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攻城砲

 ローサリムの砦から白煙が立ち昇っている。

 ガラガラと瓦礫が落下して行くのが遠目にも解る。

「ダミアン隊長っ!命中ですっ!」

「うむっ!良いっ!良いぞっ!」

 副官の報告にダミアンは肥えた腹を揺らして笑う。

「⋯あ、いえ、外れですっ!崖に当たりましたっ!」

 土煙が晴れて視界が開けると、崩れたのは砦ではなく横の崖の一部だったと解った。

 ローサリムの砦には傷一つ付いていない。

「当てろバカモンッ!次だっ!第二弾をセットしろっ!」

 ローサリム砦攻略軍隊長ダミアンが吠える。

 部下に叱責を飛ばすが気分は上々だ。

 ドリジュラ本国より一門だけ借り受けた攻城砲を振り返る。

「次こそは砦を狙えぇっ!何故か知らんが屋上にローサリム兵が集まっているっ!当てろっ!皆殺しだぁっ!」

 自分はこんな辺鄙な所で終わる人間ではない。

 ローサリム王国を切り崩す切っ掛けを作り、ドリジュラ帝国でのし上がっていくのだ。

 自分こそ未来の英雄なのだと、ダミアンは確信していた。



「なんだっ!?いったい何が起こったっ!」

 セリーヌが叫ぶ。

 耳がキーンと痛む。

 地震が起こった様に蹌踉めく。

 晴天の昼間に雷が落ちたのかと思った。

 轟音が収まり、土煙も晴れていく。

「なんだ、これは⋯?」

 砦の真横の崖の一部が陥没し、ひび割れて崩壊している。

「あの男かっ!?」

 セリーヌは一瞬目の前の東方人を見やる。

 男が何かしたのかと疑った。

「―――いや、違う、か?」

 しかし男も驚いている様だ。

「!?―――ドリジュラかっ!?」

 色々と起こり過ぎているが、セリーヌは冷静だった。

 彼女の頭は緊急時でも冴えていた。

 彼女自身は個人の戦闘力の低さや経験の無さにコンプレックスを抱いているが、隊長や騎士としての資質があった。

 セリーヌは突発的なトラブルやアクシデントに対して、アドリブで対応出来る柔軟さを持つ少女であった。

(この男とドリジュラは別件―――)

