出張しておりますわ。戻るのはもう少し時間がかかりますわ」 ユリアは僕の方を見た。
「たぶんどうって事は無いね、ミノス王は死なないから、帰ってくるまで宮殿の中を見せてよ」
「いいわよ。涼子さんは命の恩人だし」
そしてユリアたちは人垣を押し分けてクノッソス宮殿へと向かった。
人民はユリアの顔を知っており、協力的だった。
本国では無理が通る。ユリアの気分は良さそうだった。
「ここがあたしのお家よ」
「ここがクノッソス宮殿・・」
僕は、まだ廃墟になっていない、無傷のクノッソス宮殿を見て圧倒された。
トロイの都の城壁も凄かったが、クノッソスは美しさの点で物凄いの一語に尽きた。
「何とも美しいね」
「300年前に一度地震で崩れたのよ」
「中に入るよ。このまま入っても良いね?」
「どうぞ、御遠慮なく。でも何故そんなことを聞くの?」
「神聖な場所に入る為に身を清めろ。 なんて言われるような気がしてね」
「命の恩人にそんな失礼な事は言わないわよ」
そして僕はクノッソス宮殿に入って行った。
37世紀の基準ならそれ程巨大とも思えないが、紀元前1370年なら、巨大である。
「この宮殿は何階建てなの?」
「最上階は六階まであるわ」
「そんなに!?」
「何度も建て増しをしたから当然よ」
(注。 実際は三階まで。話を大袈裟にする為に六階にしました)
「アーサー・エヴァンスに見せてあげたいね」
「誰それ?」
「クノッソス宮殿を発掘した人だよ」
「連れてくればいいのに?」
「そうも行かないよ。歴史上の名士だからね」
僕はマジマジと宮殿の中を見た。
この時代のクレタの宮殿は全て似たような作りになっていた。それも当然の話だ。37世紀だって公共の建物は、目的に応じて似たような造りになっている。 病院しかり。小学校しかり・・・それにしても・・・
クレタの宮殿は、全て西にこだわりがあるようだ。 中央中庭の西側に何列もの貯蔵庫が並んでいる。
西にこだわるのは何故だ?東や北や南でも別に構わないではないか?さらにどの中庭でも、宮殿主体部の西側に、もうひとつ石敷きの庭のような場所があり、そこから見たときにもっとも立派に見えるように、建物が造られていたのだ。
「ねえ?君たちクレタ人にとって、西側にはどういう意味があるの?」
ユリアが答えた。「死と再生よ。太陽は西に沈み、東の空から再生する。だから西は神聖な方向なの」
「西方極楽浄土だね」
「え?」
「失礼。日本人の古い信仰だよ。とっくに消滅したけど」
そういえばエジプトのピラミッドのナイル河の西側にだけ作られていた筈だ。と言う事は・・
古代人には西は永遠の命の象徴だったわけだ。
「ミノス王の部屋が見たい」
「いいわよどうぞ」
ユリアはあっさりと許可した。 普通なら父親の部屋なんか見せないだろう。 僕を信頼している証拠だ。
僕は37世紀でミノス王の部屋を見ているのだが、それでも廃墟になる前に見たかった。
部屋の真ん中まで行くと、王の玉座があり、王妃の座もあった。
ユリアの母は5年前に御産に失敗して死んだ筈だ。
「父は後妻を迎えませんでした」
「私室というよりも、祭祀を行う部屋だね」
「そうよ。何故わかるの?」
「未来人だから」
「さすがね」
王族の一人らしい人が入って来た。
「アトル様、ミノス王の出張中に宮殿を御預かりした私といたしましては、アトル様が御帰りになられた以上は、クノッソス宮殿の指揮権をアトル様に御返しするのが道理かと思いますが・・」
「早く宮殿から出なさい。地震で死んじゃうよ」
ここを発掘したエヴァンスの助手の一人は、後に、
『王は最後の瞬間に、人民を救う為に部屋に大慌てで入って来た』と解釈している。
しかし王の死体は発見されていない。ミノス王はコモス港にいると言う。となると・・・
たぶんさっきの人がその王ってわけか・・・
たぶん、さっきの人の死体は宮殿から引き出されて、どこか別の所に埋葬されたのだろう。
