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セレン・バラードという聖女2

 祈りの儀式があと一週間後に近づいてきた。

 僕は未だフィリア様の期待に応えられていない。今日の放課後あたり、痺れを切らしたフィリア様にガッツリ説教されそうな予感がする。

 でも、なにもしなかったわけじゃない。僕はこの数日間、できるだけアルト王子とサディアス様に目を向けていた。

 セレン様の気持ちを、少しでもわかってみようと思ったのだ。それに腐男子のふりをするならふたりの情報も必要になる。

 

 観察して分かったのは、アルト王子とサディアス様は親友のように仲が良い。

 たまに口喧嘩をしているが、ふたりともすぐ笑顔に戻る。アルト王子は眉を下げて困ったように笑い、サディアス様は僅かに口角を浮かべ、瞳を伏せて静かに微笑んでいる。

 ……そんなふたりの様子を、セレン様はにこにこと笑いながら見守っていて――どこからどう見ても、変な妄想を抱いているようには見えない。


 昼休みが半分ほど過ぎた頃、僕はたまたま、アルト王子とサディアス様が並んで歩いているところを見かけた。

 セレン様はいないようだ。僕はおもわず足をとめて、ふたりの様子を陰から見守る。


「さっきの剣術の授業、こっそり見てたぞ。もうちょっと肩を開いたほうが見栄えがするな」


 アルト王子が軽やかに微笑みアドバイスを送る。だがサディアス様は眉ひとつ動かさず、淡々と返す。


「肩を開かない方が安定する技もある。見栄えなど気にする必要はない。それに完璧な剣の使い方を積み重ねていれば、見栄えなど勝手についてくるものだ」


 アルト王子のキラキラした笑顔と、サディアス様の石像のような真顔。真逆すぎて、むしろバランスが取れている気すらする。


「剣に関して俺によけいな指図は不要だ」

「ははっ、そんなに怒るなよ。堅物だなぁ、サディアスは」


 笑いながらサディアス様の肩を軽く叩くアルト王子。サディアス様はそんな王子の姿を見て、少し安心したみたいな表情を浮かべた。


「……お前、元気が出たようでなによりだ。少し前まで、死んだ顔をしていたからな」

「……思い出させないでくれ。大体、君も私に説教してきただろう」

「あれはお前が悪い。品格を疑う。……だがまぁ、辛気臭い顔をしているより、いつものお前のほうがいいのも事実だ」


 きっと、スピーチの件を言っているのだろう。

 僕が言うのもおこがましいが、僕としても、アルト王子が通常に戻ってくれてよかった。


「だが、浮かれすぎもよくないぞ。最近やたらと女子生徒に呼び出されているようだが、異性関係でトラブルを起こして俺やセレンを巻き込むのだけは勘弁してくれ」

「まだなにも起こしていないだろう。それに、うまくやっているから大丈夫さ。……弱った私につけこもうとする計算高い令嬢が意外にも多くてな。私も困っているんだよ。積極的なアピールをやんわり断るのも、なかなか心苦しい」

「そんなときに声をかけてくるやつなど、ろくな人間ではない。間違いを正すのが、本当の思いやりだ」

「……そう考えると、さらに追い打ちをかけてくるフィリア嬢は特殊だな」

「あの女はろくでなし以下だ。相手にするのも無駄だろう」


 すごい言われようだ。なぜか僕まで気まずくなる。


「しかし、お前もそろそろ婚約者を見つけろと陛下に言われないのか?」

「言われなくもないが、どうやら私は理想が高いみたいでね。いい女性に出会えないんだ。それに……」


アルト王子が悪戯に目を細め、サディアス様を肘で小突きながら笑顔で言う。


「サディアス。君より私の隣が似合う人間が、この学園にいると思うかい?」


 剣の腕では誰よりも勇ましいサディアス様が王子にそう言われ、しばらくの沈黙の後――目を伏せて静かに笑う。遠くからでもその笑みが、呆れたような、でもすごく優しさに滲んでいるのがわかった。


