表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

SCENE 4

 バイトも終わり、真澄は家路に着こうとしていた。ラストまで残っていたのは真澄と恵子。全ての業務を終えて、店の鍵を恵子が掛けている所だった。

 あの後、恵子は丁度休憩時間だった事もあり、少し落ち着いた所でバックヤードに入っていった。書類もマグカップも真澄がきれいに片付けていた為、バックヤードでの出来事を恵子に気取られはしなかった様だ。

「……今日は見っとも無い所見せちゃって、ごめんね」

 恵子の言葉に、真澄は軽く首を横に振った。実は、真澄は人の感情を見るのが嫌いでは無い。例え、それが世間一般に見苦しいとされる事だとしても、素直に感情を外に出せるその様が。それは持たざる者が持つ者を(うらや)む、複雑な感情なのかも知れない。

「高杉さん」

 吐く息が白くなる程では無いが、それでも身を刺す寒さの中、(おもむろ)に真澄は口を開いた。

「こんな事言うのは、きっと酷だとは思いますが……余り、店長の事を思い詰めないで下さい」

 驚きに恵子の目が見開かれた。彼女は素直に感情を瞳に表すので、その大きな黒い瞳が真澄は好きだった。今はそこに、哀しい様な怒った様な複雑な表情(いろ)を宿している。

「有体な言葉しか出てこないんですが、きっと高杉さんがそうやってずっと悲しんでると、店長も安心して成仏出来ない気がします」

 今度は、恵子の瞳が怒り一色に染め上げられる。こんな時ですら、真澄はその瞳をずっと見続けたいと思ってしまうのだ。けれど、それを表情に登らせる事はない。しないのでは無く、真澄には出来ないのだ。

「…………そんなっ」

 何かを言い掛けて、けれど恵子は言葉を止めてしまった。飲み込まれた言葉は『あなたに何が分かるの』だったのだろうか、それとも『何も知らないクセに』だろうか。何にせよ、否定の言葉だったに違いない。

 暫くの間、恵子は視線を真澄から逸らしたまま、下唇を噛んでいた。しかし、不意に力を抜いた様に肩を落とし、ゆっくりと真澄へと顔を向ける。

「分かってるの、それは」

 今度は決意に似た諦めの表情(いろ)が、黒の中に現れる。真澄はじっと、それを見詰める。

「こんな風に何時までも、引きずるのって良くないのは」

 ぽつり、ぽつりと。恵子は自分に言い聞かせる様に、語り出した。

「最近、特におかしいの、私。ドアが開けば向井てんちょが入ってきた気がするし、勝手に棚メンテナンスがされてれば、向井てんちょがしてくれた気がしてた」

 決意を示していた黒が、滲む。それが涙で瞳が潤んでいるからだと気づくのに、真澄は少し時間が掛かった。

「それが、本当に酷くなってきて……今日なんて、出て行く向井てんちょの姿が見えてた」

 涙を流す事が見苦しいと思っているのか、恵子はぐっと涙を堪えている。それは泣けば負けだと思い込んでいるかの様だった。

「きっと、私、おかしくなってきてるんだ……」

「居ました」

 恵子の様子に耐え切れなくなったのか、真澄は気づけば口を開いていた。

「私も見ました。店長の後ろ姿。ライトグリーンのセーターを着てました」

「え……? 篠藤さん、も……」

 真っ直ぐに見詰めてくる瞳を、真澄は確りと見詰め返す。その色を、覚え込もうとするかの様に。

「きっと、高杉さんが心配で、ちょっとだけ様子を見に来てたんです」

「ほん、と、に……?」

 恵子の言葉に真澄が強く(うなず)くと、恵子の瞳から堰を切った様に涙が溢れ出た。

「……ぅう、ご……ごめんなさっ……ごめっ……むかっ、てん、ちょぉ……」

 泣きながら、何度も恵子は謝った。ひたすら、向井に謝り続ける。

「しんぱっ……かけ、て……ごめっ…………だぃ、じょうぶっ、です……も、だいじょ……」

 泣きじゃくりながら、何度も繰り返す。私はもう、大丈夫です。心配しなくていいです。ちゃんと、やっていきます。安心して、成仏してください。嗚咽交じりにそう、恵子は言っていた。咽の奥が涙と声で詰まり、痛みすら上げながらも、それでも何度も何度も繰り返し続ける。

 泣きながら、全ての感情を吐露するその姿は、見る者が見れば滑稽であるだろう。けれど、真澄にとっては尊くすらあった。人らしく人の感情を現す、その姿が。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