93「カラオケ大会」★海神織歌
「我々ラコタ族にとって【歌】は魂の言葉。そしてドリームキャッチャーは魂と夢を繋ぐ入り口。つまり、これを使って歌って、魂に訴えかけりゃいいんです」
ドリームキャッチャー(改)を握るキラー・ホエールは、確かにマイクを握っているようにも見える。
「いや、歌って言っても……音楽もないのに」
エヴラードが呆れたように声を出す。
「空のオーケストラで歌う行為。キラー・ホエールはこれをカラオケと名付けました」
(なにかまちがっているきがするけど)
「レナペでも【歌】ってのは【話】以上に神聖らしいな。歌には「存在を顕現させる力」がある」
「おりがみとおなじ!」
「ああ。昔話でも「湖に住む人喰い怪物を歌で呼び寄せて退治した」ってのがある。海魔に似てるとこがあるかもな」
「……まあ、プロテスタントでも神と直接対話する方法のひとつは歌とされてますしね」
「カトリックでは神へ捧げる言葉だ」
ダミアンがそう言うと、エヴラードもシュヴァリエも同意する。
「で、誰から歌うんです?」
でも、エヴラードが誰から歌うかを決めようとすると、皆すごく嫌そうにしてた。
(わかる。ちょっとはずかしい……)
お祭りでも宴会でもないのに歌えって言われても、確かに恥ずかしい。
無言で一番乗りの押し付け合いをしていると、ダミアンがスッと手を上げた。
「……俺がやる。勝は俺の義父でもあるんだからな」
「ダミアン!」
「さすがキラー・ホエールのヒーロー! なんの歌でもいいですからね!」
みんながダミアンの男気にぱちぱちと拍手を送る。
ここでダミアンが白けた空気を作っちゃったら、次の番の人はもっと恥ずかしい。
そんな思いで、皆必死に盛り上げようと頷きあった。
***
「夜を舐めて 火傷した舌で 君の名前を呼ぶ――♪」
ダミアンは歌、すっごく上手かった。
エヴラードが言うには、「イタリアなまりの渋めのスィング」らしい。
夜、ひとりでタバコをふかす――かっこいいけど寂しい男の人の歌だった。
「ダミアンしぶいー!!!」
「よっ、ブロードウェイ・スター!」
「キラー・ホエールのヒーロー!」
「すごいです。ボス」
ダミアンの歌に合わせていいタイミングで声をかける。
意外と歌いやすいのか、ダミアンは気持ちよく歌い終わった。
「この心は 借り物の時計 狂ったままで 君を刻んでる――♪」
次はシュヴァリエ。
エヴラードが言うには「セクシーすぎるシャンソン」らしい。
歌詞がえっちらしくて、たまにエヴラードに耳をふさがれた。
「シュヴァリエ、いやらしい!」
「歌詞を考えなさい!!」
「レッド・ボーン、あいつなんて言ってるんですか?」
「ガキは知らなくていい」
シャンソンは物語性のある詩的な歌なんだって。
しっとりとした曲だったけど、私たちは大声で応援した。
「硬貨が無くて靴が鳴る、泥棒市の朝が来る。借りた話は五倍に膨れ、嘘は隣で茶をすする!――♪」
次はエヴラード。
早口で、小気味よくて、話しかけるみたいな曲だった。
ミュージックホール音楽って言って、ミュージカルの喜劇みたいな感じなんだって。
「エヴラード、はやくちですごい!!」
「いいぞ、エヴ!」
「クソWASP、やるじゃねーですか!」
「すごいぞ。エヴラード」
「WíyakAŋ tȟáŋka kiŋ, mawáni héčhA (The great vision walks beside me)
Mní wačhíŋ kiŋ — škaŋ škaŋ ečhúŋ(The water dances — it speaks and moves)」
次はキラー・ホエール。
ダミアンが言うにはラコタ族の言葉をバラードに乗せたのかも、だって。
口も態度も悪い奴だけど、歌ってる姿は楽しそうでかわいかった。
「キラー、かわいい!!」
「うめえぞ、キラー!」
「愛称はキラーでいいんですか……」
「すごいぞ。キラー・ホエール」
その後も二人で歌ったり、三人で歌ったり。
知らない曲を即興で適当に歌うジャズとかラップもしてみた。
上手い下手なんか関係なく、みんなお父さんのために歌ってる。
お父さんの魂に響くように、一生懸命歌った。
***
楽しい歌唱大会はいっぱい続いた。
途中ダミアンが「酒飲みてえ」って言ったり、エヴラードが喫煙休憩したり、普通の宴会みたいになってたけど。
アーミッシュの人たちも仕事から帰ってきて、最初は私たちが大騒ぎして困ってたけど「宗教的儀式」って言ったら許してくれた。
外は大雨で、嵐が来ているみたい。
ざあざあ降る雨、ごろごろ鳴る雷に負けないように、みんな声が枯れるまで歌って、私もたくさん歌って踊った。
「……おい、起きねえぞ」
「これでは楽しいだけだ」
「サー・イス、普通に楽しんでますね……」
でも、お父さんはなかなか起きなかった。
キラー・ホエールがお父さんの額に手を当てる。
ぴくりぴくりと指が動いていて、何か反応はしてるみたいだった。
「声は届いてるはずですよ。こいつの好きな歌とか、知ってる歌はどうです?」
「日本の歌なんか知らねえよ……シュヴァリエは?」
「私もさすがに知りません」
「そうなると……」
じっと、みんなの目線が集まる。
「お前ならなんか知ってるだろう」という目で見られる。
それもそうだ。私はお父さんの娘なんだから。
でも――
(おとうさんのこと、なにもしらない)
私は気が付いたらここにいて、お父さんとは今まで一度も会ったことがなくて、過ごした時間もちょっとだけ。
優しくて、無口で、泣き虫で、ぼんやりしてるお父さん。
何が好きで何が嫌いなのか、私は何も知らない。
「なんでもいいんですよ。あなたがお父さんに送りたい歌はありませんか?」
エヴラードの言葉にハッとする。
そうだ、知らないんじゃない。
知りたいんだ。
「このうた、すきだったらいいなっていうのが、ある」
「それがミスター・ワダツミの魂に届く歌かもしれません」
小さい頃、お墓参りに行くときにお母さんがずっと歌ってた歌。
寂しくて、悲しい歌。
でも、今の私の心と同じ歌。
「うたう、ね」
私は覚悟を決めると、ドリームキャッチャー(改)を握りしめる。
「――♪」
私が口を開いたと同時に、大きな雷がアーミッシュの家に落ちてきた。
カラオケの由来はもちろんフィクションです!
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次回は11/15(土) 21:10更新です。