しかし今回の時間軸では死なないのだ。 今回は一人も死なせない。
女官たちが入って来た。
「ユリア様、ここにおられたのですか? ポセイドンの予言でもうすぐここは潰れます。
早く逃げないと死んでしまいます」
「もう少し時間の余裕があるよ」 僕はさっきと少し違う事を言って苦笑した。
「この方は?」
「女神のお使いの、天才外科医よ」
「貴重品を宮殿の外に出しなさい。失いたくなかったら」
ユリアは強い口調で、「聞こえないの?この方の指示に従うのよ」と命じた。
「既にやっております」
「王女様の私物は持ち出しました」
「よろしい」
その時、宮殿がグラリと揺れた。「地震!!?」
女官たちが怯えたが、僕は腕時計を見た。
「カリスト島が噴火するまでには、まだ時間がある。これは噴火の前の兆候だね。でも万一宮殿が崩れたら怖いから、待避しよう」
ユリアは僕を誘導しながら、「左手に嵌めているのは何ですか?」
「腕時計だよ。時間が分かるんだ」
「携帯用の、小さな日時計ね」
「ちょっと違うけどね」
外ではレダが待っていた。しかし僕は、ついさっきレダに会ったばかりで、お互いに初対面。
改めてじっくりと互いの顔を見た。
「東の果てに黄色い肌の人間がいると聞きましたが、御会いするのは初めてですわ」
「それはどういたしまして。 僕もユリアの友達に会えて嬉しいよ」
ユリアは、「レダは少し性格が悪いのよ」
「どんな処が?」
「すぐに人の揚げ足をとるのよ」
「友達だと思っているからだよ。からかっても殺されることは無い。とね」
「殺されない?」
「ユリアは最高権力者の王女だろう?死刑にしようと思えば、決して不可能ではない。
でもユリアはレダを絶対殺さない」
「それは・・たしかにそうだけど・・」
レダは、「あたくしが病気になったら涼子様に直してもらいますわ。」と言う。
頼りにされて悪い気はしない。
「もうすぐ大災害がクレタを襲う。その時こそ僕達の真価が発揮されるよ」
「真価?」
「クレタ島のあちこちに未来人が来ているんだ」
ユリアとレダはヒソヒソ話を始めた。
「ユリア様は絶体絶命の所を、涼子様に救われたのよねえ?」
「ええそうよ」
「そうなると、誰も死ななくなるかもしれませんよ?」
「まさか?人が死ななくなるなんて?」
僕(涼子)は会話に割り込んだ。
「人が死なない事は無い。死に難いというだけだよ。
君たちから見たら魔法か奇跡にも見えるかもしれないけどね」
「人が死んでも、時間をずらして生き返らすことができるのでは?」とユリアは質問した。
「確かにそれは可能だけど、同じ時間を何度もなぞるのは危険なのだよ。
紙の同じ所に何度も消しゴムをかけられないようにね」
「消しゴム?」
「失礼。未来の小道具だよ」
「同じ時間を何回もなぞった失敗例はあるんですか?」
「あるよ」
レダは、「その失敗例を知りたいですわ」と質問した。
「それを知って何になるんだ?そのうち教えてあげるよ。
現在はカリスト島の災害からクレタを救う事に全力を注ぐのだよ。さもないと失敗例が増えるだけだよ」
グラグラッ!!と、足元が揺れた。
「地震?」ユリアとレダは不安そうな顔で僕を見た。
「噴火まで時間はある。 でもその前に、前触れで大きな地震があるかもね」
「宮殿にはもう入らない方が良いと?」
「たぶんね」クレタは地震が多いので、地震を見越して特殊な作りの宮殿を作ったのは、あまりに有名だ。
王や王の家族の部屋は中庭に近く、宮殿が倒壊しても、中庭に逃げれば生き残るようになっていた。
これもアーサー・エヴァンスの発見だ。
僕は携帯情報端末(携帯電話兼用)でカリスト島の様子を見た。アトルの宮殿には何も残っていなかった。
「なにそれ?」
「マザーシップから送ってくる映像だよ」
ユリアとレダは僕の手元を覗き見て、でんぐり返った。
