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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第六章 目覚め・繋がり・確かな約束
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幕間 君となら




 真希の病室を逃げ出した小太郎は、屋上で手摺に寄りかかりながら遠くを見ていた。病室での一件を思い出し、仮面の下でわずかににやける。

 思いの他早くに目が覚めたものだと、小太郎は内心で感心していた。見立てでは、明日くらいまでは目が覚めないと踏んでいたのだが。


「妖怪の血、かのう」


 元々、真希は他の者に比べて妖気や妖力に対する順応力が高かった。初めて真希の背に翼を生やした時にその事には気が付いている。実は妖怪なのではないかと彼女に言ったのは、それなりに意味を込めての事だった。


 ふと、背後に誰かの気配を感じたが、小太郎は振り返らない。それがよく知る気配だから、振り返って確認する必要が無かったのだ。


「真希さんが目覚めたようだな」

「おう。意外と早かった。そういえば、真希を病院に運んでくれて助かった。儂はすぐには動けんかったからのう」


 小太郎は背中を向けたまま答える。背後の剛錬は、それを気にした様子は無い。


「真希さんのご両親にはただの事故として報告しておいた。事の真相は、我々側だけが知っている」

「まあそうじゃろうな。あんな事、言えるわけもない」


 かっかっかと小太郎が笑う。自嘲めいた笑い方だった。


「で、何用じゃ?」

「……どこで、あれを身に付けた?」


 淡々と、しかし恐ろしいまでの重々しさを持った言葉だった。剛錬のギロリとした視線を小太郎は背中で感じとる。


「会議は終わったようじゃのう。ご苦労な事じゃ」


 小太郎は変わらず、振り返らずに返事をする。だが、質問には答えていない。


「答えろ」


 剛錬の言葉が重みを増した。


「あれ、とは何の事じゃ?」


 無駄とは承知で、だがあえて小太郎はとぼけた回答をする。婉曲な言い回しには、婉曲な物言いで返せばいい。


「あれは、反魂の術は禁術のはずだ。それが記された禁術書は複数の種族で複合式の封印をかけている。お前一人でどうこう出来るものではない」


 追求の言葉に、小太郎は答えない。だがそれは逃げるつもりではない。単に説明するのが面倒だと思っただけである。


「まあ、細かいところを省いてええなら、ちろっと説明してやるぞ」


 小太郎はくるりと振り返り、再び手摺に寄りかかりながら剛錬を見据え返した。


「簡単な話じゃ。一人でどうこう出来んものをどうこうしたゆう事は、つまりそうゆう事じゃろう?」

「……協力者は誰だ?」

「それは言えん。たとえ殺されてもな」


 この決意は本物だ。たとえこの場で父の手にかかろうと、小太郎はこの秘密を生涯誰にも話す事はしないと決めている。


「覚に協力の要請がいけば、そんなものは全て分かってしまうのだぞ?」

「それは無いのう。覚の中でそんな事に協力するのは映心くらいじゃし、覚同士では心は読めん。じゃから無駄じゃ」


 小太郎の返答を聞いて、剛錬の表情が固まった。


「まさか、映心殿まで一枚噛んでいるのか……?」

「さっきから質問ばかりじゃのう。まあ当然じゃが。ほんで、それに対しては何も言えんと言うたはずじゃ」


 手摺から離れ、小太郎は背筋を伸ばしてがっしりと腕を組んだ。仁王立ちになって父親と相対する。


「重ねて言うが、殺されても口は割らんぞ」


 退くわけには行かない。それが約束であり、契約だ。


「…………馬鹿者が」


 ややあって、剛錬が溜息混じりに漏らした。張り詰めていた空気が一気に霧散する。

 その様を見て、小太郎もまた緊張を解いた。


「恩に着る」

「本当なら、一族並びに他の種との体裁を守るために殺さねばならんはずだった。だが、共存派としては使用目的が使用目的であり、その罰はすでにその身に刻まれていると判断された。過去に例を見ない異例の措置だがな」


 剛錬の言葉に、小太郎は自分の胸に手を当ててぐっと握り締める。一先ずこの場で命を失くす可能性はなくなった。ならば次は――


「――儂の寿命は、後どのくらいかのう?」


 元より覚悟していた事だが、具体的にどれほど代償を払ったのかは自分では分からない。剛錬に尋ねたのは、永く生きた妖怪は、相手が自分より短命の生物であれば大体の寿命を知る事が出来る為である。