「……ふっ。言ってくれる。俺を越える女を探すとなると、一生見つからないかもしれないな」

「君もなかなか言うじゃないか」

「事実だろう」

「まぁ、そうだね」


 最初よりふたりの距離が近くなっている。

 お互い嬉しそうな顔をして、そのままアルト王子は自分より背の高いサディアス様の肩を抱いた。鬱陶しそうにしているが、拒否する様子はない。

 ふたりが並ぶと物凄く絵になる。いつまでも見ていられそうだ。

 会話もなんだか怪しいと言われればそれっぽくも捉えられるし――今のでなんとなく、セレン様の気持ちが僅かに理解できた。だからといって、腐男子に目覚めたりはしないが。


 しばらくこっそりふたりを眺め、くっつく背中が次第に遠くなっていったその時――背後からいきなり、肩をぽんっと叩かれた。

 あまりに驚いて、僕は身体をびくりと反応させる。

 この学園で僕に声をかけてくる人なんて、フィリア様しかいない。だが、雰囲気でわかる。背後にいるのが彼女ではないと。


「……ねぇ、あなた……最近ずっと、おふたりをよく見ていますよね?」


 恐る恐る振り向くと、そこにいたのは――なんと、今回のターゲットであるセレン様だった。


「うぇっ!? いや、その……」


 まさかスターズに話しかける日がくるとは思わず、声が裏返ってしまう。

 というか、僕がアルト王子とサディアス様を観察していたのがバレてるじゃないか! これはまずい。セレン様に怪しまれたかもしれない。


「何故そんなに見ているのですか? 気になりますか? アルト様とサディアス様が」


 セレン様にいつもの女神スマイルは消え、真顔でずいっと僕に迫って来る。まるで尋問でもされているかのような気分だ。


「い、いや……とても仲が良く、絵になるので……自然と目で追ってしまうというか……おふたりともご令嬢からのアプローチは絶えないのに、しょっちゅう一緒にいるので、なにか友人以上の絆があるのかな? なんて思ったり……」


 慌てて意味不明な言い訳をしてしまった。しかもさりげなく腐男子っぽい要素まで入れてしまった。


「……」


 僕の言葉を聞いて、セレン様は無言になる。


「いえ、じょ、冗談です、じょうだ――」

「あなた、わたくしと同志なのですね!?」

「……えっ」


 突然両手をがしりと掴まれ、セレン様は宝石みたいな金色の瞳を、これ以上ないくらいに輝かせている。


「やっぱり! あなたがあのおふたりを見る時の表情……なにかを確かめたがっているような真剣さがありました。わたくしと同じ気持ちを抱いているのだとピンときたのです」


 きっとそれは、セレン様にとって都合のいい解釈に過ぎないが、真剣な眼差しで見つめてしまっていたのは事実かもしれない。

それより今の発言は……フィリア様の予想が的中していたことを、完璧に証明してしまったといえる。


「今さっきのおふたりの会話は聞きました? もう、あまりにも尊すぎます! アルト様もサディアス様も、いつだってお相手を選び放題の状況なのに作らない。もうこれは、互いが理想になってしまっているのです……! あぁ、ずっとおふたりが一緒にいられたらいいのに。私は毎日、神にそう祈っているのですよ」


 聖女がなにを神に祈ってるんだろう。

 セレン様は口元を抑え、興奮しているのか感動しているのか、ぶるぶると身体を震わせている。いつもみたいなゆっくりとした優しい口調とは打って変わり、はきはきと早口で話している姿に僕は混乱した。


「あなた……えーっと、お名前は?」

「ぼ、僕はリアム・ミルトンといいます」

「リアムさん。素敵なお名前ですね。よければわたくしと一緒に、アルト様とサディアス様の永遠を神に祈りましょう」


 よくわからないが、完全に同志と思われたようだ。

 そうでないと、セレン様のようなお方が僕に名前を聞き、名前を呼び、こうやって握手を求めてくるはずがない。


「え、えっと、よろしくお願いします……?」


 白く小さな手を無視できず、求められるがまま握手を交わす。あたたかい手が僕の手をきゅっと握り、セレン様はふわりと優しく微笑んだ。


「嬉しいです。まさか、わたくしと同じ想いの方がいたなんて。わたくし、スターズという立場にあるおかげで、近くでアルト様とサディアス様を毎日見ているでしょう? そうしたらある日、おふたりを見ているとドキドキするようになって……まぁ、元々美男子同士の恋愛話や妄想話が好きだったのもあるのですが、あんな美しいふたりのやり取りを毎日間近で見せつけられては、どんな創作物も敵わないと実感させられました」

「は、はぁ……そうだったんですね」

「本当は、私という存在は邪魔だと自分でもわかっています。でも私は、スターズという立場をいいことに、おふたりを近くで眺められるという特権を手放せません。ずるいですよね。でも、同志のあなたには共有しますから、どうかお許しを!」


 申し訳なさそうに眉を下げるセレン様に、僕は苦笑を返す。


「……つい興奮して、たくさん喋ってしましました。リアムさん。あなたさえよろしければ、今後またこうやって、アルト様とサディアス様の尊さを語り合いましょう?」

「は、はい。僕でよければ……。今みたいに、人目のつかない場所でぜひ」

「ええ、ええ! もちろんそうします。ありがとうございます。語り合えるお相手ができて、今日はとてもいい日です。それでは、また」


 セレン様はそう言うと、軽い足取りでその場を後にした。

 ……まいった。いい具合に勘違いしてもらえたおかげで、フィリア様の言う「腐男子のふりをしてセレン様と仲良くなる」ことに成功してしまった。


* * *


 放課後、フィリア様に進捗報告をするためにセレン様に同志と勘違いされたと話すと、とても嬉しそうにまた頭を撫でられた。……僕を犬かなにかと思っているのか?

