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アルト・ランチェスターという王子2

 旧校舎の美術室に戻り、僕たちはまっさらの紙を広げる。この紙は、アルト王子の原稿用紙と同じもの。幸いにも、学園で支給されたものを使ってくれたおかげで、簡単に同じものを用意できた。


「……それで、どうするんですか? 僕、筆跡はコピーできていますが、内容はそのまま写せませんよ」


 僕が教えてもらっていたのは、アルト王子の筆跡に残る魔力痕を探知するところまで。

 わざわざ原稿用紙を用意しているってことは、フィリア様はアルト王子の〝偽スピーチ原稿〟を作り出し、本物とすり替えるつもり――っていうのは、僕も予想できている。

 でも、あくまで僕が写せるのは筆跡だけ。さて、時間もないし、これからどうするのか……。


「そんなのわかってるわ。下僕は今からアルト様の筆跡で、私が言うことをそこに書いて」


 そう言って、フィリア様は僕にペンを渡して来た。


「……え。でも、それだと内容が全然別ものになるんじゃ?」

「なに言ってるの? 私がなんのために、あんなナルシスト構文を聞いたと思っているのよ。内容は全部、ここに入ってるわ」


 フィリア様は人差し指で自分の頭をトントンと突く。


「!? あの短時間で、暗記したんですか!?」

「そうよ。言い争っていたのも、内容を再度確認するために復唱させていたの」


 ……す、すごい。

 アルト王子よりも、今のところフィリア様の方が一枚も二枚も上手に見える。僕が見る限り、フィリア様の意図には気づいてなさそうだったし……。

 

「あ、わざと内容を変えているところもあるけど、そこはそのまま書いてちょうだいね。それじゃ、いくわよ」

 

僕は深呼吸してペンを握った。すると、指先に宿した魔力がじわりと広がり、見慣れぬ筆の走りが勝手に導かれるように流れていく。


「――新入生諸君、入学おめでとう! エスペランザの未来を導く者、それは――」


僕の字ではない。アルト王子の癖のある筆跡で、僕はフィリア様が発するままを原稿として書き上げていった。


** *


 生徒会長就任スピーチ、当日。

ついにこの日が来てしまった。


 あと二時間後には、大ホールでアルト王子のスピーチが始まる。

 僕とフィリア様は、本番前で慌ただしい生徒会室の前に来ていた。


「ここから先は私ひとりでいいって言ったじゃない」

「そう言われても、心配なんですよ」

「……ふーん? ご主人様を信用していないの?」

「そ、そういうわけでは……。でも、もしヘマをして偽造原稿用紙を調べられたら……」

「下僕の魔力痕が出てきちゃうものね」


 ふふっと笑い、他人事みたいにフィリア様はそう言った。

 

「安心して。もしそうなっても、私に脅されてやったって言えばいいわ」

「……え」

「悪いようにはしないって言ったでしょう。私、約束は守る女よ。私がやりたいことは、スターズの功績ポイントを落とすこと。それ以外が悪い方向に向かうのは、私としても面白くないの」

「……フィリア様」


 てっきり、僕に責任を押し付けるつもりなのかと思っていたが――案外優しい。

 ……ん? いや、そもそも、脅されてやったのは本当じゃないか?