「なにこれ?千里眼?」
「未来のテクノロジーだよ。 空間に穴を開けるのに比べたら、ささやかなものさ」
「涼子様は、神々の御使いなのですか?」
「ミネルヴァ女史も僕も人間だよ。ミネルヴァ女史は女神に見えなくも無いかもしれないけど、人間だよ」
ユリアとレダとクレイトーは何やら話し合っていた。
「どう思う?」
「どうと言われても・・」
「人間が神々を騙るならともかく、逆は考え難いわね」
「じゃあミネルヴァ様も人間なの?」
「そういうことになるわね」
クレイトーが大きな腹をかかえて、僕の所にやって来た。
「わたしが御産をするときは、涼子様に取り上げて欲しいです」
「喜んでやってあげる。でも何故?」
「5年前、ユリアの母が御産に失敗して死にました」
「この時代は御産の死亡率が高いね。幼児の死亡率も高い。でも僕が味方になれば安心だよ」
三人は踊りあがって喜んだ。実の所、只単に御産の死亡事故を減らすだけなら、この時代の助産婦に入れ知恵をするだけで充分なのだ。19世紀にルイ・パストゥールが提唱したように、助産婦が徹底的に手を洗い、熱湯と蒸気で道具を消毒する。これだけで産褥熱は防げのだ。 もっとも、抗生物質が有ると無いでは、危険度が全然違うし、37世紀の医師である僕が取り上げた方が安全だ。
クレイトーにとっては、全能の神ゼウスを見方にしたような心強い話だろう。
ユリアは高い場所に登り人民を励ました。
「クレタの人民よ、 何も恐れる事は無い。 天の使者がクレタを救って下さる」
芝居がかった言い方だ。 人民は喜ぶ、喝采の声が上がる。やんや、やんや、の騒ぎである。
鯛は腐っても鯛。アバウトなミーハー娘でも、 王女は王女だ。感心したぞ。
レダは、「ユリア様は人民に人気が有りますわ」と言う。
「そりやあ、人気が有るだろうね。あの娘なら・・・」
やがて食事になった。20万人を超える人間に、パンやシチューが配られた。気候の楽な初夏で良かった。
冬は少し厳しい。冬のギリシア本土は陰鬱だ。
クレタはギリシア本土より南にあるが、コーカーサスよりマシとは言え、冬は野外は少し辛い。
ユリアは僕が用意した、薄いシチューを飲んだ。
「病み上がりなんだから、馬鹿食いしちゃダメだよ」
「わかっているって」僕の指示には素直に従う。
テアやクレイトーより僕の方がユリアには権威があるのだ。
人民に紛れた37世紀人は本番のときは人民を救う手筈だ。残り時間はあと一日と少し・・・
ミネルヴァ女史はカリスト島で、アトルの宮殿の中を歩き廻り名残惜しげに見回した。
アトルの宮殿は後世に残らないので、遠慮なく様々な観測機器をセットできた。
37世紀のテクノロジーがもたらした各種センサーは、地下の溶岩の動きをキャッチしていた。
「ゲートをすぐに開いて!!」ミネルヴァ女史は空間の穴を潜り抜けた。 そしてゲートを閉じた。
後世に残らない物は全て持ち去り、残るべき物は残した。
アクロテイリには人間の死体を置き、豚を吊るして置いた。
火山灰に塗れた黒焦げの豚が、20世紀で発見された史実と整合性を合わせる為である。
変な物が発見されないように、細心の注意を払わなくては。
涼子からの連絡でユリアはクノッソス宮殿に無事着いたとの事だ。 全ては計画通りである。
第十二章。 大噴火と大津波。
涼子は腕時計を見ていた。もうすぐ大地震と大噴火と、大津波、この時代の表現なら、海水の大洪水がやって来るのだ。
ミノス王はギリギリで間に合わなかった。どこら辺にいるか分かっているが、ワームホール(ゲート)で無理に間に合わせなくても、別に構わないだろう、とミネルヴァ女史が判断したのだ。
レダが質問した。「涼子様、噴火はいつです?」
「あと5分」
「5分って、どのくらい?」
「ゆっくりと、300を数える時間だよ」
「大変、もうすぐじゃない!!」
「だからクレイトーが流産しないように、しっかりサポートするんだよ」
