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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第二章 学校・友人・正体見たり
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その4



 軽く流せればよかったのに。真希は息を呑んでしまう。十和子相手に、この反応は致命的であった。

 小太郎が真希の変化に気が付き、不審に思って近づいてくるが、真希はそれを手で制した。


『……まあ、初対面じゃないんだから、知っていて当然なんだろうね。私も気付くべきだったかな。編入生君のお父様に仕掛けた物を看破された時に』


 電話から聞こえてくる十和子の口調が、いつもと違う。可愛らしいと表現するには、あまりに異質。背筋がぞくぞくするような、高貴ささえうかがわせる。


「な、何言ってるのよ十和子。そりゃ、見た目はどう考えても変だけど、中身はいたって普通じゃない?」


 なるべく動揺していることが分からない様に話したつもりだが、所々で声が震えてしまう。


『真希がカードを見せないのは珍しいね。あくまで、白を切ってみる?』


 無駄だと思うよ。言外にその言葉を含ませた、十和子の挑発。しかし、真希にはまだ最後にして絶対のカードがある。


「白を切るって、何か普通の人間じゃないって証拠でも見付けたって言うの?」


 無論、そんな証拠は無い。いつかのように翼を生やしたわけでもなく、その服装とお面から異様な雰囲気ではあるが、身体の造形は人間のそれと変わりがないのだ。

 十和子が何故小太郎を疑ったのかは分からないが、教室での質問程度では何の証拠にもならない。確信は得ていないはずだと、真希は考えていた。


 それが、甘かった。


『そうだね。ギリギリ間に合ったけど、決定的ではないかな。キーワードとして鴉天狗、妖怪、真希がその編入生君の婚約者候補ってあったから、私の情報の中で仮説は立ってるんだけどね』

「なっ……」


 真希は反射的に辺りを見回した。もう一度死角になっているところや、隠れられそうなところを全部調べるが、誰もいない。


『ああ、私はそっちにはいないよー』


 その言葉が聞こえると同時に、キィと屋上と校舎内をつなぐドアが開いた。びくりと反応する二人の視線の先で、ゆっくりと屋上に出てきたのは、携帯を片手に微笑む十和子だ。


「まさか、ずっといたの?」

「『ご名答ー」』


 十和子の声がステレオで聞こえてくる。彼女は携帯をたたんで制服のポケットにしまい、代わりに小型のラジオか音楽再生機のようなものを取り出した。


「コンクリートの壁越しにも音が聞ける物があってね。今日は天気がいいから、陽射しを避けて日陰にいると思ったの」


 完全に読まれていた。人目を避けて屋上に行くことも、日陰で話し込むであろうことも全部だ。

 唇を噛む真希に、小太郎が心配そうに声をかける。


「真希」

「黙ってて」


 心配されたことには感謝しつつ、しかし小太郎には黙っていてもらう。

 状況は最悪だった。小太郎には事情を隠すよう説得はしたが、細かい部分はまだ十分とは言えない。こんな中途半端な状態では、確実に十和子の追及を逃れることは出来ないだろう。


 ――時間を稼がないと駄目ね。


 そのためにも、いかに十和子を撒いてこの場から逃げるかだ。後のことは後でいい。真希は必死に頭を働かせて状況の打開策を検討するが、妙案が浮かばない。

 真希と小太郎の足であれば、おそらく十和子から逃げ切ることは可能だ。しかし、出入り口は十和子の後ろにある一つだけ。横をすり抜けるにしても、下手に十和子がこちらを妨害して、結果転倒させるのが怖い。

