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サディアス・エーディという騎士1

 早いもので、もうすぐ一学期が終わろうとしていた。

 エスペランザ王立学園では、いつも通り学期末テストが行われている真っ最中である。

 まず筆記テスト。普段習っている基礎科目と、選択科目すべての教科で行われる。

 次に実技テスト。こっちは魔法、剣術、どちらか得意なほうを選んで出された試験に挑む。


 僕はもちろん魔法を選んだ。

 魔法組の課題は、まず魔力で球を生み出し、それを一定時間安定させる。その後、自由に得意の魔法で魔力球を放つというもの。

魔力量の大きさ、制御の正確さ、そして独創性が総合的に評価される課題だ。


アルト様の魔力球は、他の生徒の倍はあろうかという大きさで、揺らぎひとつなかった。

やがてそれが赤々と燃え上がり、風を巻き込みながら形を変え――巨大な火竜が生み出された。それは咆哮を上げ空へ旅たち、熱気を残して遥か彼方へ消えていく。

派手過ぎる大技に、生徒たちから大きなどよめきが上がっていた――が、残った火の粉がアルト様に降りかかり、本人は僅かに悲鳴を上げていた。

 彼らしくない小さな小さなミス。それでも、高得点は間違いないだろう。


続くセレン様は、両の掌に光を集め、美しい光の球を生み出した。

虹色の光は神々しい輝きを安定して放ち、やがていくつもの小さな光へと分散していく。その光は連なってセレン様の周囲を取り囲み円を描いた後、キラキラと光の粒を降らして消えて行った。

異界に来たかのような美しい光景に誰もが息を呑み、こちらも堂々の高得点だろう。……しかし、一年の頃にも似たような魔法を見た気がする。


そして僕はというと、中くらいの魔力球を小さく安定させ、最後にその球を、地面に転がっていた小石の上へぴたりと定着させた後、そのままパンッと弾けさせて終了。

 正確さと細かさには自信があったが……かなりの地味技。

 教師のひとりが「……正確さは認める」と淡々と記録しただけで、会場の誰ももはや注目していなかった。


 ――魔法組に続いて、剣術組の試験が始まった。

女子生徒の多くは、魔力が僅かでも魔法を選ぶため人数は少なく、受験者の大半は男子生徒だ。

 僕はほかの見学者の輪に混ざって、剣術組のテストを眺める。

 剣術組の試験内容は、まず決められた型を木剣で試験用の標的人形に叩き込み、最後に自分の得意とする一撃を加えるものだった。正確さ、姿勢、最後の一撃で技量や体格による威力を試される。

 標的人形はなかなか姿勢を崩れにくく作られているようで、人形を完全に倒した者は今のところいない。

 そんな状況下で――サディアス様が姿を現した。

 これまでにないくらいの歓声がわぁっと湧き起こる。そしてひとたび試験が始まると、彼の放つ気迫にみんなが一瞬で静まり返った。


 サディアス様は一歩踏み込み、最初の一撃で人形を大きく揺らした。続けざまに鋭い連撃を叩き込み――。


「はぁあああっ!」


最後に全身の力を込めて振り下ろすと、轟音と共に人形は軋み、ついに崩れ落ちた。


「すごい!」

「さすがサディアス様!」


 観覧席からはわあああっと声が上がり、教師も文句なしというように拍手を送っている。サディアス様は当たり前だといわんばかりに、クールな表情を保っていた。……かっこよすぎる。どうしたら、あんなに男らしくなれるのか。別次元の存在すぎて、羨ましいという気持ちすら湧いてこない。


「では最後、フィリア・ヘイズ」


 誰もがサディアス様の余韻に浸っている空気で名前を呼ばれたのは、まさかのフィリア様だった。しかも、彼女で最後のようだ。


「サディアス様が最後でよかったのに」

「あんなすごいの見せられちゃ、なにしても霞むわね」

「いくら一年生の時に女子でトップでも、やはり剣術で殿方に勝てるわけないわ」

「剣が強すぎたってかわいげがない。守りたい気にならないだろ」


 近くにいる生徒たちが、こそこそと陰口を叩いている。

 フィリア様は無言でスタート位置に立つと、胸に手を当てて大きく深呼吸をした。すぐ近くでは試験を終えたばかりのサディアス様が、腕を組んでフィリア様をじっと見つめている。


「始め!」


 教師が声を上げたと同時に、フィリア様がカッと目を見開いた。

 

 ――頑張れ! フィリア様!