クレイトーはアトルに守られていた。
涼子は秒読みを始めた。「10、9,8,7,6,・・」
そしてゼロになった。この時代にゼロと言う概念は無かったが、その瞬間が来た。 そして水平線上に閃光が走り、 足元がズン!!と揺れた。
ゴーツと猛烈な音がして、クレタ島全体が揺れた。
西暦1883年のクラカトア島大爆発の5倍のエネルギー。
地中海の果てのジブラルタル海峡でも聞こえるであろう、とてつもない轟音。
ユリアとレダは、他のクレタ人同様に、噴煙を見上げた。
「凄い音ね」
「え?何?聞こえない」
「凄い音!!」
「あー凄い」クレイトーは怯えとも、安堵とも付かぬ顔でカリスト島の噴煙を見た。
本来なら死んでいたのだ。
クレイトーが涼子に何かを言おうとしたときに、 メリメリと音を立てて、クノッソス宮殿が潰れた。
予告されていたとはいえ、ユリアのショックは大きい。
「ユリア様、この有様なら、あたしの家も、クレイトー様の実家も潰れていますわ」
「慰さめになっていないわよ」
「確かに、ザクロス宮殿もマリア宮殿も、地震と海水の洪水で崩れるんだ。
クノッソスには海水は来ないけど」
「本当にここまで海水は来ないんでしょうね?」
「来ないって!!」
携帯端末のモニターはアムニソス港の様子を映していた。
「カリスト島は?」ユリアの求めでモニターを切り替えた。
無人機のカメラは無人化したカリスト島の惨状を伝えていた。
「無人で良かった。少なくとも三万人が死なずに済む」
島の中心部がボコっと陥没し、海水がくねり、同心円状に広がりながら、恐ろしい津波が、この時代の言葉なら、海水の洪水が広がって行った。
「海水が襲って来ます!!」
「アムニソスに映像を戻すわ」
高さ90メートルの巨大な津波は、時速350キロで広がり、僅か30分でクレタに到達する。
レダは画面を見ながら呻いた。
「こんなのを喰らったら、ひとたまりもありませんわ」
クノッソスは内陸にあるから、直接の被害は免れる。
しかしある程度までは海水がやって来るのだ。 そしてクレタの北岸は高波の直撃をまともに喰らった。
海水がスルスルと引いていき、 そして突っ込んできて、激突した。 ユリアは呻いた。
「おおっ!!ゼウス様!!」
レダも呻く。 「海水が内陸に入ってきますわ」
海水はアムニソス港を飲み込み、集落を飲み込み、河が逆流するかのように、入って来た。 河川の真水が海に注がれるのではなく、 鮭が河を遡るように、海水が河川を遡って入って水源に向かっていくのだ。
少し遅れて平地が海水で覆われ、ローラーが校庭のグラウンドをならすように、海水が土の上を通り過ぎて行った。船や建物の残骸は、蛇がのたうつように、内陸に入って来た。
『洪水が逆流しているみたいだ』
ここが産業革命以前の世界でよかった。近代工業世界なら、産業施設は海岸に集中していて、大惨事になる。
どんな時代でも重要な施設は海岸にあるが、ここはまだマシだ。
人間は大勢住んで入るが、被害は軽くて済む。
そのとき、涼子の頭脳にデジャビューが閃いた。
1960年5月24日のチリ地震と、日本を襲った巨大な津波・・・。
2004年12月26日のインド洋大津波・・・。
2011年3月11日の東日本大震災と大津波・・・。
凄惨なリストは無制限に続く・・・・。
「まるで・・・・。 2004年12月26日のインド洋大津波みたいだ」
「何それ?」
「後でビデオを見せてあげるよ」
「だからビデオって何?」
「後で教えるよ」
あの大津波は23万人を死なせたのだ。犠牲者の数なら、広島の原爆に匹敵した。 あの惨事を無かった事にしても良いのかどうかは、まだわからない。 しかしクレタ人は今回は救われそうだ。 涼子は思索した。 同胞たる日本人を救うには如何するか? チリ津波や東日本大震災を無しにするには如何するか?
