SCENE 7
真澄は、恵子の瞳が好きだった。彼女の瞳がちょっとした事で一喜一憂し、くるくると目まぐるしく変わるのを見るのが、唯々、好きだったのだ。それは、自分が人と違う瞳を持つが為の劣等感から来る物だったかも知れない。それとも、自分が感情を殆ど持てない人種だからなのかも知れない。どちらにしろ、どんな結果になったとしても恵子が死ぬ事だけは避けたかった。
だから、選んだのだ。
『私、ちゃんと落ち着く為に、実家に帰ろうと思ってるの』
今日聞いた恵子の言葉で、一番辛かった言葉だった。けれど、それに対して真澄は微笑んで聞いていた。
『このままだと、きっとダメになっちゃうから……今日ね、決心したの』
恵子の実家はかなり遠い。偶然に逢える様な場所で無い事は確かだ。それでも……それだけ離れたとしても、死に分かれるよりはましだと。恵子があんな残り滓なんかに成るよりはましだと、ずっと繰り返し自分に言い聞かせていた。
『明日、上に話すよ』
普通の人間なら、これだけ悲しければ泣くんじゃないかな、と。そうぼんやりと真澄は思いながらも、微笑みが消えない自分の顔があった。何時だって、真澄はそうだった。物心ついてから、泣いた記憶は無い。感情が無いとは思わないけれど、表情に出る程に感情を昂ぶらせた記憶も無い。それを自覚してからは、努めて感情を表情に出す振りをした。
人が泣けば泣く振りを、笑えば笑う振りを。そして、そうしている内にどう言う場面で泣く振りを笑う振りをすればいいのか、身についてしまった。それは嘘とは違う、集団の中で孤立をしない為の処世術。そうしなければ自分は、今の様に人の群に混ぜては貰えなかったのだろうと、真澄は気づいていた。
そう気づいてから、真澄は同時に惹かれる様になったのだ。恵子の様に人らしく、感情を持てる人間に。今までに、幾度もそんな人を見つけた。そして、その感情を見詰めたくてそっと彼ら彼女らに近付いた。
けれど、何時だって誰もが去っていった。単純に別離であったりもしたし、最悪な場合は死別でもあった。だけども、原因は常に一つだった。今日だってそうだ。そう思いながら、真澄は不快げに己の左手を見た。まだ未練がましく纏わり付く黒い液体。自分以外にはきっと見えないそれを、真澄は軽く左手を振る事で拭い去った。
――何時だって、これらに……
そう思いながらも、真澄は気づいていた。知らずにそれを呼び寄せるのは、自分も同じなのだと。もしかしたら、それらの存在を識っているだけに、強く呼び寄せるのかも知れない。今回の事は、本当は自分が関わった所為で起きたのではないか。きっと、そうなのだと、真澄は軽くした唇を噛んだ。
それでも、人と関わらずに生きていけない自分を識っていた。けれども、きっと誰も自分を解らないだろう事も、識っていた。昔、集団の中の孤と成らない為の術を身につけた。けれども、それ故に理解される術も失った。本当の孤独は、集団の中で馴染みながらも自分がその中で孤であると識ってしまう事だと、真澄は痛感する。
並木道はもう暗い。ほんの数メートル先も見えない。まるで今の自分だ。この暗い道、それでも近くにはきっと人も居るし、暖かい家もある。けれど、それは自分の知人では無いし、自分の家では無い。結局は己の寄る辺では無いのだ。この並木道には終わりがあるし、その先には自分の家もある。だが、自分の道はどうだろう。何時まで、暗闇が続くのか教えてくれる者も無い。
冷たい風が、顔を薙ぐ。暗い道に自分独りの存在を認めながら、真澄は再び歩き出した。
ホラーと言うのは少々違う風味となってしまったので、ホラーっぽいホラーを想像していた方には申し訳ありません(;;) 私なりの心霊現象の見解(?)を示してみたく、書いてみました。まぁ、それだけでは無いのですが・・・何かご感想・ご意見・ご批判、ありましたらぜひ伺いたいのでお願いします。(_ _)
しかし、一晩でこれだけ書き上げると・・・肩がっ! 冬は特に肩を温めるパッドが必需品ですね(^^;)