木上の密会
過去に某所に投稿歴のあるものの改稿版です。
「接触の対象は、その娘さんだ」
重く響く声を出しながら一枚の写真を放り投げたのは、見上げるような巨体にもっさりとしたヒゲ面の男。歳は四十過ぎといったところか。おそらく特注であろうスーツに身を包み、じっとある一点を見つめている。
その先には、放り投げられた写真を受け取ったもう一人の人物がいる。
不思議な白装束に身を包み、鳥のような人間のような、不気味とも言える黒いお面を付けた性別も年齢不明の者。スーツの男よりは低い身長だが、それでも百八十に届きそうな長身である。
暗雲垂れ込める空模様。すでにいつ泣き出しても不思議ではない天気の中、二人のやり取りは続いて行く。
傍から見れば、思わず目を向ける程度には目立つ二人組みだが、今の彼らに気がつく者はまれだろう。
何故なら彼らは今、樹高三十メートルはくだらない巨木の枝の上という常識外れな場所に居るのだから。
「……む?」
写真を見て、お面の人物がわずかに驚いたような声を発する。声からして、こちらも男のようだった。
手に持つ写真に写るのは、どこかの高校の制服を着た活発そうな一人の少女。つり気味な目にショートの髪がよく似合っていた。
「どうかしたのか?」
その様子を不審に思ったスーツの巨漢が問うが、
「いや、気の強そうな相手じゃ思うてな」
お面の男は小さく頭を振り、写真を投げ返した。
「先方のご両親にはすでに話を通してある。問題が無いのなら、まずは一度会って来い。どう転ぶかは分からんが、いずれにしても我らにとっては新たな一歩だ」
「……分かっておる」
お面の男はくるりと背を向け、遠くを見る。高い位置から見えるのは、彼方に広がるどこかの町並み。
不意にお面の男の身体が前方に傾き、そのまま枝の上から落下する。
しかしスーツの巨漢は驚きも慌てもしない。そうしている間にお面の男は数秒も無い落下の後、激しく地面に叩きつけ――られはしなかった。
二人が乗っていた巨木の近辺に何かが落ちたような形跡はない。また、どこかに運よく引っかかった様子もない。お面の男は木から落ちると同時に完全に消え失せていた。
ふと、少し遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。
スーツの巨漢はその声に反応し、今までお面の男が見つめていた先を眺めた。その先の空に、一羽のカラスが飛んでいるのが見える。
彼はそれを確認すると小さく笑みをこぼし、次の瞬間、音もなく陽炎の揺らめきのようにゆっくりと消えて行った。
まるで最初から何もいなかったかのように、いつの間にかその姿は巨木の枝の上から完全に消え去ってしまっていた。
風が吹き抜け、木々が葉を擦り合わせるざわめきだけが、残される。