間違えた
「あの三人、調子に乗ってると思わない?」
「え……いや? べつに……」
「思うわよね?」
「お、思います!」
そんな上から凄まれたら、思ってなくても同調するほかなかった。
「特別な才能を持ってるからって、あんな偉そうにして。まだなーんにもしていないのに、まるで国の英雄みたいな顔してるでしょう。気に入らないのよね」
「うーん。でも、セレン様は祈りの儀式で、全生徒に安心感をもたらしてくれていますし、この前学園に不審者がやって来た時は、警備兵より先にサディアス様があっという間に退治していました。魔法の実践で、ひとりの生徒がミスを犯して危うく大惨事になりかけた時は、アルト王子がひとりでそれを対処してくれて――」
話している途中にふとフィリア様のほうを見ると、「それ以上喋るな」と言わんばかりに圧をかけられて、僕は口を閉じる。
「……私も知っているわ。だからあの三人、功績ポイントが上がっていると思うの」
それを聞いて、僕の頭にひとつの可能性が過った。……あまり当たってほしくない可能性が。
「あの、まさかですけど、フィリア様」
「なに?」
「功績ポイントを上げる手伝いって……スターズの功績ポイントを下げる手伝いってわけじゃないですよね……?」
「あら下僕、察しがいいわね。助かるわ」
やはりそうだった。
「あの三人は目立つ機会が多すぎるのよ。アルト様は王子という地位と人気で、一年の頃から学年委員長や各種イベントの実行委員に選ばれ放題。おまけに私が苦手な魔法の授業では無双状態。セレンは聖女の立場で、前期に学園で祈りの儀式という晴れ舞台があるし……サディアスなんて騎士の称号があるから、授業以外でも堂々と剣を所持できる特権付き。……不公平なのよね」
「う~ん……。不公平というより、それがスターズの凄さで、才能なのでは……? それに、フィリア様もじゅうぶんすごいですよ。テストで一位をとったんですから」
しかも、スターズに引けを取らないほど目立ってはいる。……いろいろな意味で。
「それじゃ足りないの。私は功績ポイントでも一位をとる。どんな手を使っても、私がすごいと思い知らせるの」
強い決意の炎を瞳に宿し、その闘志は僕にまでオーラとして伝わってきた。
彼女の瞳が映しているのは、きっと、スターズの三人……。フィリア様にとって、最大のライバルとなる存在。
「……あの、ずっと気になっていたんですけど、フィリア様はどうしてそんなにスターズを目の敵にしているんですか……?」
彼女はみんなに対して態度が悪い。だが、あの三人には特にひどい。
セレン様の祈りの儀式では、学生全員が参加を義務づけられているが、フィリア様は毎回退屈そうにあくびをし、時には堂々と居眠りまでしてみせる。
アルト王子が目立つポジションに抜擢された時も、サディアス様が危機を救った時も、誰もが称える空気の中で、彼女だけは冷ややかな視線や嫌味を忘れなかった。
気に入らないなら放っておけばいいのに、自ら文句を言ったりあからさまな態度をアピールするものだから、よけいに嫌われるのでは……? と思う。
「……あの三人が、私をかわいそうな目で見るから」
「……え」
「彼らは異能が開花していない私を哀れんでいる。……それが、なにより屈辱的だったの」
端から見れば、そんなふうには思えない。
でも、フィリア様だからこそ気づいてしまったのかもしれない。そして、あの三人に勝ちたいと思うようになったんだろう……。
……正直言えば〝ただの被害妄想〟と捉えることだってできる。でも僕は、目の前にいる彼女だけが感じている痛みに、なぜか共感してしまった。
『もっと目立つ魔法が使えたらよかったのに。なんであなたは、全部がそんなにぱっとしないのかしら』
いつかの母の言葉を思い出す。
本人に悪気はなかったかもしれない。きっと、もう忘れているだろう。でも僕はずっと……あの時の光景が、頭にこびりついている。
そして、同時にハッとさせられた。
フィリア様を哀れに思う気持ちは、僕にもあったんだ。
――もしも異能が使えたら、彼女ももっと違った学園生活を送れたのに。