後で考えよう。
轟音と共に足元が揺れる。 カリスト島の大噴火は4日間も続いた事が判っている。
この苦難はまだまだ続くのだ。
焦げ臭い嫌な臭いがした。ユリアが、「火事?」
「クノッソス宮殿が火事ですわ」とレダが慌てる。
「そういえば火を消し忘れたかも」侍女の一人が申し訳無さそうに言った。
ユリアが、「この馬鹿―!!!」
「宮殿がここで焼け落ちるのは史実だよ。後で本土のミケーネに再建される。諦めなさい。
これが運命だよ」
フオローになってないと思ったが、他に言いようが無い。
空から舞い降りる火山灰。「ゴホ!!ゴホツ!!」
「これは何ですの?」とレダが質問した。
「火山灰だよ」涼子は全員にガスマスクを配った。
何十万人もいるが、他にも未来人は来ているのだ。
しかし、今回の津波は東地中海の全域を襲うのだ。
涼子は今回の大地震の被害を蒙る地域の人々の事を思った。
さて、トロイアの都を衝撃波が襲った。
ラオメドンは「何事だ!!」と怒鳴った。
「地震です!これは大きい!!」
トロイは大きく揺さぶられ、そして城壁の一部が崩れ落ちた。 ドケチで強欲なラオメドンは、城壁の再建にかかる費用の事を考えて悔しがった。
しかしクレタの大災害に比べたら掠り傷でしかない。
もっともラオメドンがそれに気付いて、オリンポスの神々に感謝するのは、随分後なのだが。
巨大な地震はギリシア本土、ペロポネソス半島をも襲った。
トロイよりもクレタに近いのだから当然だ。
しかし、ここで意外な転回になった。アカイア人は未来人の警告を曲解したのだ。
クレタが、大災害に見舞われるならこれ幸い、 クレタを攻め落とせ!!!となったのだ。
しかし、アテナイの軍船は、大津波にあった。
アトランテイスが滅びたとき、ギリシア本土にも大津波が来たことは、プラトンが『テイマイオス』に書いている。
さて、このアトランテイス島に、驚くべき巨大な、諸王国の勢力が出現して、その島の全土はもとより、他の多くの島々と、大陸のいくつかの部分を支配化におさめ、なおこれに加えて、海峡内にこちら側でもリュビアではエジプトに境を接するところまで、またヨーロッパではテュレニア(イタリア西北部)の境界に至るまでの地域を支配していたのである。 (中略) さあその時にソロンよ、あなた方の都市の力は、その勇気においても強さにおいても、全人類の眼に歴然と映じたのであった。 (中略) しかし後に、異常な大地震と大洪水が度重なって起こった時、苛酷な日がやって来て、その一昼夜の間に、あなた方の国の戦士はすべて一挙にして大地に飲み込まれ、またアトランテイス島も同じようにして、海中に没して姿を消してしまったのであった。 ( 中略 )
ギリシア本土の戦士が大地に呑まれ、アトランテイスも同じように海中に没した。とプラトンが書いているのは、極めて興味深い。アトランテイスが大西洋にあったなら、津波が
ギリシア本土に届いた筈が無い。イタリア半島とシチリア島が邪魔になる。 しかし、アトランテイスがギリシア本土のすぐ眼の前にあったなら、それも納得できるのだ。
ついでに述べておくと、アトランテイスが超大陸ならギリシア側に拮抗できる国力などあるわけないが、クレタがアトランテイスならそれも理解できる。 『テイマイオス』はこのあたりを、うまく記述している。(少々婉曲な表現だが)
ギリシア本土の被害をゼロにしようという未来人の善意は、史実通りに失敗に終わった。
(ここでマザーシップのシーンに戻る)
「それは?凄い地震だったんだな」
ヒッポリュテーはビデオ機器を操作し、クレタ壊滅の映像を見た。 ビデオの原理を理解しなくてもビデオを使いこなせた。 使うだけなら、古代人でも37世紀のアイテムが使えた。 「恐ろしい大災害だ・・・」