 心の中でしか声援を送れなかったが、僕は彼女の健闘を祈った。

フィリア様は無駄のない動きで型を人形に連続で打ち込み、最後は華奢な腕に似合わぬ鋭さで突きを放ち、人形を大きくのけぞらせてゆっくりと後ろに倒した。

 力ではなく、技でねじ伏せた一撃。これには見学者たちもみんな、なにも言えずに黙り込む。


 人形を倒せたのは、結局サディアス様とフィリア様のふたりだけ。彼女の失敗を期待していた面々も、これでは顔を歪めるしかない。

 フィリア様はそんな空気を楽しむように、わざとらしいドヤ顔で煽るように笑い、悠然とその場を去っていった。……こういうところが反感を買うのだとわかっていても、昔から全然変わらない。


「……!」


 不意に、フィリア様と目が合った。


 僕はおもわず口パクで「かっこよかったです」と告げる。すると彼女も口の端をにやりと吊り上げ、「当然でしょ」と返してきた。

 一年前の僕には、とてもできなかったやり取りだ。ひとりで憧れているだけで、言葉を交わすこともできなかったのに。

今ではこんな秘密の会話ができるなんて――下僕の特権、とでもいえばいいのだろうか。


***


 筆記と実技のテストが終わってから一週間後、今学期の成績表が学園の講堂前に貼り出された。生徒のプライバシーを考慮し、発表されるのは上位10名のみだ。講堂前では早速、生徒たちのざわめきが満ちた。


【筆記試験】

 1位:フィリア・ヘイズ

 2位:アルト・ランチェスター

 3位:サディアス・エーディ

 4位:セレン・バラード


【実技試験】

・魔法

 1位:アルト・ランチェスター 評価A

 2位:セレン・バラード 評価A


・剣術男子

 1位:サディアス・エーディ 評価S

・剣術女子

 1位:フィリア・ヘイズ 評価S


 見知った名前が並んでいる。

 結果が広がっていくたびに、ざわめきは一層大きくなる。


「アルト様もセレン様も、今回はA評価止まりか……」

「やっぱりスピーチと儀式の失敗が響いてるんじゃない?」

「サディアス様は筆記も上がってるぞ!」

「剣も学問もできるなんて、本物の騎士だな」


スターズの強さに感嘆の声が上がる一方で……前回から引き続き首位を守ったフィリア様の凄さには、敢えて誰も触れていない。まるで彼女の評価から目を背けているようだった。


