SCENE 5
日が落ちて暗くなった並木道を、一人真澄は進んでいた。闇に呑まれたその風景は、行きとは違う寂しさを感じさせる。その道の中を、向かいから歩んでくる人影が見えた。
闇の中、仄かに光る様にして向かってくる人影。それは、ライトグリーンのセーターを着ている。真澄はそれを見て、ふぅ、と小さくため息をついた。
「…………」
その人影と擦れ違う瞬間、真澄はまるで髪を掻き揚げるかの仕草で自身の左手をその人影に突き刺した。そのまま、人影は真澄の左腕に刺さる形で歩みを止める。人影から突き出た真澄の手は、何かを握っている様に拳を形作っていた。
「家に帰れって言ったのに」
そう言った真澄の表情は、感情の欠片さえ見えない。現在の行動と相俟って、それは酷く冷酷に思えた。
「貴方が現れると、彼女に良く無いの」
言いながら、真澄は左手を勢い良く引く。瞬間、人影は砂で出来た人形の様に、ぼろぼろと崩れ去った。後に残ったのは、黒い靄に似た何かだけ。
「彼女があれだけ想ってたから、譲歩してあげたのに……残念、ね」
人影は消えたのに、真澄はまだ語り掛ける。左手に握った、そこに。良くみれば、その拳の中から逃れようとする何かが、そこには蠢いている。必死に暴れるそれに、真澄は話し掛け続けた。
「悪いけど、私に取っては死人の貴方より、生きてる彼女の方が大事なの。でも、うっかり彼女に引っ張られた貴方も悪いのよ?」
そして、それを最後に真澄は手の中の物を、ぐちゃりと握り潰した。どろりと、真澄の拳から黒い何かが零れ落ちる。それは、向井だった物。正確には向井の一部だった物だ。もう、向井は死んでいるのだから。
人は死ねば、何も残さない訳では無い。何と呼ぶのか真澄にも分からないが、何かを残すのだ。それは魂とも呼ばれる物かも知れない。だが、真澄はそれを人だった物の残滓と捉えていた。
それは多くは行くべき所に早々に去るものの、稀に暫く留まる物がある。そして、それらは酷く曖昧な物だった。所詮は死人の残り滓だからか、生きている人間の意志に簡単に左右される。今回も、単にそれが起こっただけだったのだ。