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未来の話

 リアム・ミルトン。

 僕は79歳で、その人生に幕を下ろした。


 長い人生だったと思う。

 学園を卒業し、僕は実家業を手伝いながら、学園の先生のツテで少しずつ魔法の仕事を増やしていった。

 与えられた仕事で成果を出すと、どんどん大きな役目を与えられるようになって――僕の補助魔法は、それなりに誰かの役に立てただろう。

 男爵家はマリエルと、彼女の息子に任せておけば安心だ。

 最期は苦しまず、安らかに眠るように死ねた。


 僕は僕なりに生きて、幸せだった――うん。そういうことにしておこう。


「……で、ここどこだ? ていうか、なんか若い!」


 死後。

 僕は真っ白なよくわからない空間に立っていた。目に見える自分の手には皺ひとつなく、なぜか懐かしい制服を身に纏っている。

 鏡がないから確認のしようがないが、学生時代に戻ったような気分だ。……いいや、実際そうなっている気がする。


 ここが、死後の世界ってやつなのか。


 どこに進めばいいかわからず、ただ目の前を突き進むと――光の向こうに、見覚えのある深紅のロングヘアが見えた。


「……やっと来たわね。下僕」

「……フィリア様……!?」


 この何十年間、一度だって、彼女を忘れたことはない。

 僕の人生で唯一憧れ、恋をして、愛した女性。

 フィリア・ヘイズが、当時の姿のまま、制服を纏って笑っていた。


「ど、どうしてフィリア様が……」

「もう、せっかくの再会なのに、驚く前に喜びなさいよ。……というか、下僕もその姿なのね」

「え?」

「死後の世界では、人生でいちばん楽しかった時の姿になるらしいわ」


 彼女の言葉を聞いて納得する。

 たしかに――僕の人生でいちばんかけがえのない思い出は、あの学園で、彼女と過ごした時間だ。


「フィリア様は、なぜここに? 死後の世界に、ずっといたんですか?」

「……そうよ。悪い?」

「まさか、ここはゴールがないとか?」

「いいえ。光が強くなるほうを歩いて行ったら、ちゃんと生まれ変われるわ。この先に光の道があるでしょう? 地獄に行く人は、その光が見えないみたい」


 それじゃ、光が見えている僕は、地獄に行かずに済んだようだ。


「……それで、その光の道を一緒に抜けた相手とは……同じ世界に生まれ変われるらしいから……だから……」


 急にフィリア様がもじもじとして口ごもりだす。

 僕はその様子を見て、彼女がここにいる意味を察した。


「……フィリア様。僕が来るの、ずっと待っててくれたんですか?」

「!」


 彼女はなにも言わなかった。でも、真っ赤になったその顔が、もはや答えを言っているのと同じだった。

 胸がきゅうっと締め付けられ、中心からじんわりと温かさが広がっている。

 現世で止まってしまった心臓が、死後の世界でまた強いときめきを覚えた。


「ありがとうございます。フィリア様」

「……」

「ずっと、あなたに会いたかった」

「……うん」

「……会えて嬉しいです」

「……うん。私も……」


 本当にまた会えた。

 ようやく実感がわき、僕は今すぐにでも抱きしめたい衝動を抑えながら、俯く彼女に優しく微笑んだ。


「そ、それより私、下僕に会ったら聞きたいことがたくさんあったのよ!」

「はい。なんですか?」

「どうして結婚しなかったの!? チャンスなんていくらでもあったじゃない! 私、幸せになってって言ったはずよ!」

「……なんで知ってるんですか」


 そう、僕はこの人生で、生涯独身を貫いた。


「なんでって……ここからは、見ようと思えば見えるのよ」

「なるほど……じゃあ、ずっと見られてたってことですね。それなら、よけいにしなくてよかったです。僕には忘れられない人がいたので、その状態で誰かと結婚するなんて無理だったんですよ」


 貴族に生まれながら結婚しないなんて、両親をずいぶん悩ませたけれど――なにを言われても、僕はするつもりがなかった。

 僕の幸せは、結婚することじゃない。


「僕の幸せは、好きな人を想い続けて、彼女の願いのために、人生を全うすることだったので」

「……下僕」


 フィリア様の瞳が大きく揺れる。再会して早々告白をしてしまった。でも、ずいぶん待たされたからいいだろう――なんて思っていたら。


「そ、そんなに好きだった人がいたのね」

「え!?」


 どうやら彼女は僕の気持ちに気づいていないらしい。

 そんなのアリか? フィリア様より、僕のほうがまだわかりやすかったと思うのだが……。


「あ、あと、どうしてアルト様たちに日記を見せたの!? あんなの頼んでいないわ!」


 逸らすように、フィリア様が別の話に移る。

 でもこの話は、彼女にとっては重要だろう。


「すみません。でも、どうしても僕が納得できなかったので」

「セレンの秘密がふたりにバレて、見てられなかったわ!」

「大丈夫ですよ。あの後開き直って、アルト王子とサディアス様に自分の妄想を現実にしろーって迫って、物凄く楽しんでましたから」

「そ、それはそうだけど……!」

「それに――結果オーライじゃないですか。……災厄は、アルト王子が無事に倒しましたし」


 フィリア様の死から五年後。

 僕のタイムカプセル作戦は無事に成功し、真実を知ったスターズの三人。

 彼らがそれぞれなにを想っていたか、僕にはわからない。それでも、エスペランザ王立学園にひそむ災厄を彼らは倒した。


「……ええ。そうね。ちゃんと見ていたわ」


 あれはフィリア様への贖罪だったと、僕は思う。


「あの、フィリア様。次は僕からも質問していいですか? 日記の最後に、僕に言いたいことがあるって書いてましたよね?」


 あれって、なんですか。

 そう聞くと、フィリア様は一瞬時が止まったみたいに停止して、そのあと真っ直ぐに僕を見つめた。


「そうだった。私、これが言いたくてあなたを待ってたの」


 なにを言われるのだろう。まったく想像がつかない。


「……私ね、あんな運命でなければ、あの時の返事をやり直したいってずっと思ってた。だからその……私と、友達になって!」

「……え」


 僕らが出会った日、僕があの美術室で言ったその言葉を、まさかフィリア様からそのまま返されるとは。


 でも今の僕は正直――いまさら〝友達から〟なんて関係じゃ、満足できそうにない。


「ええっと、すみません。それは難しいので……」

「えっ!? ……そ、そうよね。一度断ったのに、そんな都合いいこと――」

「〝恋人前提〟で、友達から始めませんか? フィリア様」

「……え、えっ!?」


 来世で一緒に生まれ変われるなら。

 もしこの記憶を消されても、僕は必ず思い出し、あなたのところへ飛んでいく。


 やっと僕の気持ちを理解したのか、フィリア様は目に涙をいっぱい溜めて、差し伸べた僕の手を握ってくれた。


「……よろしくお願いします。リアム!」


 ――ああ、やっと、彼女が名前を呼んでくれた。


END


お読みいただきありがとうございました。

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