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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第一章 雨・見合い・橙空の飛翔
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その3



 春から夏にかけて、日没の時間はどんどん遅くなる。腕時計が示す午後四時程度では、外はまだまだ明るい。

 日が長い事もあって、あちらこちらに元気にはしゃぎ回る小さな子どもたちの姿がある。そんな子どもたちが一瞬静まり、すぐにまた騒ぎ出した。


「あー、あの人変な格好してるー!」

「すげー。なんかお面もかぶってるぞ。今日どっかでお祭りやってたっけ?」

「祭りはわかんねーけど、あれってシバケンジャーの悪役の面じゃね?」


 そんな声を聞き流しながら、真希はなるべく早足で歩いていた。その理由は、自分の後ろを山伏の格好に黒いお面のままで付いてくる小太郎から少しでも離れているためである。


「のう。さっきから騒がしいんじゃが、何かあったのか?」

「あんたの格好が奇抜過ぎんのよ……」


 のんきな発言をする小太郎に対し、真希は溜息を吐かずにはいられない。


 家族間会議が一段落したところで、真希と小太郎は夕食の買出しを命じられた。一人でいいと小太郎の同行を断ったのだが、結局押し切られてしまった。

 何が何でも婚約者として認めさせるという事なのかもしれない。


「のう。その『すーぱー』とやらはまだ遠いのか?」


 若干怪しい発音で小太郎が尋ねてくる。早くも今の状況に飽き始めた様子だった。


「まだまだよ。本当なら自転車とかで行く距離なんだから」


 買出しの際の条件が一つ。それが徒歩で行く事だった。これにはさすがに猛反論したが、どうやら小太郎は自転車に乗れないらしかった。ある意味当然なのかもしれない。


「おお。あの不安定な乗り物か。歩くよりは速いらしいが、まあ飛ぶのには敵わんじゃろう」

「そりゃ飛んだら早いでしょうね。道を歩く必要もないし、ずっと近道出来るものね」


 小太郎の言葉を聞いて、真希はちらりと空を見上げた。翼を広げた一羽の鳥が頭上を通り過ぎて行く。


 ――翼、か。


 空を飛んでみたい。そう考えた事のある人は多いと思う。かく言う真希も、空飛ぶ鳥に憧れた経験はある。

 鴉天狗だという小太郎は何度も、それこそ飽きるほど飛んだ事があるのだろうか。


 ――それにしても……


 真希は先の家族間会議の内容を思い出す。そもそも、何故突然妖怪が彼女の目の前に現れたのか。

 剛錬の話では、昨今の人間の活動により、野生動物だけではなく妖怪もまた住処を奪われ続けているのだという。自分たちを守るため、徹底抗戦で人類と敵対するには妖怪は数が少なくなり過ぎた、とも。


 数が急激に減少した原因はもちろん人間側の行いによるところが大きいが、人よりもはるかに長命であるせいなのか、元々妖怪同士では子どもを作り難い傾向があったらしい。

 ところが、古い話にもあるような人間と妖怪の婚姻では不思議と子どもに恵まれる事が多い。子孫不足に悩む彼らはそこに目を付けた。


 現存する妖怪たちが寿命を終えれば絶えるかもしれない血を繋ぐため、生き残っている妖怪同士での協議の結果、人間に混ざる事で共存を目指そうという意見が生まれた。

 子孫を残し合える関係である以上、それに賭けてみようという話になったらしい。


 その足掛かりとして選ばれたのが、真希のように妖怪と人間の間に生まれた半妖を祖先に持つ家系の者なのだそうだ。一度妖怪を受け入れた家系であれば今一度受け入れるに易いのではないか、という理由はどうかと思ったものだが。


 ――妖怪……か。


 真希はちらりと背後を盗み見る。現代の街並みにあって、目を引かざるをえない奇妙な格好。そしてあのお面。

 これも説明を受けたが、端的に言ってしまえば妖怪としての姿を隠して人間に化けるために必要な装置といったものらしかった。


 ――その割にはあいつの父親、思いっきり叩きつけてたわね。


 小太郎のように若い妖怪は、人間の暦で十八になるまでは自分で力を制御して化ける事が出来ないらしい。かといって、十八になるまで人間と隔絶した生活をしていては共存という目的を達成するに当たって問題が大きい。

