SCENE 6
最初は多分、勘違いから始まったのだ。自動ドアが独りでに開く。それ自体は実は珍しい事では無い。例えばスーパーのビニール袋が強い風に飛ばされ、偶然自動ドアのセンサーに反応する。当然自動ドアは開き、それはドアが開いた事しか認識しなかった人物から見れば、独りでにドアが開いた事になるだろう。それが、あの書店でも起こっただけだった。
運が悪い事に、それが向井の死後間も無い時で、更に見たのが――恵子だった。その時、彼女が何を思ったのかまで、真澄には分からない。もしかしたら思わず、向井が入ってきたと想像してしまったのかも知れない。そして、それが切っ掛けとなったのだろう。棚メンテナンスも同じだ。彼女の死角で誰かが棚を整理して、恵子が気づかない内にそこを立ち去っていた。唯、それだけ、だった。
哀しい事に、人は自分が望んでいる事を無意識に選ぶ。唯の偶然と片付けず、もしかしたら、と希望を見出す。冷静に判断する事は、感情の伴う人間には酷な話だ。誰だって望む物を見たいし、聞きたいし、されたいのだ。それは決して欲望では無く、純粋な別の何かなのだ。
それ故に、恵子はそこに向井を見出し、更には本当に彼の残滓を呼んでしまった。それは恵子の想いに応えるかの如く、ドアを開け続けた。それだけなら、いずれ消えいく物だったのに、他の物が加担をした。
流石に偶然と片付けられない現象が続けば、誰もがそこに理由を探し始める。誰が言い始めたのか、向井の幽霊だと噂が流れた。所詮、向井も人間なのだ。増してや管理職の彼は、恨まれる事もあっただろう。例えどれだけ人徳があったとしても、逆恨みすらこの世には存在するのだ。そう言った向井に良く無い感情を持った人間が、口火を切ったのかも知れない。
そして不特定多数の人物が噂に流され、向井の残滓を肉付けしていった。ぼんやりとした何か名前すら無い存在が、どんどんと『向井の幽霊』として存在を許されてしまったのだ。何時の間にかそれは大きくなり、遂には書類を動かしたりタイムカードを押したりし始めた。
このまま行けば、それは確実に良く無い方向へ向かっていただろう。物理的な力を得るまでになっていたそれは、確かに恵子に影響を与えていた。少しずつ恵子の思考を曲げて、どんどんと追い詰めていく。それは故人・向井の意思では無く、寧ろその他大勢が囁いた『恵子が連れて逝かれる』と言う、無責任な噂故だろう。追い詰められて最近では、恵子は自殺し兼ねない雰囲気すら醸し出していた。
だから、何としても恵子を助けたかった。ただ、真澄に取ってはそれだけ、だったのだ。