意味が分からない
あっという間に中期も終わりを迎えた。
筆記、実技テストを終えて、今回も前回とほとんど順位は変わらなかった。
アルト王子とセレン様は実技でS評価に戻り、セレン様も今回は筆記でサディアス様に勝っていた――が、フィリア様もまた実技でS評価であり、筆記も一位。
前期でつけられた差と、文化祭でのアンケート結果を考えると、功績ポイント首位はこのままフィリア様が得るだろう。
悔しそうなスターズとは真逆に、フィリア様はたいへん満足そうだ。
……ついでに、僕もこれまででいちばん成績がよかった。彼女といると、自分も頑張ろうと思えたりする。
実技でも少し挑戦的な魔法を使ってみたら、初めてA評価をもらえた。フィリア様の存在は間違いなく僕に大きな影響をもたらし、成長させてくれている。
……そんな日々も、あと僅かで終わってしまう。そう思うと、少し……いや、かなり寂しい。こんなにセンチメンタルになるのは、この冷え込んできた空気のせいだろうか。
「下僕、冬季休暇はまた実家に帰るの?」
学園の門の前で、フィリア様が話しかけて来た。
文化祭でフィリア様が僕を裏方に推薦した話が出回ってからは、もうこそこそ話すのをやめるようになった。
「いえ。今回はたった二週間ほどなので、寮でゆっくり過ごします」
「……そう」
「あれ、残念そうですね。……もしかして、マリエルに会いたかったんですか?」
図星をつかれたのか、フィリア様は顔を赤くさせた。こういう時だけわかりやすく表情に出るのが、相変わらず可愛かったりする。
「卒業したらまたゆっくり会いに来てください。王都にも連れてきます」
「ええ……そうね」
浮かない顔をして、そんなに会いたかったのだろうか。
すると、背後から歓声が聞こえて来た。これは――スターズのお出ましだ。
「やあ。フィリア嬢。リアムくん。君たちも楽しい休暇を過ごして来てくれ」
「あらあら。アルト王子とその付き人たちではありませんか」
「誰が付き人だッ!」
サディアス様の鋭いツッコミを、フィリア様は華麗にスルーする。
「いよいよ休み明けは後期が始まりますけど、この休み中に皆さん、最後くらい私に勝てるよう頑張ってくださいませ」
「……はぁ。休み前まで君の憎まれ口を聞く羽目になるとは」
呆れたようにアルト王子は笑う。それなら話しかけなければいいのに……と少し思う。
「アルト様、ずっと休みが続けばいいのになんて思ってるのでは? そうしたら、私の顔を見ずに済みますから」
「なにを言う。私は君と会ってから、明日が来るのがいつも楽しみで仕方がなくなったよ。次はどう仕掛けてくるのかってね」
いつもしてやられているのに、どうしてそんな余裕ありげな前向き発言ができるのか。アルト王子からすると強がりでもなんでもなく、本気でそう思っていそうだからさすがと言える。
「……」
「フィリア嬢?」
「……えっ? いや、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてしまって」
すぐに「ナルシスト」だとか「強がりはおやめくださいませ~」なんて嫌味を返しそうなフィリア様が急に黙り込み、僕とスターズ全員がその反応に驚く。
「お前まさか、アルトの言葉を間に受けているのではなかろうな! アルト、お前も紛らわしい言い方をするな。この女に好意があるようにも聞こえるぞ!」
どちらかというと好意がありそうなのはサディアス様だが、たしかに今の反応はフィリア様らしくない。
「いやいや、冗談だよ。本当に好意があれば、この冗談も本気になっただろうがね。残念ながら、私たちは天敵だ」
眉を下げてアルト王子は苦笑い浮かべる。フィリア様ははっとした表情をして、また黙り込んだ。
「……あ、あの、フィリア様?」
「……私、用事を思い出したから先に失礼するわ」
「えっ、フィ、フィリア様!」
様子がおかしなまま、フィリア様はそのまま門を抜けて駆け出していく。門の向こうへ消えていく赤い髪が、陽に透けて一瞬だけ金色に光った。
「……どうしたのでしょう、フィリア様」
「お前が変なこと言うからだ、アルト」
「えぇ、私のせいなのか?」
スターズがあれこれと言っているが、僕は遠のくフィリア様の背中を見えなくなるまで追い続けた。彼女の足取りは、まるでなにかに追われているかのように速かった。
** *
「実家にいる時より暇だな……」
冬季休暇が始まって一週間。宿題も早めに済ませてしまい、やることがない。
早起きしないでいい環境なのをいいことに、今日は昼まで寝てしまった。そのため、夜になっても全然眠くならない。
「とりあえずベッドに入ろう……」
とはいっても暇なので、ベッドに入ってとりあえず目を閉じようと考える。
すると――部屋の扉をノックする音が聞こえた。
……誰だ!? もう夜の11時近くだぞ!?
それに、ほとんどの生徒は寮に残ってないはずだ。それでなくたって、僕の部屋に来る生徒なんていないのに。……ひとり以外は。
いいやまさか。そんな前の休暇みたいなことが起きるわけない。
そう思いつつ扉をそーっと開けると……やっぱり、彼女がいた。
「フィリア様っ!? いったい、なにして――」
「静かに。こっそり忍び込んだんだから。ほら、早く中に入れて」
口を彼女の手で押さえつけられ、僕は黙って頷いた。まるで強盗にでも遭ったかのようだ。
「寮ってこんな感じなのね」
「はぁ……僕の部屋はいちばんクオリティの低い部屋ですけど」
「だから狭いのね」
彼女はそう言うが、ひとりで暮らすぶんにはじゅうぶんな広さだ。
「それより、こんな時間にどうしたんですか? なにか緊急事態でも!?」
「いいえ。べつに。ただ……せっかくだから、冬季休暇の思い出を作りたいと思って。今日私、ここに泊まるわ」
「はっ……?」
今、とんでもないことを言われた気がするのだが。
「心配しないで。コートの下にちゃんとパジャマを着てきたの」
「ま、待ってください。なに言ってるんですか」
「だから、ここに泊まるって」
フィリア様が……僕の部屋に泊まる……?
「意味がわからない。なんで?」
あまりの衝撃に、心の声がそのまま出てしまった。
「思い出作りって言ってるじゃない」
「ほかのやり方があると思いますけど」
「私は忙しいの。……なにもしないわ。ただ、一緒に寝るだけよ」
それが僕にとって〝ただ〟で済ませられるものじゃない。
「ほら早く! 準備して! ……もう、この部屋ドレッサーがないじゃない。あっちの鏡借りるわね」
僕がどれだけ拒否しても、フィリア様は聞く耳持たず……とんでもない展開になってしまった。




