最後の仕上げ
冬季休暇が終わり、ついに後期が始まった。
あと少しで、僕の学園生活は終わる。寮から出たら田舎に戻り、もう王都に来る機会も減るだろう。
残り少ない日々で、できるだけフィリア様と思い出を作りたい。
そう思っていたのに――彼女は、休み明けから美術室に来なくなった。
学園で姿を見かけることはあっても、話す機会はない。
もうこんな時期だ。スターズへの嫌がらせももう終わったのだろう。つまり、僕の〝下僕〟としての役目も終わったのかもしれない。
「卒業制作、もうすぐ完成らしいぞ」
「今年はなにができるのかしらね」
「それより最後のテストがもうすぐだろ。功績ポイントの首位、誰が取るんだろうな」
「テストの結果次第では、あの悪女がトップの可能性もあるようね」
最近の学園は、そんな話題で持ち切りだった。
この学園には、卒業生全員でひとつの作品を創り上げる伝統行事がある。
テーマは〝未来への願いをこめた創作物〟。
生徒会とは別に立候補制で卒業制作委員が存在し、どんな作品にするかは彼らが決めている。僕ら一般生徒は、卒業式前の完成披露まで結果を知らされない仕組みだ。
僕を含めた他の生徒たちはそれぞれ小さな素材を渡されて――「これを磨いて、指定された色を塗って提出してください」とだけ指示された。あれがいったいどんな作品になるのか想像もつかない。
もう提出期限は終わっているので、制作委員は今頃仕上げにかかっている頃だろう。
――その前に。短い後期の中で最初にやって来る嫌なイベントは、最終テストだ。
この一年……いいや、学園で過ごした二年間の集大成といえるテストは、難易度もこれまでより群を抜いて難しかった。
筆記は魔法学以外はまったく自信がなかったが、思ったより点数が落ちなかったのは救いだ。
最終実技は、これまでと違い自由魔法だった。
僕は補助魔法の精密操作を使って、とある小さな現象を生み出すことに挑戦した。
用意したのはガラスの器だ。その中の水を細かく振動させ、空気中に微細な霧を漂わせる。そして、差し込む光の角度を正確に整えて、屈折と反射のバランスを魔力で調整すると――器の上に、小さな人工の虹が浮かび上がった。
「わあ……綺麗!」
「光を歪ませて虹を再現したのか。繊細なのにすごい精度だな」
これまで誰にも注目されなかった僕の魔法が、初めて称賛を受けている。教官の表情も満足げだ。
――フィリア様も、見てくれただろうか。
この魔法に挑戦したのは、ただ彼女に虹を見せたかったから。それだけの理由だった。
周囲を見渡してみるも、見慣れた深紅の髪の毛は見えない。彼女は剣術の実技が控えているから、ギリギリまで練習しているのかもしれない。それでもどこかで見てくれていたら……最後まで、そんな期待を抱いていた。
** *
テストの結果は、これまでと一緒――ではなかった。
まさかの筆記と実技の結果が、アルト王子とフィリア様が同点だったのだ。
初めての同率一位。点数的に、フィリア様が下がったとは思えない。これまでフィリア様に負けていたアルト王子が、最後というのもあってかなり気合を入れて挑んだのだろう。
「ああ惜しい。でもこれで、君の単独首位は阻止できた」
テスト結果を見に来たフィリア様に、アルト王子がそう言った。しかし、彼女はなにも言い返さずにその場を立ち去った。
……後期になってから、どうも様子がおかしい。誰とも関わろうとせず、ずっと孤立している。自らそれを選んでいるかのようだ。美術室にも相変わらず顔を出さない。
二月の終わり。明日から卒業式の予行練習が始まるそんな中、僕たち二年生は中庭に集められていた。
今日は、ついに一年間の功績ポイント一位が発表され、そして卒業制作の完成品が初めてお披露目される日だ。
寒さを感じる季節だったが、火魔法で作られた屋外暖炉のおかげで寒くない。ほどなくして用意された壇上に、学園長が現れた。
「これよりこの場で、功績ポイント一位の生徒を発表する。一位となった生徒には、王家からの表彰に加え、進路への手厚い援助や推薦状の発行など、国を挙げて輝かしい未来を支援することを約束しよう。……それでは、栄えある一位の生徒の名は――」
緊張感が場を支配する。
フィリア様、フィリア様、フィリア様……。
ここまで来たからには…彼女の名前が呼ばれてほしい。そう願い、何度も心の中でその名前を繰り返した。
「フィリア・ヘイズ!」
どよめきと共に、みんなの視線が一点に集まる。僕もすぐさま彼女のほうを向くと、フィリア様は俯いていた顔を静かに上げた。
「……まぁ、当然ね」
大して喜んでもいない。これまで功績ポイント首位を獲った者で、こんな態度の者はいなかっただろう。
――あ。
フィリア様の握られた拳が、微かに震えている。
……緊張してたのかな?
