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喫茶「しらさぎ館」と左京の午後  作者: 泊波佳壱


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2 左京の過去

 こんな常連客の左京だが、彼が初めて「しらさぎ館」に現れたのは、今から三年前の春だった。

 まだ肌寒さの残る四月の午後、店の扉を開けた彼は、どこか所在なげな様子で窓際の席に座り、何も注文せずに文庫本を開いた。

 美咲が覚えているその時の左京には、今のような軽妙さはなかった。

 笑顔もなく、言葉少なだった。

 例えば美咲が「ご注文は?」と声をかけても、「あとで」とだけ答え、じっと本を読んでいるといった具合だった。


 実はその頃、左京はそれまで勤めていた会社を辞めて郷里に戻ってきたばかりだった。

 ふと、それまでの事を振り返る。




 ここは、高層ビルが立ち並ぶオフィス街。

 左京は、高級なスーツに身を包み、言葉を紡ぐ仕事=コピーライターをしていた。


 あるプレゼン会議で、左京は顧客に熱心に説明をしている。

「このプランでは、絶対このキャッチが最適です!」

 それに対し、顧客側からは、

「いゃー、当社の今までのコンセプトからは……」

「隣接プランとの兼ね合いで、ここだけ色を変えるわけにも」

 などなど、ありとあらゆる「理由」で、方向修正を求められる。

 左京自身にはたいていの場合、「明らかにこれなら売れる」そう見通せる手ごたえが有る。

「私が今までの経験と、〇〇の観点から、このキャッチなら行けます。信じてください」

 そんな風に主張しても、そんな主張はほとんど通らない。


 何度もの会議の末に、

「君の粘りと根気には負けたよ。それで決定しよう」

「全て単純明快な回答で、今では充分「売れる」と確信が持てるよ」

「なるほど、こうやってプロは売れる言葉を作り、現実にしていくんだね」

「コピーライターの「名前」が重要なのもうけづけるよ」

 そんな風に満場の合意を得て、実際のパッケージ等の制作に入った。


 その後、実際のサンプルが出来上がってきて、愕然とした左京は、客先担当者に電話を入れる。

「どういうことですか、全然内容が違うじゃないですか」

「いやー、最終稿でうちの専務が思い付きでこのキャッチ考えて、それにしてくれって」

「資料にも上げました20のポイントのうちで、これだと12件もの観点で「ダメ」です、上手くいきませんよ。急ぎ戻してください」

「いやー、無理無理、もうこれに決めちゃったから。あ、安心して。社内的には御社と貴方の名前で通してるから」

「それは困ります。これだったら逆に私の名前は使わないでください」

「えー、そんなこと言うの? 名前出せないんだったら、そちらには何もお金払えないよ。理解してよ」


 こんなことが立て続けに起こり「もう、言葉を売るのはやめよう」と思ったのだ。

 売るための言葉、受け手を激しく突き動かすための言葉。それが見えても、周りにそれが証明できない。

 結局は、どんなに説明しても「本当に伝えたいこと」が伝わらない。

「自分らしい言葉を捨てて、相手のための言葉を飾っても、実らないことが多すぎる」

 ながらく勤めた会社を辞め、言葉をあつかう仕事自体を辞めてしまった。



 そしてある日、ふらりと入った喫茶「しらさぎ館」で、美咲の「こんにちは」という声に、なぜか心が軽くなるのを感じた。

 それから左京は、よくこの「しらさぎ館」に通うようになった。

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