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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第三章 訪問・衝撃・妖怪の住処にて
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その7



「ごめん、なさい」


 一通り落ち着いたところで、真希、小太郎、剛錬、映心の四名は囲炉裏を囲んで車座になって集まっていた。

 ともかく先の悪戯の詫びからという事で、映心が素直に真希に頭を下げる。


「いえ、もう大丈夫ですから」

「真希。もっときっちり怒ってもええんじゃぞ?」

「まあ待て。映心殿もしっかり反省しているんだ。真希さんもこう言っているのだから、この件はこれで流そうじゃないか」


 小太郎はまだ納得が行かない様だったが、被害者の真希が映心を許すと言っているのでそれ以上は強く言えず、剛錬の言葉もあってしぶしぶ引き下がった。


「じゃあ、今度こそ、僕はこれで」

「下まで送りましょう。小太郎。お前は真希さんを頼むぞ」

「おうおう」


 巨漢二名が同時に立ち上がり、小太郎は野良犬を追い払うかのようにしっしと手を振っている。その様子に、真希はずいぶんと邪険に扱っているなと思い、しかし嫌っているのとはちょっと違う印象も受けた。


「それじゃ、またいつか」


 入り口から出ようとしたところで振り返った映心が軽く手を挙げて来る。


「あ、はい。また」


 それに応えて真希も手を挙げる。


 ――そういえば、結局握手は出来ていないな。


 ふとそんな事を真希が思うと、


「ああ、そうだったね」


 言って、映心はテクテク真希の近くに戻って来た。そうして挙がったままだった真希の手をひょいと掴んでくる。その手は思いの他柔らかく、かすかにくすぐる体毛もまた筆のようにふわふわした感触だった。

 どうもまた、心を読まれたらしかった。真希はどう反応したものかと苦笑いのような表情を浮かべる。


「うん。じゃあね」


 真希の反応に満足したのか、今度こそ映心は剛錬と一緒に家を出て行った。それを見送って、


「映心さんて不思議なひ……とじゃないけど、何ていうか掴み所の無い感じね」


 真希は左前に位置する小太郎に一応ひそひそと話しかけた。


「映心以外の覚は、もっと掴み辛いと思うぞ。元々、余り他種族と関係を持っていない種族じゃからな」

「閉鎖的って事?」

「いや、締め出しておるのは覚以外の種族の方じゃ」

「え? なん――ああ、そっか」


 理由は、ついさっき真希自身も味わった感覚に起因するのだろう。

 覚は相手の心を読む。それは何も言わずとも自分を知られるという事だ。しかしこちらは同じ状況で覚を知る事が出来ない。ただ一方的に、自分の事だけを知られる。


「みんな、怖いんだね」

「じゃな。覚もある程度知らないようにする事は出来るそうじゃが、それにしたって知られる側は覚を信用せねばならん。それが出来るなら、例え読まれていようとも関係ないしのう」


 相手の心を読むというのは、話だけなら非常に便利そうにも思える。だが心が読めてしまうという事は、聞きたくない本音も聞かされてしまうという事でもあるのだ。


「辛く、ないのかな?」

「さあな。儂は映心以外の覚を知らんが、少なくともあいつは自分の能力を悲観的には思っておらんようじゃな。あんな悪戯しかけるくらいじゃしのう」

「あたし、思いっきり怖いとか嫌だとか考えてた気がする……」


 会っていきなり心を読まれ、小太郎が言うにはやや威圧も受けていたようで、そんな状態なら仕方が無いじゃないかとは思う。しかしながらそういった事情を聞いてしまうと、自分の態度は相手を傷付けるものだったのではないかと不安にもなるのだ。


「そりゃ自業自得じゃ。何を考えてあんな真似をしたのかは知らんが、その結果は全て自分の責じゃ。真希が気に病む必要はない」

「うーん……」


 小太郎の言う事はもっともなのだが、それでも真希は割り切る事が出来ない。


「せめてもう少し話が出来ればなー……」


 ほんの少し、わずか一瞬すれ違っただけのような接点では、映心を知るにはあまりに情報が無い。そう思っての発言だったが、


「……は?」


 小太郎はなんとも気の抜けたような感じで、真希の方を凝視してきた。その様子からして、きっと怪訝な顔になっているだろうと真希は予想する。


「どうかしたの?」

「いや、どうかしたのはお主の方じゃろう。覚ともっと話がしたいなどと言う者を、儂はついぞ見た事が無い」


 そう言われても、真希としては相手を少しでも知るためには会話をする必要があるだろうと考えただけで、そこに深い意味は無い。だから小太郎が何に驚いているのかいまいち分からなかった。