 そのため、出来るだけ早いうちから人間社会に混じるために講じる措置だという。


 ――けど、姿はいいとして、あのお面じゃ本末転倒じゃないかしら。


 それこそ今、小太郎に好奇の目を向けている小さな子供たちの中にこんなお面をした子どもがいたらどうなるだろうか。

 子どもは残酷で正直だ。異物の排除に迷いがない可能性は高い。それでもし人間不信にでもなれば、やはり妖怪の計画は頓挫する事になるのではないだろうか。


「……ねえ」


 少し気になって、真希は歩きながら軽く背後を向いた。


「ん? なんじゃ?」

「そのお面だけどさ。何か他に代用品は無かったの?」


 ピタリと、小太郎の足が止まった。やや反応が遅れて、真希も足を止める。


「何よ。急に立ち止まって」


 完全に身体ごと向き直り、真希は両手を腰に当てて小太郎を見る。


「あー……」


 当の小太郎は言葉を濁しながら人差し指でお面をぽりぽりとかいている。昇治の癖に似ていたので、真希は思わず噴出しそうになった。だが、


「やっぱり、気になるか?」


 小太郎の言葉を聞いてはっとなる。彼の声に、わずかなためらいと怯えのような感情が混じっていたからだ。

 触れるべきではない話題だったと少し後悔するが、今ここで話を切っても微妙な空気しか残らない。それは嫌だった。


「そりゃ、ね。あんたを馬鹿にするつもりは無いけど、やっぱりお面を被ったままっていうのは周りから変な勘繰りをされても文句は言えないもの」

「いや、周りは周りとしてじゃ。ただ、の。お主が気になるかどうかを聞いておきたいんじゃ」


 真希が考えていたものとはずいぶんと違った返答が帰って来る。


 ――あたしが気になるかどうか?


 どういう意味なのだろうか。卑下するわけではないが、小太郎にとって周囲の人間も真希も、それほど大差のある存在ではないはずだ。婚約云々の話はあれど、それにしたって昨日今日と言ってもいい話でしかない。