 かといって、真希が何と言おうが引き下がりはしないだろう。前進以外の選択肢が無く、だがその前進のリスクが大きすぎる。


「さあ真希。観念して全部話してね」


 その小さな身体で、しかし大きな胸をドンと張り、十和子は真希に宣告してきた。


「十和子、あんた言いたくないなら聞かないって、この前言ってくれなかった?」

「あれはあれ、これはこれ。今は興味ビンビンだから、退いてあげないよー」


 それを言うなら興味津々だといらない突っ込みを放ちつつ、真希は相手の隙をうかがうことしか出来ない。

 じりじりと焦れていると、不意に十和子の視線が真希から外れた。


「編入生君、黒羽君だっけ? 何か思いついたような感じだね。表情は見えないけど、雰囲気で何となく分かるよ」


 ばっと真希は小太郎の方を見る。小太郎の右手が、衣装の懐に隠されていた。何かを取り出すつもりだろうか。


「真希」


 ぼそっと小さな声が小太郎から聞こえてくる。


「儂が隙を作るけえ。調子を合わせて横を抜けるぞ」


 それは真希も考えたが、十和子の安全を考えて断念した策だ。目で危険を訴えると、小太郎は小さく首を振って、頷いた。


「儂を信じろ」


 それは、あの日あの時、初めて空を飛ぶ自分に対して向けられた言葉に似ていた。安心してもいいのだと感じられる、不思議な力のこもった声だった。

 だから、真希もまたこくりと頷く。どうせこのままでは埒があかない。信じろと言うのだから、信じてやろうと思った。 


「うーん。覚悟を決めたみたいだけど、私の望む方の覚悟じゃないみたいだね」


 十和子がわずかに身構えるが、それでもまだ自分の優位を疑ってはいないだろう。


「行くぞ、真希」

「いつでも」


 懐に隠されていた小太郎の手が引き抜かれる。そこには何も握られてはいなかったが、真希の気のせいでなければ、何か不思議な霞のようなものを纏っているように見えた。

 小太郎がその手を、十和子に向ける。すると、


「きゃっ」


 突然十和子のスカートがめくれ上がり、ふりふりの付いた下着を白日の下に晒した。十和子は慌ててスカートを押さえ込んで隠そうとするが、まるで彼女のスカートが生きてるかのように、その行動に反してふわふわと浮かび上がり続けている。


「え? え? なにこれ!?」


 慌てふためく十和子。その不思議な光景に真希は一時目を奪われたが、自分の隣を風が走り抜けるのを感じて我に返った。先に走り出していた小太郎の背中を反射的に追いかけ、真希は十和子の横を難なくすり抜ける。


「あっ! 二人ともちょっと待って!」


 十和子の声が聞こえるが、とにかく今は逃げることが先決だった。先行していた小太郎は、真希が階段を駆け下り始めた頃にはすでに踊り場に到達し、四階に直結する階段を下りようとしていた。

 離されていることに焦りを感じ、真希は六段ほどを一気に跳躍して踊り場に着地。身をひねってすぐに小太郎に追いつこうとする。


 それが、いけなかった。


「あ……」


 無理な動きで足をもつれさせ、真希は踊り場から一段目を下りる寸前で、大きく前に投げ出される形になった。


「真希!」


 小太郎の声が聞こえる。驚くほどゆっくりと流れる時間の中で、真希は自分を振り向いて硬直している小太郎を見た。直後に訪れるであろう痛みに恐怖し、思わず目を閉じて、思いの他柔らかい衝撃を身に受けた。


 ――え?


 その衝撃の後は、落ちる感覚もどこかにぶつける感覚もなく、ただ何かに包まれているような感覚だけがあった。恐る恐る目を開いてみれば、視界に映るのはどこかで見た白っぽい服。


「真希」


 頭の上から声がする。ついと顔を上げれば、今までで最も近い距離に、小太郎のお面があった。真希は、小太郎に抱き締められるような形になっていたのだ。そう認識した途端、かっと身体が熱くなる。


「えええっと、小太郎?」


 その腕の中で混乱する真希。しかし、小太郎はそんな彼女を無視して、


「……すまん。結局、ばれてしもうた」


 悔しそうにそう言って、抱き締めていた真希を解放する。未だ混乱しながらも少し離れて、彼女は小太郎の変化に気が付いた。背中から、翼が生えている。それを見て、何が起こったのかを理解した。