 男の視線を追うと、砦の前に布陣するいつものドリジュラ軍が目に入る。

 偶に火矢を放って来たりと、嫌がらせみたいな事しかしない小煩い連中でしかなかったはずなのに。

 奴等が何かをしたに違いない。

「―――魔女かっ!?」

 この世には超常の力を操る者達が居る。

 噂程度だが、高名な魔女の強力な魔術が敵軍を吹き飛ばしたとかは聞く。

「たっ!隊長っ!魔女ですっ!ドリジュラの奴等魔女を仲間にしやがったっ!」

「悪魔と契約したんだっ!」

「いやドラゴンだっ!ドラゴンのブレスだっ!」

「お前達っ!落ち着けっ!」

 右往左往する兵士達をセリーヌが宥める。

 東方人に倒され意識を失っていた者達も、先程の轟音で目が覚めたらしい。

 そんなこんなで混乱するセリーヌ他ローサリム兵達と違い、東方人の男は落ち着いていた。

「火薬か」

 東方人の男は目を細め、白煙を上げる鉄の塊を見つめる。

「秘密兵器か。こんな使い方⋯聞いた事はあったが。成る程ね」

 火薬は東方伝来。

 大昔に仙人だか道士だかが不老不死の霊薬を作ってる時に偶々出来た物だ。

 男の国では祝いの時の爆竹や、狼煙等の連絡手段として使われていた。

 男も小さい頃は、祭りでバンバン弾ける爆竹で遊んだものだ。

 西方に伝来した後、武器として使われていると聞いた事があるが、アレがそうなのだろう。

「お?」 

 指で輪を作り中を覗く。

 絞り込まれた視界の先で、ゴテゴテ鎧達が忙しなく何かしているのが見える。

「来る―――」

「攻城砲かっ!」

 男が察するのと同時にセリーヌが閃く。

 確か東方伝来の火薬なる黒い粉が火を吹くと聞いた事がある。

 鉄の筒に鉄球を入れ、それを火薬の力で飛ばすのだ。

 飛んで来る鉄塊は破城槌よりも強力である。

 眉唾な魔女やドラゴンの噂話と違い、攻城砲の話は信憑性が有った。

「いかんっ!」

 その時ドリジュラの攻城砲から轟音が響く。

 第二射である。

 出回り始めたばかりの新兵器。

 辺境に回されたたった一門。

 使っているのは砲兵でなく素人同然。

 砦にちゃんと当たる確率等ほとんど無い⋯はずだった。

(来るっ!?)

 射手の腕が良かったのか偶々なのか、砲弾は真っ直ぐに砦へと向かって飛んで来た。

 あの一撃で砦が完全に破壊されるとは思えない。

 しかし、屋上に集まったローサリム兵は自分も含めて死傷者が多数出るだろう。

 さらに混乱してる内に攻め込まれたらお終いだ。

 セリーヌが砦に引き籠もっていたのは臆病だからではない。

 ローサリムの兵員は約五十名。

 ドリジュラは凡そ百名。

 打って出たりしなければ負ける事は無いからだ。

 それに国の特色の違いがある。

 ドリジュラ帝国は有数の鉱山を所有しており、一兵卒にもかなり豪勢な鎧を支給している。

 ローサリム王国にも勿論鉱山も有るし製鉄技術も有る。

 しかし辺境の一砦の守備隊に支給される装備類はお世辞にも潤沢とは云えない。

 しかしそれも一長一短。

 ドリジュラ兵は分厚く装飾も華美な鎧を纏っており、平野での野戦ならともかく、狭い砦内での白兵戦は不向きである。

 逆にローサリム兵は軽装鎧の者が多く、防御よりも敏捷性が高い。

 広い場所で軍隊同士が衝突するならともかく、砦内で迎え撃つならば有利なのだ。

 閉所での戦闘ならば装備を外せば良いと思われるが、剣や矢を弾く頑強な鉄鎧を脱いで決死隊となれる者はそう多くない。

 しかしそう云った特色や条件も、攻城砲一門でひっくり返される。

 セリーヌは頭の回転が良く、戦術的な不利も悟る。

 だがそんな事よりも、今高速で向かって来る鉄球だ。

 当たり所が悪ければ死ぬ。

「くっ!―――」

 セリーヌは無駄と解っても剣を構える。

 彼女の腕力に見合った普通の剣である。

 貴族であり騎士爵を持つ彼女だが、空気を切り裂いて飛んで来る鉄球を斬り伏せる事等不可能である。

「ちょいとごめんよ」

 そんなセリーヌの目の前に影が差す。

 ユラリと立ち塞がるのは長い黒髪を結んだ東方人。

(まさか、私を守るつもりかっ!?)

 セリーヌは混乱する。

 男に守られる事等ずっと無かった。

 そもそもこの男は砦に攻め込んで来た侵入者であるはずだ。

 驚きと困惑でセリーヌが固まる。

「やっ、と」

 男が両手を広げて構える。

 そこに砲弾が飛び込んで来た。

「アチャァァァッ!?」

 男が開いた掌で砲弾を受け止める。

「は?」

 セリーヌが呆けた声を上げる。

 状況を理解する前に男がその場で回転する。

 硬氣功と内氣功の合わせ技である。

 強化した掌で鉄球を受け止める。

 内氣功で砲弾の熱を相殺。

 そして遠心力を加えて――――投げ返す。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「―――――え?」

