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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第五章 勝負・互いの距離・そして――
25/31

その2



 小太郎を捜索中の真希の携帯に着信が入ったのは、剛錬と別れて一時間ほど経った頃だった。


「も、もしもし」


 決して涼しくない気温の中を動き回って上がった息を整えながら、真希は急いで電話に出る。動くのを止めたため、それまでの汗が一気に溢れてきて不快だった。


『私です』

「剛錬さん? 小太郎が見付かったんですか?」

『いえ、見付けたというわけではないのですが、少々気になる事がありまして』


 歯切れが悪い。だがわざわざ真希に連絡をよこしたという事は何かしら進展があったと見て間違いはないはずだった。


「気になるって、何がですか?」

『はい。先ほど映心殿に頼んで広域探査の術、まあ平たく言えば町全体を大雑把に調べてもらいました』


 映心と聞いて、真希はあの時の毛むくじゃらの妖怪を思い出す。彼も捜索に協力してくれているようだ。

 その事をありがたいと思い、しかし同時に真希は眉をひそめて胸の内に若干の怒りを覚える。そんな事が出来るのなら、今の今まで駈けずり回っていた自分の苦労は何だったのだろうか。

 電話の向こうで真希の雰囲気が変わった事を察したのだろうか。剛錬が多少慌てて、


『あ、この術は精度の面で問題がありまして、対象に関して大まかな事しか分からないのですよ』


 使えるんだか使えないんだか分からない術である。真希は小さく溜息を吐き出した。


「それで、結局何が気になる事なんですか?」

『おお、そうでしたそうでした。探査の結果、小太郎本人の反応は見付からなかったのですが、町の東の一角に妙な空間があると映心殿が申しておるのです』

「東の一角ですか?」


 本当に大雑把な位置説明である。


『詳しい話は直接映心殿から聞いて下さい。今代わります』


 剛錬の言葉の後に電話の向こうでやや雑音が聞こえた後、


『やあ。一週間くらいぶり、かな』


 電話越しだと棒読み加減に拍車のかかる映心の声が聞こえてきた。


「どうもです。あの、それで話は――」

『うん。ちょっと、落ち着いて。……いいかい? えっとね、多分だけど、小太郎は、結界を張ってるんじゃないかな、って話』

「結界……?」

『うん。忌避の結界、って言うのがあってね。真希さんに分かり易く言えば、人払いの結界に近いかも』


 分かり易いと言われても、真希に結界の知識は皆無なので言い換えられても何の意味もない。だが、人払いというからにはおそらく他者を寄せ付けないようにするためのものなのだろうとあたりを付けた。


