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偽りの姫は辺境の地で花開く 【全年齢版】  作者: 七緒菜生(ななな)


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6.偽りの姫は異国の世継ぎから事情を聞かされる

 はっと身を強ばらせたリリーシャが瞬くと、そこは知らない場所だった。

 まず目に入ったのは、花模様が刺繍された天蓋だった。その刺繍や縁取り、色遣い一つをとってもガネージュとは違う。繊細で柔らかな、ガネージュにはない意匠だ。


 頬に手を当てたリリーシャは、自分が大広間で気を失ったことを思い出した。

 身体のどこにも痛みはないから、きっと受け止めるなりしてもらったのあろう。どう考えても、明らかに失態だ。いくら衝撃を受けたとはいえ、仮初めにも一国の姫として情けない。偽りの姫だから、きちんと謁見も果たせないのだろうか?


 そんなふうに思って唇を噛んだリリーシャが身を起こすと、寝台に影が差す。

 反射的に怯えた肩が震えたのに、影の主であるその人は首を傾げた。


「起きたか。ああ、そのままでよい。喉が渇いただろう、水を飲むといい」


 アーデンフロシアの若き世継ぎが、そこにいた。

 レイデーアは眩い瞳を細めて、リリーシャにグラスを差し出す。そして、ふと思い直したかのように自らの口元に寄せて一口含んだ。毒はないと言いたいのだろう。そんなことは疑ってもいなかったが、リリーシャはありがたく水を飲み干した。果実と薬草が漬けられていたのか、清涼な香りのついた水が喉を通ると、気分がすっきりとした。


「ありがとうございます。そして、先程は……さきほど、は」


 寝台の傍に寄せた椅子に腰かけたレイデーアは、リリーシャの視線をたどって頷いた。

 レイデーアの背後には、火を灯された燭台がある。つまりは、既に日が落ちているということだ。リリーシャがレイデーアに拝謁したのは、昼過ぎである。

 青ざめたまま切れ切れに謝罪を口にしたリリーシャに、レイデーアは鷹揚な仕種で首を振った。


「よい。驚かせたこちらにも非はあるからな。何も知らせないという取り決めであったとはいえ、姫には酷なことをした。ガネージュのためにその身をさしだすつもりでいたのだろう? 実に悲壮な顔だった。姫は一見儚げなのに、胆力があるな。もうすっかり覚悟を決めた顔だった」


 にこりと微笑んだレイデーアは、ゆったりとした仕種で足を組んだ。

 燭台を背にしたその美貌は、一目見るだけで眠気が吹き飛んでしまいそうなほどに目覚ましい。リーデンバーグの王太子は、よくこの麗しい人に手を出そうなどと考えられたものだ。レイデーアは気さくに振る舞っているが、その身に備わった美は、彼女が口を閉ざすと無意識に畏れを抱かせるほどに研ぎ澄まされていた。


「義兄は、御身が女性だと存じた上で私を嫁がせたのですね」


 リリーシャの確認に、レイデーアはうんと頷いた。いっそ無邪気なまでに軽やかな返答だった。


「どうやら、周辺諸国ではリーデンバーグの大うつけを捕らえたのはアーデンフロシアの王子だと噂されているらしいな。確かに私には弟がいるが、まだ十二だぞ。危うすぎて戦になど出せぬよ。まあ戦場で私は甲冑を着せられていたし、リーデンバーグは武功轟く王太子殿が私のような娘っ子にひっ倒されたのが恥だったのだろうな。そもそも、あの大うつけは私の前で堂々と粗末なものを晒していたのだから、恥も外聞もあったものではないのだが」


 レイデーアがさらさらと述べ立てた話に、リリーシャは瞬いた。


「ああ、安心しろ。私の純潔は守られた。不覚にも裏庭で押し倒されてしまって驚いていたら、突如目の前に醜いものが晒されたのだ。それはもう驚いた。それで反応が遅れていたら、先に大祖母上がお怒りになってしまったのだ」


 はあ、とリリーシャは頷いた。リリーシャの知る噂と照らし合わせるに、大祖母上とは女神のことを指しているのだろう。

 レイデーアの尊厳が守られたのはよかったと思うが、あまりにその口ぶりがあっさりしているものだから、まるで何でも無いことのように聞こえてしまう。


「この辺りでは未だ女王が立ったことはないだろう? それもあって、人々は長子の仇を討ち、あの大うつけを捕らえたのが女だとは思えないのだろう。初めて顔を合わせたとき、リガードも驚いていた」


 そう言って、レイデーアはリリーシャにお代わりの水を飲ませた。


「義兄にお会いになったのですか……?」

「うん。何せ主な戦場はガネージュだったからな。国に帰るついでに顔を見に行った。いよいよ戦が避けられなくなったとき、リガードは細い伝手を通じてアーデンフロシアに手紙を送ってきたのだ。

 その伝手とやらが王太子だった兄ではなく私に手紙を運んで来たのは誤算だったようだが、よい文通友達だったよ。リガードのくれた情報がなければ、戦はもっと長引いていたかもしれない。このことが明らかになれば、リガードは国を売った王太子だと誹られるかもしれないが」


 リリーシャは、度々リガードに頼まれて城下に手紙を届けに行ったことを思い出した。

 リガードはしばしばそのようにして、リリーシャにだけだと言って秘密の頼みごとをした。あれらのうち幾つかは、アーデンフロシアに宛てたものだったらしい。


 リリーシャは、リガードがそんなに早くから国の行く末を見据えていたとは思わなかった。

 ……おそらくは一人で、ずっと密かに動いていたのだ。


 レイデーアはリリーシャの顔を見て、くすりと笑んだ。


「リガードは自分の命を差し出してもいいと思っていたようだが、生憎私はただ命を奪って楽にしてやるつもりはなかった。自国を売り渡す気概と頭を持つ人物を失うのは惜しい。リガードを残せば、ガネージュ復興の謀反を起こす懸念が無いとは言えない。

 だが、それでも私はあの才気が惜しかった。だって、優しいが凡庸な父の代わりにガネージュの軍の指揮をリガードが執っていなければ、とうにあの地は朽ちていただろうよ。リーデンバーグの要求に従いながら、よく抗っていたものだと思う」


 レイデーアは、寝台の脇の小机に置かれていた小瓶から注いだ酒を一口含む。

 その芳醇な香りにか、それとも今聞かされた話の情報量に混乱してか、リリーシャは眩暈を覚えた。


 ……よくよく思い返さなくとも、わかっていたことだった。

 リガードは、リリーシャには何も隠してはいなかった。


 リガードはいつも隠し通路をたどって密かにリリーシャの部屋にやってくると、戦の指揮について意見を求めた。どう思う? と自分の考えを整理するように訊ねられて、リリーシャは懸命に期待に応えようと励んだ。リガードがリリーシャのお蔭でリーデンバーグの裏をかけたと教えてくれたときは、天にも昇る気持ちだった。ただ、リリーシャがそれ以上考えたくなかっただけだ。


 煙草入れのときと同じだ。愛するひとのために何も見ない振りをしていたのは、リリーシャだ。




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