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功績ポイント

 二年生の春。

 フィリア様の友達ではなく下僕になって、二週間が経った。

 下僕というから、普段からどれほどこき使われるのかと怯えていたが、彼女は普段の学園生活で僕に絡んでくることはほとんどなかった。


 ……まぁ、僕みたいな地味なやつと一緒になんていたくないか。

 そう思いながら、僕は遠目に彼女を見ているだけだった。……放課後の時間までは。


「今日は赤色の花がいいわね」

「はい。たとえばどんなのがお好みですか? 小さいのとか、大きいのとか。あと赤色にもいろいろありますし」


 この二週間、フィリア様は休日以外はほぼ毎日この美術室に足を運んでいた。そして僕は、彼女が本や資料を読みやすい環境づくりを任されていた。

 そして今日も今日とて、フィリア様の「気分に合う花を探してこい」という命令が下った。気分は赤色らしい。最初はそのまま色だけで判断していたが、指定された色でも気に食わないとやり直しを命じられるため、今では細かく聞くようにしている。


「そうね。……あ、三階の廊下に飾られていたやつと同じのがいいわ。あなた、探知魔法が使えるなら、同じのを花壇から摘んでくるのなんてお安い御用でしょう?」

「……あー、いえ。今回の場合は、一度戻ってその三階にある花を確認しなきゃならないですね」

「……ああ。わかったわ。あなた、花をまだ認識してないのね」


 さすがフィリア様だ。

 探知魔法が使えないのに、その仕組みはよく理解している。

彼女が察した通り、探知魔法で探せるものには条件がある。

 実物を見てしっかり覚えている物とか、直接触ったことがあるとか……あと、持ち主がいる場合は、その人の魔力を一定時間以上そばで感じ取り、魔力痕を辿って見つけるなんて手もある。

 魔法がほとんど使えない人でも、エスペランザ出身ならばみんな僅かにでも魔力を宿しているため、これはどの人に対しても使える。

 ちなみに探知防御の魔法がかかっていたら、そもそも探知ができない。でも、その防御魔法より強い探知魔法を使える場合は、それを突破できるケースもあったりする。


「はい。だから形や色の特徴だけじゃ探知の精度が落ちます。遠くにある場合は特におおよその方向しかわからなくて……」

「それじゃ、まずは校舎に戻って、花を認識するとこから始めてきなさい。行ってらっしゃい下僕」

「……はーい」


 笑顔で見送られて、僕はさっきまでいた校舎にわざわざ戻ることになった。

 明日から、校舎中の花を念のため確認しておこうと心に決めて、僕は指定された花を持って美術室へ舞い戻った。

 フィリア様はノートを広げてなにかを書いていたようだが、僕が来るとそれをやめ、また読みかけの本に手を伸ばす。


 僕が持ってきた花を花瓶に飾ると、フィリア様はそれはもう満足げな表情を浮かべていた。花の赤色が、彼女の髪の色と似ている。この花は、なんだかフィリア様みたいだ。

 