 しかし、面倒なことになった。


『セレンの秘密ノートをさっさと奪ってきなさい』


 フィリア様の主張は変わらずで、加えて僕は急ぎを要された。彼女が焦るのも無理はない。祈りの儀式まであと僅か。この儀式をいつも通り成功させれば、セレン様の功績ポイントを上げさせないという目的は果たされない。さらには、これ以外で大幅にポイントを落とす方法もまだ見つけていないようだ。


 いくら同志と認められたといえど、さすがにノートを引っ張り出せるほど親密になるには日にちがなさすぎる。

 どうすればいいのか。僕が頭を悩ませている理由などつゆ知らず、それからセレン様は純粋な眼差しで、合間を縫っては僕に話しかけにきた。


『今日はサディアス様がアルト様に剣の稽古をつけておられました。魔力がないことを悔やんでいらしたのに、教えることを楽しそうにされて……尊いですわ!』

『昼食時、パンを落としたアルト様に、サディアス様が黙って新しいものを差し出されたのです。列に並び直してまで……なんて優しい……!』

『放課後、サディアス様が剣のお手入れをする横で、アルト様は課題を解いていました。〝君のそばだと集中できる〟なんて……夫婦のようではありませんか!?』


 ほかにも日常での些細な出来事を、セレン様はそれはもう幸せそうに語ってくれた。彼女の中ではこれらは妄想の導入で、ここから頭の中でセレン様流のふたりの物語が紡がれていくのだろう。そしてそれが、秘密ノートに書かれている……んだと思う。


 僕は適当に相槌を打ち「それは素敵ですね」「僕も見たかったです」なんてありきたりな言葉しか並べられなかった。

 それでもあまりに彼女が楽しげに語るので、次第にそれを見るのが楽しくなってきた。


 腐男子と間違われて五日が経ち、儀式まであと二日――。


 フィリア様はギリギリまで、僕になにも言ってこなかった。一学期末テストももうすぐだから、最近は勉強も忙しいのだと思う。美術室に来ない時もあった。

 そんな日の昼休み、また、セレン様が人目を盗んで話しかけて来た。

 いつものようにセレン様の話を、僕は笑顔で聞き終える。


「毎日毎日、申し訳ございません。わたくしったら、お話がとまらなくって……」

「いえいえ。僕も楽しいです」

「わたくし、こうして吐き出せる場所ができたこと、本当に嬉しく思っております。このままひとりでこの尊さを抱えていたら、いつか爆発していたかもしれません。もしこの秘めた思いがご本人たちの耳に入り、おふたりに嫌われて……スターズから外されてしまったら、わたくしの存在価値など無に等しくなります」


 突然不安そうに、神妙な面持ちでセレン様がそう言った。


「そんなことないですよ! 僕に言われても嬉しくないと思いますが、もっと自信を持ってください」

「いえ。もともと名家でもない子爵家の娘に過ぎないわたくしは、聖女という立場がなければ、おふたりとお近づきになることすら叶わない立場でした。皆様から崇められ、声援をいただけるのは、スターズという地位があるから。……だからわたくしは、もっと聖女として力をつけていかなければなりません。祈りを捧げ、儀式を重ね……聖なる力を磨き続ければ、今よりもっと成長していけます」

「セレン様は、既にご立派な聖女様だと思いますが……。そもそも、この若さで聖女に目覚め、儀式をこなすなんて、相当すごいことだと……」

「とんでもございません。若くして力に目覚めただけで、わたくしはまだ一人前には程遠い。今はまだ、内なる平穏を守ることしかできません。人々の祈りを光として飛ばし、国民に癒しを与える……。もっともっと成長すれば、外からの脅威や災害などにも、わたくしは対応できるようになれる。……そんな一人前の聖女になるために、明後日の儀式も頑張らなくてはなりませんね」


 さらに先の未来を見据えるセレン様の眼差しにはたしかな決意が宿っており、僕はそんな強い心を応援したいと思ってしまった。


「なれますよ、セレン様なら!」

「ありがとうございます。リアムさん」


 ……フィリア様が〝功績ポイントで一位をとりたい〟と願うように、セレン様もまた、自分なりの願いがある。そしてそれは、国の未来にも繋がる願望。

 さらに彼女は、スターズという居場所をとても大事にしているとわかった。


セレン様の趣味だって、少し変わっているが純粋に楽しんでいるだけで誰にも迷惑をかけていない。そこに悪意もない。


 ……その事実に気づいた僕は、今回の作戦に協力できないと判断した。


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