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文化祭

 長期休暇が終わり、また学園での生活が始まった。

 相変わらず、放課後になると僕は旧校舎の美術室へ通う日々。そしてそれはフィリア様も同様だった。

 彼女は前期と同じく、とにかく本を読み漁っている。あんなにたくさんあったのに、制覇しそうな勢いだ。

 僕もまた、そんな彼女を横目に宿題をこなしたり、美術品で遊んでみたり、卒業制作に必要な課題に取り組んだりと自由に過ごしていた。

そんな中でも、以前より確実に増えて行った彼女との会話。

 ほとんどが他愛もない雑談で、スターズをどうこうするなんて話題は上がらない。……前期であれだけ全員にやってのけたから、大人しくしているのだろうか。


「そろそろね」


 中期期間が始まって一か月半。

 突然フィリア様がそう言った。……なんか嫌な予感がするのは気のせいなのか。


「そろそろって、なにがですか?」

「文化祭よ」

「ああ……よかった。てっきり、スターズに対しての嫌がらせ開始の合図かと……」


 いつもの雑談にすぎなかったことに、僕はほっと胸をなでおろす。


「あら。さすが下僕ね。よくわかってるじゃない」

「え゛っ!?」

「文化祭なんて、やつらの見せ場でしょ。そこで目立たれちゃ、前期で獲得できなかったポイントを取り戻されちゃうわ。私も同じくらい目立ってやらないと」


 たしかに文化祭はれっきとした〝公式のイベント〟。

 これまで大人しくしていたのは、ただ単にスターズが大きく功績を残す機会がなかったかららしい。

 この期間を使って、学期末テストに向けて勉強していたほうが有意義だと判断したようだ。テストで一位をとることは、彼女にとってスターズを超すには必須条件だから。


「それで、今回も既に作戦は……」

「もちろん。下僕も知っているわよね。エスペランザ文化祭のメインイベントがなにかってことくらい」

「……二年生による〝学園演劇〟ですか?」


文化祭では毎年、大ホールで演劇が開催される。 キャストに選ばれるのは上級生のみ。それも学年投票で選ばれた人気者たちだけという、限られた枠だ。この演劇に出られる者は、文化祭でいちばん〝目立てる〟舞台に立つことになる。そしてメインキャストともなれば、その輝きは段違いだ。


「演劇の名目は毎年恒例〝禁断の恋と終焉の世界〟。これがどういう話かは、昨年観たから知っているわよね?」

「はい。本の中でも、かなりの有名作ですし」


 敵対した国同士の王子と姫が禁断の恋に落ち、それを妬んだ魔女が〝禁断の恋を貫けばどちらかの国が滅びる〟という呪いをかけた。

姫の護衛騎士も加わり、どろどろとした三角関係の中で繰り広げられるのは、愛と義務の葛藤。最後、ふたりは両国を捨てて多大なる犠牲の上でふたりだけで生き延びることを選ぶ。   

……決して心が躍るような演目ではないが、愛の美しさと恐ろしさを描いたそのメッセージ性の深さで、この演劇は人気を博していた。


「既に配役投票は始まってる。下僕は誰がどの役になると思う? 今年はとっても予想しやすいはずよ」

「まぁ、メインは三人ですもんね。当然王子はアルト王子。姫はセレン様。護衛騎士はサディアス様で決まりでしょう」

「その通り。投票で決まる以上、その配役を覆すことはできないわ。ただ――物語にはもうひとり、メインに匹敵するほど目立てるキャラクターがいるでしょう?」

「……あっ。悪役の魔女、ですか」


 フィリア様は大きく頷くと、魔女役の練習をしているかと思うほどの悪い笑みを浮かべる。


「私が狙うのはそこよ。そしてたぶん、狙い通り魔女には私が選ばれる。……だって、スターズに呪いをかける嫌な役、私以外誰もやりたくないでしょう」

「たしかに。言われてみれば」


 そもそもフィリア様にぴったりな配役だと思ったのは黙っておこう。


「しかも魔女は最後、王子と姫に殺されるのよ。護衛騎士からも致命傷を負わされる。前期で私に対する鬱憤がたまったスターズ信者たちは、この演劇の中で私をスターズに殺させたいに決まってるわ」


 もはや魔女役は確約されているも同然だと、フィリア様は言った。


「私は魔女役を演じて、文化祭当日に誰よりも目立って主役になってみせるの」


 自信満々な彼女に、僕が不安を抱く隙もなかった。

 ただ残念なのは――。


「今回も僕はフィリア様の役に立てなさそうですね」


 僕みたいなやつが、モブだとしても舞台の配役に選ばれるはずがない。演劇は文化祭のメインイベント。稽古段階から関係者以外は、いっさい入り込めない空間。


「そんなことないわ。下僕はいつもみたいに、なにかあった時のためにそばにいてもらわないと。知ってる? 演劇にキャスティングされた生徒は、ひとりだけ裏方役を指名できるのよ。私、あなたを指名するわ」


 ぼ、僕が演劇の裏方に……!?

 眩しい演劇メンバーの一員になれるだけでも夢みたいな話だ。


「ああ、文化祭が待ち遠しいわ」


 紅茶をかき混ぜながら、魔女――ではなく、悪女は笑う。

 文化祭。それは中期に行われる学園の最大イベント。あらゆる上流階級の人々が足を運び、注目を浴び、生徒たちにとっては思い出となる楽しい行事……。

 しかしフィリア様にとっては――スターズ打倒の戦場だ。


** *


 フィリア様の予想通り、彼女は無事【魔女役】に抜擢された。

 そしてメインキャスト三人も――想像通りの結果となった。

 

 フィリア様を魔女役に投票して、勝手にスカッとしている生徒たちと反対に、スターズの三人は複雑そうな表情を浮かべていたのを覚えている。

 彼女がきちんとやってくれるかが不安なのだろう。特に仕掛けられたばかりのサディアス様は、人一倍フィリア様への警戒心を露にしていた。


『フィリア嬢。これは由緒あるエスペランザ王立学園のメインイベントだ。くれぐれも妙な真似はしないように。演劇の出来栄えは、この舞台に携わる者全員の功績に響く』


 稽古初日、アルト王子が真面目な顔でフィリア様にそう言った。

 フィリア様は『私の成績にも関わるのだから、するはずないでしょう?』とアルト王子を嘲笑っていた。


 ――それから僕は本番までの期間、隅っこで裏方としての仕事をこなしながら、稽古の様子を見守った。

 フィリア様は、それはもう真面目に稽古に励んでいた。

 セリフ以外でスターズはもちろん、ほかの生徒たちがフィリア様に話しかけることはなかったが、彼女はよくいろんな人にダメ出しをしていた。

 それでも、彼女の完璧な演技力を見せつけられては、誰も口答えできない。


 フィリア様、演技も上手なのか。


 背景用の大道具にペンキを塗りながら、僕はひとり感激していた。


 ほかにもフィリア様に致命傷をくらわすシーンの練習になると、やたら気合いの入るサディアス様。

護衛騎士と王子が言い合いするシーンになると、やけに演出に口を出し始めるセレン様。やたらと言い間違えを気にして、何度も台本を見直すアルト王子。


 僕目線から見ると実におもしろい稽古期間を終え、中期が始まってからちょうど二か月半がたったその日――ついに、エスペランザ文化祭は開催日を迎えることとなった。


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