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SCENE 3

 時間となったので、真澄はエプロンを着けて店内へと足を向けた。ふと出入口に目を遣れば、丁度自動ドアが閉まる所だった。きっと向井が帰っていったのだろうと、真澄は安堵の息をつく。

「お疲れ様です」

 カウンターに恵子が居たので、真澄は挨拶がてらに声を掛けた。瞬間、びくんと恵子の肩が、大げさな程に跳ねる。恐る恐ると言った風体でこちらを振り向いた恵子は、真澄の顔を見た途端泣きそうな顔になって駆け寄ってきた。

「しのとーさーん……来てくれて良かったぁ……」

 真澄の腕に縋り付く様にして、恵子はそれだけ言った。触れている部分から、恵子が微かに震えているのが分かる。

「もぅ、ヤだ……さっきも誰も居ないのに、勝手に自動ドア開いたし……」

 声も震えているのは、泣きそうになっているからだろう。ここ最近、こんな事が多々起こっていた。自動ドアが開いたのでいらっしゃいませと声を出せば、店には自分の他に誰も居ない。本が大量に売れたので棚の空きを埋める為に売り場に出れば、誰も触っていない筈なのに既に空きが埋まっている。用が有ってバックヤードに入ると、ついさっきまで誰かが事務処理をしていたかの様に机の上に書類が出されている。恵子は他のスタッフと違い、フリーターなので勤務時間も長く、人よりそう言った現象を多く目撃していた為、最近ではノイローゼに近い感じにすらなっていた。

「…………やっぱり、まだ居るのかなぁ……向井てんちょ」

 それは、最近スタッフの間で密やかに囁かれていた(うわさ)だった。勝手に広げられていた書類はどれも責任者クラスの物だったし、何より極めつけだったのが副店長がタイムカードの集計をしようとした時。もうタイムカードを押す筈の無い向井が、有り得ない日時にタイムカードを押していたのだ。

「急にあんな事故に遭って、心残りがあったのかなぁ……」

 この店の店長である向井が事故死したのは、先月の頭だった。帰り道の居眠り運転。よく在る過労の末の事故だ。車は電柱に激突し、運悪く運転席側が大破した。精々、苦しまずに即死したのが幸いだったとしか言い様の無い、悲しい事故だったと言う。

「向井てんちょ、あんなに頑張ってたから……」

 堪え切れなかったのか、恵子の目から涙が零れた。恵子は向井の事を『てんちょ』と『う』を抜かして呼ぶ。それは長く向井の下で働いていた恵子の親愛の現れである。

「子供、二人目が産まれるからって頑張ってたのに、何であの人が死ななきゃならなかったのかなぁ……すごく、悔しい……」

 フリーターとは言え、恵子は仕事にプライドを持っているタイプだった。少なくとも、仕事中に泣き出したりする様な人物では無い。それを知っていた真澄は、思わず涙を流してしまった恵子を想い、その背中を慰める様に軽く擦る。

「……いい人、でしたね、店長。数日しか一緒に働けませんでしたけど、私も本当に良くして貰いました」

「……うん……うんっ…………」

 後は、嗚咽に飲み込まれてしまった。ひたすら真澄の腕に縋って泣く恵子の背を、真澄は黙って擦り続ける。彼女が泣き止むまで、唯、ずっと……

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