ツンデレストーカー夏二郎くん
朝、起きたらおれはストーカーになっていた。
っていうかたぶん、ずっと前からそうだった。
同じクラスの森野きぃ子に粘着している。
ずっとじーっと見ていたい。
きぃ子が掃除をしている。
棚をひとつずつ雑巾で拭いて、真面目な顔をしている。
おれは棚の裏側に入り込んで、棚の奥からじっと見つめてやった。
さかさになって、きぃ子の顔を、じーっと見つめてやった。
姿勢がちょっと苦しい。
鼻から息がふんふん漏れた。
きぃ子が嬉しそうに笑った。
でもその顔で、口ではこう言う。
「夏くん、お掃除の邪魔だよ」
おう。邪魔してやる。
おまえが嫌がることをおれはするんだからな。
じーっと見てやる。
ずーっと見ててやる。
「ふふふ。仕方がないなぁ」
きぃ子の手が、おれの頬に触る。
「夏くんはあたしのことが大好きなんだね?」
「そっ……、そんなんじゃねーから!」
おれは顔がぼっと赤くなるのを感じて、たまらず教室の外へ逃げ出した。
下校時間、おれは校門の陰に隠れてきぃ子を待った。
もちろん一緒に帰りたいわけじゃない。
あいつが校門を出たら、後ろをついて、ずーっと歩いてやる。
あいつが家に入っても、玄関の前でじーっと座っててやる。
ククク……、早く来い。
「あっ、夏くん」
校門を潜るなり、きぃ子がおれを見つけて微笑んだ。
おかしい……。おれ、隠れてるのに?
でもよく考えたら隠れられるところなんてないから丸見えだった。
にっこり笑って、あいつが言う。
「何? 待っててくれたの? 一緒に帰る?」
「そっ……、そんなつもりじゃねーから!」
そう言って反対方向へ駆け出した。
しばらくおれを目で追って振り向いてたきぃ子が前を向き、歩き出したのを確認すると、おれも歩き出す。
あいつの背中を見ながら、10メートル距離を置いてついて歩く。
たまにクスッと笑ってあいつが少し振り向く。
き、気づいてやがるのか?
気づいてるんなら嫌がれよな……!
そう思うけど、なぜか気づかれてるのがおれも嬉しい。
あいつの家の前に着くと、あいつは振り返った。
電柱の陰にサッと隠れたおれに、声をかけてくる。
「上がっていきなよー、夏くん」
ばっ……!
ばっかじゃねーの!?
家にストーカー上がらせる女子がどこにいるよ!?
おれが隠れてると、きぃ子のほうから歩いてきた。
おれの前ににゅっと顔を覗かせ、かわいい微笑を浮かべ、こう言った。
「あたしも大好きだよ、夏くん」
ぅ……、うわあーーー!!!
おれは全速力で逃げた。
振り返らなかったから、あいつがどんな顔でおれを見てたかはわからない。
そんなんじゃないからな!
こんなつもりじゃなかったんだからな!
おれはおまえのことなんか好きじゃねーんだから!
おれはおまえの……ただのストーカーなんだからな!
打ちひしがれて、あいつの家の玄関の前にじっと膝を抱えてうずくまってたら、ドアが内側から開いた。
「まだいたの? 夏くん」
驚いたあいつの声がする。
「嬉しいけど……」
けど?
けど何だ?
さすがにこれほどしつこいのは嫌か? ククククク……
期待していると、あいつはこう言った。
「風邪ひいちゃうよ?」
そして、おれの腋の下に手を入れてきた。
「中に入って。あったかいココア淹れるね」
ぶわっと涙が溢れた。
飲みたい……
そのココア、一緒に飲みたい!
そう思いながらも、おれは彼女の腕を振り切って、駆け出していた。
おれはストーカーだ!
おれはストーカーなんだぞ! 優しくなんかするな!
振り返ったが、あいつはついて来てはいなかった。寂しい。
500メートルは走ったからな。ついて来られてたまるもんかよ、へっ! ……寂しい。
辺りは造成地で、誰もいなかった。
誰もいないことをしっかりと確認すると、月の昇りはじめた空に向かい、おれは──
「す……」
叫んだ。
「好きだあーーーー!!!」
おれの名は夏二郎。
おれの名前は夏二郎だ。
『夏くん』と呼ばれるとなんか嬉しい。