「下僕、紅茶を淹れてくれる? 今日はハーブ系のものがいいわね」


 フィリア様の読書のお供を用意するのも、僕の仕事だ。

 彼女がここへ来るようになって、花の次は紅茶コーナーが出来上がった。いろんな茶葉を用意して、並べて、気分に合わせて紅茶を淹れる。

 これに関してはほとんどフィリア様が実家から持ってきたものなので、僕は言われた通り綺麗に並べるだけで済んだ。


 ほかには……もちろん、掃除も毎日欠かせない。

 窓際の埃を魔法で払い、机を磨き、椅子を整える。

 その間、フィリア様は優雅にお菓子をつまみながら紅茶を飲み、本を読んでいる。

 お、今日はなにも文句を言ってこない。彼女好みの濃さで作るのに、ようやく僕も慣れてきたようだ。


 花を探し、紅茶を淹れ、掃除をして……気づけば僕の放課後は、すっかりフィリア様を中心に回っていた。

 ……下僕というより、完全に専属の使用人では? なんて思ったりする。

 でも、宿題以外特にやることがなかった僕の放課後が、どんどん色濃くなってきているのは、そんなに悪い気はしない。


 それにしても、甘い香りを嗅いでいると、僕も糖分が欲しくなってくる。

 フィリア様はなにを食べているのだろう。


「下僕」

「は、はい」

「これ、あげるわ」


 急に呼ばれてなにかと思えば、フィリア様が唐突に、自分のために用意していたであろう焼き菓子を渡して来た。

 心を読まれたような気がして、ドキッとする。


「紅茶を淹れるのが上手になったご褒美よ」

「いいんですか!?」


 早速、その場でお菓子を食べてみる。

 香ばしい匂いと、ほんのりとしたバターの甘み。誰かにこうしてお菓子をもらうなんて、いつぶりだろう。


「めちゃくちゃおいしいです。フィリア様、ありがとうございます!」

「ふふ、大袈裟ね。こんなご褒美で喜ぶなんて、普段なにを口にしているの?」


 そう言いつつも、フィリア様は僕の反応を見ておかしそうに笑みをこぼしていた。

……たまに、こうやって年相応な可愛らしい笑顔を見せる彼女。

 こんな姿は、ほかの誰も知らないだろう。そう思うと、下僕の生活も悪くないと思えたりする。――そう、この時まではたしかに思えていたのだ。


「ねぇ下僕。あなたに協力してほしいことがあるの」


 さらに一週間が経ったある日、いつも通り旧校舎の美術室で過ごしていると、フィリア様が突然そう言った。


「……協力? 僕にですが」


 一方的に命令するわけではなくわざわざ確認を取って来るなんて、よほど重要なことなのだろうか。


「そうよ。あなたにしか頼めないわ。私に協力してくれるわよね?」

「僕にできることならしますけど――なんに協力するんですか?」

「するかしないかだけ、先に言えばいいの」


 これは怪しい。後ろめたいことがなければ、先に内容を言えばいいだけだ。


「内容がわからないのにオーケーはできませんよ」

「意気地なしね。……ざっくり言うなら、私の功績ポイントを上げるための手伝いをしてほしいのよ」

「功績ポイント、ですか」


 この学園では、〝功績ポイント制度〟という独特な評価方法が採用されている。

 授業での成績や課題への姿勢、学園行事での活躍――学園で行われるすべての〝公式活動〟が、魔法具によって自動で記録され、点数化される仕組みだ。

 卒業前に一度だけ発表される「総合一位」は、王都でも注目される栄誉の座。

 一位の者には進路の優遇や王族からの援助など、将来を左右するほどの特権が与えられる。


 評価の基準はあくまで〝結果〟だ。

 いくら努力しても、成果が形にならなければ加点されない。だからこそ、実力ある者ほど有利で、逆転はほとんど起こらない。

 ……まして今期は、“スターズ”と呼ばれる三人の天才がそろっている。そのためみんな、一位などもとより狙っていない。

 むしろ三人の中で誰が一位を取るか予想するほうで盛り上がっている。そんな中で――。


「私、一位をとりたいの。一位をとって証明してやるわ。私はスターズよりもすごくって、この国で一番の希望なんだって」


 僕のほうを見ず、フィリア様は、ただ真っ直ぐに前を見据えてそう言った。

 実際に、彼女は一年度の学年末テストで成績だけなら首位をとっている。口だけではないのだろう。

 ただ、突出した才能を持たないフィリア様は、功績ポイントを一気に上げるような見せ場は、スターズより圧倒的に少ない。


「……やっぱり、フィリア様はかっこいいですね」

「え?」

「だって今年はスターズがいるから、誰も一位を取ろうなんて考えていません。でもフィリア様は実際にそれをやろうとして、しかも、有言実行に向かっている」

「当たり前よ。心に抱いた想いは、形にしてこそ意味がある。行動に移さなければ、それは単なる妄想よ」


 きっぱり言い放つこの彼女の言葉は、きっとこの世界に生きる何人にも刺さる言葉だった。


「……あなたもそう思ったから、あの日、私を引き止めたんじゃないの?」

「……えっ」

「私、すごく驚いたの。私を見て終始おどおどしていただけのあなたが、私を脅してまで〝友達になってって言ってきたのが」


 脅しって、人聞き悪いな。

 でも、事実だからなにも言い返せない。

 ――言われてみると、あれは僕にしたらものすごく大胆な行動だった。普段なら絶対にできない。できないから、未だに友人がひとりもいない。

 それでもなぜか、あの時は、言わなきゃダメだと思った。それは相手が……憧れていたフィリア様だったから。

 僕は彼女との時間を、あの日の奇跡だけで終わらせたくなかった。


「そうまでして、私と友達になりたかったのよね?」

「ま、まぁ……はい。……結局、なれてませんけど」


 最後にそうぼそりと呟くと、彼女はふっと小さく笑った。


「この一年間、私に尽くしてくれたら――卒業後、正式に友達になってあげるわ!」

「……えっ。いや、でも、僕は在学中に友達を作りたくて」

「在学中は下僕でいいじゃない。それに私が功績ポイントで一位をとれば、将来が約束されるのよ。友達になっておいて損はないと思うわ。それに私、友達を作らない主義だから、私の唯一になれるのよ」


 卒業後もフィリア様と付き合いが続くのか……向こうがどこまで本気なのかは分からないけど、まぁ悪い話じゃないかもしれない。

 功績ポイントを上げる手伝いなんて、勉強の補佐や剣術の練習相手になったり、魔法を披露したりする程度だろうし。


「……わかりました。そんなに言うなら手伝います。ただ、僕がフィリア様よりできることなんて、補助魔法くらいしかないですよ」

「それができればじゅうぶんよ!」


 よほど嬉しいのか、フィリア様の声が僅かに高くなる。……弾んだ声が、ちょっと可愛い。


「じゃあさっそく始めましょうか。スターズへの嫌がらせ」

「はい……って、え?」

「聞こえなかった? 嫌がらせよ。スターズにい・や・が・ら・せ」

「……はい?」


 この人はなにを言っているんだ。

 僕は率直にそう思い、床に座る僕の前に立ちはだかるフィリア様を見上げて首を捻った。




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