「それで、これからどうするつもりですか?」

「今から原稿をすり替えにいくの。これを返すって名目でね。ほら、外まで聞こえるくらい、生徒会室は慌ただしいわ。どさくさに紛れ込むなら、本番前の今しかないでしょう」


 フィリア様は昨日僕に原稿を書かせたペンをポケットから取り出し、悪戯に微笑む。……あれ、アルト王子のだったのか。いつのまに盗んだんだ。


「フィリア様、いまさらですけど、アルト王子が既に全部暗記してるって可能性はないですか? そうなると、この原稿も無意味になりますけど」

「心配無用よ。彼は完璧主義なの。つまり、より完璧に近いほうを選ぶ。言葉に詰まる醜態を見せる可能性があるなら、原稿を持ってノーミスを選ぶ男よ」


 そう言うフィリア様の背後には、絶対的な自信が見えた。


「あなたはここで指をくわえて見てなさい」

「あ、フィリア様――!」


 僕を置いて、彼女は颯爽と生徒会室の中へ飛び込んでいく。

 ぴしゃりと扉が閉められて、彼女の姿が見えなくなった。僕は扉に耳をあてて、中の会話をこっそり盗み聞きする。幸い、周辺に誰もいなくて助かった。


「おい、フィリア嬢、なぜまた君が現れるんだ! ここは生徒会に関係ない者は立ち入り禁止だぞ!」

「声を荒げないでアルト様。私、これを返しに来ただけですわ。昨日、あの踊り場で間違えてあなたのペンを持って帰ってしまったの」

「ペン? ああ、君が持っていたのか。べつにそんなのいつでもいいのに」

「これを渡したらすぐに出て行きま――きゃあっ!」


 突然フィリア様の甲高い声が響く。続いてなにかがドサドサと大量に落ちていく音が聞こえた。


「ごめんなさい。転んでしまいました。……ああ、書類がバラバラに。すぐに整理します」

「君がやらなくていい。そこには大事な生徒会の資料と原稿もあるんだ。こっちでどうにかする」

「いいえ。私の責任です。少しくらい手伝わせてください。アルト王子は着替え中で、手が放せないでしょう?」

「……めずらしいな。君のことだから、わざと迷惑をかけにきたのかと思ったのに」

「そんな、心外です。私、そんなに暇ではありません」


 ――よく言うよ。

 心の中で僕は突っ込んだ。……どうせ今頃、バラバラの書類を片付けるふりをして、偽原稿を仕込んでいるのだろう。しかもアルト王子は着替え中だなんて、絶好のチャンスじゃないか。なんだか、神までがフィリア様に味方しているように思える。


 しばらくすると、フィリア様は生徒会室から出て来た。

 扉の外で待ち構えていた僕に気づくと、彼女はいつもみたく悪い笑みを浮かべた。


「……スピーチが楽しみね。下僕」


 その言葉と表情だけで、うまくいったのだと察する。

 そして二時間後――そのときはやって来た。


大ホールに集められた全校生徒たち。新入生は「アルト王子を見られるのが楽しみ!」と瞳を輝かせ、僕ら同級生や教師陣は「どんな素晴らしいスピーチをしてくれるのだろう!」と期待に胸を膨らませている。


その中で、僕はひとり冷や汗をかいていた。

スピーチの時間が迫って来るにつれて、嫌な汗がじわりと滲んでくる。

もしバレてしまえば、それこそ僕の学生生活――否、貴族生活は終わりだ。

最後までそれを気にする僕に、フィリア様は何度も「平気よ」と笑っていた。今も僕より前の列に並んで待機しているフィリア様の口の端は、にやにやとつり上がっている。

その表情には、いっさいの不安が感じられない。もはや、その瞬間を今か今かと待ち望んでいるようにすら思えた。


「アルト様よ!」

「我らが生徒会長様の登場だ!」


容易されたステージに、颯爽とアルト王子が現れた。いたる場所から彼への声援と歓声が上がる。

そしてアルト王子の手には、しっかりとスピーチ用の原稿が握られていた。

 


「本年度の生徒会長に就任した、アルト・ランチェスターだ。エスペランザ学園をより素晴らしいものにし、かけがえのない、一生思い出に残る学園生活にするための決意表明を、今ここで行わせていただこう」


