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アルト・ランチェスターという王子1

「ねぇ、下僕って、アルト様に対してどんなイメージを持ってるの?」


 あの後、彼女は僕にこう聞いてきた。


「えーっと……かっこよくて、スタイルもよくて、魔法も剣も扱えて、それなのに誰にでも優しくって……まさに、非の打ち所がない完璧王子って感じですね」


 なんと答えるのが正解かまったくわからず、僕は思っているままのイメージを伝える。

 すると、フィリア様は大きく肩を落としてため息をついた。


「はぁぁ~~~。下僕って、本当に上っ面しか見ていないのね。あのね、教えてあげる。本当のアルト様は、とにかくナルシストで自分大好きなのよ」

「……え、そうなんですか?」

「よく見ていたらわかるじゃない!」


 スターズの三人は眩し過ぎて、そこまでじっくり見ていない。

 というか、フィリア様がスターズを意識しすぎているのだと思う。……口が裂けても言えないが。


「例えば――」


 フィリア様は、やや呆れたように指を折って数え始めた。


「鏡の前で〝今日も完璧だ……〟って呟いてるのを何度も目撃してるわ。窓ガラスに映る自分に見惚れているし、授業中もいちいちやらなくていい派手な剣術や魔法を披露するでしょう」

「……えぇ」


 正直、想像できなくはない。僕は自然と引いた感じの声を発してしまう。


「去年、美術の時間で自画像を描く課題があったじゃない? あの時なんて、背景に自分でキラッキラな光をたくさん描き加えていたのよ。しかも聞いた話じゃ、誰よりも時間をかけていたって」


 言われてみると、去年展示されていたアルト王子の自画像は、ほかのものに比べてずいぶんと華やかだった。

 本人がその絵に劣らないくらい輝いているのでなんとも思っていなかったが、たしかにあれを自分で描いたとなると……なんというか……。


「あの人は自分が大好きで、周りにかっこよく見られる仕草や角度も完璧に自己プロデュースしてる。スターズの中で誰よりも、人からの見られ方を気にしている人なのよ。だからそんな彼に、とっておきの作戦を考えたわ」