「えっと、それってどういう事?」


 少々訝しみながらも、真希はとりあえず問い返した。


「どうもこうもない。お主の考えを聞きたいと言うておるんじゃ」


 淡々と話す小太郎。お面に隠れて表情は見えない。さっきのように、声に感情が混じっている様子もない。いたって普通に話しているようにしか見えなかった。

 触れるべき話題ではないと思ったのは早計だったのかもしれない。


「そうね。やっぱり気になるかな。今までにあんたみたいな奴に会った事ってないし。それに表情が見え難いのよ。何となく分かる時もあるけど、ね」


 率直な意見を述べたつもりだった。だが、真希の言葉を聞いた小太郎は、見るからに悩み始めている。

 両腕を組み、うつむき加減になった小太郎はぶつぶつと何か言っているようだったが、真希の位置では聞こえない。


「えっと、あたし何かへんな事言った?」


 ちょっと心配になり、真希は下から覗き込むようにして声をかける。すると小太郎はびっくりしたとしか表現しようのない動きをし、じっと見上げる真希を見つめた。

 何となく分かる。今の小太郎のお面の下では、先の剛錬と同じような三つの丸が作られているはずだ。


「……あ、ああ。すまんすまん。いやお主の考えはよう分かった。さてこのまま立ち話しをしとっても遅くなるだけじゃけえ。ともかく先に進もうかのう」


 なにやら早口にまくし立てると、小太郎はスタスタと歩き始め、真希を追い抜いて先に行ってしまった。

 そんな小太郎の様子に少々面喰った真希だが、クスリと小さく笑うと、


「ちょっと待ちなさいよ。あんた行き先知らないでしょうが」


 再びピタリと止まった背中に追いつき、先導する様に少し前を歩き始める。不思議と、ちょっとだけ楽しい気分だった。


「のう」

「何?」


 真希の後ろから声がかかる。だが、彼女はとりあえずは振り返らずに答えた。


「少し話をしても構わんか?」

「いいわよ。どうせ先はまだまだ長いし、退屈しのぎにはなりそうだもの」

「おう」


 背後で小太郎が深呼吸をするのが聞こえる。ずいぶんと気合を入れているようだが、どんな話をするつもりなのだろうか。


「儂はな、本当は人間と婚姻するつもりなどなかったんじゃ」


 いきなりすごい告白が出た。その言葉の重さを感じ、真希は下手に相槌を打たずに無言で先を促す。


「儂は、妖怪じゃ。鴉天狗じゃ。その事を誇りに思っておった」


 妖怪である事に誇りを持つ。それはどういう感覚なのだろうか。真希に置き換えれば、人間である事に誇りを持つという事になるが、そんな事はついぞ思った事がない。


「だというのに、親父たち年長の妖怪は、人間と共存する道を探ると言うて、儂ら若い妖怪と人間とを結びつかせようとしておる」


 若干怒りが混じっているように感じる言葉だった。だからつい、真希は尋ねてしまう。


「人間は嫌い?」

「……ああ、大嫌いじゃ」


 自分の事を名指しされたわけではないが、その言葉はずしりと真希の心にのしかかり、ドロリとした何かをその深くに沈殿させる。


「森も、山も、川や湖も、海でさえもぐちゃぐちゃにしよる。儂は生まれてまだ十六年じゃけえ、古い話は他からの伝聞でしかないがの。それでも方々を見て回れば嫌でも目に付くもんじゃ」


 環境破壊という言葉は真希もよく知っている。幼い頃にちょくちょく遊びに行った祖父の家。しばしば不法投棄が問題視されてはいたが、それでもなお雄大な自然が溢れていた。

 でも今は開発によって切り開かれ、かつての光景は見る影もない。


「じゃが、それでも一度。ただの一度だけじゃが、人間を信じてもいいかもしれんと思える出来事に出くわした。それがあったからこそ、儂は今まで断り続けていたものを、今回に限り受ける気になった。無論、無条件にではないがのう」


 ――今回に限り……?


 真希はその言葉に疑問を抱いたが、ここで聞く事は何故だか躊躇われたので口にはせず、結局すぐに印象が薄れて忘れてしまった。

 いつの間にか二人はまた立ち止まり、小太郎が静かに遠い空を見上げている。


「ほんで、儂がこの話を受ける代わりに出した条件が、この面じゃ」


 見せ付けるように、小太郎が視線を向けてきた。真希はそれを真っ向から受け止める。


「これと同じ力を持つものは、本来形状を選ばん。腕輪でもええ。首飾りでも耳飾りでも問題ない。実際に人間に混じり、生活をしなければならん妖怪たちが自由に決めて構わんものじゃ」


 それはつまり、小太郎が望んでお面という形状を選んだという事に他ならない。


「妖怪の姿を捨て、人の姿を借りて生きる。それはええじゃろう。その方が物事は円滑に進むしのう」


 こつこつと、小太郎がお面の表面を指で叩く。


「だが儂はこう考えた。そもそも、妖怪という存在を連れ合いとして選べるだけの素質があるのなら、たとえその姿がどのようであろうとも受け入れられるはずじゃ、とな」


 小太郎がそこで言葉を切る。

 思わず、真希はゴクリと唾を飲み込んでいた。少し渇いて張り付いていた喉が痛みを訴える。


「のう。さっきの席では特に見せる機会もなかったけえ。じゃから先に教えとく。この面はな――」


 真希はなんとなく、いや、確信を持って続く小太郎の言葉を予想した。彼は間違いなくこういった意味の言葉を口にするのだろう。


「――儂の本当の姿の顔に似せて作っておる」

 ――自分の本当の姿がモデルだ、と。


 予想していたからだろうか。真希は特に驚く事もなかった。

 だがそれは小太郎にしてみれば意外な事だったらしく、さっきまでの真面目な雰囲気をどこかに忘れてしまったように、


「ん? なんじゃ、あまり驚いておらんようじゃのう」


 少しつまらなさそうな、それでいてどこか嬉しそうな声で言った。


「まあ、言おうとしてる事が何となく読めたからね」


 本当は確信に近かったが、そんな事は言わない。緊張を解くため、ちょっと余裕ぶって真希は肩をすくめて見せた。


「……少し引っ張りすぎたかのう。先に結論から言っておれば、お主の驚く顔が見れたかもしれんか?」

「さーて、どうだろうね。っと、また立ち止まっちゃってるじゃない。この時期は日が落ち始めると早いんだから急がないと」


 腕時計を確認すると、時刻はすでに五時に近い。このままの調子では、買い物時間も考えると帰り着く頃には七時を回ってしまう。


「ほら、さっさと行くよ」


 手で小太郎に促し、真希はまた歩を進め始めた。


「あ」


 その直後に、真希は声を上げる。


「うん? どうかしたか?」

「さっきの話、それなりに興味深かったよ。あんた、実は結構面白い奴よね」


 ただの褒め言葉のつもりだった。しかし、その言葉を聞いた小太郎がまた立ち止まってしまう。



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