 アルト王子が原稿を開く。フィリア様の言う通り、丸暗記ではなく原稿を見ての挑戦だ。

 大ホールには期待と熱気が満ちている。


「我がエスペランザを導く者――それは私だ!」


 堂々とした声で、アルト王子が宣言する。

突然の自己紹介に、大ホールがしーんと静まりかえった。一瞬、みんなポカンとしている。


 本来なら「それは君たちだ」と言うはずだったのに。練習の時は、たしかにそう言っていた。……そう、フィリア様が内容をいじったおかげで、こんなことになってしまった。

 でも、周りの生徒たちにそんな事情が分かるわけもない。だんだんと歓声が広がり始める。

 ……まあ「導く者=アルト王子」っていうのも間違いじゃないし、なにより本人があまりにも堂々としているおかげだろうか。


「うおおおお! アルト様―――!」

「さすが王子様!」

「スターズ最高! かっこいい!」


 会場は大盛り上がりで、拍手と歓声に包まれていく。

 アルト王子もこの反応に満足そうだ。あの様子だと、原稿の内容がちょっと変わっていることに、まだ気づいていない。

 王子は自分の準備は完璧だと思い込んでる。まさか内容をいじられてるなんて夢にも思わないだろう。今はたぶん、完璧にスピーチを読み上げることに集中しているのだ。

 それに――王子は自分を信じている。絶対に、ミスなんてするわけがないと。

それより、この盛り上がりようは予想以上だ。さすが王子様カリスマ性、恐るべし。

 ……もしかして、フィリア様の修正って、実はいい方向だったんじゃないか?


 そのままスピーチは問題なく続き、中盤に差し掛かる。

 今のところ、アルト王子がなにか言うたびに、生徒たちは歓声を上げている状態だった――が。


「本学園が永遠に栄えるため、私は国と学園の繁殖を願い……」


 その瞬間。大ホールにピキンと奇妙な沈黙が走った。

 しーんと水を打ったように静まり返った空気が、ざわざわっと驚きと混乱の声で埋め尽くされていく。


「……今、繁殖って……?」

「いや、聞き間違いだろ……いやでも……」

「学園で繁殖って……生徒会長、さすがにそれは……」


 教師陣までもがぎょっとして固まり、最前列の女子生徒たちは顔を真っ赤にして俯き、男子は肩を震わせ笑いを堪えている者まで様々だ。


「えっ……? な、なんだこの空気は……」


 やっと違和感に気づいたのか、アルト王子は顔を上げ、ざわつく生徒たちを見渡して……次の瞬間、自らの失言に気づいてみるみると顔を赤くした。なんとかその場を誤魔化そうと「国と学園の繁栄を――」と本来の原稿通りに言い直した矢先――。


「あらあらアルト様! もしかして、繁栄と繁殖を言い間違えたのですか~? どちらが本当の主張なのか、教えていただけます~?」


 このまま誤魔化させてやるものかと言わんばかりに、フィリア様が大きな声を上げてアルト王子に話しかけた。


「ば、ばかな! 私は繁殖なんて……」

「そうですよね。王子自ら学園に子孫繁栄の願いをかけるだなんて……前代未聞ですもの!」

「だから、言ってないと言っているだろう!」

「ふふっ。そうでしたか。ごめんなさい。では続きをどうぞ?」


 焦った様子で反論するアルト王子に、これまでのご満悦感と余裕は消えていた。

 次こそ絶対にミスしまいと、王子は原稿をガン見しながら、慎重に言葉を紡ぎ出す。


 ……ああアルト王子、それは絶対にしちゃいけないんです。なぜなら、原稿字体がすり替えられているのだから。

 僕は頭を抱えて、アルト王子から目を離す。自分が書いたのに、見ていられない。


「私はどんな課題も真面目に取り組んでいる。ぜひ、みんなも私に対して毎日の服従を欠かさずに――い、いいや。なんだこれは!?」


 読み上げた後、ようやく王子は原稿のおかしさに気づいたらしい。

 がしっと両側から原稿用紙を掴み、遠目からでも信じられないというようにわなわなと震えている。


「アルト様に服従……?」

「どうしたんだ王子」

「いつも優しい笑顔の裏に、隠しきれない支配欲が?」

「ドSすぎない?」


 最初に上がった彼を称える声は消え、今度は混乱と疑惑の声が広がっていく。

 様子のおかしな王子に教師陣は口をあんぐりと開け、中にはツボに入ったのか笑い出す者もいよいよ出始めた。不敬罪で死ぬぞ、と僕は思ったが、それならフィリア様はとっくに処刑されているだろう。

