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婚約者は鴉天狗  作者: 天笠恭介
第三章 訪問・衝撃・妖怪の住処にて
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その4



 そこはどこか薄暗い、とてもじめじめした所だった。辺りには黒っぽい色の細い木々が群生しており、桟橋からのぞき込んだその根元には、平たい緑の葉と桃色の小さな花が所狭しと敷きつめられている。


「うわー……」


 それが真希の第一声だった。おそらく、大抵の人間がそんな印象を持つであろう世界だ。


「人間には余り馴染めん環境かもしれんのう」


 クックックと喉の奥で音を出すように小太郎が笑っている。多分、真希の反応が想像通りだったので意味もなく楽しいのだろう。


「ここが河童の住処なの?」

「ほうじゃ。この桟橋をもう少し歩いて行くと、河童の集落に出る」


 言って、小太郎はまた一人で先に歩き始めてしまった。真希は何も言わずにその後を追う。今度はすぐ横には並ばず、やや後ろから。

 視線は自然と、小太郎の右手に注がれていた。

 小太郎曰く「結界を渡る」時にはしっかりと掴まれていた手だが、ここへ来て気が付いた時にはすでに離されていた。わずかなに残る温もりだけがその手が繋がっていたという証拠である。


 ――別に、そう気にするもんでもないけどさ。


 冷静になってみて、真希が小太郎の手に触れたという事はその逆もまた然りなのである。だというのに、自分だけが何か慌てふためいていたという事実が気に入らない。

 非常に理不尽な話だと真希自身理解しているが、それでも、である。

 ついと真希は視線を小太郎の背中に移す。着ている物のせいで分かり難いが、かなり細身で、けれど力強い身体をしていた。それに気が付いたのは階段で助けられた時だ。


 ――そういえば、あの時は手を握るどころじゃない接触だったわね。


 誰かに抱きすくめられたのは親や幼い頃の親戚を除けば初めてだった。あの時ですら先ほどのような感覚になった記憶はない。若干顔が近かった事に驚きはしたが、それだって思考が凍結するほどではなかった。

 何かおかしい。けれど、それが何か分からない。今日の授業中にも感じていたもやもやが、また真希の中で渦を巻き始めた――その時だった。


「見えたぞ」

「ふぇ? ぶっ!」


 小太郎の声に変な返事をした直後、真希は立ち止まっていた彼の背中に激突してしまった。


「余所見しとるとそのうち足を踏み外すぞ」

「……気を付ける」


 したたかにぶつけた鼻をさすりながら、真希は小太郎の背後からひょいと顔を出して先を確認した。桟橋はすぐそこで直角に曲がっており、桟橋の無い前方には静かにさざめく水面が見える。どうやらこれが大沼らしい。


「右手の方に何か密集したものが見えるじゃろう? あれが河童の集落じゃ」


 小太郎の指差す方を見て、真希は少し遠くに建物群があるのを見つけた。三角錐の屋根を持つ、ちょうど西洋の城の物見塔みたいな形をした建物だ。屋根の色が暗めの茶色で外壁がくすんだ白色ということもあり、まるでキノコか何かが群生しているようにも見える。


「河童って陸上に住んでるの?」

「そういう者もおるというだけじゃ。河童は比較的人間に友好的な種族じゃからな。昔からよう人間にちょっかい出しておったそうじゃ」

「ふーん」


 友好的かどうかは別として、河童も天狗と同じくらいポピュラーな妖怪として人間には知られている。人間の間でよく知られている妖怪ほど友好的という事になるのだろうか。

 そう考えて、真希は小太郎に尋ねてみた。


「そうじゃのう。あながち間違いではないじゃろうが、その種族の中でも共存派と強硬派がおるくらいじゃし、一概にはの」

「そっか。ごめん。変な事聞いたね」

「いや、そんな事はない。まあ、この議論はまたいずれする機会もあるじゃろう。ともかく、さっさと集落まで行くぞ」

「うん」


 桟橋は大沼の縁を回るようにして作られている様で、直線距離では大した事のない距離に思えたが、その後二十分ほど歩いた後、ようやく目的地の集落に到着した。


「到着じゃ」

「……なんか、誰もいないんだけど?」


 真希の目の前には確かに集落と呼べるだけの建造物の密集地帯がある。いや、この密集具合だと住宅街といった方が合いそうなものだ。

 取っ手のついた扉とガラス窓まで確認出来るそれは、人間が暮らしていると言われても違和感が無いほどに普通の家だった。真希の目で見てそれらは、妖怪の住処という属性からすごく浮いているような気がしてしまう。


