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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第二章 学校・友人・正体見たり
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その3



 半ば逃げる様にして教室を飛び出した真希は、とりあえず人目に付き難く、かつ話し声が響かない場所をと考え、屋上へやって来た。物陰や隙間も含めて調べた限り、先客はいないようだ。


「ここならしばらくは大丈夫そうね」


 真希は息を吐き出し、ようやく緊張を解いた。搭屋のつくる日陰にいるため比較的涼しいが、先ほどの一幕で体が火照り、うっすらと汗をかいてしまっている。そよそよと吹く風が、その熱を少しずつ奪って行くのが気持ちよかった。


「で、真希。いったい何用だと言うんじゃ?」


 のんきな口調で小太郎が尋ねる。真希はつい殴り飛ばしたくなる衝動に駆られたが、まずは諸々の確認が先だと抑え込む。


「それは、あたしの台詞よ。いったいぜんたい、何だってあんたがここに編入生として来てるわけ?」

「なんじゃ、そんなことか。これも人間との共存の一環じゃ言うての。親父が学校に通えと言うたんじゃ。せっかくじゃし、真希がおる所がええじゃろうゆうことで、編入試験とやらを受けたんじゃ」


 余計なことを、と思わずにはいられない。真希は毛むくじゃらの巨漢を思い出し、想像で鞭を打っておいた。全く効いていな様子だったが。


「ここに来た理由は分かったわ。それじゃ、何で制服じゃなくてその格好のままなわけ? この学校、制服指定のはずなんだけど」

「そりゃ、あんな窮屈なもん着るんが嫌じゃったけえ。理事長とかいう奴に会うた時に、このままでいいかと聞いたら、構わんと許可をもらっておる」

「うっわ何それ。ずるくない?」


 それはつまり、小太郎が私服での登校を許されているということだ。

 真希は学校指定の制服が嫌いなわけではないが、生徒の中には制服指定という規則そのものに不満を持つ者がいる。そんな生徒が小太郎の特例を知れば、自分も自分もと続き、収集が付かなると理事長は考えなかったのだろうか。


「ずるい、か。間違ってはおらんが、儂は一応宗教上の理由でこういう服装をせねばならんということになっておる。この『宗教上』という理由をつければ、大抵の無理は押し通ると言われたけえ。問題はなかろう」


 小太郎の言葉を聞いて、真希は呆れかえるより他にない。理事長はとんでもない方法でごり押しするつもりのようだった。

 ただもし、小太郎の格好がごく一般的な服装であれば、そんな無茶が通るはずもないが、幸いと言うべきか、その格好はどう見ても普通ではなかった。


「うちの理事長って結構ユニークな人なのかしら……」


 よくよく考えてみれば、あの十和子の父親である。平凡であるはずがなかった。


「まあいいわ。大体の理由は分かったから。じゃ、最後の質問。あんたさっき十和子に何て言おうとした?」


 少し声のトーンを落として尋ねる。真希の今後の学校生活を守るためにも、はっきりと釘を刺す必要があった。


「うん? あの女の最後の問いのことか? 単に、真希は儂の婚約者候補じゃ、と言おうとしただけじゃが?」


 その言葉に迷いがない。明らかに、何も問題は無いと考えている証拠だった。思った通りの返答に、真希は眉をひそめてこめかみを押さえる。


「単刀直入に言っておくわ。あたしとあんたのおかしな関係については、絶対に誰にもしゃべるんじゃないわよ」

「何故じゃ? 儂が鴉天狗だという事実は無論伏せるが、真希が儂の婚約者候補じゃということは、別に知られても問題は無いじゃろう?」

「問題大ありよ。よく考えなさい。あたしはまだ高校生の、十六歳の女の子なのよ。そんなどっかの王侯貴族とか昔の武家でもないのに、この歳で婚約云々なんて話が知られたら、あたしは明日から学校に来れなくなるわよ!」


 真希が必死に訴えるも、小太郎の様子ではいまいち理解出来ていないようだった。


「言い方を変えるわ。あんた、当然だけど自分が妖怪だってばれたら、学校に来れなくなるわよね?」

「おう。それはそうじゃろうな。だからこそ人の姿に化けておるわけじゃし」

「あたしにとって、あんたとの関係がばれるのはそういうことだって言えば、理解できる?」


 風が止まった。真希が睨みつける先で、小太郎は何かを言おうとして、止めた。しばらくそのまま何かを考えていたようだが、ややあって今度はちゃんと言葉にした。


「なるほどの。これは確かに儂の失敗じゃな。分かった。真希の言う通り儂との婚約云々に関することは、この場では伏せておこう。じゃが、全くの他人というのはさすがにもう無理じゃ。これはどうすればええかのう?」