「……どんな作戦ですか」


 やっと本題に入った。なんだか僕がすごくドキドキする。


「アルト様、生徒会長に就任したでしょう? 近々、全校生徒に向けてのスピーチが控えているのよ」


 つい先日、アルト王子は生徒会長を決める学年投票で一位を獲得し、その座に就任した。

 そして生徒会長就任スピーチは、全校生徒が注目する一大イベントだ。

……その場を使って、彼女はいったい、なにをしようとしているのか。

 僕が首を傾げていると、フィリア様は唇の端を悪戯っぽく持ち上げた。


「原稿をほんの少し――手直ししてあげるの」

「……手直し、ですか?」


 嫌な予感がした。


「フィリア様、さっき、そんなに派手なことはしないって言ってたじゃないですか! これ、だいぶ大胆だと思いますけど!」


 話が違うと僕は焦る。

 だってそんなの、全校生徒を巻き込むほどのアルト王子に対する妨害行為だ。

 逆に言えば――スピーチはアルト王子にとって大きな見せ場。

 失敗させれば、功績ポイント加点は阻止できたことになる。もちろん、フィリア様の狙いはそこなのだろう。


「そんなことないわ。本当に完璧王子様なら、その場ですぐ対処できるはずだもの! バレなきゃいいのよ、バレなきゃ。それに、本当に少しだけだもの」

「う……本気ですか? どうなっても知りませんよ」

「どうにかなるのは私たちじゃなくて――アルト様よ」


 ほーほっほっほ! と高笑いを上げるフィリア様……。

 絵にかいたような悪女っぷりを見て、僕は軽く眩暈がした。


** *


 フィリア様は、作戦の細かいところまでは教えてはくれなかった。

 単純な流れと、僕にこの時こうしてくれというやるべきことだけを告げ、目的の場所まで歩いて行く。僕はその数歩後ろを重い足取りで追った。


 向かった先は、学園の大ホール──その舞台袖へと続く控え階段の踊り場だった。

 放課後のこの場所は、人通りもなくひっそりと静まり返っている。壁際には、舞台用の背丈ほどもある大きな姿見が一枚だけ立てかけられていた。

 その鏡の前に立ち、スピーチ原稿を片手に読み合わせをしているのは、ほかでもないアルト王子だ。


 声の響きや立ち姿、間の取り方まで一言ずつ確認していて、その集中ぶりはまるで舞台役者のように見える。


「あらあらアルト様、ごきげんよう!」


 鏡越しに映るこちらの姿に気づいたのか、アルト王子はピクリと肩を動かし振り返った。

 予想外の訪問者に、一瞬だけ驚き目を見開いている。


「……君か。急に現れるから驚いたよ」


 それでもすぐに平静を取り戻すのは、さすがアルト王子といえる。


「私も驚きました。放課後にアルト様がこんな辛気臭い階段でひとり練習なさっているなんて。ですが、まあ……こういう場所も、思ったよりお似合いですね」

「……はぁ。なんだフィリア嬢、そんなことを言いに来たのか?」


 嫌味たっぷりの笑みを浮かべるフィリア様に、アルト王子は前髪をぐしゃりと掻き上げ、呆れたようにため息をついた。


 ……しかし、フィリア様の言うことも少し理解できる。

 読み合わせ練習なら生徒会室や、ほかにも適した場所はありそうだ。

 大体ナルシストならそれこそ練習している自分もアピールしそうなものだし、こんな場所でやらないでも……。もしかして、この鏡が重要なのか? たしかにこの大きさの鏡はあまりないからな。

 なんて、他の場所に置いてるのよりも大きな鏡を見ながら、僕は勝手に考察していた。


「そもそも、君こそなぜここにいる。こんな辛気臭い場所は、君には似合わないのでは? それに、君に舞台袖は関係ないじゃないか。明日の生徒会就任スピーチで、君がいるのはあっちだろう」


 アルト王子は、フィリア様に見つかったのが不服そうに、大ホールのステージ下の方向を指さした。

 フィリア様が王子の居場所を知っていたのはきっと……嫌がらせへの執着心だろうけれど。たぶんバレないように、この数日、後をつけていたに違いない。

 それにしても、王子らしからぬ棘のある物言い。王子がフィリア様をよく思っていないのがすぐにわかった。でも……これまで吹っ掛けていたのは全部彼女のほうだと知っているので、当たり前の感情だとも思う。


「ええ。私はこんな場所にもちろん用事なんてないわ。大ホールを越えた先の温室に行こうと思ったら――偶然通りかかった彼の前髪が鬱陶しかったので、切ることをおすすめしていたの。そういえばこの辺りに鏡があったなーと思い移動して来たら、貴方の声が聞こえましたので」


 よくもそんなにすらすらと口からでまかせを。と感心している間に、僕が彼女の言い訳に使われている。

 フィリア様は後ろにいる僕の腕をぐっと掴んで、強制的に自分の隣に並ばせた。その時、ようやくアルト王子は僕の存在に気づいたらしい。どれだけ存在感がないんだと実感させられちょっとショックを受ける。

 ……というか、僕の前髪ってそんなに鬱陶しいか?


「……君は」

「あ、えっと、リアム・ミルトンと申します」

「そうだ。ミルトンくん。魔法の実技授業で見たことがあるよ。すぐに名前が出てこなくてすまないね。生徒会長として全校生徒の顔と名前を、今覚えている最中なんだ」


 アルト王子が僕の名前などわからなくて当然なのに、本気で申し訳なさそうな顔をしている。……なんていい人なんだ。全校生徒の顔と名前だって、覚える義務もないのに。

 魔法の実技授業だって、僕はいつも普通にこなし普通の成績を残して終わる。できないわけでもないし、特別すごいわけでもない、つまらない成績だ。

 補助魔法はほとんど実技テストの課題に上がらないし、得意魔法を披露するテストがあったとしても、僕は地味な魔法しか使えない。アルト王子はきっと、僕がなんの魔法使いかなんて知る由もなければ、興味もないだろう。


「そんなそんな、僕の名前なんて、わざわざ覚えなくたって……! い゛っ!?」


 初めてスターズと会話している。それを自覚すると、急に緊張感が襲ってきた。それがフィリア様にバレたのか、彼女はアルト王子に見えないところで僕の腕を掴む手にギリリと力を入れる。

