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海神別奏 大正乙女緊急指令:「全員ヲ攻略セヨ」  作者: 百合川八千花
第二部【アメリカ横断編】第四章・熱唱!オハイオ州!

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94「雨は降る降る」★海神勝

キャラクター一覧はこちら!

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3524077/

挿絵(By みてみん)

 ――ここはどこだろう


 どこまでも真っ暗な空間に、おれはいた。

 目を開いているのか、閉じているかもわからない空間で「灯りが欲しいな」と思う。


 そう思うと、手元に提灯が現れた。

 海鷂魚尾(えいのお)組と書かれた提灯。

 この難しくて長い漢字には見覚えがある。


「そうだ、おやっさんの組だ」


 そうだそうだ。

 おれは戦災孤児で、やくざのおやっさんに拾われたんだ。


 それを思い出すと、俺の服が紺色の着流しに変わる。

 子供には高価すぎるこの着物は、おやっさんが「いつか組を継ぐんだからよ」と特別に仕立ててくれたんだ。

 兄貴分に嫉妬されて、ぶん殴られたからよく覚えてる。


 子供? 俺は子供なのか。


「そうだ。おれはまだ6さいだ」


 どうして忘れていたんだろう。

 おれが自分のことを思い出すと、あたりの景色は見慣れた田舎に変わった。

 東に山々、西には海。

 そして不知火(しらぬい)海の向こうに天草が見える。


 ここは葦北(あしきた)、俺の故郷。


「おやっさんのおつかいで、おそくなっちまったんだ」


 それを思い出すと風景は夜に変わる。

 星と海と山しかない景色の中で、提灯の灯りだけが煌々と光ってた。

 

 ここにはおれひとりしかいない。

 

(おそくなっちまった、またあにきになぐられる)


 帰りたくないなと思ったら、ざあざあと雨が降って雷が鳴る。

 たまらず雨避けを探したら、ボロボロの漁師小屋があったからそこに逃げ込んだ。

 提灯の火も消えて、また真っ暗になる。

 鳴りやまぬ雷だけが、ここにある光だった。

 

 北に進めばおやっさんの組、南に戻ればおれの実家。

 北も南もわからないのに、どっちに行けばいいのやら。

 

 ――実家?


「そうだ。おれのじっかはせんそうでもえちまったんだ」


 それを思い出すと、大雨でも鎮められないほど燃え盛る屋敷が見えた。

 ぎゃあぎゃあと男がわめく音がして、おれはこわくて近寄れなかった。

 

「どこにかえればいい」 


 ここにきてやっと、おれはどこにも行けないことがわかってしまった。

 でも、不思議と何も怖くなかった。

 どこにも行けないのなら、どこにも行かなければいい。

 行きたい場所なんてどこにもないんだ。

 ここで静かに死ねばいい。


 豪雨が海に叩きつけられる音がする。

 激しい風の音がする。

 

「あめはふるふる じんばはぬれる」


 その音に混じって、小さな子供の声がした。

 

「こすにこされぬ たばるざか」


 俺はその声を知らない。

 ”今は”知らない。

 

 それなのに、その声を聞いていると涙が出てきた。


 怖いと思った。

 静かに死んでしまうことよりも、その声の主を忘れてしまうことが、すごく怖かった。

 

右手(めて)血刀(ちがたな) 左手(ゆんで)手綱(たづな)


 ”俺”も同じ歌を歌った。

 声の主に会いたいと思ったら、頭の中がどんどん冴えていく。

 難しい言葉も、海の向こうの国のことも俺は知っている。


 あの子が、教えてくれたから――

 

「馬上豊かな 美少年ー!!」


 声の主も大きな声を張り上げる。

 あどけなかった声ははっきりとした口調に変わり、知的さが浮かぶ美しい声になっていた。


 ああ、この声を知っている。

 この声は――


「織歌」


 織歌、俺を救ってくれた赤子。

 俺に二度目の命をくれた娘。

 俺を導いてくれた女。


 雨は止まず、火は消えず。

 雷轟く世界の中に、その子はいた。


「お父さん!!!」


 年の頃は今の俺と同じ6歳くらい。

 はっきりとした口調で、精悍な瞳で、魂は俺の知る20歳の織歌に戻っているようだ。


「やっと……会えた……私、ずっとここにいて」

「俺もここにいたよ」

「思い出さなきゃって思ってたのに、動かないとって思ってたのに、体が固まって動かなくて」

「俺も怖くて動けなかったよ」


 6歳の子供が6歳の子供に抱き着いてくる。

 傍から見れば餓鬼の戯れだろうが、今の俺達には感動の親子の再会だった。


「でも、勇気を出して……あなたのために歌ったんです」

「ああ……」


 そうだ、俺達はウヅマナキに負けて魂を奪われたんだ。

 何もない空間に置いてきぼりにされて、肉体を現世に残したままこの暗闇を彷徨っていたんだ。


「……帰ろう、織歌」

「はい。お父さん」


 だが、織歌はあきらめなかった。

 歌い続け、俺に言葉を届け続けてくれた。


 ぐすりと鼻を啜って、俺は織歌の手を握る。

 田舎町が海の底に変わる。

 宙に輝く海月の群れが、俺達の道筋を教えてくれた。


 ◇ ◇ ◇

 

「織歌! 勝! 起きたのか!!!」

 

 目を覚ますと――大雨の中で屋敷が燃えていた。

 シュヴァリエが俺の体を抱え、慌てた様子で走っている。

 

「”何” ”あった”」

「屋敷に雷が落ちて火事になった! 今避難中だ!」

「”やしき?”」

「アーミッシュの屋敷だ」


 あーみっしゅ?

 何もかもわからないが、シュヴァリエが慌てた様子で指示を出し、人々を避難誘導している。

 俺は濡れてぐちゃぐちゃになった地面の上でぽかんと口を開けて、燃え盛る屋敷を眺めていた。


 ダミアンが扉を壊し、閉じ込められた老婆を担いで逃げてくる。

 エヴラードがひとりひとりを数えて、逃げ遅れがないかを確認していた。


「全員揃ってます!?」


 大雨にかき消されない様、エヴラードが声を張り上げる。


「先生! 先生がいません!!」


 白い服を着た知らない男が、わあわあと喚いていた。


「”先生?”」

「キラー・ホエール様です! あの方は目が見えないんだ! 逃げ遅れたのかも!」


 どうやら誰か取り残されてしまったらしい。

 男たちが大声で名前を呼んでいるが、返事はない。

  

「リビングにはいなかったぞ」

「部屋の奥に入ってしまったのかもしれない」

「火が回ってる、屋敷に入るのは危険だ」


 キラー・ホエールが何者かは知らないが、あたりに絶望的な空気が漂う。

 人が死んでしまう、そんな空気が立ち込めるが俺たちは絶望しなかった。

 

「エヴラードは救護の用意をして待機! シュヴァリエは氷で火を静めろ! ダミアンとお父さんは瓦礫を排除せよ!」


 そう、俺達には隊長(織歌)がいる。


「キラー・ホエールを救出するぞ!」


 雷の轟音にも負けない凛とした声が、俺たちを鼓舞した。

勝の実家は士族だったのでヤクザに拾われた後も特別扱いで大事にされてましたが、それを良く思わない周りの人間にいじめられて育っていました。

結果、あまり自己主張しない性格に育ったのです。


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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。

次回は11/17(月) 21:10更新です。

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