「そうね。そこはもういいわ。というか、全くの他人なんてあたしはそんなこと考えてなかったわ。あんたのこと、嫌いなわけじゃないもの。だから……そうね、父親同士が知り合いで、ちょっと前に偶然会ったってことにしておきましょうか。事実として大筋で間違ってないし」

「そうじゃの。確かに大きく間違っ……すまん、真希今何と言うた?」


 小太郎が突然そわそわし始め、真希にそんなことを聞いてきた。真希は小太郎の変化にキョトンとしながら、


「え? 事実として大筋で間違ってな――」

「いや、もっと前じゃ」

「全くの他人なんて――」

「その後じゃ!」


 小太郎が、がっと真希の肩を掴む。突然の行動に、真希はかなり驚いた。掴まれた肩が少し痛いが、驚きが勝ったせいか気にならない。お面の下に隠れた顔が、どこか必死なように思えて、真希はゆっくりと、求められた言葉を口にする。


「あんたのこと、嫌いなわけじゃないもの……?」


 言い終えた途端、どこか必死になっていた小太郎の身体からすっと力が抜け、少しうつむき加減に下を向いた。いつの間にか、掴まれていた肩の痛みも無くなっていた。


「えっと、小太郎?」


 小太郎の急激な変化に不安を覚えながら、真希はそっと手で触れようとして、がばっと跳ね起きた小太郎の顔にまた驚いて手を引っ込めた。


「感謝するぞ、真希」


 びっくりしている真希にそれだけ言って、小太郎は肩を掴む手を離し、すっと身も離した。真希は何がなんだか分からない。だが、礼を言われたのだから、何か言わなくてはならないだろうと、


「……よく分からないけど、どういたしまして」


 そう応えた。

 静寂が屋上の一角を支配する。止んでいた風が、また吹き始めていた。そんな、二人を包む少しの静寂は、一つの電子音によってあっさりと打ち砕かれる。


「携帯?」


 真希はポケットから携帯電話を取り出し、画面を開く。十和子からの電話だった。同時に時計も確認し、今がまだ一限の時間であることを確認する。何だろうと思いつつも、電話に出る。


「もしもし?」

『やっほー真希ー』


 電話の向こうから元気な声が聞こえてくる。おおっぴらにかけてきている様子から見て、少なくとも教室ではなさそうだった。


「どうかしたの?」

『どうかしたのはそっちじゃなーい? いきなり編入生君と駆け落ちだなんてー』

「駆け落ちじゃないわよ!」


 真希は思わず叫んでいた。不思議そうに小太郎が見てくるが、とりあえず無視である。


『まあ冗談は置いといて、今どこにいるのー?』

「え?」

『私も暇だから、真希の手伝いしようかなーって。ほら、私だと普段入れないところも入れるじゃない? パパに頼まれたって言えば特に誰も疑わないし』

「普通に案内するだけだから、そういう所は別に大丈夫だって」


 真希は少し慌てる。とりあえず小太郎は言い含めたが、今の段階で下手に十和子に関わらせると、根掘り葉掘り尋問されて全てがばれてしまいかねない。ホームルームのように周りの目という制限があればこそ、十和子も突っ込んでは聞かなかったようだが……


『えー。なになに、独り占め? やっぱりそんな感じの関係なの?』

「いや、違うから。それは断じて違うから」


 真希は思わず脱力してしまう。確かに、連れ出し方がちょっとまずかったかなとは思ったが、あの時はどうしようもなかったのだから仕方がない。


『ふーん。ま、それはいいや』


 十和子もそれ以上の詮索はしてこなかった。だからこそ、真希は少し緩んだ気持ちを締め直す機会を失っていた。


『そうそう。真希、これだけは聞いておきたいんだけどー』


 いつの間にか真希はいつもの調子で十和子と電話している気分になっていた。そこを突かれる。

 十和子はトーンを変えずにただ一言。小さな笑いさえ含みそうな声で、


『彼、普通の人間じゃないでしょ?』


 真希を貫ぬく鋭い言葉の槍を放っていた。



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