ユリアは、「クレタが海中に没しなかっただけでも、感謝しなければ罰が当たるわ」述べたが、涼子は苦笑して、「災害と言えば、もっと凄いのがあったな」と述べた。
「どんなのが?」とヒッポリュテーが質問した。
「エジプトにとっては災難。 ヘブライ人にとっては天の助けだ」
ユリアが、「紅海の奇跡?」
「葦の海の間違いだった」
ヒッポリュテーは、「何の話だ?詳しく知りたい」
「では話すよ」涼子はビデオの操作を始めた。
(語り手、高野涼子の一人称)
カリスト島から同心円状に拡がる大津波、この時代の表現なら、海水の大洪水が波高を下げながら、東地中海へと突進して行った。 そしてエジプトからカナン(パレステイナ)への道すがら、地中海に面したシルボニス湖で、ちょっとした奇跡が起きつつあった。 後世の語り草になる大事件が。
ヘブライの預言者モーゼと、逃亡奴隷の一団がエジプトの軍隊に追い詰められていた。
モーゼは杖を高く上げて、手を海に向かって差し伸べた。
すると、強い東風が吹いて、海水が西の沖合いにスルスルと引いていった。 東風と海水が引いた事には、何の因果関係も無かったが、まるで神が強い風で海水を西に追いやったかのように見えた。
ヘブライ人たちはモーゼに率いられて、シルボヌス湖を越えた。エジプト軍も追ってきた。
しかし!!巨大な津波がエジプト軍を飲み込んだ。 ヘブライ人たちは高台に登っていて難を逃れた。
まさに奇跡だった。ヘブライ人たちは神を信じ神を称えた。
モーゼとアロンの姉であるミリアムが、タンバリンを手に取ると、他の女たちもタンバリンを手に持ち、踊りながらミリアムの後に続いた。ミリアムは歌った。
「主に向かって歌え。主は大いなる威光を現し、馬と乗り手を海に投げ込まれた」 モーゼはヘブライ人をシルボヌス湖から出発させた。 そしてその有様は高々度偵察機から観察されビデオに撮影されていた。
モーゼの一行だけではなく地中海全域で被害が撮影されていた。
(ここで再びマザーシップのシーンに戻る)
「面白いな」ヒッポリュテーはビデオスクリーンを凝視した。
ユリアは「映画の十戒とは、だいぶ違う」
「十戒?」
「ヒッポリュテーが来る前に、見せてもらったのよ」
涼子は、「聖書のモーゼと、現実のモーゼはだいぶ違う。プラトンのアトランテイスとクレタ島ぐらいに違う」
と言った。
「例えば、どこがどう違うって?」とヒッポリュテー。
ミネルヴァ女史は、
「話には順序というものがあるのよ。 モーゼの話は後回し。クレタ壊滅の話に戻しましょう」
「では話を戻そう」涼子は話を戻した。
降りしきる火山灰は相当な量だった。ユリアに不必要な不安を与えないために教えなかったが、旧約聖書にはクレタ壊滅について物凄い記述があるのだ。
ゼフアニア書、(ゼパニア書)2章3節。
『災いだ、海沿いの地に住む者、クレタの民は。
主の言葉がお前たちに向けられている。 カナンよペリシデ人の地よ、わたしはお前を滅ぼし住む者がないようにする』
エレミア書、47章4節はもっと怖い。
『ペリシデ人をすべて滅ぼす日が来る。テイルスとシドンは最後の援軍も断たれる。カフトルの島の残りの者まで』
カフトルと言うのはクレタの事だ。 クレタ人はヘブライ人から毛嫌いされていた。
理由は簡単だ。ヘブライ人に比べて恵まれすぎていたから。
エジプトで奴隷だったヘブライ人にとって、クレタ人は北方からやって来る、裕福で妬ましい外国人だった。 大金持ちが没落すれば貧乏人は喜ぶ。それだけの話だ。
日本人なら誰でも知っている都市伝説で、日本一長生きした老人に、人生で一番楽しかった思い出は何ですか? と聞いたら、『隣の家が火事で丸焼けになった事だ』
と答えた。何て逸話がある。なかなか説得力がある。
それにしても、 クレタの壊滅は国土が沈まなかっただけで、アトランテイスの滅亡そのものだ。
