とある邪教徒が聖女様の下僕をしている理由
神聖皇国トレモンドには、各地で起こる様々な問題を解決する聖女と呼ばれる存在がいる。
聖女クリスティーナ。
彼女は、邪神ロキを信奉するデルモニア教団を廃する活動に勤しんでいた。
◆
俺の名はノワール。
黒魔術の叡智を司る神・ロキ様を信仰する敬虔なる信徒の一人だ。
俺は現在、デルモニアに貢献するべく聖女を付け狙っている。
本来であれば、聖女の首を取りロキ様への供物として捧げるべきところだが、俺には特別な力がある。
ユニークスキル『テイム』。
この力を使えば聖女を意のままに操ることができる……たぶん。
人に使ったことはないから分からない……。
しかし! 聖女を傀儡にできれば、奴をただ殺すより遥かに組織へ貢献することができるだろう。
今はまだ下っ端だが、教団幹部にまで上り詰めるのも簡単だ!
勢い余って教祖になっちゃったりして♪
現在、聖女はデルモニアの祭事場跡地へ調査に来ている。
バカめ。ここはもう、もぬけの殻だ。
一人になった隙にテイムで貴様を使役してやる!
俺が舌なめずりしている間に、獲物は尻尾を見せた。
「もう訳ありません、少しお花を積みに……」
――そら来たぁ!
俺は、木陰の方へ移動する聖女の後をつける。
聖女が立ち止まり、周囲に人が居ないことを確認したところで――。
「くらえ! テイム!」
「スキル返し!」
あぇ???
「ふふふ。ここ数日、わたくしをストーキングするド変態がいると思っていましたが……遂に尻尾を掴みました」
「くっ! 誰が変態だ! ふ、ふざけやがって!」
「黙りなさい!」
「……?!」
――言葉が出ない!
まさか、ユニークスキルを反射できる秘技があるとは……。
「貴方はいったい何者かしら?ただの変態?それとも、怪しげな神を信仰する狂人だったりして」
――ロキ様は怪しげな神などではない!
咄嗟に言い返そうとするが、言葉にならない。
まさか人間に対するテイムの効果がこんなにも強力だとは……。
「あら、何を黙っているの?」
――お前が黙れって命令したんだよ!
だが、奴はテイムの能力を知らないとみた。
今のうちに逃げてやる!
「待ちなさい!」
ぎゃあああ!! 動けん!
どうする……どうしたらいい!?
「あらあら、本当に待ってくれるなんて……随分と律儀な方。それにしても、いい加減に何か喋りなさいよ。殺すわよ?」
「だから、お前が黙れって命令を……! あっ、声が出せた!」
テイムで使役した対象に、命令を重ね掛けることはできない。
『待て』という命令は、『喋れ』という命令に上書きされていた。
「あら、何? わたくしの命令を律儀に守っていたの?」
「…………」
下手な事を言って情報を与えるのは危険だ。
幸い、奴はテイムの効果を知らない。
なら、何も知られぬうちに逃げるしかない!
てか……さっき俺、殺すって言われなかった??
聖女と呼ばれているはずの目の前の女から発せられるやけに刺々しい圧を前に、俺は本能的にジリジリと後ずさった。
だが――。
「止まりなさい。わたくしから逃げられると思っているの? 聖女の名は、伊達ではないのよ」
ま、まずい……また命令がっ。
「ふ~ん……。さっきも面白い格好で立ち止まっていたけど、もしかして、さっきわたくしが反射した貴方の魔法の効果? テイムって言ってたわね。魔法にかかった対象へ、何でも命令できてしまうとか?」
「知らんな。なんだ、そのテイムってやつは?」
「あっそう……。三回転して豚の鳴き真似をしてから、わたくしの靴を舐めなさい」
――コイツ本当に聖女かっ!?
俺の体は制御が効かず、言われた通り、華麗に三回転をきめる。
「ブヒィィィ!!」
完璧な豚の鳴き声を披露すると、地を這い聖女の靴に舌を伸ばした。
ペロペロペロペロペロペロペロペロッ!
「ふふっ……あははははは!」
聖女は俺を見下ろして、悪辣な嗤い声を上げた。
その口元は心底愉しそうに横に裂け、俺という下等生物をこれでもかと嘲笑している。
頬はほんのりと赤く染まり、妙な艶っぽさがあった。
こ、こいつ……やべぇ。
「よしよし。そのまま平伏しなさい」
これでもかと靴を舐め回したところで、ようやく俺は靴舐めの刑から解放された。
「もう……殺してくれ……」
「ふふ……ふふふ。最高じゃない! もう一度、靴を舐めなさい!」
――無慈悲過ぎる!!