 セリーヌが気付いた時、轟音と共にドリジュラの攻城砲が吹き飛んでいた。

 男は狙い違わずに攻城砲に砲弾をぶち当てたらしい。

「ふーっ!ふーっ!熱っ!熱っ!」

 目の前の東方人は掌に息を吹きかけたりパンパン叩いたりしている。

「投げ、返⋯え?は?」

 余りに現実離れした出来事に混乱したセリーヌは、呆然としたまま男を見つめる事しか出来なかった。



 ドリジュラ軍は混乱の極みにあった。

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

「痛ぇっ!痛ぇよぉ―――」

「足がっ、足がぁ⋯」

 攻城砲の二射目を放った直後。

 今度こそ砦が吹き飛ぶはずだった。

 しかし吹き飛んだのは攻城砲だった。

 東方人の男が投げ返した鉄球は攻城砲の砲身をへし折った。

 そしてその時に発生した火花が火薬に引火。

 運の悪い者が顔を吹き飛ばされて死亡。

 数名が重傷を負う。

 だが隊長のダミアンはそれどころではなかった。

「なんだっ!?何が起こったっ!?」

 あわよくば砲撃で砦を崩し、そこを攻め落とすつもりであった。

 狙いが多少ズレても砦内に混乱をもたらし、外に逃げて来たローサリム兵を一網打尽にする算段だった。

 ローサリム砦の向こう側に逃げるならなお良し、無血で砦を占領出来たはずである。

 現状は三通り考えた結果のどれでもない。

 撃ち出したはずの砲弾を跳ね返された。 

 虎の子の攻城砲を破壊された。

 それが全てである。

「魔術⋯」

「魔女⋯」

 混乱するドリジュラ兵達が不気味な物を見る様にローサリムの砦を見上げる。

「まさか⋯さっきの」

「東方人?」

 ローサリム砦に向かった東方人の事に思い当たる者達も居たが、あの背の低く身体も小さい少年の様な男が何かをしたとも思えない。

「おのれっ⋯ローサリムの軟弱者共がっ!」

 ダミアンが顔を真っ赤にして憤怒の形相となる。

 向こうにも何か新兵器が有ったのか、魔女でも居たのかは解らない。 

 だがまんまと一杯食わされた。

「こんなはずでは―――」

 砲撃の後にもう一つの作も発動し、あっという間に勝利出来るはずだったのに。

(土壇場で裏切ったのか?いや、それは無い)

 ダミアンの頭の冷静な部分は、此処で退けと言っている。

 だが退けぬ。

 頭を下げ無理を言って、大決戦に備えて温存されていた新兵器を借り受けて来たのだ。

 ただの鉄屑と化した攻城砲を返せば、ダミアンの首が飛ぶ。

 物理的に首が飛ぶ。

 なので―――

「くそっ!仕方無いっ!奴に知らせろっ!今夜しかけるっ!」

 挽回する為には、砦を落とす事しかなかった。



「もぐもぐ、ばくばくっ⋯ごくん。いやぁ、悪いねぇ―――もぐもぐ。シェイシェイ⋯じゃなかった。メルシー(ありがとう)メルシーボクー(どうもありがとう)

 東方人の男はニコニコと笑いながら物凄い速度で大量の食事を平らげていた。

「貴方は恩人だ。遠慮無く召し上がって下さい」

 セリーヌは男の健啖ぶりに微笑む。

 此処は砦内の食堂である。

 守備隊長セリーヌや副長に数名の兵士、後は給仕役としてセリーヌ側付きのメイドが居る。

 皆でひたすら飯を食う東方人の男を見守っている。

 ある者は好奇の目を、ある者は畏怖の目を、ある者は好意の目を、ある者は⋯増悪の目を。

「お、ありがとう」

 注目の的であるその男は、メイドから水を受け取りゴクゴクと飲み干す。

 セリーヌの側付きであるメイドは初めて見る東方人に興味津々であるが、ニコリと笑って後ろに下がる。

 十人前は用意した肉やパンやスープが全て空になってしまった。

 食糧庫にはまだ材料は有るが、これで十分だろう。

「ふぅ、食った食った。ごちそうさま」

 男は合掌してペコリとお辞儀をする。

 セリーヌに馴染みは無いが向こう側の作法なのだろう。

 一段落したと踏んだセリーヌが微笑みながら話を始める。

 貴族令嬢として仕込まれた笑顔の中、目だけは笑っていなかった。

「先ずは助けて頂いた事を感謝致します。私はこの砦の守備隊長セリーヌです」

 セリーヌが名乗る。

 そして問う。

「貴殿は――――何者か?」

 友好的な笑顔や態度とは裏腹に、彼女の手は愛剣の柄に無意識に触れていた。

お読み頂き有り難う御座います。

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