そう考えたことが一度もないとは、正直言えなかった。彼女が最も嫌悪するであろう感情を、僕もまた心の奥底で抱いてしまっていたのだ。……それでも。
「嫌がらせするっていうのは、よくないような……」
本心がぽろっと口に出てしまう。
彼女の言う嫌がらせイコール、功績ポイントを上げさせないための妨害行為。
ただでさえ、フィリア様は学園内で評判が悪いのに――。
「そんなことをしたら、フィリア様自身の功績ポイントに関係するんじゃないですか?」
僕が心配しているのはそこだ。
でも彼女は、にやっと悪い笑みを浮かべて口を開く。
「関係ないわ。功績ポイントは、魔法具が記録する成果で決まるもの。妨害なんて、魔法具は評価項目として感知しないし、相手が失敗すればただ加点されず現状維持なだけ。もちろん、あからさまにやって監督官に見つかれば話は別よ。でも、うまくやれば自分で失敗したようにしか見えないわ。だから私がやっても、功績には響かない……多分ね」
多分なんだ。なんだか不安に感じるが、たしかにフィリア様の言っていることは間違っていない……ように思える。
「大事なのは、本人たちが勝手に失敗するように仕向けること。そうすれば結果を出せなかったのは自分の責任でしょう? 大体スターズなんて騒がれているんだから、ちょっとの妨害くらい自分で対処しないと。これは、私がスターズの才能を改めて試してあげる機会よ。結果的に本人たちの成長にも繋がるわ」
なるほど……いや、なるほどじゃない! どこがだ!
そんな危険な真似をスターズ相手に仕掛けようと思う者など、彼女以外いないだろう。普通ならあんな天才相手にしたら返り討ちにされて、それこそ監督官に突き出されてジ・エンドだ。
しかし、フィリア様なら……実際にうまくやれる可能性があるのが恐ろしい。
「う……で、でも……」
「……あなた、私の下僕よね?」
屈んだフィリア様が、僕の顎をくいっと持ち上げる。笑っているけど、目が全然笑ってない。
「ご主人様の言うことは、聞かないとだめでしょう?」
怖い! でも顔が可愛い! 混乱する!
「フィリア様ならともかく僕なんかが、スターズ相手にそんなことできません! 足を引っ張るだけで……!」
「いいえ。そんなことないわ。ここで過ごしている間、あなたの魔法、じ~っくり見させてもらったもの。下僕の魔法は、すっごく役に立つわ」
フィリア様は今度は嬉しそうににこりと笑って、僕を褒めるみたいに優しい声でそう言った。
……まさか僕を友達――じゃなくて下僕にしたのって、最初からこれ目的?
いろいろいちゃもんをつけてきたのも、僕の魔法の力量を試していた?
「私に協力できないなら、あなたがこの部屋の鍵を窃盗していたこと、全部上に話すけどいいのかしら? 鍵を勝手に盗んで美術室を私物化なんて、立派な校則違反よ? もしかしたら退学かもしれないわね? 調べたけど、あなたの実家は辺境地の男爵家みたいじゃない。退学になれば就職先も一気に減るし、田舎で白い目で見られて、今後の未来どうなるのかしらね~」
「っっ!」
やられた。フィリア様は最初から、僕に断れない状況づくりを完璧にして、この話を持ち掛けてきたのだ。
「大丈夫よ下僕。あなたを悪いようにはしないわ。ただ私の後ろで、サポートしてくれたらいいの」
「……ほ、本当に、それだけですか?」
「もちろん! ふふっ。それにとっても刺激的で、きっと楽しいわよ」
僕にはフィリア様とこうしてふたりでいるだけでも刺激が強すぎるというのに、それ以上なんて、まったく求めていないのに……。
でも、僕は断れない。なぜなら将来を人質にとられているからだ。それに僕が退学になれば間違いなく家族にも迷惑をかけてしまう。
「……わかりました。そのかわり、鍵の件は内緒にしてください。それと、無茶はしないでください」
「そうこなくっちゃ! 実はね、もう作戦を考えているの!」
フィリア様は声を弾ませそう言うと、僕の手を引き立ち上がらせる。
「最初に狙うのは――多分だけど、現在功績ポイント一位のアルト様よ!」
……やっぱり本気だった。
テンションの下がる僕を尻目に、フィリア様は楽しそうに笑っている。
この時、僕は悟った。
――憧れる人を、完全に間違えた。




