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守備隊長セリーヌ

「ふぅ」 

 砦の守備隊長を務めるセリーヌが溜め息を吐き出す。

 今彼女は隊長室にて執務、所謂事務作業を行っていた。

 羊皮紙に羽根ペンで必要事項を書き込んでいく。

 一砦の長ともなると、剣を振るうよりも筆を持つ事の方が多い。

 もう少し大きい砦ならば専門の文官を付けて貰えるのだが、彼女の今の身分や立場では難しい。

 実家の爵位や派閥、自身の爵位も有るが、何よりも性別が大きい。

「くそっ⋯此処でも、女、女⋯か」

 女でも剣に優れていれば違ったろうが、彼女の剣の腕前は人並みでしかない。

 一応、師の元でちゃんとした剣術を学んだので、一騎打ちの決闘スタイルでならこの砦の誰よりも強かった。

 しかし、単純なパワー勝負ならば男には勝てない。

 なんでも有りの乱戦になればあっという間に押し潰されるだろう。

「私は、弱い」

 何より、未だに人を殺した事が無い。

 それは彼女自身の自信の無さにも繋がっていた。

「⋯ん?」

 砦の石造りの通路を足音を立てて走る者が居る。

(誰だ?)

 こちらに近付いて来ている。

 机に立て掛けてある剣の柄に触れる。

「―――隊長っ!」

 ノックも無しに扉がガチャリと開き、砦守備隊の副長が現れる。

「⋯なんだ?アダン副長」

 上司であるセリーヌに対する不敬な態度にセリーヌは一瞬眉を顰める。

(私が女だからか)

 そして弱いから。

 ローサリムでは男尊女卑の風潮が強く、部下達からは少し軽く見られがちだ。

 生来の人当たりの良さや博識さ、穏やかさから部下達に嫌われてはいない、と思う。

 だがお飾りの隊長だと思われている自覚は有った。

(いずれ私がリーダーなのだと知らしめねば)

 セリーヌが決意を新たにしていると、息を荒くし肩を上下させながらアダン副長が叫ぶ。

「敵襲っ!敵襲ですっ!」

「なん⋯だと?」

 アダン副長が至近距離で唾を飛ばして来た事にも反応出来ず、セリーヌが固まる。

(今か?今なのか?)

 早鐘を打つ様に心臓の鼓動が加速する。

 震えそうになる足をガツンと踏み鳴らし、セリーヌが立ち上がる。

 執務中でも鎧を纏い剣を側に置いていた。

 戦う準備は出来ている。

 ただし、人を斬り殺す覚悟は⋯未だに⋯



「さよなら、さよなら⋯さよならってばっ!」

 男は友好的な挨拶だと信じる別れの言葉を繰り返す。

(おっかしーなぁ?)

 東に置いて来た西方人の娼婦。

 行きずりで抱いた西方人の旅人。

 彼女達と熱い夜を過ごした後に言われた言葉だ。

 決して悪い言葉ではないはずなのに。

(言葉って難しいなぁ)

 嘆息しつつ、頭上から振り下ろされる剣をヒョイと避ける。

「えーと⋯俺、戦う。強い。ご飯が食べたい。お金が欲しい」

 男は必死に自分を売り込む。

 山越えの後、貧しい村や滅んだ村しか見当たらなかった。

 漸く出会えた西方人は山賊らしかったので皆殺しにした。

 そいつらの食料で食いつないでいたが限界がある。

「殺しはあんましたくないんよなぁ」

 明らかに敵意や殺意で以て殺しに来るなら兎も角、先ずは友好的なコミュニケーションだ。

 殺して奪うのは簡単だが、お尋ね者の犯罪者になりに、わざわざ山越えして西側に来たりしない。

「ねぇねぇお願いします。雇って、雇って」

 男は両掌を合掌させ、ペコペコとお辞儀をする。

 頭を下げると直前まで頭が有った場所を槍の穂先が通過する。

「なんだこいつはっ!攻撃が当たらんっ!」

「痛ぇっ!気をつけろ馬鹿っ!」

「てめぇがそこに居るのが悪いんだろうがっ!」

「なんだとぉっ!?」

 そこまで広くも無い砦の屋上に、敵襲の報を受けた守備隊の兵士達が多数押し寄せていた。

 その為、流れ矢ならぬ流れ剣や流れ槍が、味方同士でバンバン当たる。

 死者や重傷者は出ていないが、男が避けるだけで砦の兵士達に負傷者が増えていく。

(はてさて、どうしたもんかね?)

 男は困っていた。

 崖に挟まった様な変な砦と、その前に布陣する鎧の一団。

 戦争だ戦争だっ!とウッキウキで売り込んだら門前払いを食らってしまった。

 あのゴテゴテした鎧の連中の方が優勢なのだろう。

 男はゴテゴテ鎧達の勧めに従い、砦の方にやって来た。

 劣勢な方なら自分を雇ってくれるだろうとの判断だ。

 しかし―――

「網だっ!鎖でも良いっ!この猿を捕まえる何かを持って来いっ!」

 砦の屋上に集まった兵士達は興奮状態だ。

 この兵士達を全て叩きのめすのも売り込み方の一つだと思うが、なるべく穏便に行きたい。

「⋯仕方無いな」

 男はダラリと腕を下げるとゆらゆらと動く。

「このぉっ!」  

 学習した兵士達が四方八方から槍を突き出す。

 息を合わせた同時攻撃だ。

 しかし槍が突き刺さる寸前、男がふわりと宙に浮き上がり、槍を躱す。

 多数の槍は標的に掠りもせず、ガチガチと穂先をぶつけ合う。

「と、飛んだぁっ!?」

 予備動作の無い跳躍はまるで浮遊した様な印象を抱かせる。

「さて⋯」

 交差し絡み合って動かなくなった槍の上に、男がふわりと降り立つ。

「なるべく⋯」

 男の足が一瞬震える。

「うわぁっ!?」

「なんだっ!?」

「重っ―――」

 ズンッ!と槍がまとめて全てへし折れる。

 寸前まで羽の様に体重を感じなかったのに、一瞬で大岩の如く重くなった。

 槍をへし折った男の足はそのまま屋上の石畳に突き刺さりひび割れを生む。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 持っていた槍を踏み折られた兵士達が屋上に転がる。

 剣を構えていた残りの兵士達に戦慄が走る。

「⋯痛くしないから」



「―――なんだ、これは?」

 セリーヌが屋上に辿り着いた時、異様な光景が目の前に広がっていた。

 気絶し転がる彼女の部下達。

 ぱっと見で死んでいないのは解る。

 血の匂いもしない。

 しかしそんな事よりも⋯

「あ、女の子だー」

 砦守備隊の兵士達から奪った武器の山で、その男は寝転んでいた。

 砕けた槍、ひしゃげた剣、凹んだ盾、引っ剥がされた鎧。

 その屑鉄の山にてゴロリと寝そべる見慣れぬ男。

「東方人?」

 特徴的な黒髪黒目に独特な民族衣装。

(なんだ?何が起こっている?)

 屋上から敵が侵入したとの話だった。

 崖伝いに登って来られたのかと思った。

「貴様は、いったい―――」

 セリーヌが剣を構えて問いただそうとした時だった。

 ドォンッ!と雷鳴の様な轟音が鳴り響く。

「!?」

 男を含めて、その場に居る全員が驚愕に震える。

「なっ―――!?」

 そして続いてすぐに、砦の屋上の直ぐ側、崖の一部が吹き飛んだ。

お読み頂き有り難う御座います。

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