『でね、僕の探査に引っかからない理由は、多分それなんだ。だから――』

「そこに小太郎がいるんですね!」


 気持ちが高揚し、つい声が大きくなる。何事かと視線を向けて来た通行人に苦笑いの会釈を返して、真希は携帯の声に集中した。


『可能性は、高いよ。それで、集中して調べたら、ぼんやりとだけど、景色は見えたんだ。広場にね、大きな木が一本生えてる所。心当たり、ない?』


 映心の言葉を聞いて、真希は急に一つの場所を思い出した。それは本来、捜索の有力候補として挙げなければならないはずの場所。


「あります。小太郎と二人で行った場所です」


 そこはあの日、初めて空を飛んだ日に競争のゴール地点に設定した一本杉の広場だ。


『ほぼ、間違い無さそうだね。忌避の結界で、忘れていたのが、証拠だよ』


 どうやら寄せ付けないどころか、思い出したり思い浮かべたりする事すら阻害させる効果があるらしい。もしも真希一人での捜索であれば確実に見つけられはしなかっただろう。


「映心さんありがとうございます。すぐに行ってみます」


 真希は手早くお礼を言って携帯の通話を切ろうとするが、


『あ、ちょっと、待って』


 耳から離す際に映心の声が聞こえてきたので、真希は再び携帯を耳に当て、


「どうかしましたか?」

『うん。ちょっとだけ、忠告というか、助言みたいなもの』

「はあ……」


 いったいなんだろうと思いながらも、真希は映心の言葉を待つ。


『小太郎はね、覚じゃない』


 ズン、と映心の言葉が真希に重い衝撃を与える。それは学校で、十和子にも言われた事と同じ意味を持っている。


『そして君も、覚じゃない。伝えたい事、伝えるべき事は、ちゃんと伝えないと、伝わらないよ?』


 そう。お互いの心は決して見えない。だからこそ伝えなくてはならない。しっかりと、確かな言葉で。

 真希は静かに目を閉じ、脳裏に一つの姿を思い描く。そのイメージが鮮明になったところでゆっくりと、だが力強く閉じていた目を開いた。


「大丈夫です。もう、迷いません」


 電話の向こうで妙な沈黙が流れた。たぶんキョトンとしているんだろうな、と真希は思う。


『……ああ、これは、おせっかいだった、かな?』

「いいえ。まだ片足が残ってたみたいですけど、今の言葉で完全に線を越えました」

『うん。じゃあ、僕が出来るのは、ここまでだから。……また、遊びにおいでよ。今度は是非、僕らの住処へ』

「はい。小太郎と一緒に行かせてもらいます」


 真希は笑顔で電話を切り、ポケットにしまう。そして両手をゆっくりと持ち上げ、パシンと自分の両頬を叩いて気合を入れた。


「待ってないさいよ。小太郎!」


 目的地を定めて、少女は一人駆け出して行く。


    ◇


 目的地に到ると、その異様な光景に真希は思わず恐怖を覚えた。本当に人気が全くないのだ。加えて生活音の類もほとんど聞こえてこない。まるでゴーストタウンだった。

 ふと、頭上を鳥が通り過ぎ、広場へ向かって行くのが見える。それを観察していると、鳥は不自然に進路を変え、また真希の頭上を通って別の方向へ飛んで行ってしまった。


「これは、すごいわね」


 改めて、妖怪の用いる術の非常識さを目の当たりにする。さらに言えば、その場所を思い出して認識しているはずの真希でさえともすればまた忘れてしまいそうになるのだから、よほどの事がない限り誰かがここへ来る事は無いだろう。


「さて」


 いつまでも留まっているわけには行かない。真希は意を決して、広場へ足を踏み入れた。

 一歩進む度に頭の中で戻れという警告にも似た命令が飛び交うが、全力で無視して歩を進める。二歩三歩と足を運び、五歩目でその警告は聞こえなくなった。


「……抜けたのかしら」


 真希はついでにもう一歩踏み出して何も無い事を確認すると、改めて周囲を見回してみた。

 すぐそこに、あの時の一本杉が堂々とそびえ立っている。外からは結界の作用なのかぼんやりとしか見えていなかったが、今ははっきりとその雄大な姿を見る事が出来た。下から見ると、また一段と大きい。幹は五人でようやく手が繋がる位はありそうだった。

 真希は一本杉からやや離れた位置から上の方を観察する。そして――


「……いた」


 一本杉の中腹から少し上にいった所に見覚えのある白装束が見えた。枝に腰掛け、幹に寄りかかるようにしている。小太郎の姿を確認し、真希はほっとすると同時に言いようのない不安を感じた。

