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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第二章 学校・友人・正体見たり
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その2



 結論から言ってしまえば、真希としては三つ目の得を手に入れた気にはなれなかった。


 あれから十和子と二人で何事も無く天命神高校の敷地に足を踏み入れ、これまた何事も無く自分のクラスに達し、真希は騒がしい教室内を通ってすとんと窓際の最後尾に座る。

 荷物を置いた十和子がすぐにやって来たので二人でとりとめもない話をしていると、ホームルームには少し早いタイミングで担任の男性教師が現れた。


「ちょっと早いが全員席につけ。今日はこのクラスに編入生が来るから、話しておかなければならん事がある」


 教師の登場で若干静かになっていた教室内が、編入生と聞いてにわかに騒がしさを取り戻す。


「ほらほら、さっさと席につけ」


 教師が促がし、のろのろと生徒たちは自分の席へと戻り始める。全員の着席を確認して、教師は本題を話し始めた。


「あー、最初に言ったが、今日はこのクラスに編入生が来る。ただ、ちょっと特殊な環境で育ったという事で、君たちとは若干異なる面が多い生徒だ」


 特殊な環境で育った謎の編入生。そんなどこか非日常を感じさせる属性を持つ存在に、教室内の生徒は三度ざわざわとし始める。

 そんな中で、真希は一人落ち着いていた。すでに十和子から大筋の話を聞いていたというのが最大の理由だが、つい先日本当の非日常を体験したばかりというのも浮ついた気持ちにならない理由の一つだった。


 ――興味がないわけじゃないんだけどね。


 ちらりと十和子の席の方を見れば、彼女もちょうどこちらを向いたらしくバッチリ目が会った。真希が肩をすくめて見せると、十和子の口元に小さな笑みが浮かんだ。


「あー、いちいち騒ぐな。それで、だ。まあ多少とっつき難く感じるかもしれないが、先生が先立って保護者の方と一緒に会った時は、少なくとも内面はとても感じのいい生徒だった」


 教師がおかしな事を言った。ざわつきの収まりきらない他の生徒は気が付いていないようだが、真希は気が付いた。十和子も違和感を覚えたらしく首を傾げている。


「まあ、私が言ってしまうよりは本人の口からの方がいいだろう。……黒羽くろば君、入って来てくれ」


 クラス全員の視線が教室前側の引き戸に向けられた。スーッと引き戸が開き、噂の編入生がゆっくりと教室の中に入ってくる。一歩。二歩目で編入生の姿は教室中から完全に捉えられるようになった。


 教室から、音が消える。


 十和子もまた目を見張り、完全に言葉を失っているようだった。

 だがこの場において最も大きな驚愕に支配されていたのは、最も落ち着いていたはずの真希だった。


「…………はい?」


 真希は自分の見ている光景が信じられなかった。教室中が無言の静寂に包まれる中、編入生は何ら構う事なく歩を進め、教師から一歩離れた位置に立って教室全体を見回した。

 俗に言う、山伏の服装。人のような鳥のような、鼻ともくちばしとも取れる長い突起を持つ黒いお面。どこからどう見てもそれは真希の知る鴉天狗の小太郎だった。


「……えっと、黒羽君。自己紹介をお願い出来るかな?」


 黙ったままの小太郎に、教師がそう促がした。小太郎はもう一度教室全体を見回し、すう、と小さく息を吸った。


「儂はから……黒羽小太郎ゆうもんじゃ。故あって今まで学校ゆうもんに通うた事はない。ここが初めての学校ゆう事になる。この格好もやむにやまれぬ事情があっての。いくらか目障りじゃとは思うが、勘弁して欲しい」


 深く頭を下げる小太郎。きっちり三秒経ってから、彼は体勢を起こした。


「ゆうわけで、よろしくお願いしたい」


 小太郎の自己紹介が終わる。言っている事はその格好から考えればまともに過ぎるものだった。しかし、クラスの反応は当然のようにドン引きだ。

 そんな周囲が奇妙な編入生におののく中で、真希は片手で顔を隠し、目まぐるしい思案の最中にあった。


 ――先生の「少なくとも内面」ってこういう意味だったのね。


 つまりは、言い換えれば外見が普通じゃないという意味だったのだ。確かに小太郎のあの外見は世間一般から見れば奇妙でしかないだろう。

 せめてお面でも無ければと思うが、彼はあのお面に対して並々ならぬこだわりと執着、誇りと言った方が適切だろうか。それがある。

 それに、と真希は思う。小太郎はあのお面を自分を受け入れられるかどうかの試しに使っている節がある。いや、あの時の言葉からしてそれは間違いない。


 そんな事を考えていると、教壇に立つ小太郎が三度クラスを見渡した。そして、ある方へ向けて視線を固定した。窓際最後尾、即ち真希の方へと。


「おう。真希。ちょっとぶりじゃの」


 その瞬間、教師を含めたクラス中の視線が真希の方へ向けられた。その目全てが訴えている。お前はこいつの知り合いなのか、と。


 ――あんの馬鹿! 状況考えなさいよ!