ペロペロペロペロッ!
この日、俺は人間としての尊厳と全ての権利を聖女によって剥奪された。
◇
ひと月程前、わたくしこと超絶天才美少女クリスティーナは、従順なる下僕を手に入れた。
「おい、下僕。水を取ってきなさい」
「はい……」
下僕は憎々しげな顔をしながらわたくしの言葉に従う。
日々、聖女として愚民どもから都合よく祭り上げられるわたくしだけど、それと同時に敵も多い。
わたくしには、心から信頼できる人間がいなかった。
ありのままのわたくしを見せることができる存在も――。
そんなところに、完全なる支配下における人間が現れた。
邪教徒ノワール。
彼は、わたくしを利用しようと襲いかかってきた不届き者だ。
彼は、スキル『テイム』をわたくしに放ったが、わたくしは聖女の秘技『スキル返し』により効力を百倍にして跳ね返した。
それ以来、彼はわたくしの側仕えとして働いている。
「遅いわよ。水ぐらいコンマ1秒で持ってきなさい」
「無理だわ! ……ところで、俺はいつになったら解放される?」
「本来であれば死罪のところ、わたくしの慈悲によって罪を揉み消してやったというのに……。随分な物言いじゃない?」
「そんなこと頼んでないんだよ。というか、聖女が悪事の隠蔽をするな!」
――変なところで常識的なことを言うのよね……。
ノワールの経歴を調べたところ、彼は孤児だった。
元々は孤児院にいたが、邪教団の構成員に引き取られ、半強制的に教徒としての道を歩まされている。
生い立ちを考えれば、不憫とも言えるだろう。
また、彼は構成員として、怪しげな教本配り以外の活動をしていないことも確認した。
わたくしへの不埒はあったが、それは下僕として仕えさせることで帳消しだ。
念のため、教団について尋問したけれど、末端の彼が知っていることは何もなかった。
「ねぇ、下僕。わたくしが白といえば黒も白くなるのよ。常識でしょ?」
「そんなこと聞いたこと無いわ! よくそんなんで聖女名乗ってるな……」
「…………好きで名乗っているわけではないわ」
わたくしは、生まれた瞬間から聖女になるべくして育てられた。
皇国は、人々に称えられ、平和の象徴となる存在を求めていた。
そのために作られたのが聖女クリスティーナ。
幼少期から、あらゆる分野の英才教育を受け、成長すると国中で発生する問題を解決するのに奔走させる人型の兵器。
わたくしには、心休まるときは無く、心を許せる人もいなかった。
どんな形であれ、信頼できる誰かを欲していた。
だから――。
◆
俺の名はノワール。
聖女の下僕をやっている。
聖女に囚われてから1年。
俺は、未だに彼女と共にいる。
初めは、聖女が何をしたいのか理解できなかった。
邪教徒を使用人みたいに使って何をしたいのか、何を考えているのさっぱりだった。
だけど、少しずつ彼女との時間を共にすることで、わかることがあった。
きっと、彼女は寂しいのだ。
愚痴を言える話し相手がほしい。
理解者が欲しい。
ただの我が儘な女の子なんだ。
彼女にとって、なんでも言う事を聞いて、気を遣う必要もない俺は都合が良かったんだろう。
「下僕。水を――」
「ほらよ。」
「……言う前に用意しないでよ。…………ありがと」
「どういたしまして」
最近は、何をして欲しいのかが表情やタイミングで分かるようになってきた。
ツンケンした口ぶりも、不安や照れを隠す手段なのだとわかれば可愛いものだ。
今日は、デルモニアの本拠地へ攻め入り、本格的な教団解体に臨む。
自分の古巣だが、知れば知るだけ下らない組織だった。
耳当たりの良いことを言って無知な人間を騙し、あくどい商売をしている。
聖女と共にいる中で、嫌でも真実の情報が入ってきた。
今は、聖女と共に、騙されて信徒になった人々をどのように救い出すか話し合っている。
「時間をかけて現実を受け入れさせるしかない。教団の教えには無理があるから、特別なことをしなくても一般社会で暮せば少しずつ洗脳は解けるよ」
「教団は信徒が多すぎるのよ。簡単に全員を社会へ放り出すわけにいかないわ。それに、わたくしの方で手を打たないと、信徒というだけで国から重い罰を課せられる」
「聖女が白といえば黒も白、だろ? そこは頼むぜ、聖女様」