「私の見立てが正しければ、お前の寿命は長くても百はない。平均三千は生きる鴉天狗が、わずか百など……」

「百、か。それなりに残ったのう」


 苦々しい口調の剛錬とは裏腹に、小太郎の声はまるで悲嘆したものではなかった。

 一度死んだ真希を反魂で蘇らせた代償が約二千九百年分の寿命。しかしそれは、人一人を生き返らせる代償としては破格なのかもしれない。摂理を捻じ曲げ、不可能を可能にした事を思えば。


「分かっているとは思うが、寿命が減った以上、お前には百以下の力しかない。以前のように好き勝手には動けなくなるぞ」

「じゃろうな。百では猫又にも負けそうじゃ。河童なんかには絶対勝てんじゃろう」


 妖怪は寿命でその強さが決まる。ならば必然、本来三千以上あった寿命が百に減った今、小太郎は以前に比べて明らかに弱くなってしまっている。


「じゃが問題は無い。儂はここで生きると決めた。百もあれば十分じゃ。いっそ、あと三十四十削れておる方がちょうどよいかもしれんのう」


 清々しいまでの小太郎の言葉。剛錬の顔に小さな驚きが走る。


「ずいぶんな心境の変化だな」

「おう。親父、信じられるか? 空も飛べんくせに、儂に会うためだけに大きな杉の木を上って来おったんじゃ」


 逆の立場であれば、自分はあんな事をしただろうか。絶対にした、とは小太郎には言えない。


「じゃから、それに応えるためにも、儂はここで生きる。真希と一緒にのう」


 嬉しそうに語る小太郎を見て、剛錬が何を思ったのかは分からない。だが、彼はその顔に確かな笑みを刻んだ。


「……そうか。その覚悟や良し。真希さんへの告白も上手く行った様だし、私も一安心だ」


 満足げに頷きながらの剛錬の言葉に、小太郎は凍りついた。


「うん? どうした小太郎。それだけ自信満々なんだ、もちろん告白は上手く行ったのだろう?」


 小太郎は固まったまま答えない。いや、答えられるわけが無い。


「……まさか小太郎。この最高の状況での告白をしくじったのではあるまいな?」


 再び剛錬の声が重く低くなる。下手にごまかしても意味がないと考えた小太郎は、素直に事の成り行きを話す事にした。


「あー、そのー、ちょうど花瓶の水を換えようと外に行っとってな。帰ってきたら、あー、多分着替えるかなに――へぶっ!」


 小太郎の言葉は最後まで発せられる事は無く、いつかのように剛錬の鉄拳制裁によって途切れさせられた。


「つまり、お前はまた失敗した上に、最大の機会をふいにしたというわけだな?」


 これまたいつかのように剛錬に頭を鷲掴みにされ、小太郎の身体はぷらぷらと揺れた。拘束を解こうと必死にもがくが、全く効果が無い。


「じ、事故じゃ! あいつにも言うたが、完全に事故だったんじゃ!」

「事故か故意かは問題ではない。小太郎、先ほどお前は真希さんと生きると言ったが、もしもこの先真希さんに別の男が出来たらどうするつもりだ?」


 もがいていた小太郎がピタリと止まった。明らかに、そんな事は考えていませんでしたという反応である。


「そ、そんな事――」

「無いとは言えんぞ。そもそも今日の会議で議題に上がった事柄の一つだが、弱くなったお前の代わりに別の強い鴉天狗を真希さんにあてがうという案も出ている。より強い子孫を残そうと考えるのは自然の摂理だからな」


 小太郎はの身体が落雷を受けたように震え、硬直した。


「なん……じゃと?」


 衝撃だった。そしてそれは絶対に許容出来る事ではない。小太郎は怒りの言葉を放とうとしたが、


「だが、さすがにそれは突っぱねておいた。だからそんな事にはならん。……当面はな」


 当面、という事は、いつまたそんな話が出るか分からないという事だ。


「小太郎。うかうかしていると、どう転ぶか分からんぞ?」


 言って、剛錬は小太郎を解放した。どさりと小太郎が屋上の床に落ちる。


「欲しいのならば、全力で手に入れろ。後悔などしないようにな」


 剛錬の背中に巨大な翼が生える。小太郎のそれよりも二回りは大きい、立派な黒翼だった。


「親父!」

「期待しているぞ。小太郎」


 剛錬が飛び立つと同時に強い風が巻き起こり、周囲の埃や砂を一気に撒き散らす。

 小太郎はそれに軽く咳き込みながら、父親の飛び立った方角を眺めた。


「ったく、もっと静かに飛ばんのかのう」


 剛錬にもらった鉄拳で出来た瘤をさすりながら、姿勢を正した小太郎は大きな父の空を行く後ろ姿に深く頭を下げた。




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