ムー大陸を唱えた、ジェームズ・チャーチワードは元々はアトランテイスの研究家で、後年アトランテイスと似た大陸が太平洋にあった。(笑)と主張した。
チャーチワードは英陸軍の元大佐を詐称していたが、実際にはアメリカ人の作家で、英米どちらでも陸軍大佐などという御大層な地位に就いた事は無かった。 大法螺ぶきで大嘘吐きのチャートワード。ムー大陸は実在しなかったが、アトランテイスは実在した。僕はアトランテイスの滅亡に立ち会っているのだ。
僕は4日間の苦しみに耐えて、 ユリアと共に5日目の朝を迎えるのだ。
ミネルヴァ女史もフレイヤもクレタにいて、 クレタ人を助けているのである。
そして5日目。 ようやく噴火は収まり、火山灰も降らなくなった。 それにしても空はどんよりと雲って、太陽は極端に暗くなっていた。 初夏というのに晩秋のように薄ら寒い。 今年は確実に、世界的大冷害になる。 クレタ人に食料を与えなければ餓死者が続出するだろう。
それは全力で回避しなければならない。
僕がユリアの仲間に食事を与えていると、テアの声がした。
「ミノス王が御帰館されました」
クノッソス宮殿が焼け落ちているのに帰館も無いものだと思うが、貴人が館に帰ったのだから、帰館には違いない。
ミノス王の肖像は一点も残っていない。
ミノス王というのは特定の個人ではなく、歴代のクレタ王の総称なのだ。エジプト語のフアラオ、日本語のミカドみたいなものだが、ユリアの父は最期のミノス王だった。
この方が・・・。僕はミノス王の顔を正面から見た。
身長160センチ・・・。威厳のある小男・・・
「お父様、この方があたしの命の恩人の、高野涼子さんです。 隣におられるのが、女神のミネルヴァ様です。」
ミノス王は、「クレタ人民と余の子供たち、その他大勢の貴族達を救ってくださって、感謝いたします」
ミネルヴァ女史は、「どういたしまして。偉大なミノス王に御会いできて嬉しいわ」
「神々に御会いする栄誉に比べれば、 儂など、何の価値もありません」
何と白々しい会話だ、と僕は思った。
しかし未来人が神々ではない、と説明するのは後にしよう。
この場を丸く収める為に。
ユリアはミネルヴァ女史に質問した。
「この火山灰が清められるには、何年ぐらいかかるのですか?」
「ざっと50年てとこね」
「50年!?」
「クレタの西半分は火山灰の被害が少なかった。 これだけでも感謝しなくては」
「50年・・・」
「あたくしたちは、おばあちゃんになってしまいますわ」とレダ。
ユリアとレダ、クレイトーとアトルは、どろんとした空を見上げて、うんざりした表情になった。
エピローグ。(ここでマザーシップのシーンに戻る)
「ふーん?そうだったのかい? そんな事があったとはね」 ヒッポリュテーは感心した。
「物凄い災害だったんだな?」
「あんな経験二度としたくありませんわ」とレダ。
「歴史を紐解けば、この手の大災害はよくあるんだ。
ここから1400年ぐらい未来だけど、イタリアのボンペイの都を滅ぼした、ベスビオ火山の大噴火というのがある」
涼子の説明にレダは嫌な顔をした。 レダはボンペイを知っていた。 いくら1400年後でも考えたくも無かった。
ユリアは、「ボンペイ?1400年後がどうなってるかは知らないけど、ここでは小さな村ね」
ヒッポリュテーは、「よーし、あたしが、あの大災害でどんな気持ちだったか、説明してやるよ」
ヒッポリュテーは南西の空を見た。ユリアの故郷のクレタ島の方向を。 あの巨大地震は何だったのだ?
何が起きたのだ? ユリアは何故あたしとの約束を果たさなかったのだ? あの巨大地震は神々の怒りか?
神々よ!!!あたしの親友に御加護を!!!
太陽さえも薄く靄のかかった空をヒッポリュテーは見上げたのだった。
(第一部、終了、第二部、サイスの街の神官に続く)
特に無し。