 部室で十和子に吐露した、拒絶される事への恐怖。本人を目の前にして、またあの感情が戻っていた。


 ――大丈夫。大丈夫だから。


 必死に自分に言い聞かせ、真希は大きく息を吸い込んだ。


「小太郎ー!」


 大声で呼びかける。視線の先でわずかに身じろぎしたような反応は見えたが、声は返ってこない。


「小太郎ー!」


 真希が再度呼びかける。だが、やはり返事はない。真希の中の不安が増大し始めていた。会話をしてもらえない事は、罵られる事よりもずっと辛い。

 そんな不安振り払うように、真希が三度大きく息を吸い込もうとした――その時だった。


『大声出さんでも聞こえとる』


 電話越しのような声が真希の耳に入った。周囲を見回し、まさかとポケットから携帯を取り出して耳に当ててみるが、当然何も聞こえない。


『音運びの術じゃ。風に声を乗せて運んどる』


 術についてはよく分からないが、ともかく真希は小太郎が話しかけてくれたという事実が重要で、嬉しかった。


「小太郎、あたし――」

『今更何の用じゃ?』


 出鼻をくじかれ、真希は押し黙ってしまった。だが、いきなり終わってしまうわけにはいかない。気を奮い立たせ、真希は言葉を発する。


「あんたと話しに来た」

『……何を、話そうと言うんじゃ。儂には話す事なんぞ無いがの』


 小太郎の声は、まるっきり拗ねた子どもの様だった。


「あんたに無くても、あたしにはあるよ」

『人間が妖怪に、何を話そう言うんじゃ?』

「昨日の事。謝りに来た」


 今度は小太郎が黙り込む。だが、真希は相手が答えるまではそれ以上何も言わない。


『いったい、何をどう謝る言うんじゃ? あの時の話に、何もおかしなところは無かったはずじゃが?』

「そうだね。正直あんたの言った事も、そしてあたしの言った事も、両方間違ってなんかいないと思ってるよ」

『なら、謝る必要なんぞ無い』


 突き放す言葉。けれど、これは真希自身がそうしてしまった結果だ。故に真希は退かない。


「ううん。間違っていないのだとしても、あたしは自分勝手な考えであんたを傷付けた。だから、謝らないといけない。……ごめん、小太郎。あんなひどい事を言って。あんたを責める権利なんて、無かったのに」


 うつむいて、両手を強く握り締める。右手に握るカバンの持ち手が食い込み、痛みを訴えた。

 しかし、真希は痛みを無視する。湧きあがる感情が、徐々に抑え切れなくなっていた。


「こんな風に、ただ謝って済む事じゃないのは分かってる。そんな単純な事じゃないって分かってる。だけど――」


 真希はぐっと歯を噛み、顔を上げて小太郎を見た。


「ねえ、小太郎。あたしはどうやったら、前みたいにあんたと笑い合えるのかな?」


 それは真希の本当の願いだった。この会話を終えた先に望むのは、ただそれだけ。いつかのように。いつものように。その隣で、笑い合いたい。

 言いたい事、伝えたい事は全て吐き出した。真希はただ、小太郎の返事を待つ。


『……前みたいに、か』


 ややあって、小太郎の静かな声が聞こえてきた。


『のう、真希。前みたいにと言うが、それでもお主と儂の間にある溝は埋まらんのだぞ?』


 その言葉が、真希の胸に突き刺さる。伝わらなかったのか、それとも伝わってなおなのか。いずれにしても真希は自分が許されなかったのだと感じ、足元が崩れたような感覚になる。


『なんぞ、えらくひどい顔をしておるが、勘違いしておらんか?』

「…………え?」


 絶望一歩手前まで到っていた真希の精神は、小太郎の声によって引き戻された。木の上の小太郎を見て、真希は首を傾げる。


『許すも許さないも無い。元々、儂はあの一件についてもう何も感じてはおらん』


 その言葉に嘘はないようだった。真希は頭でそう理解し、思わず弾んだ声を出す。


「じゃあ――」

『じゃが、そうであってもお主と儂の間に溝があるのは変わらん。これは最初から、儂とお主が妖怪と人間として生まれた時から存在する溝なんじゃからな』


 喜びかけた真希を牽制するように、小太郎が淡々とそう告げてくる。


『この溝は、決して埋まらん。それはもう決まっておる事なんじゃ。じゃから儂とお主が同じ場所に立つ事なんぞもうありえんのじゃ』


 小太郎の声に諦めの色が感じ取れた。だが、真希はその中にあるわずかな寂しさも感じ取った。この言葉はきっと本人も納得して言ってるわけではない。それは今小太郎自身が無意識の内に言ったであろう「もう」という言葉に表れている。