「なぁに、その頭の悪そうなセリフ。やめてくれない?」
「お前が言ったんだよ!!」
「ふふっ……。さて、それじゃあ行こうかしら」
「全く……。気を引き締めろよ」
「ええ、しっかりわたくしを守りなさい」
「ああ、俺はお前の下僕だからな」
その日、デルモニア教団は聖女によって解体された。
◇
ノワールと出会って2年。
彼は、今日もわたくしの隣にいる。
「下僕、お腹が空いたわ」
「はいはい。スコーンでいいな。コーヒーもか?」
「…………うん。砂糖も。」
「分かってるよ」
彼は、とても良くわたくしに仕えてくれている。
細々としたお願いから、面倒な仕事まで、何だってやってくれる。
でも、それはテイムのおかげなのだと思うと、胸が痛む。
彼は、テイムの効果が切れたら、わたくしから離れていくのだろう。
わたくしだったら、こんなプライドが高くて偉そうな女は嫌だ。
聖女として厳しく育てられるうちに、わたくしは自分以外の人間をナチュラルに見下す癖が付いた。
相手は自分より愚かで弱い存在。
だから、わたくしが守ってやらなければならない。
そう思う事で、聖女という責務から逃れようとする自分を律していた。
でも、きっとこんな考えは間違えてる。
本当はわたくしだって沢山の人に支えられて生きているんだ。
頭で理解しても、それでも、染み付いた習性のようなモノは簡単に捨てられない。
――ノワールは凄いわ。
邪教団による洗脳教育を受けていたにも関わらず、彼の根本にある倫理観は大きく歪んでいない。
生まれ持っての心根なのだろうか?
だとしたら、わたくしの心根は、どうしたら良くなるんだろう。
「持ってきたぞ聖女」
「ええ。そっちのテーブルに置きなさい。二人で食べましょう」
「今日は良いや。話し相手にはなってやるから、一人で食えよ」
そう言って彼は、わたくしのいるテーブルにティーセットを置いた。
――あれ?
わたくしは今、確かに別のテーブルに置くように命令した。
なのに――。
「なんで?」
「いや、昼に結構食べたし」
「そうじゃなくて! ……わたくしの命令が!」
彼は、本気で何を言われているのかわからないという顔で首を傾げる。
それから、「ああ」と、何でもなさそうに彼が言った。
「テイムなら、とっくに切れてるぞ。気づいてなかったのか?」
気づいているわけがない。
ずっと彼は、わたくしの言うことをなんだって聞いてくれていた。
「じゃあ、なんで……?」
「『なんで』って何?」
「いや……だから……。どうして、一緒にいてくれるの?」
彼は、わたくしの言葉に呆れたような顔をした。
◆
俺の名は、ノワール。
聖女様とやらの世話役をしている。
この聖女とかいう奴は、とんでもなく我が儘で手が焼ける女だ。
なんでもかんでも頼んでくるし、嫌なことがあるとウジウジする。
人前では猫を被っているが、本当は口が悪いし、そのくせ繊細な心を持っている。
今も、俺の前で泣きそうな顔をしていた。
「ハァァァァァ……」
思わず溜息が出る。
いや、俺も悪いか。
さっさと、ハッキリ言っておけば良かったんだ。
「あのさぁ、クリスティーナ」
俺が名前で呼ぶと、彼女はビクッと肩を震わせた。
俺も俺で、流石に照れくささがある。
ずっと名前で呼ぶのは避けていた。
それが彼女にとって特別なことだと分かっていたから。
だから、特別な時まで、名前では呼ばないと決めていた。
それが、今だ。
「たしかに、ハッキリ言葉にしてなかった俺も悪いけど、流石に2年も一緒に居て、そのセリフは酷いぞ」
「え?……え?」
「俺がここに居るのは、お前と一緒に居たいからに決まってるだろ」
「にゃっ!にゃにを!?」
噛み噛みだな……。
かなり照れくさいけど、言うしかねぇ。
「俺はクリスティーナが好きだ! だから、テイムなんてなくても、お前の側に居続ける!」
◆◇
神聖皇国トレモンドには、各地で起こる様々な問題を解決する聖女と呼ばれる存在がいた。
聖女クリスティーナ。
彼女は、とある青年と共に、穏やか日々を過ごしている――。
(了)
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