91「アーミッシュ」★海神織歌
「これからオハイオ州ホルムズ群に向かう」
朝焼けと同時に私たちはまた動き出した。
舗装がほとんど剝がれた道はがたがたして、ぼろぼろの車はぐわんぐわん動いて目がくらくらした。
「ホルムズ群はアーミッシュが多く住んでる田園地帯だ」
がたがたとうるさい車内でも届くように、ダミアンが大きな声でこれからのことを教えてくれる。
「あーみっしゅ?」
「移民当時――今からだと100年位前か。その頃の生活様式を保持しながら、自給自足生活をしている人たちのことです」
私にはわからないことは運転席のエヴラードが教えてくれる。
「文明を否定し、徹底した平和主義を通すキリスト教の一派。略奪時代にすらネイティブアメリカンと土地を分け合って暮らしていたほどだ。この面子でも騒ぎ立てられることはないだろう」
シュヴァリエも、私の知らないことを教えてくれる。
それはとても頼もしいことなのに、皆が私を守ってくれる度、私はいつも胸の中がもやもやした。
でも、どうしてなんだろうって考えても、わからない。
「アーミッシュの村ならネイティブアメリカンの俺や日本人の勝や織歌がいても騒がれない。【あいつ】と会うことも、他の街よりは簡単だろう」
「それは……」
「それはだれ?」と言いかけた時、窓の外に馬車が見えた。
敵だ! 私はそう思って毛布をかぶって、ダミアンとお父さんを隠した。
「おい、どうした?」
「しー!!」
ダミアンが不思議そうな声を出すけど、静かにしないとばれちゃう。
「アンタたち、観光かい?」
「ああ、アーミッシュか」
でも、ダミアンはうっかりしてすぐに顔を出しちゃった。
(インディアナであんなめにあったのに、うかつだよ)
馬車から旧い服を着た男の人たちが声をかけてくる。
私はインディアナで”まなんだ”から、毛布をぎゅっとかぶってお父さんと隠れていた。
「旅行中だ」
「後部座席の奴らは密入国か?」
シュヴァリエがにこにことお返事をしているけど、アーミッシュのひとは私たちを疑っている。
ダミアンも隠れてなきゃダメなのに、すぐにお返事をしちゃった。
「インディアンに密入国たあ、面白いこと言うね」
「インディアナを通って来た……で伝わるかな」
ダミアンとシュヴァリエの言葉に、「ああ」とアーミッシュの人がため息をつく。
「KKKの野蛮人どもめ」と聞こえてきたけど、私たちに言っているわけじゃないみたい。
「きみはどこのインディアンだ?」
「レナペだよ」
「そうか」
男の人はダミアンとお話をしている。
敵かもしれないのに、ダミアンの馬鹿って思ってたら、ダミアンは「大丈夫、大丈夫」って手を繋いでくれた。
「うちに泊まりなさい。隠れている子も、全員だ」
ばれてる!
ダミアンの手をぎゅっと握ると、ダミアンが男の人に話しかけてくれる。
「アーミッシュは宿を持たないと思ってた」
「ああ、持たないよ」
「なら、なんで家を貸してくれる?」
「君がレナペ族だからだ」
男の人の言葉に、私の手を握るダミアンの手に力がこもる。
「かつてここにはレナペ族がいて、我々の先祖と隣り合って暮らしていた。だからここは君の家でもある」
男の人が馬車から降りる音がする。
「おかえりなさい」
男の人の静かな言葉に、ダミアンの手は震えてた。
ダミアンが何を考えているか、私はわかるはずなのに……どうしても今はわからなかった。
***
「その目立つ服は着替えなさい」
アーミッシュのおうちはすごく広かった。
そこに入ると、お婆ちゃんが薄青色のエプロンがついたドレスと、髪の毛を隠す帽子を渡してきた。
「これ、シュヴァリエがくれたの!」
「なら大切にしまっておく。ここじゃ贅沢はゆるされないよ」
「けちんぼ!」
今着てる白のひらひらしているドレス、お気に入りだったのに、お婆ちゃんにとられちゃった。
お婆ちゃんはちょっと怖くて、大きな目でぎょろりと私を睨んでくる。
「あんた、何かを失ってるね」
「なにを?」
「それはあんたじゃないとわからない」
でも、お婆ちゃんは優しい人だった。
ハーブを手にこすりつけると、私の頭を撫でてくれる。
「自然とひとつになって、取り戻すんだ。婆さんが祈ってあげるからね」
お婆ちゃんが撫でてくれた場所は、ほんのりと暖かい。
【思い出せ】
そして、頭の中で誰かの声がする。
【愛する人を】
それはお母さんにも似てるし、お父さんにも似てる気がする、不思議な声。
知らない人の声とは思えないけど、誰の声かは思い出せない。
でも、その声を聞いていると胸がざわざわする。
あふれる思いが、止まらなくなってしまいそうだった。
「いらねえつってんのによ……」
「いやあ、我々にも服を貸していただけて、光栄です。この男の戯言は気になさらず」
「寝ている勝の分まですまないな」
そしてその思いは――お着換えした皆が現れた時に爆発した。
「みんな、かっこいい!」
みんなはアーミッシュの男性の服を着ていた。
麻のシャツに、サスペンダーで吊ったズボン。
みんな同じ服を着てるのに、それぞれ違いがあって――心の奥の【変な声】が叫んで、私の口から変な声が出てしまう。
「ダミアン、あしながい!!」
「エヴラード、きこなしがきれい!!」
「シュヴァリエ、せすじがピンとしててすてき!!」
「おとうさん、ねててもかわいい!!」
わ、私は何を!?
こんな馬鹿みたいなこと言う子じゃないのに……お母さんに怒られちゃう。
でも、皆を見た時に【好き!】って思った気持ちが止められない。
ほんとはもっとたくさんの好きがある、もっと言葉に出したい、抱きしめたい、そんな気持ちが止められない。
もっと前から、皆に言いたかったのに。
私はなぜか、それを忘れてしまっていた気がする。
言うだけ言って言葉に詰まると、みんながぎゅっとハグしてくれた。
大きな男の人に囲まれても怖くない。
みんなは私の味方で、家族だって、心の底から思えた。
「そうだ、今日はもうひとり客人がいてね――」
抱きしめあっていると、アーミッシュの男の人が呆れたように声をかけてくれる。
もうひとりお客さんがいるみたい。
部屋の奥に手招きして、誰かを呼び出していた。
「出ておいで、キラー・ホエール」
名前はキラー・ホエール。
私はその名前を知っている気がするけど、何も思い出せなかった。
子供の織歌も地の文で登場です。
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次回は11/12(水) 21:10更新です。