 そう思ったところでもう遅い。今やこの場の中心は小太郎ではなく真希である。誰もがその一挙手一投足に注目していた。

 針のむしろ状態の真希は、それでも何とかごまかせる方法はないかとさらに必死に頭を働かせる。


「せんせー」


 どこか場違いにも思えるほどのんきな声が発せられた。

 全員の視線がまたそろって動き、声の主に集中する。立ち上がって大きく手を上げているのは、十和子だった。


「ん? どうした天命神。何かあったのか?」

「いえ、そちらの黒羽君にいくつか質問したいんですけど、駄目ですか?」


 それはいつもの笑顔だった。見る者の心を洗うような、幸せを感じさせる笑み。教師が若干鼻の下を伸ばしながら、


「そ、そうだな。黒羽君、こういう場合は皆からの質問に答えるものなんだが、構わないかい? もちろん言いたくない事は言わなくていいよ」


 小太郎は教師の顔を見て、次に笑顔のままの十和子を見た。


「ええじゃろう。答えられる範囲でなら答えようか」


 何故かえらそうに腕を組む小太郎。いや、身構えたのだろうか。その仕草に真希が不審を抱いているうちに、十和子の第一問目が放たれた。


「編入試験を受けたんですよね? 何点取れたか教えてもらっていますか?」

「おう。英語以外は百点だと聞いた」


 百点の言葉を聞いて、小太郎と十和子に集中していた生徒達がひそひそと話し始める。やれ天才だとか英語は苦手なのかとか、そんな会話ばかりだ。


「すごいですね。でも英語以外という事は、英語は苦手だったりします?」

「正直苦手じゃな。そもそも、儂は基本的にあちこちにある横文字の片仮名が全く理解出来んのじゃ」


 十和子の第二問。小太郎はお面で隠れているから仕方がないとして、十和子の表情が全く変わらないのが真希の頭に引っかかる。


「そうですか。えっと、それじゃ次は、好きな物と嫌いな物を教えてもらえますか?」

「好きな物はさ……もちじゃな。嫌いな物はさばじゃ」


 十和子の質問は、ごく普通のものばかりだった。それに答える小太郎の回答もまたごく普通である。五問目ともなると、欠伸を漏らす生徒が出るほどに場の空気は弛緩していた。唯一、真希だけが緊張を解く事が出来ずにいる。


 そして、十和子の八問目。


「じゃあ、これが最後の質問なんですけど――」


 やはり全く表情を変えない十和子。このまま何事もなく終わって欲しいと願う真希だったが、


「――真希と、どういったご関係ですか?」


 十和子が変化した。姿勢も、表情も、まるで変わってはいなかったが、間違いなく変わっていた。

 弛緩していた空気が一気に張り詰める。真希、小太郎、十和子の三名を除く面々は、それぞれ順番にあっちを見こっちを見とせわしなく首を動かしている。

 質問を受けた小太郎はゆっくりと組んでいた腕を解き、顎に手を当てて一度首を鳴らした。


「真希か。そうじゃのう。まだ確定的ではないんじゃが、真希は儂の婚――」

「あーっ!!」


 小太郎が言い切る前に、真希は大声を上げてそれを押さえ込んだ。ついでに両手で机を叩いたので、掌が痛みでひりひりしていたが努めて無視する。


「先生!」

「な、何だ烏丸?」


 突然叫ばれ、さらにすごい形相で見つめられたせいか教師はわずかに後ずさりをする。真希はそんな事には構わず、とにかくこの場を切り抜けたい一身でまくし立てた。


「今日の一限自習でしたよね? せっかくなのでこれから黒羽君を学校案内してきます。いいですか? いいですよね」


 さっと最後尾から生徒の机の列の間を通り抜け、なんとなくぼけっとしているような小太郎の手をむんずと掴む。


「真希?」


 状況がいまいち飲み込めていない小太郎がうかがうように真希を見たが、この場で説明するわけにはいかない。とにかく一刻も早くこの場を退散することだ。


「後で説明するからとにかく今はついて来て」


 真希が小声でボソッと伝えると、小太郎ほんの一瞬迷う様なそぶりを見せて、しかし何も言わずに小さく頷いた。


「それじゃ先生ちょっと行って来ます」


 小太郎の手を握ったまま、真希は彼を引きずるようにして教室を後にする。

 教室を出る際に少し振り返った先で、十和子が探るような目を向けてきていた。だが、視線は閉じられた扉によって遮られ、見えなくなる。



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