 普通に痛くて、声が出てしまった。この細い身体のどこにそんな力があるのか。さすが、女子で剣術一位の成績を収めただけある……。


「ミルトンくん、君のその前髪、よく似合っているよ。彼女に無理やり連れてこられたのなら、はっきり断ればいい。自分に自信を持ってくれ」

「え、えーっと……」

「なにを言っているのアルト様。あなた、彼の前髪がどんなものでも実際は興味ないでしょう? 自分だけがかっこよければそれでいいんだから。私は善意で教えてあげているの。今のままでは鬱陶しくて、女の子にモテないわよって」

「そういうの、なんて言うか知ってるかい? 〝よけいなお世話〟……または、〝ありがた迷惑〟と言うんだよ」


 ふたりとも表面だけ穏やかな笑顔を浮かべているが、実際にやっているのは嫌味の応戦だ。アルト王子もいつもよりとげとげしいのは、フィリア様以外の傍観者が僕しかいないのもあるのだろう。


「まぁいいわ。……そうだ! せっかくだから、少しだけアルト様の読み合わせ練習を拝見して行ってもいいかしら? ねぇ、あなたも聞きたいわよね?」


 同意を求めるようにフィリア様に言われ、僕は無言で何度か頷いた。


「明日本番で聞けるのだから、今はいいだろう」

「私、特別感があるものが好きなの。先にアルト様のスピーチを練習でも拝見できるって、とても特別で光栄なことでしょう? だから是非、先に聞かせていただきたわ。……それとも、まだ聞かせられるようなスピーチが完成してないのですか?」

「……なに?」


 フィリア様はアルト王子に近づいて、ニタリとした表情で顔を覗き込んだ。完全に煽っている。


「もう本番は明日というのに! 未だに自信が持てないのですね。だからこんなところでコソコソと練習を! 納得です! あ、なんなら私が文章を考えてさしあげましょうか? 現代文テストの結果も、私のほうが上だったもの。アルト様、私に頼っていいのですよ?」

「……いいや、君の手は必要ないよ。私より成績が上にもかかわらず、生徒会長投票に一票も入らなかった自分の心配をしたほうがいいのでは?」

「私、あなたみたいに他人の目を気にしていないので。それに生徒会長なんて面倒くさいもの。ま、見せ場は多いので功績ポイントを稼ぐには最高でしょうけど」

「……」


 百点満点をあげたいほどの煽りスキルに、アルト王子は完全に苛立っている。そりゃそうだ。アルト王子からしたら、完全に〝スターズだから〟という理由だけで、ここまで言われているのだから。


「……君も、私の練習をどうしても見たいのかな?」

「へっ!? あ、はい。もし可能なら、ですけど」


 突然アルト王子に話をふられて、びくっと肩を震わせつつ返事をする。


「では、私は君のためにやってあげよう。ただし、一回だけだよ。いいね?」


 フィリア様の言うことを聞く形になるのは、アルト王子のプライド的に避けたかったのだろう。僕のために練習風景を見せてくれることになった。

 だが、こうなればもう彼女の思うつぼというのをアルト王子は知らない。フィリア様はとにかく、王子に原稿を読ませるのが大事だと言っていた。

 そのために何本もの矢を用意していたらしいが、思いのほか苦戦せずに見せてもらえることに。

 アルト王子からすると、面倒ごとをこれ以上長引かせるほうが時間の無駄だろう。


 こうして強制的に、アルト王子のスピーチ練習の見学が始まった。


「――我がエスペランザの未来を導く者、それは君たちだ!」


 声量、抑揚、間。全部が完璧。

 それなのに鏡をチラ見しては髪を整える仕草が挟まるせいで、格好良さよりナルシスト感が強くなってしまっているのは気のせいか……。

 ダメだ。これまで普通に見えていたのに、フィリア様がアルト王子はナルシストだなんて言うから、それにしか見えなくなっている。

 ちらりと横目にフィリア様の様子を窺うと、彼女は半笑いでその姿を見つめていた。


 そのまま全部読み終わり、僕はアルト王子に拍手を送る。ナルシスト感が強めなのを除いて、内容もすべて完璧。それにいい声な上に聞きやすい。神はこの人にいくつも与え過ぎではないか。