 だがそれだけの建物群があるのに、全く人気、もとい河童気が無い。まるでゴーストタウンの様に不気味なほどに静まり返っていた。


「いや、そこらの家にはちゃんと河童がおるぞ。単に人間、真希がおるから何事かと警戒しておるんじゃろう。一応、ここの長には連絡をしておいたはずなんじゃがな」


 小太郎がそう言うので、真希はスーッと近くの建物を右から左へ流し見た。その中のいくつかで、窓の向こうに動く影を見つける。どうも動向をうかがわれている様だった。


「珍獣、というより猛獣みたいな扱い?」


 人間に比較的友好的という割には、確かに思いっきり警戒されていた。


「そりゃ警戒もされるじゃろう。儂は真希を知っておるが、ここの者はそんなもの全く知らんのじゃ。真希も同じ人間だろうと知らんもんが自分の住む場所にやって来たら警戒するじゃろう?」

「そりゃ、ね」


 正論だった。烏丸真希という存在を理解してもらっていないうちから、いきなり友好的な対応をとれと言う方が愚かだろう。


「まあ、今回はそこらの河童に用はないしの。そこは追々どうにかするとして、ともかく儂の馴染みに会いに行くかのう」

「そのひ――じゃなくて、河童さんはどこに住んでるの?」

「ちょっと奥に行った所じゃ。結構な変わりもんでの。ま、会えば分かる」


 もったいぶった言い方をして、小太郎はさっさと歩き始めた。当然、真希もそれを追う。

 集落の中にも桟橋が通されており、明らかに足をとられそうな湿地を歩く必要が無かった事は真希にとって幸運だった。

 ただし桟橋の上には隠れられる所が無いので、周囲の家々から様々な視線を浴び続けなければならなかったが。


「中に入るとそれなり、どころかすごい視線を感じるわね」

「我慢せい」


 小太郎は注目を集めているわけではないので平気なのだろうが、真希はかなりきつかった。視線の大半が悪意あるものではない事がせめてもの救いだが、それでもきついものはきつい。

 気が付いた時には、真希は前を歩く小太郎の衣装の一部を指でつまんでいた。

 引っ張られる感覚に気がついたのだろう。小太郎が歩いたまま首だけ振り向いて、


「歩き難いんじゃが……」

「い、いいじゃない。ちょっとでも周りの目を無視するために半分ボーっとしてるから、つかんでないとはぐれそうなのよ!」

「……なら、しょうがないのう」


 小太郎は再び前を向いてしまった。

 真希に対する気遣いの言葉はなかった。その上、何故か若干歩く速度が上がった気がする。合わせて彼女も歩く速度を上げるのだが、徐々に引き離されて度々小太郎の衣装を強く引っ張ってしまう。

 まさか振り払うつもりかと真希は勘繰るが、それにしてはややおかしい面がある。どうしても歩幅で劣る真希が離されそうになると、決まってわずかに歩みを遅らせ、追いつくのを待つのだ。

 おそらくは衣装の引っ張られ具合で判断しているのだろう。


 ――って、あれ? そういえばあたしと小太郎の歩幅って大分違うはずよね。


 石畳の道を歩いていた時も、桟橋を歩いて来た時も、真希は自分の歩幅で歩いていた。それで遅れずに歩けていたという事は、小太郎が真希の歩幅に合わせていたという事ではないだろうか。


 ――それって……


 真希は目の前の背中を見る。何故だか分からないが、そうしている間は周囲の視線の大半を忘れる事が出来た。



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