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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第三章 訪問・衝撃・妖怪の住処にて
14/31

その5



「ここ?」


 実質五分も移動はしていなかったはずだが、真希の体感では一時間くらい経っている気がした。

 そんなわずかにして結構な時間をかけてやってきたのは、集落からやや外れ、大沼にほぼ隣接する形で立てられた一軒の家である。近くには金網と思われる囲いがあり、中では鶏冠まで真っ黒なニワトリが数羽動き回っていた。


「おう」


 短く答えた小太郎が一歩前に進み出ると、


三平さんぺい。いるんじゃろう。儂じゃ。鴉天狗の小太郎じゃ」


 どうも三平というのが家主の名前らしい。


 ――何かこう、一世代前を連想させる名前ね。


 小太郎にしてもそうだが、昨今の奇抜な名前を付けたがる親からすれば「古臭い」とでも言われそうな名前だと真希は思った。


「三平。早う出て来んかい」


 一度目の呼びかけに反応が見られなかったからか、小太郎が再度呼びかけを行う。すると、


「あぁ、あぁ、聞こえてるよぅ」


 ずいぶんと低い、どことなく渋いおじさん系の声が聞こえてきた。


 キィとわずかな軋みの音を立てて扉が開き、中から全身緑色でワカメみたいな髪と真っ白な皿を頭に載せ、ちょっと目つきが悪い黄色いくちばしをつけた生き物が現れる。背丈は真希よりわずかに低い。ちらりと見える背中には亀の甲羅のようなものが見えた。

 ありえないほど典型的な河童がそこにいる。あまりに典型的過ぎて、真希は自分の見ているものが信じられなかった。


「おう、三平。久しぶりじゃの。息災か?」

「見りゃ分かんだろうよぅ。まぁ、お前さんは相変わらず――というわけでも無さそうだねぇ」


 和やかに談笑を始めたかと思いきや、三平は小太郎の背後に半ば隠れるような形になっていた真希の存在に気が付いたのかじろりと視線を向けて来た。目つきがよくないのでそれなりに怖い。


「そちらさぁん、人間だねぇ。もしかしてぇ、妖怪の婚約者さんかぁい?」

「え? ああ、えっと、親が言うにはそういう事が目的みたいです、けど……」


 真希にとってこの辺りはなんと説明していいか困る問題だった。何故か両親は非常に乗り気だが、真希は未だに整理がつかない。そんな簡単な問題ではないのだ。


「んん? はぁっきりしないんだねぇ。おおっととぉ。そんな事の前にぃ、自己紹介もしてなかったよぅ。俺ぁ河童の三平っつうもんでよぅ。まぁ、普通に三平ってぇ呼んでくれぃ」

「あ、その、あたしは烏丸真希と言います。呼び方は、お任せします」

「そぉうかぁい? じゃあ、普通に真希さんってぇ呼ばせてもらうよぅ」


 言って、ひょこひょこと近付いてきた三平が真希に向かって手を伸ばして来た。水かきの付いた河童の手だ。


「よぉろしくなぁ」

「こ、こちらこ――ひゃっ!」


 何気なく差し出された手を掴み、真希はそのヌメッとしてブニッとした感触に思わず声を上げてしまった。そしてすぐにそれが失礼な事だと気が付き、


「ご、ごめんなさい」


 謝りはしたが微妙に口元が引きつるのは止められない。はっきり言って背筋がぞわわとなる類の感触だ。


「ああ、別に気にしないよぅ。そもそもねぇ、こーんな所まで来れる人間なんてぇ、めったにいねぇんだよねぇ。この上ぇ、俺ぁに触れてなぁんの反応もなかったらさぁ、おっかしいってぇもんだよぅ」

「は、はあ」


 三平の喋り方が独特なために部分部分で聞き取り難いものもあったが、どうやら特に怒っているわけでもないのだと分かって真希は胸を撫で下ろした。


「まぁ立ち話もなんだしぃ、あがってくれぃ」


 くるりと踵を返して、三平が家の中へ入っていった。小太郎がそれに続いて躊躇なく入って行くので、取り残されそうになった真希は慌てて小太郎の背中を追う。

 三平の家はそれこそ倉庫と言って差し支えが無いのではないかと思うような構造だった。中は仕切られておらず、壁沿いに大小様々な棚が置かれ、これまた大小様々な瓶が所狭しと並べられている。