 真希が素直にそう言うと、小太郎はしばし沈黙した後、


「かっかっかっかっ!」


 突然腹を抱えて声を上げ、そのままごろごろと床の上を転げ周り、ついにはバンバンと床を叩き始めた。いつかの時のように見事な大笑いである。


「こ、これはええ! 映心の奴が、わざわざ手を握りに戻ってくるわけじゃ!」

「えと、あたしそんなに面白い事言った?」


 心当たりがまったく無い。真希はそれまでの会話を思い出してみるが、小太郎が笑い転げる要素があるようには思えなかった。


「おうおう。言ったも言ったわ。覚の力を怖いと知ってなお話がしたいなど、よほど肝が据わっておるか、さもなければたわけじゃ」

「……ああ」


 言われて、真希は自分が傍目に矛盾しているような発言をしていた事に気がついた。心を読まれるのが怖いと言ったのに、心を読む相手ともっと話がしたいというは確かにおかしな事に思えるだろう。


 ――だけど、それは――


 ちょっと意味が違う、と真希は考えている。確かに知らぬ間に心を除かれるのは気持ちのいいものではないが、だからと言って映心と話したくないという事にはならない。

 そんな、のぞかれて困るほどの映心に対しての感情が真希の中にはないのだ。


 それはきっと、映心も同じだろう。少なくとも会っていきなり敵対し合う様な関係ではなかったと思う。悪戯は真剣に怖かったが、あれは彼にとって軽い挨拶のようなものだったのだと思えば、まま納得はいく。


「結局、嫌ったり出来るほど映心さんの事を知ってるわけじゃないもの。なら、ちゃんと知り合ってみたいじゃない。それで嫌いにならないでいられれば、そっちの方がいいでしょう?」

「おう。そうじゃな。真希の言う通りじゃ。好くも嫌うも知って初めて出来る。いや、知ってから好いて嫌ってをすべきなんじゃろうな。実際は知らんでも嫌う事なんぞざらじゃが、うむ、断然こっちの方がええ」


 姿勢を直し、小太郎は胡坐をかいた膝をポンと打つ。


「よし。真希。面白い物を見せてやる。ちょい付いて来い」


 言うや否や小太郎はすくっと立ち上がり、囲炉裏を迂回してひょいと段差を降りた。


「あ、ちょっと待ってよ」


 慌てて真希も立ち上がり、小太郎に続く。どうやら彼は真希の位置から右手にあった引き戸へ向かっているらしい。

 それを確認して、真希はそういえばと家の中を見回した。

 来た直後は映心の一件でまともに観察出来なかったが、ようやく小太郎の家を見渡す余裕が出来た。

 雰囲気としては、時代劇に出てきそうな古寺といった感じだろうか。現代的な家具の類は皆無で、小太郎が背にしていた物入れの他は、入り口横に置かれた水がめ以外には何もない。


 ――引越し直前か何かみたい。


 あまりに物が無いので、本当にここに住んでいるのかと疑いたくなるほどだ。


「物がほとんどないんだねって、こっちにもほとんど何もないわね」


 小太郎に続いて引き戸の向こう側にやってきた真希は、ちょうど一人部屋のような場所に出た。

 奥の隅の方に台が置いてあり、側に座布団らしきものが一枚ある以外は、本当に何もない。部屋というよりただの囲まれた空間だ。


「一応儂の部屋じゃが、必要なものはおおよそ持ち歩いておるからの。わざわざどこかに置いておかねばならん物はその大半が必要のない物じゃしな」


 すごい極論である。真希もあまり物に執着しない方で、部屋の中は非常にさっぱりしていると自負している。だがどうも小太郎はそれ以上に、それこそ綺麗さっぱりしているらしい。


「まあ部屋の事はどうでもええじゃろ。わざわざここへ来たのは――」


 小太郎が台の置いてある方へ歩いて行くと、その上に置いてあった一つの鉢植えを持って真希の前に戻ってきた。その鉢には元気なく萎れた一本の苗木が生えている。

 それを見た真希は、妙な既視感に襲われた。



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