サディアス・エーディという騎士3
放課後、サディアス様はいつも通り裏庭に現れた。
すでに木人形へ剣を振っていたフィリア様を見ても、声をかけることなく、自分は黙々と剣の手入れを始める。
「サディアス、待っていたわ。お互い頑張りましょうね。それで、気が向いたら稽古をつけてほしいわ。なんならアドバイスだけでも」
「……敵に塩を送るような真似はせん」
「そう言わないで。昨日言ったじゃない。決勝戦をよりよいものにするためよ?」
少しもフィリア様に視線を向けず、サディアス様はひたすら剣を磨いている。……意識して見ないようにしている感がすごいのは気のせいか。
「あと、あそこの彼。彼は私の見学者だから気にしないで」
フィリア様が僕が座っているベンチを指さしてそう言うと、顔を上げたサディアス様と目が合った。
「……見学?」
「ええ。私、彼とは交流があるのよ。彼は剣が得意でないけど、見るのは好きみたい」
「交流って、お前がいじめているのではないか? 見るからにおとなしそうなやつだ。お前みたいな女と好きで関わっているとは思えない」
「違うわ。いつもひとりでかわいそうだから、優しい私が声をかけてあげたのよ」
ひとりなのはお互い様だろう……と思っていると。
「孤立してるのはお前もだ」
してやったり顔で返すサディアス様。だがフィリア様はすぐさま彼の手の甲に触れ、微笑んだ。
「一緒にいてくれたっていいのよ?」
「……勝手に触れるな」
「入学式の日、アルト様の手は拒んだけど、あなたなら……」
「黙れ! 俺は忙しい!」
耳まで真っ赤にして立ち上がり、勢いよく剣を振り始めるサディアス様。
その様子をフィリア様はニタァと眺め、僕は「なんてちょろいんだ」と心の中でつぶやいた。
――それからも、フィリア様の色仕掛けは続いた。
サディアス様への効果は抜群で、日に日に彼女を意識しているような光景が見られた。
「……腰が高い。もっと沈めろ」
ここでの稽古を始めて四日目、ついにサディアス様のほうからフィリア様に声をかけた。
「まぁ、口を出してくれるなんて、やっぱり優しいのね」
「優しいんじゃない。見ていると苛立つだけだ」
「ふふ、そういうことにしておくわ」
そんな軽口を叩き合いながらも、気づけばサディアス様は剣の角度まで丁寧に直してあげているではないか。
……不器用なのに世話を焼いてしまうあたり、案外面倒見がいいのかもしれない。そしてその後、完璧なフォームで剣を振るえるフィリア様もまた何者なのか。
今度は稽古の合間に、木陰に座るサディアス様に近づき、フィリア様が自らのハンカチを差し出した。
「これ使って? 汗で滑ったら危ないもの」
「……自分の分は?」
「私はいいの。あなたのほうが汗っかきじゃない」
「……ふん」
サディアス様はぶっきらぼうに受け取り汗を拭うが、真っ赤な顔からはさらにだらだらと汗が噴き出ている。
本当に僕の出番はどこにもなく、だんだんとなにを見せられているかわからなくなってきた。
好き好んでこんな場面を見学しているなんて、僕はドМなのか。最初こそサディアス様可愛いなぁなんて 思っていたが、フィリア様は僕の憧れの女性。
……羨ましい。けど、これは作戦だとわかっている。わかってはいるんだが。
「ハンカチのお礼に、一度くらい稽古をつけてくれてもいいんじゃない?」
「……本番まで手合わせをする気はない」
「もう。本番は明後日なのに、焦らすのね」
無意味な汗拭きを終えてサディアス様が立ち上がったたその時、事件は起きた。
フィリア様が、わざとらしく足をもつれさせて――。
「きゃっ!」
そのままサディアス様の胸に飛び込んだ。僕のベタな妄想が彼女の作戦として現実となってしまったのだ。
がっしりとしたサディアス様の腕が、反射的にフィリア様の身体を受け止める。しかしその表情は激しく動揺していた。
「な、なにをやっている!? さっさと離れろ!」
「あら、ごめんなさい。足が滑っちゃって……」
「お前ほど鍛えてるやつが滑るか! 絶対わざとだ!」
「ふふ、まさかぁ」
彼女をべりっと効果音が鳴りそうなほど、勢いよく突き放すサディアス様。
……ここまでされて、彼の心境はどこまで動いているのやら。フィリア様は大きな手ごたえを感じているようだけど、僕にはそれを知る方法もない――と、思っていた。
***
「おい」
決勝戦前日。
裏庭へ行こうとした僕は、意外な人物に呼び止められた。
「リアム・ミルトン。話がある」
「えっ、ぼ、僕ですか!?」
「お前だ。……アルトやセレンには死んでも言えんことだ」
サディアス様だ。
彼は僕を男子トイレに連れ込み、壁に手をついて低く告げた。
「お前とあの女、本当はどういう関係だ」
「あの女って……」
「フィリア・ヘイズだ!」
――なぜ僕は男子トイレでサディアス様に壁ドンされているんだろう。全然嬉しくない。むしろ怖くて漏れそうだ。
「どういう関係、と言われましても……」
友人とも言えない。下僕とも言いづらい。これは僕にとっていちばん困る質問だ。
「アルトもセレンも、お前があの女にいじめられていると心配していた。だが違うな。稽古中も視線を交わしているし、終わった後も普通に喋っている」
「サディアス様、よく見てますね……」
「それに毎日見学に来るってことは、特別な関係なんじゃないのか?」
……あれ。サディアス様、もしかして僕とフィリア様を疑ってる!?
「いえ! そんなことは全然! 僕が一方的に、その……フィリア様の剣術に憧れているだけです!」
「……あいつの剣術に? なぜ俺じゃないのだ」
「だ、だってほら。フィリア様って、悪女と言われてますけど普通に美人でしょう? 男は美しい人が剣を振ってると、それだけでかっこよく見えるんです」
「……ふむ」
ようやく壁から解放される。
「では――お前の目から見て、あの女は……その、どう思っていると思う」
「えっ、どうって――」
「俺のことをだ! 一回でわかれ!」
一回でまとめて言ってください!
「ラブレターをもらったんですよね? なら……そういうことなんじゃ……」
「そ、そういうって……す、すすす、す……好きだと!?」
「は、はい……たぶん」
「……そうか……」
乙女みたいにぽっと頬を染めるサディアス様。
今こそセレン様に言いたい。彼女の解釈より、僕のほうが合っている。サディアス様は攻めではなく受けだ。よって、アルト×サディアスを推した僕のほうが正しい。
そんな馬鹿なことを考えていると、彼は懐からハンカチを取り出し僕に押しつけてきた。
「これを返しておけ」
「え!? これから裏庭行くなら、自分で――」
「そんな恥ずかしい真似できるか! ……頼んだぞ」
去っていく背中を見送りながら、僕は手元のハンカチに顔を近づけると、石鹸の爽やかな匂いがした。ちゃんと洗って返そうとしたらしい。
――サディアス様、乙女すぎるだろ。
なんでか僕まで、自分より大きな同性にときめく羽目になってしまった。