「三平は妖怪の中でも名の知れた薬師でな。薬以外にも色んな物の調合を行っておる」


 棚の中の色鮮やかな瓶に目を奪われていた真希の耳に、小太郎のそんな説明が聞こえてきた。その言葉から察するに、これらの中身はほぼ全てが薬品の類という事だろう。


「そんな大層なもんじゃねぇよぅ。さてぇ、小太郎。おめえの目的のもんはそぉっちの棚に入ってるからよぅ。確認してくれぃ」

「おう」


 小太郎は三平の示した棚に近付くと、中からいくつかの瓶を取り出してなにやら調べ始めた。それが気になって、真希はつつっと小太郎に近付こうとしたが、


「真紀さんはぁ、ちょぉっとこっちに来てくれぃ」


 三平に呼ばれてしまったので、多少後ろ髪を引かれながらも彼の下へ向かう。

 三平は椅子に座ってテーブルに半身を預けており、年代物と見えるキセルを吸っていた。その格好はどこかの親分といった風である。

 近くにあったもう一脚の椅子を勧められたので、真希はそちらの椅子に座って三平と向き合った。


「さぁて、小太郎の用事がすむまでぇ、俺ぁに聞きたいことがあれば知ってる限りで答えさせてもらうよぅ」

「ああ、なるほど」


 どうやら、ここへ来たのは小太郎の用事のためだけでなく、最初に聞いた通り色んな妖怪から話を聞くためでもあったらしい。

 何を聞いていいか多少迷ったが、真希はさしあたって三平について聞いて見ることにした。


「えっと、小太郎が昔馴染みって言ってましたけど、三平さんはおいくつなんですか?」

「俺ぁの歳かい? 俺ぁ四百九十六になるよぅ」


 いきなり桁違いの年齢が出て、真希は目を見張る。加えて、小太郎と年齢に開きがあり過ぎるのも気になった。

 妖怪の感覚は人間とは異なるのかもしれないが、それにしてもこの年齢差で小太郎が三平を呼び捨てにしているのはどういう事なのだろう。


「えと、三平さんはもちろん小太郎の年齢を知っているんですよね?」

「んん? あぁ、あいつが俺ぁを呼び捨てにしてるのが気になるかぁい?」


 三平はスーッとキセルを吸うと、パカッとくちばしを開いて煙を吐き出した。


「年齢の多い者を敬う慣習はぁ、妖怪にもあるよぅ。たぁだ、あいつが四っつの時からの付き合いだぁしよぅ。俺ぁが気にしないっつうのもあるかなぁ」


 三平がふぇっふぇっふぇとこれまた独特な笑い声を出して、わずかに遠くを見るような目になった。昔の事を思い出しているのだろうかと真希が思っていると、


「そぉうそう。俺ぁ確かに五百に近いけどよぅ、この集落じゃあそれほど歳は食ってない方なんだよぅ。河童の寿命はぁ、鴉天狗と同じ三千年くらいだからしてぇ、俺ぁまだまだ若造なんだよぅ」


