四月三日 捌
第一章
「俺は本気で怒っちゃいないよ、完全に冗談だと理解しているから」
今度は完全な驚愕の色に包まれた、彼女の口が少し動いて『うそ』……と呟いたのがわかった。
「だけど……すごい鬱陶しそうな顔で……」
あぁ、そのことか。
「だけど本気で疎んじているわけでは無いし、ある意味コイツの信頼の証だと受け取っているよ。俺はね」
その言葉の最後に相手がどう思っているかは知らないけど。と付け加えなかったのはまた面倒なことになってこの場の混乱を避けたかったからだ。
「まぁこれはちょっと歳の離れた痴話喧嘩と思ってくれればそれが一番正しい表現じゃないかな」
丙ちゃんの頭を撫でながらそう言うとやっぱり彰子ちゃんはその言葉に反応した。
案の定というか予定調和というか……想像通りの反応だ。
「やっぱりお兄ちゃんは私と一緒になってくれる決意を固めたんだね!! そうと決まれば式場だ!!」
喧しい。
ポケットに入っていたミント味の飴玉を少し自分でかみ砕いて彰子ちゃんの口に含ませる。口移しで。
「んっ!?」
と苦しそうな吐息を漏らした直後に顔を真っ赤にして転がり回る。
因みにシュガーレスな純粋ミント味の飴玉です。
「かっっっっっっっ辛い!! 辛すぎる!!」
さて、少しは静かになるだろう。確か盛岡駅の東側出口に居るって言ってたな。
「甘いキスかと思ったらとんでもない隠し玉を……飴玉だけに!!」
おもしろくないぞ。
一人絶叫している女の子がいるが気にしない、なぜならそれは全て演技だと気づいているからだ。
「あの……慧さん? 流石に酷くないですか、身体的にも精神的にも」
「そうですよ!! 純な乙女心を弄んで、これは真面目なキスをしてもらわないと私の気が晴れません。もっと言えば情熱的なキスでも構いませんよ!!」
あぁ、計算を誤ったかもしれない、ここまで逆効果になるとは思っていなかったな。
面倒だな全く。
「じゃあ、本気でやっても良いのかよ」
少し冷たい口調で言い放つと彰子ちゃんは満面の笑みで俺に顔を近づけさせる。
「是非お願いします!!」
ふざけんな、俺の方が恥ずかしいわ。
「あのなぁ……彰子、お前はまだ小学生六年生なんだからそんなことを不用意に喋っちゃダメだろう」
「そこに愛があればなんら問題ありません!!」
お前だけの一方通行の愛なんて悲しいにもほどがあるだろう、冷静になれよ阿呆な子供だ。
「良いか彰子、お前はまだまだ子供なんだよ。その子供がキスだのなんだの言ってちゃダメだろう」
その子供にキスしたのは俺だけど。
「だったら……」
ふとした瞬間に、彰子ちゃんの瞳は光彩を失い無機質となった視線を向けて来る。
「だったら慧さんのような高校生なら良いんですか? その三年間の違いって何なんですか?」
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