そう思うと、途端に彼女が愛らしく思えた。こんな小さな変化に気づけるようになるほど、僕は彼女を見て来たのだと実感する。
よかった。本当に。これで、フィリア様の目的は達成されたんだ。
スターズの三人、特にアルト王子は物凄く悔しそうにしていた。
「せめて喜んでくれればいいものを。よけいに悔しさが増すじゃないか」
近くにいるフィリア様に形式上の拍手を送りつつ、アルト王子がそんな言葉を投げかける。最大の笑顔と嫌味を返すかと思いきや、やはり今回もフィリア様は無視していた。
反論がないことに、アルト王子もどこか調子を狂わされている気がする。
「……では続いて、卒業制作の発表に移る。制作委員会、前へ」
フィリア様が首位を獲ったからか、功績ポイントの発表は大した盛り上がりを見せなかった。むしろ、スターズの誰かが獲るのを期待していた者がほとんどなので、盛り下がったともいえる。
その空気を察してか、学園長はさっさと次に引き継いで、その場を後にする。
学園長に続き現れたのは、卒業制委員会だ。彼らは数名で布に覆われた〝なにか〟を運んでくる。思ったより大きそうだ。いったいなにが出来上がったのだろう。
「今回は、誰もが納得する素晴らしい卒業制作が完成しました! ……こちらです!」
眼鏡をかけた制作委員長と思われる女子生徒の合図で、ほかの委員が一斉に布を引く。
すると現れたのは――アルト王子、セレン様、サディアス様。〈エスペランザの希望〉と銘打たれた、スターズ三人の銅像だった。
「すごい!」
「まさに未来への願いがこもっているわ!」
どっと一斉に歓声が上がる。
制作委員は僕らが作ったパーツをすべて集めて、スターズの銅像を作り出したのだ。
「これは……すごいな。素晴らしい」
「いいのでしょうか。わたくしたちがこんな形で名誉ある学園に残されるなんて……」
「エスペランザの未来を担うために、一層気を引き締めなければならんな」
スターズもそれぞれ己の銅像を見上げ、感極まっている様子だ。
発表は終わり、好きに解散していい時間となったが、みんな卒業制作が気になってその場から動かない。
「退いて」
そこに響いたのは、フィリア様のひどく冷静な声だった。 なんとなく感じる圧に、おもわず周囲が道を開ける。
彼女はスターズ三人の銅像までまっすぐ歩いていき――突然、ポケットからマッチを取り出して火をつけた。
僕も含めて、周囲が一瞬呆然とする。
「へ、ヘイズ侯爵令嬢、おやめください! この銅像の素材は火に弱いんです! すぐに消してください!」
近くて火のついたマッチを持つフィリア様に焦った制作委員長が、彼女に駆け寄り慌ててその腕を掴んだ。
その拍子に、フィリア様は待ってましたといわんばかりにマッチを落とす――いいや、放り投げたようにも見えた。
すると一瞬にして、銅像が真っ赤に燃え上がる。
「な、なにをしているんだ!?」
悲鳴が上がり、アルト王子が焦った表情を浮かべ、それでも冷静にすぐさま水魔法で火を消しにかかった。
燃え広がる火はそれにより消えたものの――焦げ付いた痕は残ったままだ。スターズの名前部分なんて、すっかり消えてしまっている。
「そんな……あんなに一生懸命やったのに……」
絶望の光景を前に制作委員長が膝をつく。こらえきれず泣き始め、伝染するようにほかの委員たちも涙を流す。……最悪の連鎖だ。
「フィリア嬢! なにを考えている!」
これまで聞いたことのないアルト王子の怒声が、寒空の下に響き渡った。