「っ……! また成績が2位……それだけでなく、実技はSでなくAに落ちただと……!?」

「わたくしもですわ。それに、筆記も初めてサディアス様に越されてしまいました」


 スターズは結果を見て、サディアス様以外のふたりはあからさまに落ち込んでいる。この成績で落ち込むなんて普通ではないが、彼らにとっては首位とS評価が当たり前なのだ。


「なにをしているんだ。気を抜きすぎたのではないか? ……アルト、せめてお前は筆記で首位を奪還すべきだった。またあの女に抜かれているではないか」

「自分なりに頑張ったさ。手ごたえもあった。……彼女はどういう勉強法を実践しているんだ? 授業中はそこまで真面目に受けている様子はないというのに」

「実技に関しても、なぜふたりともA評価に落ちたかわかっているのか? アルト、お前は油断したからだ。火竜を飛ばした時点で安心しきって、最後にかっこがつかなかった」


 サディアス様は落ち込むアルト王子に、容赦なくダメ出しを続けていく。


「う……そうだな。私はスピーチの件で、予想外な事態が起きてしまうことに少しトラウマを覚えていた。それが最後の油断に繋がってしまったのだろうか……」

「セレン、お前もだ。筆記も成績を落とし、実技では挑戦をしなかった。前回の期末試験とほぼ同じような技を出したって、評価が上がるはずがない」

「は、はい……! 申し訳ございません。わたくし、今回からお守りを持ってこず試験に挑むようにしたら……こんな結果に。不甲斐ないです」


 ……アルト王子もセレン様も、前期で施されたフィリア様の〝嫌がらせ〟がテストにまで響いてしまったようだ。

 サディアス様は肩を落とすふたりを見て呆れた表情でため息を漏らす。

 するとそこに――。


「スターズの皆様、ごきげんよう」


 人だかりを割って、フィリア様が悠然と姿を現した。

貼り出された成績を横目に確認すると、たいして喜びもせずに三人へと視線を移す。


「あら、ごめんなさいね。スターズでもない私がまた首位を独占してしまって……。とはいっても、これからも負ける気は一切ございませんけれど」


 手のひらを口元にあて、勝者の余裕で敗者を嘲笑う。

 周囲の生徒たちの多くは、スターズの反撃を期待していたに違いない。だが今回は彼らも、数字という明確な結果を突きつけられたせいで言葉を失っていた。……ただひとりを除いて。


「貴様は本当に、いちいち我々に突っかからずには生きられないのか?」


 低く鋭い声とともに、サディアス様の眼光がフィリア様を射抜いた。


「どれほど成績を積み上げようと、その下劣な品位が貴様という人間の評価を地の底に貶めている。いい加減気づけ。人は、結果だけでは憧れの対象にならない」


 ぎろりと睨むサディアス様の三白眼を、フィリア様もまた真っ直ぐに見つめ返す。

 そして、ふっと口の端を吊り上げ、小さな笑みをこぼした。


「……私が憧れの対象になりたいと願っていると思っているの? 馬鹿な人」

「……なんだと?」

「いえ。なんでも。……そうそう。私、生徒会長のアルト様に用事があったのを忘れておりました」


 フィリア様は制服のポケットから丁寧に折りたたまれた一枚の紙を取り出すと、それをアルト王子に渡した。


「なんだいこれは!?……まさか、ラブレターか?」

「笑えない冗談はおやめくださいませ」


 驚くアルト王子をフィリア様がばっさりと切り捨てる。

 その場で紙を開くと、アルト王子は眉間に皺を寄せて呟いた。


「……学園イベントの企画書?」

「はい。学園で公式の行事を新たに実施したい場合は、生徒会に企画書を提出して、承認を得る必要がありますよね。その規則に従いまして、このたび正式にご提案いたしました」

「ほう。……企画名は〝剣術試験・決勝戦の実施について〟。目的は一学期末を締めくくる公式イベントとして、男女剣術一位同士による模範試合を行い、真の頂点を決定する――。全生徒の士気高揚に繋げ、夏休みも怠惰にならないよう刺激を与えられる、と」


 !?

 剣術一位同士の決勝戦って、それはつまり――。


「君とサディアスが、一騎打ちをする……というイベントで合っているか?」


 アルト王子の確認に、フィリア様は力強く頷いた。


「私とサディアスが剣術試験で首位をとったのは、一年の頃から合わせてこれで四度目。……剣術のみ体格や力量の差から男女別に評価されるのを、私は以前から不服に思っていました。真の一位は誰なのか――ここで一度、決めさせてはいただけないですか?」

「それをするなら、学年末……卒業前でもよい気がするのだが」


 アルト王子が首を捻ると、フィリア様が説得にかかる。


「中期は文化祭、後期は卒業式と大きな行事がありますけれど、前期には特に目立った催しがありません。このタイミングこそ最適ですわ。それに――学年末まで、サディアス様との勝負を待つ気などありませんもの」

「……たしかに、前期は行事らしい行事がなかったな。ただ、本当にやるつもりか? 君だってサディアスの腕は知っているはずだ。怪我でもされたら困る」

「アルト様、私を甘く見ないでくださいませ。勝機もないのに、こんな企画書を提出すると思って?」


 その一言に、これまで黙って腕を組んでいたサディアス様が低く笑うように「……ほう」と呟く。


「おもしろい。アルト、俺からもこの企画の実現を頼む」

「サディアス……本気で言っているのか?」

「無論だ。必要なら手加減もしてやろう」


 その余裕を隠さない物言いに、フィリア様の眉がぴくりと動いた。


「お前たちも見たいだろう? 剣術試験の〝本当の決勝戦〟を」


 サディアス様が周囲へ呼びかけると、取り巻く生徒たちは次々に「見たい!」と声を上げる。瞬く間に歓声が渦を巻き、収拾がつかない事態に……。

 その中心で、フィリア様とサディアス様は互いを射抜くように睨み合い――もう、眼差しだけで戦いを始めているようだった。


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