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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第五章 勝負・互いの距離・そして――
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幕間 君でなければ



 確証は無かった。同じ名前が無数に存在するように、人間が持つ家の名前にも同じ物は無数にある。

 剛錬が話を持ってきた時、小太郎の脳裏を掠めたのは一つの名前。もしかしたらという思い。写真を見て、似ているとは思った。実際に会ってみて、その思いは強くなった。


 それでも確証は無かった。傷だらけになってまでここに来た、その姿を見るまでは。

 その姿は、記憶の中の少女と重なった。純粋なまでにひたむきで、決して諦めない強さ。


 仲違いした時はやはり違うのだと、もし違わないのだとしても変わってしまったのだと思っていた。

 だがそれは間違いだった。少女は、何も変わっていなかった。ようやく出会って、一度は守りたいと願った少女はしかし、小太郎の目の前で落ちて行った。

 触れるはずだった指、取り合えるはずだった手の温もりを感じる事のないまま、小太郎の手は空を掴む。

 落ちた少女は悲鳴を上げる間もないまま、張り出した枝に幾度も身体を打ち付け、最後は地面に叩きつけられた。


 助けられたはずだった。間に合うはずだった。実際、とっさの行動で小太郎の身体は飛び出そうと身構えていた。

 だがその瞬間、あの時の光景が、自分の言葉で傷付いた少女が発した自分を切り刻んだあの言葉が頭の隅を掠めた。

 刹那の迷いが、小太郎の手を永遠に届かない場所においてしまった。その結果が、目の前にある。

 我に返り、急いで下に降りた先に待つものは信じられない光景だった。


「ま……き……?」


 おかしい。あの活発な彼女がこんな姿で、こんな所に寝ているはずはなかった。空を舞うその姿が何よりも綺麗だと思えた彼女が、無残な姿で自らの血溜まりの中に倒れているはずがなかった。

 そして何より、小太郎はこんな光景を望んでなどいなかった。


「真希!」


 駆け寄り、真希の顔をのぞき込む。目がわずかに動き、小太郎を見た。


「こ……」


 真希の唇がわずかに動く。しかしそれはほとんど声にはならず、ただ肺から空気が漏れただけのものだった。それが小太郎の心を突き刺し、抉る。


「真希……儂は……儂はっ!」


 小太郎の声が震え、ひび割れる。

 それは痛みによるものだった。全身を串刺しにされたかのように、鋭く、深く、内奥に痛みが喰らい込む。

 初めての経験だった。目の前の真希の姿が、激しく小太郎の身と心を苛む。

 そして――


「…………なんでじゃ。なんでじゃ真希! なんでお主はそんな顔をしよるんじゃ!」


 笑っていた。指一本動かせないほど壊れた身体で、けれど真希は笑っていた。

 初めて共に空を飛び、改めて名乗りあった時のように。

 あの日轢かれかけたのを助け、礼を言ってくれた時のように。

 まぶしくて、思わず見とれてしまった、あの笑顔だった。


「――……――…………」


 真希の口が動き、何かを言おうとする。やはり声は聞こえない。だが、小太郎はその口の動きで真希が何を言おうとしたのか理解した。理解してしまった。


 ――ごめんね。


 静かに閉じられた真希の目から一粒の涙が流れ、弱々しくも確かに上下していたはずの胸が沈み込み、二度と持ち上がらなかった。


「……う……ああ…………ああああっ!」


 膝を付き、天を仰ぐ小太郎の絶叫が空を貫く。


「駄目じゃ……駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃあっ! こんな結末、儂は認めんぞ真希ぃ!」


 小太郎は顔のお面に手を掛け、一切の迷い無くそれを剥ぎ取った。


「ぐっ……」


 直後に、小太郎の全身を霞のようなものが包み込み、数秒後に霧散する。その時にはすでに、小太郎は再びお面を付けた状態に戻っているように見えた。

 だが、その顔にはお面のときには無かった羽毛が存在し、作り物のはずの瞳は確かな潤みをもって存在している。

 それは小太郎の本来の姿。鴉天狗の姿だった。

 彼は軽く両手を握ったり開いたりして感触を確認すると、懐を探って色鮮やかな粉末の収まった小瓶を五つ取り出す。それは、禁術を使う際の触媒として集めていたものだ。


 瓶の蓋を開け、小太郎は中身の粉末全てを横たわる真希の身体に振りかけた。

 次いで、自分の両翼から五枚の羽を引き抜く。それらを投擲し、真希を中心とした五角形の交点を示すようにして地面に突き立てた。

 迅速で迷いの無い落ち着いた行動の様で、小太郎の顔には焦りの色が濃い。


 ――くそっ! 札があれば一発じゃというに!


 小太郎の手持ちの札は忌避の結界を張るために全て使ってしまっていた。札の代わりになるほどしっかりした陣を形成するためには、妖怪である自分自身の血肉を用いなければならない。


 ――賭け、じゃな……


 小太郎は懐から小刀を取り出し、即座に抜き放った。そして現れた銀色の刃を躊躇う事なく左の手首に押し当て、引き切る。噴き出した赤い鮮血が白の装束を朱に染め上げた。

 血濡れた小刀を投げ捨て、あふれ出す血を用いて赤の五芒星を描き出す。しかしそれを完成させるために必要な血の量は、常人であれば間違いなく失血死している水準になるだろう。

 だが小太郎は止めない。血が抜ける毎に不明瞭になっていく意識を、精神力で繋ぎとめていた。

 その力の源は真希に対する想いか。それとも己の過ちに対する贖罪か。共通するのは、このまま終わりたくないという願い。


「……よし」


 ふらつく身体で五芒星を描き切った小太郎は、懐から二枚貝を一つ取り出して開く。中身は貝ではなく、真希も受け取った河童特性の傷薬だ。それをたっぷりとすくい取って左手首の切り傷に塗りこむと、確かな効き目で即座に傷が塞がれる。

 しかし、さすがに血の補給までも行える物ではない。大量の失血で小太郎は今にも倒れてしまいそうだったが、まだそうなるわけにはいかなかった。


 ――今の状態でこれを行えば、触媒を用いるとはいえ確実に儂の寿命は大きく縮むじゃろうな。


 フラフラと横たわる真希に近寄る。両膝を付き、両手を重ねるようにして真希の左胸に覆い被せた。ちらりと真希の顔を見て、いつもなら張り手の一つでもされているだろうと小太郎は苦笑する。

 一瞬、小太郎の脳裏に枯れかけた霊樹が浮かんだ。ここで縮まる寿命がどれほどかは分からないが、おそらく千や二千ではすまない。確実に、霊樹を蘇らせるという夢は実現出来なくなるだろう。


 ――ふん。構わん。そもそも、あれを蘇らせようと考えたんはあの出来事があったからじゃ。真希がおったからじゃ。


 小太郎の手から妖力が放出される。わずかに力を放っただけで激しい頭痛が小太郎に襲い掛かるが、力の放出を止めはしない。


 ――真希を助けるために捨てるんなら、そうじゃ、何も惜しくは無い!


 放たれた妖力は真希の身体に流れ込み、次いで配置された羽や血の五芒星の上を走る。全てが繋がった時、一つの陣が構成された。


「帰ってこい! お主はまだ、死んではならん!」


 陣がまばゆい光を放ち始める。小太郎は最後の仕上げを施すため、ありったけの妖力を放出した。


 疲労と激痛の中、何かが失われた感覚を味わった後、全てをやり終えた小太郎の意識は闇に沈んだ。



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