 最初からと言っておきながら、彼自身一度は同じ場所に立っていたという事を認めていた。


 そう思うと、真希の中でふつふつとある感情が湧き上がってきた。拒絶されているわけではない。相手が怒っているわけでもない。だが、自分でも納得していない事で悩んでいる。

 真希が新たにすべきことは決まったようなものだった。彼女はそれまでのしおらしい態度を一変させ、ありのままの自分に戻る。


「ねえ小太郎。その溝って本当に埋まらないの?」

『あん? いきなり何を言うておるんじゃ?』


 急に真希の雰囲気が変わった事に驚いたのか、小太郎が間の抜けた返事をする。


「いいから答えてよ。本当に埋まらないの?」

『……何が言いたいのか分からんが、無論じゃ。この溝は絶対に埋まらん』

「そう。で、実際その溝ってどんくらいなの? センチ単位? それともメートルかしら」

『…………』


 小太郎が黙り込む。真希の真意を量りかねて探っているのだろう。だが、分からないから何も言って来ない。


「んー、例えば、今のあんたとあたしの位置関係くらいの溝だったりはする?」


 対して真希は、畳み掛けるように言葉を発した。会話の主導権は、すでに彼女へと移っている。


『何が、言いたいんじゃ?』

「それさっきも言ったよね。それよりもさ、あたしの質問。あんたの言う溝は、あたしとあんたの位置関係くらいの溝ではあるの? ないの?」

『……そうじゃな、確かにこれくらいの溝ではあるのう。決して届かぬ溝という意味では、同じかもしれん』


 小太郎の言葉を聞いて、真希はにやりとした笑みを浮かべた。


「言ったわね?」

『何をじゃ?』

「あんたとあたしの間の溝が、下にいるあたしと上にいるあんたくらいのものだって事よ」


 まるで勝者の宣言のような口調で、真希は小太郎に確認を取る。そんな様子に彼が首を傾げた。


『言ったが、それがどうしたというんじゃ』


 小太郎は本気で意味が分からないといった感じのようだ。しかし、真希にとって重要なのは先ほど取った言質のみ。


「埋まらない溝って奴を、埋めてやろうじゃない」

『…………はあ?』


 素っ頓狂な声を上げる小太郎。真希はそんな彼には構わず、迅速に行動を開始した。

 幸い、小太郎の結界のおかげで人目は全く無い。出来ればスカートをズボンに変えたいところだが、時間が惜しい。

 手に持つカバンを地面に置き、真希は中から小太郎と買い物に行った店で買った品を取り出す。

 少女を助ける時にカバンごと放り出していたので壊れていないか心配だったが、意外に大丈夫だった。わざわざ包装して貰ったそれを少し眺めてから、制服のポケットから携帯を取り出すと二つともカバンの中に放り込む。


『何をするつもりじゃ?』

「何度も言わせないでよね。今から溝を埋めるのよ」


 言いながら、真希はその場で軽く屈伸を開始する。そのまま簡単な準備運動を行い、一通り済ませたところで軽く息を吐いた。


「さって」


 真希は自分に気合を入れると、スタスタと一本杉に歩み寄る。惚れ惚れするほど太く見事な幹には、取っ掛かりになりそうなものが無数にあった。上を見上げれば、三メートルくらいの位置から人間の胴回りほどありそうな太い枝が幾つも張り出しているのが見える。


『お主まさか――』

「証拠を見せてあげるわ。少なくともあんたとあたしの間の溝は、埋められるの、よっ」


 言い終えると同時に、真希は杉の幹にある取っ掛かりを掴み、足を掛け、ゆっくりと巨大な杉の木登りに挑戦し始めた。



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