3 左京としらさぎ館
左京が、何もやる気にならず、暇を持て余していたこの頃、親父の本棚に有った古い文学書、言葉の力を信じてやまない文豪たちの本を何となく手に取り読みふけるようになっていた。
まだ常連と呼ばれるには日の浅い「しらさぎ館」に、何度目かに訪れた時のこと。
無口に読書にふける左京の隣の席に、白襟と金ボタンが目立つ制服をきた女子高生が座った。
目の前のカップをずっと見つめていると思ったら、大粒の涙を流し、ついには声も漏らして泣き始めた。
左京はおもわずこう声を掛けた。
「どんなに嫌な最悪な事でも、流れる涙はキラキラと綺麗。いろいろな傷を癒してくれますよ」
女子高生は、涙を拭きながらほんの少し笑顔になって左京の方を向いたが、その表情はすぐに不審そうな視線と呼べるものに変わっていた。
きっと「新手のナンパ?」とでも警戒したのだろう。
それを察した左京は
「涙を一滴おとすと、最高においしい紅茶になるそうです。レモンはその代用品」
と言い換えた。
「……それ、誰の言葉?」
「どちらも、この店の茶葉たちが僕に教えてくれました」
「私はレモンの話しの方が好き」
女子高生はそう答えると、カップの紅茶を勢いよく飲んだ。
この時を境に、彼は誰かを動かすためではなく、誰かを笑わせるために、言葉を使うようになった。
誰かの心を少しだけ軽くするために、言葉を紡ぐようになった。
それからの左京は、店で困っている人がいれば、ふらりと声をかけ、場を和ませるようになった。
怒っている人にはバッタやトンボの話を、泣いている人には豆や茶葉の気持ちを。
美咲は、そんな左京を「言葉の魔法使い」と呼ぶようになった。
だが、左京自身はこう言う。
「魔法じゃないですよ。誰でも使えるんです。ちょっとだけ、相手の気持ちを想像して、ちょっとだけ、変なことを言えばいい。人間って、変なことに弱いんです」
今では、左京は「しらさぎ館」の風景の一部になっている。
彼がいるだけで、店の空気が柔らかくなる。誰かが困っていれば、彼がふらりと立ち上がる。
そして、今日もまた、文庫本のページをめくりながら、誰かを笑わせる言葉を探している。
Ⓒ,2025 泊波佳壱(Kaichi Tonami).