 落ちる寸前で、小太郎が真希の身体を抱き止めたのである。本来なら届かないはずの距離を、飛ぶことによって埋めたのだ。

 その、代償が――


「なるほどねー。これはさすがに驚いた」


 のんきな声。見上げた先には、勝ち誇ったような十和子の顔。


「さて、やっぱり全部説明してもらいたいけど、まだ逃げる?」


 またも盛大な溜息を吐き出して、真希は降参の意志を示すために両手を挙げた。

 それを見ていた小太郎が自分の真似をして両手を挙げる姿がなんだかひどく面白くて、真希はこんな状況だというのに、クスリと笑ってしまった



    ◆



 屋上での一悶着の後、真希と小太郎は出来うる限り事情を説明するということで、ひとまず十和子に認めてもらった。

 真希としては、どうせ自分の知っていることのほとんどはすでに知られてしまっているので、今更何を聞かれようとさして変わらないだろうという感じだった。


 とりあえず、話し合いは放課後ということで、三人は二限の授業が始まる直前に教室へと戻ってきた。その時のクラスメイトの反応は、おそらく生涯忘れることは出来まい。

 端的に言えば、彼らは討論をしていた。黒板にはオッズの文字と真希と十和子の名前があり、その下に小数点を含む数字が書き込まれている。そこまでで、大体彼らが何をしていたかが分かった。


「くだらないことやってんじゃないわよ!」


 真希が一喝すると、賭けに関わっていたものは全員、それこそ見事なまでの連係プレイでその痕跡を瞬くに消し去り、そろって明後日の方を向いて口笛を吹き出した。しらばっくれるつもり満々である。


「落ち着いて真希。この程度ならいいじゃない。変な目で見られたりしてないだけましだよー?」


 十和子の言葉で、真希の沸騰していた頭が一気に冷める。その通りだった。あんな変な飛び出し方をして、それこそいらぬ陰口に発展していたかもしれないのだ。賭け事のネタにされるくらい、どうということもなかった。


「とりあえず席に戻ろー。二限始まっちゃうし」


 真希は素直にそれに従う。ところが、歩き始めた真希の制服を、後ろでぼーっとしていた小太郎がつかんできた。


「何?」

「いや、儂はどこに座ればいいんじゃ?」


 はたと気が付く。真希が連れ出したため、小太郎の席がどこになったのか聞いていないのだ。


「あ、黒羽君は烏丸さんの隣だよ。先生が、その方が都合がよさそうだって言ってた」


 二人の近くにいたクラスメイトがそんなことを言ってくる。


「あ、そうなの? まあ、いいか。ありがと」


 そのクラスメイトにお礼を言って、真希は小太郎を伴って自分の席に向かう。席に座る真希の右隣で、小太郎も自分の場所となった席に腰掛けた。その後は、何故かそのまま腕を組んでじっとしている。

 授業の準備をしていた真希は、その様子にふっと疑問が浮かび、小太郎に尋ねてみる。


「そういえばあんた、教科書とか持ってるの?」


 どう見てもカバンの類は持っていない。筆箱らしきものとノートだけは思い出したように懐から取り出してきたが、やはり教科書は出てこない。

「いや、まだ持っておらん」


 予想通りの返答。真希は自分の教科書を示して、


「一緒に見る?」

「ありがたいが、ここからではちと角度が悪いな。気持ちだけ受け取っておく」

「いやいや、それならほら」


 真希は自分の机をずりずりと動かして、小太郎の机と横つなぎにする。


「こうすればいいだけよ」


 最後尾なため、後ろを気にしなくていい分こういった融通は利かせ易い。


「列を乱しても構わんのか?」


 そんなことを心配する小太郎は、どうやら基本的な学校のシステムや規則は理解しているようだ。ただ単に、こういう場合に融通を利かせるという発想が無いのだろう。そこは追々教えていけばいいと、真希は思う。


「いつもじゃないけど、こういう時はいいのよ」


 そう答えて、教科書を机と机の間に置く。さながら、あちらとこちらををつなぐ架け橋のように。


「感謝する」

「どういたしまして」


 小太郎の言葉に、真希はくすぐったいような笑顔を返した。



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