 エスペランザの王家――否、アルト王子は国民に優しい。不敬になるレベルもそれなりに高いのか。


「私のように毎日の復習を欠かさずに……そう、こっちだ」


 アルト王子は自分の頭に刻まれた真実の文章を声に出すと、耳まで真っ赤にして誤魔化すみたいにスピーチを続ける。


「こ、この学園を卒業するその時、成長した私たちを見て、誰もがこう口にするだろう。〝ここには無数の塵が散らばっている〟と……」

「塵!?」

「それって、私たちがゴミだってこと?」


最後の決め台詞を言い終えた時、三度目のざわつきが起こる。


「無数の星が煌めいている、だ!」


 またもや時すでに遅しで言い直すアルト王子に、フィリア様はにやにやとした笑いが止まらないようだ。それはもう嬉しそうに、初めて見るアルト王子の表情を満喫している。


「繁栄とか、服従とか、塵だとか、このスピーチはなんなの?」

「アルト王子の本音が漏れ出たって?」

「どうなってるの? これ、本気のスピーチ? それとも笑うところ?」


 普段あまりに完璧だからか、少しのミスが大きな騒ぎを呼び起こす。

 しかし、フィリア様もよく、似たような言葉でここまで意味を変えられるものだ。


「み、皆さん、落ち着いて!」


 そんな中、さっと立ち上がったのはセレン様だった。聖女らしい清楚な声が、大ホールに響き渡る。


「アルト様は〝繁栄〟〝復習〟〝星が煌めく〟! 最初からそう仰りたかったのです! 誰にでも緊張からくる間違いはあることです。どうか、本来の意味を読み間違えないようにしてください」

「おぉ、さすが聖女様……!」

「たしかに、すぐ言い換えてたし……」


セレン様のおかげで、場の空気が落ち着きを取り戻しかける。だが、すかさずフィリア様が追撃した。


「あら? 本当にそうかしら? 最初に出た言葉のほうが、本音なのではありませんこと?」


 そうはさせないと言うように、フィリア様が言い返す。わざと観客を煽るその物言いに、周囲は黙り込んだ。

いつもならまた悪女がスターズに突っかかっていると、みんなフィリア様を冷めた目で見つめ、アルト王子の擁護をする流れだが――今回は本当に王子が言い間違えたせいもあってか、みんな、ただ様子を見守っていた。


「う、うふふ……そんなはずはございません」

「最後の塵なんて、つまり、こういうことではないの? 学園ではスターズだけが煌めき、

私たちはその周りをふよふよ漂う埃……。それとも──あなた方もいずれ星屑として散る運命?」

「まさか! とんでもございませんわ! アルト様がそのようなお考えをするはずが――!」


セレン様は必死にフォローを続けるが、次の瞬間、耐えかねたサディアスががばっと立ち上がった。


「ええい見苦しい! アルト! もうなにも喋るなッ!」


 真っ赤な顔で怒鳴った彼の声は、今日いちばんの大迫力だった。……なぜか知らないが、アルト王子よりサディアス様のほうが顔を赤くしている。……なんで?


「塵はまだいい。繁殖だの服従だの繁殖だの……お前はこれ以上口を開くな! いいか、これ以上はな、生徒会の品格に問われるぞ!」


 塵がいちばんよくない気がするし、なぜ繁殖を二度言ったのかわからないが、サディアス様的にはいちばん気にいらなかった間違えなのかもしれない。


「サ、サディアス……! 違うんだ。私は……!」

「サディアス様、落ち着いてください」

「セレン、お前は俺ではなくアルトを止めろ!」


ついに言い争いを始めるスターズを見て、フィリア様が高笑いをする。


「ふっ……ははははっ! もうめちゃくちゃですわ! 全部アルト様の意味不明なスピーチのせいで!」


 アルト王子は完全に言葉を失い、ぐぬぬと唇を噛みしめる。


「まぁまぁ……前代未聞のご挨拶、ありがとうございました。これで間違いなく歴史に残りますわね、アルト様」


フォローしきれなかったセレン様とサディアス様と、見せ場を台無しにした……いや、されたアルト王子。

最後に笑ったのは、悪女のフィリア様。


 ――こうしてアルト王子の生徒会就任スピーチは、学園史に刻まれる大惨事となったのだった。



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