「いいんですけど……もう少し自己アピールを抑えてもよいのでは?」

「わかってないね。演説とは聴衆を魅了するものだよ、フィリア嬢」

「でも自分に酔いすぎると、聴衆が醒めてしまう可能性もあるわ。ほら、今の私みたいに」

「ふっ……君は私がなにをしたって醒めているだろう。私は自分を信じている。いちゃもんをつけて自信喪失させようとしているなら無駄さ」

「おほほほ。自信と自惚れの境目を、アルト様に教えてあげたいわ~。それにほら、私だったら、最初のあの場面――」


 流れるように立ち上がり、フィリア様は鏡前に立って、アルト王子のダメ出しを始めた。身振り手振りをこう直せとか、言葉通りのいちゃもんをつけ始めたのだ。

 アルト王子は「もういいだろう」「邪魔になるから退いてくれ」と言っているが、次第にフィリア様と競い合うかのように、対抗心が熱を帯びて言い合いが続く。

 ……あのふたり、基本的に馬が合わないのか。それとも逆に、妙にいいコンビなのか。


 その時、僕はアルト王子が原稿を床に置いたままだということに気づいてはっとする。


『原稿から手を離した瞬間がチャンスよ。アルト様の筆跡を、魔法で探知して』


 フィリア様に、僕はそう命じられていた。


 それは僕の得意とする探知魔法を応用し、アルト王子の筆跡を一時的にコピーするという任務だった。

 文字には必ず、書き手の魔力痕が残る。筆圧や癖のように微細な魔力の揺らぎが、線の中に焼き付くのだ。

 その痕跡を探知し、自分の魔力でなぞるように再現すれば、あたかも同じ人物が書いたかのように筆跡を再現できる――理論上、そういう仕組みだ。


 これを思いついたのはフィリア様で、僕はとても驚いた。

 補助魔法に特化した僕でさえ、やったことのない応用技。探知魔法が使えないフィリア様がこんなことを思いつくなんて、やはり、彼女は相当魔法学の勉強をしているとわかる。


 そして今日を迎える前に、僕はフィリア様と一緒に、既にこの魔法を試していた。そこで気づいたのは、模倣の効果は一時間ほどしか続かず、一度に真似できる筆跡も一人分が限界だということ。

 さらに長文になればなるほど僅かな歪みが生じ、熟練者が見れば本人のものでないとバレる可能性も高くなる。そもそも筆跡をコピーしても、その文字自体の魔力痕を辿られれば、本人でないのは明らかだ。


 ……つまり、便利ではあるが、危うい一時的なまやかしの魔法。

 それでも成功すれば、じゅうぶんに相手を欺ける。なにしろ、文字に刻まれた魔力痕を探知するなど、滅多に行われることではないのだから。


 相変わらずぎゃーぎゃー言い合っているふたりの様子を窺いながら、僕はそっとアルト王子の原稿に手を伸ばし、探知魔法を発動した。

 

 ――ごめんなさい! アルト王子!


 とんでもないことをしているという自負はある。

 それでも下僕となった今、僕はフィリア様に逆らえない。アルト王子にまでこんな真似をけしかけるような人だ。彼女が本気を出せば、僕なんて一瞬で潰されてしまう。

 

「いい加減もう君と言い合う時間はない! ミルトンくんも困っているだろうし、早く出て行ってくれ」


 ようやく言い合いが終わったようだ。

 僕は咄嗟に原稿から手を離し、何事もなかったかのように後ずさる。


「わかったわ。私ももう、アルト様のスピーチはお腹いっぱい。明日の本番では居眠りしてしまうかもしれないけれど、どうかお気を悪くしないでくださいね」

「君に聞かせるためにスピーチするわけじゃないから、勝手に眠っていればいいさ」

「では、そうさせてもらいます。……あなたも行くわよ」

「は、はい」


 フィリア様は僕が筆跡をコピーできたと察したようで、今度はあっさりと言うことを聞いた。


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