 また一つ桁が上がった。妖怪は長命だというのが人間側の一般的な考え方ではあるが、それでも約五百歳で若造というのはにわかに飲み込み難い。


 ――それと――


 真希はちらりと瓶を手に色々と調べている小太郎を見る。三平の弁では鴉天狗の寿命は三千年だという。つまり、小太郎の寿命もまた三千年という事なのだろうか。

 小太郎の年齢は、真希と同じ十六だと言っていた。仮に真希が百まで生きたとしても、小太郎はその後二千九百年もの間生き続けるのだ。それは余りにも生命の尺が違い過ぎる。


「人と妖怪の寿命をぉ、同列に考えちゃぁいけないよぅ」


 三平の言葉に、真希はビクリと身体を反応させた。


「優劣を言うわけじゃぁないんだよぅ。種が違えばねぇ、当然なぁんもかんもが違うんだからさぁ」


 深くキセルを吸って、三平は大きく煙を吐き出した。その言葉は真希の心に重くのしかかる。


「あぁ、そぉうそう寿命といえばねぇ」


 そんな真希の心を知ってか知らずか、三平が少し声を明るくして、


「真紀さんはぁ、妖怪にとっての寿命にぃ、おっきな意味がある事を知っているかぁい?」

「……えっと、知らない、です」


 先の三平の言葉は未だ真希の中でずしりとした存在感を示していたが、ひとまずそれは無視する事にした。悩む事は後でも出来る。そう、考えた。


「妖怪にとっての寿命はねぇ、一つの力の象徴なんだよぅ」

「力の象徴、ですか?」


 三平は大きく頷き、カンとキセルを叩きつけて中のタバコをテーブルの上の器に落とした。


「簡単に言えばねぇ、例えば五百年の寿命を持つ妖怪はぁ、五百の力までしか出せないんだよぅ」


 三平の言葉は確かに簡単だが、真希にとってはかなり抽象的に過ぎて理解し難いものだった。そんな微妙な顔をしていると、


「んん? ちょぉっと分かり難かったかぁい? ふーん……じゃぁ、真希さんは人間の乗り物にぃ、排気量っつう指標がある事を知っているかぁい?」


 この問には頷く事が出来た。詳しい理屈を真希は知らないが、バイクなんかで五十とか百とか、数値が大きいものほど馬力が出るという話を聞いた事がある。


「……あ」

「お、飲み込みが早いねぇ」


 排気量の話を出されて、真希は先の三平の言葉の意味を理解した。つまりは寿命がそのまま妖怪が使える力の最大値という事なのだろう。


「歳を重ねてもぉ、妖怪は強くなるけどねぇ。それにしたって寿命が長い方が多く歳を重ねられるわけでぇ、だぁから妖怪にとって寿命は非常に重要なんだよぅ」

「なるほど……って、あれ?」


 疑問が一つ融解してすっきりした――かと思いきや、真希の中で新たな疑問が浮かんだ。


「何で三平さんは人間の乗り物についてお詳しいんですか?」

「あぁ、俺ぁ割とよく人間の町に行くんだよぅ。薬師なんてやってるとぉ、あっちこっちで色ぉんな物が必要になってくるからねぇ」


 三平が言うには、今の妖怪の住処で手に入り難いものは基本的に人間の町に行って手に入れて来る事が多いらしい。そのついでに色んな情報を収集しているのだとか。

 三平の口から語られる人間社会の様子は、真希の常識とは違った観点からの話もあり、非常に興味深いものだった。そうしていくつかの話を終えた頃、


「うむ。三平。問題無しじゃ。全部もらっていくぞ」

「そぉうかい。じゃ、代金は近いうちに持ってきてくれぃ」


 小太郎が調べていた瓶を次々と懐にしまい込み、棚の前を離れて真希の所へやってきた。


「色々と話は聞けたんか?」

「うん。三平さんってあたしたちの社会とか常識にも詳しいから、分かり易く色んな話が聞けたよ」


 実際、三平の知識は相当なものだと真希は感じていた。


「そうか。三平。いきなりで悪かったの」

「別にいいよぅ。どうせ用事もあったんだしぃ、お前とは切れない縁もあるしなぁ」


 一瞬、真希は空気が止まったような感覚を得た。その刹那の静寂の中で、小太郎と三平の間に無言のやり取りが交わされたような錯覚に陥ったが、その違和感はすぐに霧散して意識に上る事はなかった。


「そろそろ行くの?」

「おう。他にもちょいと見て回るからの」

「うん」


 椅子から立ち上がると、真希は三平に向かって一礼する。


「今日はありがとうございました」

「あいよぉ。まぁた機会があれば寄ってくれぃ。あぁ、そぉうそう……」


 急に何かを思い出したように言葉を付け加えた三平がゆったりとした動作で椅子から立ち上がると、背を向けていた棚の引き出しを開けて中から何かを取り出し、それを持って真希の前に立った。


「これを持ってくといいよぅ」


 差し出された緑の手の上には、一個の二枚貝が乗せられていた。


「これは?」

「開けてみるといいよぅ」


 多少不思議に思いながらも真希は三平の手から貝を受け取ると、蓋を開けるようにして開いてみる。すると中には真珠色の軟膏のようなものが詰まっており、キラキラと輝いて綺麗だった。


「河童の傷薬だよぅ。あぁ、外に真っ黒い鳥がいたのは見たかぁい?」


 真希はコクリと頷く。種類は分からなかったが、確かに黒いニワトリがいた。


「あれはねぇ、クオンノトリって奴でぇ、あれの卵から作るんだよぅ」

「コウノトリって、えっと、あたしの知ってる鳥とずいぶん違いますけど?」


 真希の知るコウノトリは、ニワトリとは似ても似つかない。


「あぁ、コウノトリじゃなくてぇ、クオンノトリ、だよぅ。久しく遠い鳥でぇ、クオンノトリだねぇ」


 三平の発音が独特なせいか、訂正されてもなお真希はクオンノトリがコウノトリに聞こえてしまう。もしかしたら、これまでの話の中でもどこかで聞き間違いをしているのかもしれない。


「昔っから人間はぁ、よぉっく聞き間違えてたからねぇ」


 やれやれとでも言いたそうな三平を見て、真希はそれは必ずしも人間側のせいだけではないと思ったが口には出さなかった。


「なんか凄そうな傷薬ですけど、本当にもらっていいんですか?」

「いいんだよぅ。効能はぁ、道中の話の種に小太郎から聞くといいよぅ」

「儂に丸投げか」


 ふぇっふぇっふぇとまたあの笑い方をして、三平はまたどっかりと腰を下ろした。ついと顔を上げて、ちょいちょいと真希に向かって手招きをする。

 何だろうと思いながら真希が三平に近寄ると、何かぼそぼそと言ってきたので、よく聞き取るために耳を近づける。すると、


「小太郎をぉ、よぉろしく頼むよぅ」


 耳元でそう囁かれ、真希は反射的に身を離してにやりと笑っている三平を見た。


「真希?」


 三平の囁きが聞こえていない小太郎は、真希の行動に首を傾げている。だが説明するわけにもいかないので、


「……何でもない」


 真希はそう言ってごまかすしかなかった。まったく、何をどう頼むというのだろうかと真希は内心で溜息を吐く。


「よう分からんが、そっちも用事は済んだようじゃな。ほんじゃ三平。とりあえずはこれでの」

「はいよぅ」


 簡単な別れの言葉を残して、小太郎は三平の家を出て行った。真希はもう一度三平にお辞儀をしてから、その後を追う。

 二人を見送る三平の顔には、慈しむ様な笑みが浮かんでいた



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